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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第四章 エレナ王国、大陸動乱後編
67/83

(1)

 

 報せは早かった。

 エレナ王国で、現政権に反抗意識を持つ貴族たちが決起したという情報は、あっという間に世界へ知れ渡った。予見のオーブを持つ者たちによって、世界がその事実を知ったのだ。

 そして、それはノーラン公国にいる工藤大地たちも同じだった。

「そ、そんな……!?」

「陛下が危ない――ッ」

 大地のそばには、エレナ王国の第一王女であるエリーナ・シンクレア。彼女の護衛役を務めているリスティド・クレイ。大地を真っ先に保護したリーシェ・ウォルス。クルニカ王国の貴族であるリシャール・ブランの四人がいる。

 大地を合わせた五人で、おとぎ話に登場する勇者が手にした伝説の宝玉(オーブ)を求めて旅をしている最中だった。

 そんな中で、大地たちがその報せを受けたのは、マリテルア大聖堂の図書室にいる時だった。おとぎ話をもとにして作られた絵本や様々な資料から、統一大陸――パンゲアの南を目指そうとこれからの方針が決まったところだった。

教皇猊下(げいか)が皆さんをお呼びです。すぐに教皇の間へ」

「教皇猊下が?」

「はい!」

「わかりました」

 大地たちはすぐにノーラン教の教皇がいるマリテルア大聖堂の教皇の間に向かう。

 ノーラン教の現教皇であるパルトロメイ・カメリーニが大地たちを呼んだ理由は一つしかないだろう。

 教皇の間は、マリテルア大聖堂の上層階にある。長い階段を上った先にある大きな扉を、待っていた騎士団員が開けてくれる。

「教皇猊下、勇者たちをお連れしました」

「おぉ、ありがとう。――急いで来てもらって申し訳ない」

「いえ、大丈夫です」

「うむ、そうか。君たちを呼んだ理由は他でもない。分かっておるな?」

「もちろんです」

 威勢よく答えたのは、意外にも大地だった。

 一方で、エリーナは()えない表情をしている。それに気づかない大地たちは、パルトロメイの言葉を待った。

「詳しいことはわしも分からない。だが、エレナ王国で不穏な動きが起こっていることは間違いない。行動を起こしたのは、マルコラスという男だ。エレナ王国の北西部の都市で、今朝未明に動いておる」

「マルコラス……」

「誰だっけ? なんか聞いたことがあるような――」

 教皇が説明した人物の名前を、大地はどこかで聞いたことがあるような気がした。

「大地は、ベルガイル宮殿の晩餐(ばんさん)会でマルコラス伯爵の息子に会ってるわよ。覚えてない? エルヴァーって男」

「あぁ、あいつか」

 エリーナに言われて、思い出す。

 ベルガイル宮殿を訪れた大地に気を良くしたエグバートが盛大な晩餐会を開いてくれた。その場で、大地はエルヴァー・マルコラスに会っている。エルヴァーに嫌味を言われて、ムッとしたのだ。その際に、エリーナは彼に気を付けてと忠告をしていた。

「そのエルヴァーの親父が今回の首謀者ってことか」

「そうみたいですね。黒い噂を聞く人物ではありましたが、ついに行動に移りましたか」

「黒い噂?」

 エレナ王国の内情にそれほど詳しくないリシャールが疑問を口にする。

「彼は現体制――つまり、シンクレア王家のやり方を(こころよ)く思っていないんです。好戦主義というか、国内でも過激派の貴族として有名です。野心もある男で、国王陛下の失脚(しっきゃく)を狙っての動きでしょう」

 ただ、とティドは付け加える。

「マルコラスは先の戦争も経験しています。貴族でありながら、軍人としての力もかなりのものです。様々な謀略(ぼうりゃく)(めぐ)らしているでしょうし、今回の動きも簡単にやられないという自信があってのものと思います」

「そ、そうなんだ……」

 エグバートが即位して、融和政策を全面に打ち出して、他国との関係を徐々に良好的なものになってきている。だが、エレナ王国も安泰な国というわけではないのだ。

「ともかく。エレナ王国が危機的状況を迎えていることは間違いない。あなたはエレナの王女だ。一刻も早く国に戻るべきだと思うが――」

 それは、パルトロメイの意見だ。

 しかし。

 エリーナはみんなの反応とはまた違って、

「……私たちは旅を続けましょう」

「な、に言って……!?」

「そうだよ! エレナが危ないんだよ。急いで帰らないと――」

「けど! 私たちの旅も大事なはずよ」

「そ、それはそうだけど……」

「国はお父様が守ってる! それにマルスもいるし、みんながいるわ。マルコラスがどれほどの人数を集めてたって、エレナが簡単に負けるはずがないわ」

 それなら、とエリーナはこの旅を続けることを選ぶ。

 それは、

「お父様にも約束したし、私の願いはこういう争いを世界からなくすことなの! 今からエレナに戻って、革命をとめる手助けをするよりも、革命や戦争が起こらない世界を作ることに時間をさきたいの」

