(13)
教皇がいるという教皇の間の重たい扉を開ける。
その時、空気が変わった気がした。
巨大なガラスが燦々(さんさん)と降り注ぐ西日を室内に多く取りこみながら、その輝きを一層と増している。白を基調とした広大な空間には、形容しがたい圧倒的な存在感があった。この場にいるだけで何か畏怖を感じてしまうような、どんな人間でもひれ伏すしかないような尊厳が確かにある。
それは、教皇の間が作り上げているものだろうか。それとも、奥にある長大な机に向かっている人物だろうか。
その人物こそが、ノーラン教の教皇であるパルトロメイ・カメリーニ。
長く伸びた白髪は腰まで伸びており、どこぞの魔法使いなどを連想させるものの、毎日手入れが行き届いているようで艶があった。六〇歳を超えて皺が増えた容姿だが、威厳と柔和を備えていて、ノーラン教の最高指導者であることを如実に表していた。
「よくぞきた、エリーナ姫、勇者殿。お連れの方々も」
「ど、どうも」
と、小さく会釈する。
対して、エリーナとティドはサッと跪いた。一番後ろにいるリーシェはもっと大袈裟に平伏していた。その様子に最初はきょとんとしていた大地も、慌てて倣った。相手は、ノーラン教の教皇なのだ。一国の王女よりも、その威厳は高い。抱えている信者の数を考えれば、エリーナですら真正面から歯向かうことはできなかった。
「よいよい。招いたのはわしのほうだ」
教皇の言葉を待って、エリーナたちは顔を上げた。つられて、大地も視線を戻す。
「帝国の軍に追われていたようだったが、どうやら無事みたいだな」
「え、えぇ。もしかして、教皇猊下が?」
「ふふ。何、気にするほどのことではない。ちょっと未来を見て、ちょっと救える命を救っただけだ。何せ、エレナの姫と噂の勇者なのだからな。助けるな、というほうが無理だろう」
わしは教皇なのだから、とパルトロメイは機嫌がよさそうに口にした。世間で噂になっている勇者に出会えて嬉しいようだ。
「教皇猊下。私はこれで」
「あぁ。ありがとう、アイサ。君のおかげで希望が救われた」
ビシッ、と礼をして、扉の側で控えていたアイサは教皇の間を後にする。
アイサが退室したことを確認して、エリーナが尋ねる。
「教皇猊下。どうして、私たちをお招きに?」
「なに、簡単なことだ。勇者はノーラン教にとっても大事な存在なのだ。一度会いたいと思っていた。ただそれだけよ」
「…………」
その言葉に偽りはないだろう。
ノーラン教は宝玉、またオーブを神と崇める宗教である。おとぎ話に登場する勇者は大陸でたった一人だけのオーブを持ち、世界の危機と戦ったとされている。その勇者と同じ色の輝きを持つ大地がこの世界に降臨したのだ。大地を勇者と見なして、ノーラン教が何らかの接触をしてくることは予想通りだった。
しかし。
エリーナたちは知ってしまった。この世界について詳しくない大地までも真相を聞いた。ノラッシュ村でノルアが話したかつての勇者の伝承を。ノーラン教誕生の秘密を。そのノーラン教が今も隠している過去の歴史を。
だから。
パルトロメイの言葉には、何か裏があるのではないかと疑う。
「こちらも質問していいだろうか?」
「な、何でしょうか?」
「どうして、すぐに公国に向かわなかったのだ? 勇者に関する伝承も書物も他より多く貯蔵していると自負しているのだが」
「そ、それは……」
エリーナは言い淀む。どう言葉を返せばいいのか、悩む。パルトロメイの質問はこちらのうちを探っているようだったからだ。
正直に話すべきか。しかし、相手は大陸最高の予言者である。予見のオーブである『セイズ』は未来を見る力であるため、単純な嘘くらいは簡単に見破られそうな気がしてしまう。何よりもヨーラは力の強い予見者は会話まで見ることが出来ると言っていた。パルトロメイにはそれも造作ないのだろう。やはり迂闊なことは喋れない。
「……私の家に仕えている予見者がおとぎ話の伝承が出来た場所があるって教えてくれたので。まずはそこを目指そうと――」
「なるほど、トマッシュ地方か。懐かしい場所よ」
「懐かしい場所?」
思わずリシャールが口を挟んだ。
「そうだ。聞いていなかったのか? トマッシュ地方はノーラン教が誕生した地だ。わしも何度か訪れたことがあるが、昔はもっと栄えた場所だったと言われておる。今は小さな村だったかの」
「は、はい、そうです」
「そうかそうか。たしかに勇者ならおとぎ話について真っ先に調べるのは間違いないだろう。それでトマッシュ地方で何か分かったのかな?」
「それは……」
再び言葉が止まる。
まるで、誘導尋問のようだ。これまでの旅路を一つ一つ話させることで、大地たちが余計なことを知りえたのかどうか謀っている。そんな気がする。
「ノラッシュ村で、伝承の本文が彫られた岩を見たくらいです。村の守り人から内容を伺いました」
「……なるほど。あの岩はまことに大事なものよ。あれを守ることもわしらは重要なことだと考えておる。代々守り人がおる村ゆえに、教会をたてるつもりはないがな」
「は、はぁ……」
ノーラン教の意向を述べられても、大地たちは反応に困ってしまう。
対して、気にした様子もないパルトロメイは話を続ける。
「とマッシュ地方で伝承の本文を見たか。それで気になってここに来たというわけか」
「は、はい。そうです」
「なるほどの。それならばここの図書館を利用すればいいだろう。君たちが求めるものがあるかどうか分からないが、たくさんの資料が残されておる」
「私たちが使ってもいいのですか?」
「構わんよ。マリテルア大聖堂は広く開放されておる。それは図書館についても同じだ。教会の者しか利用できないというわけではない。――しかし、今日はもう遅いな。これまでの行程で疲れておるだろう。部屋と食事を用意しよう。ゆっくりと休むといい」
