(18)
朝日はまだ昇らない。澄み切った空気が美味しく感じられる時間帯にも関わらず、この場の雰囲気は殺伐としていた。
貴族都市と呼ばれるムブルストの一角。
そこに数えきれないほどの人が集まっていた。その場にいる多くの人が血走った目をしていて、明け方とは思えない闇のような狂気さを感じさせてくる。
彼らの前には簡素な台が設けられていた。そこに一人の男が立っている。ロッシュ・マルコラス伯爵だった。
「準備は全て整いました」
「そうか、分かった」
臣下の報告に、マルコラスは頷いた。
そして、伯爵は向き直る。彼の眼前に集まった数えきれない人の群れに向かって、大きく口を開いた。
「――ついに、我らの計画を実行に移す時が来た。現体制は貧弱なクルニカとの関係を密にしている。しかし! この世界をリードしていくのはゴルドナ、ドンゴアの両帝国に変わる! いつまでも古臭い血族関係に捉われている場合ではないのだ。世界の情勢が変わるまえに、エレナが変わらなければならない! そうしなければ、エレナは世界の流れに飲み込まれてしまうだろう!! いつまたあの戦争が起こるか分からないのだ!!! その時にエレナが沈まないように、我々は両帝国と和平を結び、パンゲアを縦に分断する! しかる後に、東西の国を平定し、大陸統一を為す!!」
「おぉ!!」
マルコラスの演説に、群衆が大声で応える。それは地鳴りにも似た響きだ。地面を震わせ、木々を揺らすほどの叫びはムブルストの一角で木霊する。多大な怒りを含んだ叫びだった。
その中心にいるマルコラスはさらに続ける。
「我らエレナが生き残っていくためにも、現王エグバートでは力不足だ! 奴は目先の安全に走り、それぞれの国と平和条約を結んだ。だが! エレナが各国に囲まれている状況は変わっていないッ!!」
「そうだそうだ!」
「我々は今も、いつ脅かされると知れない平和にびくびくとしている。それでは駄目なのだ! 真の平和のために、なんとしてもこの窮地を乗り切れなければなない。それはエグバートでは為し得ない。我々自身で勝ち取らなければならないのだ!」
「そうだ!」
「あのヘタレな親和王には任せてられねぇ!」
マルコラスの言葉に、集った人たちは声を重ねていく。この場にいる誰もが、マルコラスの話す事こそが正しい事だと信じている。
「そのためにも、奴を失脚させ、よりふさわしい体制を作り出さなければならない!! 真の平和のために! 剣を取れ! 宝玉を輝かせろ! 我らの国は自身で守れ! 貧弱な王に国を守らせるな!! 王都を落とせぇ!!!」
マルコラスは力の限り声を張り上げた。
そして、最後に。
「進軍せよ!!」
そうして。
長い一日が始まりを告げた。