「……エリーナ」

 彼女の言い分も分からなくはない。

 エレナ王国がどれほどの国力を持っているのか。大地には詳しいことは分からない。だが、たった一人の貴族が首謀した革命にあっけなく屈する国ではないだろう。エリーナの父親が治めている国なのだ。そのようなことは想像し難かった。

 だから、エリーナは自分たちの旅を続けようと言う。目の前の革命を止めるのではなく、戦争、暴動そのものが起こらない世界のために一分一秒を使おう、と。

 エレナ王国が簡単に革命に屈することなどあり得ないと信じているのなら、それが正しい行動なのかもしれない。しかし、大地にはそうは思えなかった。

「――ほんとに、本当にそれでいいのか?」

「え……?」

「俺にはエリーナの父親のすごさとか、エレナ王国の強さとかいまいち分からない。俺たちが今から急いで戻ったって、間に合うとは限らない。けれど、自分の国だぞ! 自分が生まれて、育って、暮らした国や街が狙われてるんだぞ! 気にならないのかよ!」

「……そりゃ気になるわよ! でも、私は自分の夢をおい――」

 言葉はそこで途切れた。

 大地が声を張り上げたからだ。



「そんなことを聞いてるんじゃないんだよ!!」



 そのことに、エリーナは驚いた。

 いや、エリーナだけではない。教皇の間にいる全員が驚いた。大地は温厚な性格とは言えないが、激しく感情を見せるような性格でもなかった。そんな大地が、初めてエリーナに対して大声を上げたのだ。

「だ、大地……?」

 リーシェが戸惑いの声を発する。

 しかし。

「エリーナ自身の気持ちを聞いてるんだよ。エリーナはどうしたいんだ? あんだけ争いのない世界にしたいって言ってるんだ。そんな奴が自分の国が危ないって時に動きたくないって言うはずないんだよ」

 一つの風景が、彼の脳裏に浮かび上がる。

 それは彼の思い出の中で、ひときわ強い記憶。たくさんの自然に囲まれた町の中で、彼ははしゃぎ回っていた。元気に、楽しく、笑顔で。数少ない親友と呼べるような友達たちと遊び回っていた。これからもずっとこの時間が続くものと信じ切っているような、日々の楽しさに幸せを感じている表情をしていた。

 いつの日か、それが失われることになるとも知らないで。

(だから、そんな簡単に割り切ったら駄目なんだ)

「エリーナはどうしたいんだ!?」

 だから。

 大地はもう一度声を張り上げた。

 それに対して、エリーナは口ごもる。

「…………」

 言葉が返せなかった。

 全てを砕かれた気がしたからだ。

 エリーナは自身が描いた世界のために、故郷が危険に陥った今でさえも旅を続けようと思っている。それに嘘偽りはなかった。

 だが。

 彼女の気持ちはそれが全てではなかった。

「……たし、だって――」

 エリーナも心を持つ一人の少女だ。いや、もっと言えば、エリーナはエレナ王国の第一王女であり、誰よりも自身が育った国を愛している。

 その母国が、危機なのだ。誰よりも国を愛しているから、誰よりもすぐに駆け付けたい気持ちがある。

 大地は、彼女のその気持ちを明らかにした。

「…………」

「私だって、すぐ行きたいわよ!! クルスにはお父様やお母様がいる! マルスもノルアも、みんながいる! そりゃ心配よ! でも――」

「なら! 今すぐ行こう!!」

「え……?」

 ポカンとしてしまう。

 あっけなく。

 本当に、あっけなく言葉が返ってきた。

「クルスに行きたいんだろ? 心配なんだろ? なら、なんで我慢する必要があるんだ? 駆け付ければいいんだよ。誰の力でもない。エリーナの力で、クルスを、みんなを守ればいいんだ」

「…………」

「お前なら、それができるだろ。『バーサーカー』なんて圧倒的な力があるんだから」

 だから。

 夢のために、と我慢する必要はない。

「……いいの? みんなと一緒に旅をしてるのに、私の気持ちを優先しちゃって……。本当にいいの?」

「あぁ、もちろんだ。みんなだって、同じ気持ちさ」

 大地の言葉に、全員が頷いた。

 エレナ王国はエリーナだけの故郷ではない。リーシェもティドも、彼女と同じくエレナ王国で育った。彼女と同じように、二人も心配しているのだ。そして、それはリシャールも変わらない。彼もこの旅で大地と同じように仲間意識が強く芽生え始めていた。

