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五芒星都市。
それは、エレナ王国の北西部に位置する王都クルスを含む五つの都市の総称である。五つの都市が星状を模っていることから、そう呼称されている。さらにその北西部に位置しているのが、王都クルス。
パンゲア大陸の中央に位置するエレナ王国の首都にして、最大の都市であるクルスは、絢爛豪華なベルガイル宮殿を中心にして広がっている。様々な階級の者が一堂に暮らし、他の国からの観光客も多く訪れる。多種多様な文化が根付いている都市であるクルスだが、今はその景観を変えていた。
そう。
同じく五芒星都市で発端した暴動。
いや、革命の前兆。
ムブルストで起こった貴族たちによる運動。
それが、王都クルスに混乱を招いていた。
朝日が昇りきったクルスはいつものように活気を見せているはずだった。外門を多くの馬車が通り過ぎ、市場や大通りには多くの人が今日一日を過ごしている。宮殿では大臣たちが議論を尽くして、軍人たちは演習場で鍛錬に励む。そんなありふれた毎日が始まっているはずだった。
けれど。
たった一つの出来事が、そんな毎日をこさせなかった。
五芒星都市を繋ぐ定期便の馬車は運行を中止して、人々は建物から出ずに、じっと続報を待っていた。大臣たちは議会に集まっているものの政治についてではなく、暴動への対処に口数を多くさせていた。軍人たちはいつでも出撃できるように軍事施設や詰所で待機していた。
そう。
何もかもがありふれた毎日と違っていた。
この空気を、このぴりぴりと張り詰めた状況をクルスで暮らしている者の多くが知っている。いや、覚えている。
かつて、大陸中で勃発していた最悪の出来事。
大陸戦争。
それぞれの国が多くの思惑を絡ませながら力と力のぶつけ合いにあけくれていた時代。大陸統一という名目を打ち立てていたものの、それは正義に満ちた争いではなかった。それぞれの国が欲しいもの、相手国への私怨、復讐。その他にも様々な理由をつけて、戦いに染まっていた時代だ。
その当時の記憶が呼び覚まされる。
一○年以上経った今でも、鮮明に覚えている悲惨な戦争だ。
ムブルストで起こった暴動は、先の戦争と同様の悲惨さを再びこの国にもたらそうとしている。
そのようにさえ思えた。
それを食い止めるべく、エレナ王国の国王であるエグバートは動いていた。
エグバートは大臣や王国軍の各師団の団長を集めていた。彼らの前で、国王は必至に弁をふるっている。
「王国の危機が目の前まで迫っている。ムブルストで決起した貴族たちの中心格は、マルコラスだ。やつの思惑は以前より知れ渡っていたが、ついに行動に移したのだ。すでに一○○○人を超える貴族や浪人、盗賊たちがやつのもとに集まっている。その数はますます増えていくだろう」
エグバートの前に集まった誰もが、国王の言葉を真剣に聞いていた。
先の戦争以来、王都クルスが危機に瀕する日はなかったといってもいい。エレナ王国が持つ王国軍師団と王国騎士隊。さらにノーラン公国やクルニカ王国との友好的な関係が、他国の侵略を防いでいた。
「敵の狙いは?」
しかし、国内からの反発にはそうはいかない。
「間違いなく私だろう。私を含めた国政を行っている者たちの失脚だ。マルコラスは常々から私のやり方を快く思っていなかった。それが今回の暴動の発端だ」
親和王と呼ばれるエグバートのやり方は広く民衆から支持されてきた。それは大陸戦争で国が酷く疲弊し、人々も戦争という極限の緊張状態に疲れていたからだ。各国との融和政策は多くの人々から支持されてうまくいっていた。
「マルコラスには何かしらの恨みが?」
「それは分からない。彼は好戦的な人間でもあった。私のやり方を弱き者と見なしたのかもしれない。だが――」
だが。
それは全ての人がそうだったわけではない。
マルコラスを始めとして、好戦主義の大臣や貴族もいたのだ。彼らの主義は、守りに徹するのではなく、他国に攻められる前に攻め込んでしまえ、というものだった。常に受け身の状態で国内を敵に荒らされるのならば、そうするほうがいいと言う民衆もいた。
「私は国王としてこの国を、この国の人々を守る!」
彼らの考えや言い分を受けても、エグバートは意思を変えなかった。自身が戦争という場で、どれほどの力をふるってきたのかを知っているから。だから、二度と戦争が起こらないように力を尽くしてきた。
それなのに、時代はなかなか変わってくれなかった。
「ポールマン! 第一師団を連れて、マルコラスの手勢を王都の前で食い止めろ」
「はっ!」
「クレイ! 騎士隊はムブルストへ迎え! やつは貴族全員をクルスには向かわせないだろう。反抗を示した貴族たちを沈黙させるのだ。ライト! マルコラスは自身に同調する者だけで決起したとは思えない。必ず後ろ盾があるはずだ。敵の狙いは王都だけに留まらないかもしれない! 厳戒態勢で第七師団を五芒星都市に展開させろ。第三、第五師団は北と南の動きに注意しろ」
「かしこまりました!」
「マルス! 特務護衛隊は王都に残る大臣と貴族の護衛に回れ。さらに二個小隊をノーランへ向かわせろ。レイラがアステーナに行っている」
「はっ!」
エグバートは、矢継ぎ早に指示を出した。
反抗を示したマルコラスの手勢はすでにムブルストを出ている。クルスまでもう小一時間で着くだろう。
(王都を、エレナの者の手で燃やすわけにはいかん! 革命は何としても止めるのだ)
決意は固い。
かつて、大陸戦争で狂戦士と恐れられた王は、再びその手に剣を握った。




