(15)
ドンゴア帝国の北東部。
統一大陸であるパンゲアの大地でも、最も未開の地と言われるほど山々と雪に覆われた土地に、その城はあった。
絢爛豪華、とはとても言えない。
やはり雪に覆われた外観は美しく見えるが、その実情は堅牢な要塞と呼ぶほうが正しい。自然の砦となる雪や氷に覆われた城は、さらに複雑な造りになっている。何も知らない人物が入りこんだら、何カ月も出る事は出来ないだろうと言われるほどの城であった。
その中の、謁見の間。
城の最上部に位置する謁見の間に、女はいた。
「申し訳ありません。マリテルア騎士団の妨害により対象を取り逃がしてしまいました……」
「――そうか」
『凍てつく女王』。
ドンゴア帝国に君臨する若き女王は部下の報告に短く答えた。興味がなさそうというわけではない。それは想像した通りの報告だったからである。
「奴らの詳細は?」
「はっ。対象である人物はまだ若い少年であります。今回の接触ではオーブを発動させることはありませんでしたが、これまでに集めた情報からおとぎ話に登場するオーブと同じものと推測されます。また、対象に同行していた人物は四名。男二名、女二名であります。女二名のうち、一名がエレナ王国の王女であることは確認できました」
「……そうか。勇者を確保したのはエレナの姫か」
「はいっ。『闘神姫』の特徴である『バーサーカー』の使用を確認しました」
「くく。ははっ! おもしろい。エレナの暴力姫が、世界の命運を手にしたか。エレナに降臨したことが幸いしたのだろうが、あの女の思い通りにはさせない。――カイトを呼べ!!」
大きな声で笑った女王は、側に控えていた従者に一言命じた。
命令を受けた従者は謁見の間を後にする。その姿をちらりと見送って、
「よろしいのですか?」
「ん? 何がだ?」
「カイトはドンゴア帝国の人間ですが、あいつは――」
「あぁ。お前が気にする必要はない。カイトは我々の仲間だ。私を裏切るような真似はしないさ。それに、帝国の軍を掻い潜ったのだろう? 暴力姫にちょっかいをかけるなら、もっと強い者を送らねばならないだろう」
雪のように白い顔が、ニタリと厭らしい笑みを浮かべた。ただそれだけの事に、報告をしていた男は背筋をゾッと凍らせた。
しばらくして。
「お呼びですか、ジェリード陛下」
「よくきた、カイト」
「陛下が俺を呼ぶなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
国の王に対して、主従の関係でなく親しい間柄のように話しかける。その男こそ、『凍てつく女王』が呼んだカイトという男である。さほど身長は高くなく、黒髪黒目の容貌はどことなく大地と似ていた。季節は夏間近であるが、ドンゴア帝国では雪が振り続けているためか、袖の長い黒いコートを着用していた。
「そうだ。ちょっと欲しいものがあってな」
「欲しいもの? 国王のあなたが手に入れられないものなんてあるんですか?」
嫌味のような、それでも率直な疑問のようだった。
「当たり前だろう。ドンゴアで手に入るものならば、私は簡単に手に入れる。だが、他国の手に渡っているものを簡単に手に入れる事は私でも難しいさ」
そうは言うものの、『凍てつく女王』は本気でそう思っているようではなかった。冷ややかな目が、彼女が心から楽しんでいる事を如実に表していたのだ。
「他国のものが欲しいんですか?」
「あぁ、そうだ。それでお前を呼んだ」
「俺を? ――ということは、欲しいものはノーランにあると?」
「察しがよくて助かる。そうだ。エレナの王女が手にしたものなのだが、正規軍では取り逃がした。そのまま欲しいものはノーラン公国に入ったみたいなのだ」
「俺でも取り逃がすかもしれませんよ?」
「馬鹿なことをいうな。お前の実力は私が一番知っている。お前がミスを犯すとは思えないな」
「……わかりました。ジェリード様の御心のままに」
『凍てつく女王』の目的を聞いて、カイトは一礼をした。
黒いコートが微かに揺れる。その瞬間、ちらりと首筋が見える。そこには『第二』という刺青が掘られていた。