「決まったようだな」

 成り行きを静かに見守っていたパルトロメイが、満足気な声を出した。

「す、すみません……」

「よいよい。しかし、事は一刻を争う。ここからエレナまでどれほど急いでも二日はかかるだろう。こちらで足を用意しよう。それと護衛も必要だな」

「え……?」

「エレナで起きた革命の前兆はどう動くか判断が難しい。その流れに乗って野蛮(やばん)な者たちまでより過激になるかもしれない。ノーラン教の膝元とはいえ、公国のどこでも安全とは言えないからの。馬と安全な道を行けるように道案内人というところだ」

「そんな、道案内までして頂かなくても――」

「大丈夫かもしれなないな。だが、道中はより万全なほうがいい。有難迷惑かもしれないが、受けておいてくれ」

「は、はぁ……」

「入りなさい、アイサ」

「はい」

 そうして、パルトロメイは一人の少女を教皇の間に招いた。

 くるくるの赤毛にぱっちりとした二重瞼(まぶた)が活発な印象を与えてくる少女だ。少女とは以前にも会っている。ドンゴア帝国の国境線で危機に陥っていた大地たちを咄嗟(とっさ)のところで助けてくれた少女だ。

「たしか、名前は……」

「アイサ・フィルです」

「君たちの迎えも彼女と騎士団に任せたのだが、エレナまで送ることも任せようと思っている」

「け、けど、彼女は――」

「マリテルア騎士団の団長だ。教会の最高戦力の一人だが、騎士団は彼女一人だけではない。わしらは大丈夫だ」

「わかりました。ありがとうございます」

 素直に礼を述べる。

 教皇がここまで言ってくれていることを、無碍(むげ)に断ることができなかったのだ。

「こちらこそこの教会まで足を運んでもらい、心から感謝する。勇者と少しでもお話ができてわしもうれしかった。聖堂の前に準備させる。少しの間だけ待っておいてもらえるかな?」

「はい、わかりました」



 しばらくして。

 公都アステーナの中にあるマリテルア大聖堂の前に、豪奢(ごうしゃ)な馬車が用意されていた。馬車の外装は白塗りで、かなり目立つようになっている。また、引いている馬も白馬である。その周りに、たくさんの騎士団員がいた。

「ほ、ほんとにあれで行くのか……?」

「そ、そうみたいだね」

 大地とリシャールが小声で話し合う。

「派手すぎじゃないか?」

「僕もそう思う、んだけど……」

 と、リシャールは言い(よど)む。

「……?」

「たぶんエリーナが乗るからじゃないかな?」

 あぁ、と納得した。

 エリーナはエレナ王国の第一王女である。もちろんどの貴族よりも高位だ。彼女のために用意された馬車と言ってよかった。

「彼らもエレナまで?」

「いえ。アステーナまでの護衛と見送りでございます。一刻も早くクルスまで向かう必要がありますので、護衛と案内役は私一人が努めます。また、そのために教会が用意できる最高の移動手段を準備させて頂きました。ゴルドナ帝国のような技術力はありませんので、馬車となりますが、そこはご勘弁をお願いします」

「わかりました。ただ馬のほうがいいのでは?」

「たしかにそうですが、逸れてしまった場合に問題が起きないとも限りません。移動はなるべく一緒のほうがいいでしょう。それに、この馬車は速いですよ?」

「え……?」

 返事を返す前に、号令が響いた。

 ゆっくりとした動作で馬車が動き始める。それに合わせて、馬車を守るように騎士団員も歩み始める。歩みは、次第に走りへと変わる。馬車の移動速度がどんどん速くなっていっている。

「このまま最高速度でエレナまで駆け抜けます。早ければ、明日の夕方までにはクルスに着くでしょう」

「明日の夕方……」

 その頃にはエレナ王国はどうなっているのだろうか、と一瞬不安がよぎる。

 だが。

「今はあれこれ考えたって仕方がない。少しでも早く着くことを祈ろう」

「う、うん」

 じっと先を見据えている大地。その横顔は、今までのどの瞬間よりも(たくま)しく、また頼もしく見える。

(今から焦っても仕方ない、か……)

 そうよね、とエリーナは一人愚痴る。

 たしかに彼女の胸中には焦りがある。大地が言っていたように、エレナ王国は彼女の国だ。その国が今まさに焼かれようとしているのに、焦るなというほうが無理だ。それを表に出さずに、彼女は自身の夢を選んだ。

 しかし。

 大地の言葉は、彼女の胸の内に隠した想いを確実に突いた。胸中で(あせ)っていた彼女の国を想う気持ちを暴き出した。それを暴き出していながら、大地は彼女に焦るなと言う。

(なんだか、時々頼もしくなるんだから)

 自然と笑みが零れる。

 大丈夫だ。

 自分には、こんなにも頼れる仲間がいる。そして、同じようにエレナ王国にも彼女が信頼を寄せている人々がたくさんいる。

 だから、自分が今ここで焦らなくても大丈夫だ。

 そう信じて、馬車は南へと走り続ける。


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