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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第三章 ノーラン公国、大陸動乱前編
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(14)

 

 マリテルア騎士団の団長だと名乗ったアイサに連れられて、大地が通されたのはとても大きな部屋だった。

 さきほどまでの白を基調とした教皇の間や大広間とは違って、温かみのあるクリーム色で統一されている部屋である。壁際にはいくつもの寝具が並べられていて、タンスやテーブル。ソファや鏡台など一通りの家具が揃えられていた。どうやら位の高い者が利用する客間のようである。

「本日はお疲れでしょうから、こちらの部屋を用意させて頂きました。何かありましたら、近くの者にお申し付けくださいませ」

「は、はい。ありがとうございます」

「いえ、それでは私はこれで」と小さく礼をして、アイサは退室した。

 再び部屋を振り返ると、先に来ていたのだろうエリーナたちもいた。疲れ果てているのか、リーシェはすでにベッドに横になっている。一方で、エリーナとティドは何やら真剣に話しこんでいた。

「あ、戻ったんだね」

 大地が戻って来たのを見て、リシャールが「おかえり」と声をかけた。

「あ、あぁ、うん」

教皇猊下(げいか)には何を聞かれたの?」

「あ、あぁ。今まで通りだよ。俺の気持ちとか何をしたいかとか」

 と、大地ははぐらかす。

 パルトロメイからは秘密にしていてほしいと言われている。共に旅をする仲間とはいえ、話す事はできなかった。

「ふ~ん、そっか」

 リシャールもさして気にした風ではなく、

「もう少ししたら、晩ご飯だって。僕たちのために、僕たちの国の郷土料理を用意してくれるって」

「へぇ~」

「楽しみだね」と笑うリシャールにつられて、「そうだな」と大地も笑った。

 だが、内心では先ほどの教皇との会話が胸中を渦巻いている。大地を勇者として降臨させたのは、かつての勇者を降臨させた者と同じ連中だということ。それは、大地にとって大きな意味のあることだった。

 一方で、教皇は確信があることではないから誰にも話さないでほしいと口にしていた。二人だけの秘密だ、と。

(どうして、そうする必要があるんだ?)

 大地には分からない。

 だが、大地はパルトロメイの言葉を守ろうと思った。彼の言う通り、確信のない話でエリーナたちを混乱させたくなかったのだ。大地自身が確信を持てた時に、みんなに話そうと考えていた。



 食事は、マリテルア大聖堂の食堂で食べることになった。

 大地たちに用意された食事はそれぞれの国の郷土料理である。だが、誰かの召喚のオーブによってこちらの世界に連れてこられた大地にはどれも初めて見るような料理だった。

「これは何て料理なんだ?」

「それはオルマージュっていう僕らの国の料理だよ。どこの家でも作られる料理なんだ」

「へぇ~」

 魚のムニエルのような料理だが、味は微妙に違う。バターではなく、チーズが使われているのだろうか。美味しい料理だった。

「クルニカの料理か。やっぱ魚料理が有名なんだな」

「そうだね。クルニカは川や海が多い国だから」

「そういえば、エレナは海に面していないんだよな」

「そうよ。エレナは周りをほかの国に囲まれてるから。魚よりも農業や牧畜が栄えてるわね」

「なるほどな~。よくよく考えれば、そんなことも知らないまま旅に出たんだよな……」

「どうしたの、急に?」

 突然感慨深くなった大地を見て、リーシェが首をかしげる。

「や、なんとなく。無知って怖いなって」

「大地はこっちの世界に来たばかりだから仕方ないよ」

「来たばかりって。もう一か月近くたちますよ?」

 と、いつものようにティドが呆れたようにからかう。

 それはいつもの様子だった。大地を囲んで、エリーナやリシャールが様々なことを教えて、リーシェが同じ聞き役やフォローに回って、ティドが大地をからかう。パンゲアに――エレナ王国に来てから、旅に出てから、クルニカでリシャールに出会ってから、それはずっとそうだった。

 だから大地を囲んで、みんなで笑っていることがいつも通りだった。これまでの戦いや逃走の日々から解放されたような、ようやく安息の時間を手に入れたような瞬間だった。

「――それで」

 と、ティドが話を変える。

「明日はどうします?」

 みんなに尋ねるように視線を動かす。

 ここに来た目的は、ノーラン教が隠しただろうかつての勇者にまつわる過去の伝承について調べることである。そのためにどう行動するか。まだ何も決めていなかった。

「そうね……。とりあえず図書館に行きましょうか」

「やはりそうなりますね」

「えぇ。教皇様自らあれだけ勧めてきたんだもん。裏があるかもしれないけど、何か手がかりはあるはずよ」

「……裏」

 パルトロメイはノーラン教の現教皇である。ノーラン教の闇の部分ももちろん知っているだろう。パルトロメイがエリーナの目論見を見抜いているのなら、何かしらの対抗策を講じていてもおかしくない。そういうことだった。

「でも、行くしかない」

「えぇ、そうよ。過去についての伝承も、おとぎ話の真実もじっとしてちゃ分からないままだわ。たとえ裏があっても、私たちは行くしかない」

 確固とした決意をもって口にした。

 それはエリーナだけではない。大地も、ティドも同じである。そしてリーシェやリシャールも真実を知りたいと思った。オーブ、そしてノーラン教は彼らの生活になくてはならないものとなっている。その根幹にあるのは、オーブの長い歴史だ。パンゲア世界にオーブが広まってから、およそ五○○年。その長い時間の中で、生活の中にオーブは必需品となっていった。一人に一つだけのオーブだが、その用途は応用を加えれば、様々なものに広がっていったからだ。

 しかし。

 ノーラン教の存在理由はオーブの普及や保護だけに留まっていない。そう知ってしまった。その組織の裏には、表から決して見えないその奥にある闇はどれだけ深いのか。かつての勇者を通して、知らなければならない。そう感じてしまったのだ。

「だから、覚悟を決めよう」

 ノーラン教と敵対する可能性を、覚悟する。

 それは、初めて旅に出た時には想像もしなかった覚悟だ。様々な困難が待ち受けていると考えていた。大地の想像もつかないような試練や壁が存在するものだと思っていた。

 だが。

 大陸最大宗教との敵対は、彼の思い描いていた困難の中にはなかった。

 それだけ大きな壁なのだ。

 そして、エリーナはみんなと同じ意識を共有するために口を開いた。

「明日からが、本番よ」



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