「――ありがとうございます」
すぐにでも調べたいという欲求もあった。
だが、パルトロメイの言う通り、まもなく日も落ちて外は暗くなるだろう。急いで目的のものを調べるよりも、休息のほうが大事だった。
「それでは、騎士団の者に案内させよう。少し待っていてくれ」
「わかりました」
頷いて、大地たちは教皇の間を出ようとする。
そこへ、
「おっと、すまん。勇者殿は残ってくれないか? 話したいことがあってな」
「……お、俺ですか?」
「あぁ、そうだ」
突然呼びとめられたことに困惑している大地をよそに、パルトロメイは笑顔を見せている。
どうしようか、と大地はエリーナたちへ振り返るが、
「私たちにも大事なことかもしれないわ。残るべきよ」
「わ、分かった」
「怪しい質問されたら、答えないようにね。こっちが知った情報は喋っちゃダメ」
「あぁ、分かってる」
自分にも言い聞かせるように、大地は強く頷いた。
同じように頷き返したエリーナはティドたちを連れて、教皇の間を後にする。ここからは大地ただ一人で教皇と話をしなければならなかった。
「すまんの。二人きりで話したいと思っておってな」
「い、いえ。それで話って?」
教皇と二人きりという状況に、大地は戸惑っていた。相手はパンゲア中に信者を抱えているノーラン教の教皇なのだ。緊張するな、というほうが無理である。
「まぁ、気楽にしてくれ。そう難しい話をするわけじゃない」
パルトロメイは大地に腰掛けるように微笑んだ。
「し、失礼します」
「それで話なのだが、君のことを聞きたくてな」
「お、俺のことですか?」
「そうだ。セイズという大層なオーブのおかげで教皇という立場になったのだが、そう易々と使えるものじゃない。君の口から君のことを聞きたくての」
「な、何を話せば……」
「なんでも」
「そ、そう言われましても……」
「困る、か。そりゃそうよな」
と、パルトロメイは機嫌よさそうに笑っている。本当に勇者である大地に会うことが出来て嬉しいという感じだ。
「そうだな……。君はこの世界をどう思う?」
「え……?」
突然の質問。
「ど、どうって……」
「わしも君が別の世界からきたということを予見している。その君から見たこの世界の率直な意見を聞かせてほしい」
考える。
パンゲアという統一世界について。オーブという特別な力を誰もが持つ世界は、大地がいた世界とはあまりに違う。大地の世界の常識はこちらの世界では通じない。パンゲアという世界に住む彼らの生活は、オーブが欠かせないものになっている。
「何よりもオーブの存在が強いかなって……」
「そう。この世界にはオーブという力がある。この力は誰もが等しく持っているもので、わしらの生活になくてはならないものになっておる。そういうふうになったのは、今から何百年も前の話だ。――では、君はオーブについてどう思う?」
「オーブについて……」
またも考える。
パルトロメイの考えは分からないが、大地が抱く世界観を聞きだそうとしているようだ。それが何に繋がるのだろうかと考えながら、大地はパルトロメイの問いに答える。
「この世界の神様じゃないんですか?」
「それはあくまでもノーラン教の教えだ。君自身の考えを聞きたい」
「俺は……、オーブはそんなに万能なものじゃないと思います。とても神様だとか崇めるようなものには……」
それは大地の考え。
彼が暮らしている世界では、この世界のオーブに代わる様々な技術力がある。衣食住、仕事、交通、学問、会話、その他の様々な場面でも技術力は活かされている。ようやく機械が発明されたようなパンゲアとはあまりに違うのだ。だから、大地はノーラン教の教えのように、オーブを神と崇めるような考えは理解できなかった。
「……なるほど。聞いた話では、君の世界では人々はオーブもなしに空を飛べるらしい。それを考えれば、確かにオーブは万能ではないだろう。しかし、君が思う万能ではないという面は他にもあるのではないか?」
「は、はい、そうです」
オーブ――あるいは宝玉は、一人にたった一つだけ。
それは絶対であり、一人の人間が複数のオーブを持つことはない。親から受け継ぐというかたちで得られるオーブという力は、いくつもの制約があるように思えるのだ。
「その通り。オーブはとても制約が多い力なのだ。一人に一つだけ力を与えるオーブだが、その原理はノーラン教が誕生する以前まで遡ると言われている。詳しい史実は失われているが、伝承の勇者の時代前後と予測されている。その当時から、オーブは一人につき一つだけの力だった」
「…………」
「では、そのオーブはどのようにして増えていったと思うかの?」
「増えていった?」
「今でこそ様々な力が存在するオーブだが、その始まりは一つのオーブからと言われておる。これは伝説のような話で、信憑性は低いがの」
パルトロメイの話によれば、親から受け継がれるオーブだが、その際に稀に親と違うオーブ――あるいは、宝玉――を得る者もいる。厳密に言えば、両親のオーブの特徴を少しずつ合わせた新しいオーブを得ることがあるのだ。それは、つまり全く新しいオーブの誕生を意味している。
「そうやって、オーブは今のように種類を増やしてきた。その種類全てを知ることはノーラン教でも難しい。今、この瞬間もどこかの子どもには新しいオーブが宿っているかもしれないのでな」
「は、はぁ……」
「そこでだ。かつての勇者のオーブは銀色の輝きを放ち、世界でたった一人しか持たないと言われていた。――これは、どういうことだろう?」
「ど、ういう……」
そこで、ハッとした。
オーブは親から受け継ぐかたちで得られるパンゲアという統一大陸に伝わる力。しかし、おとぎ話のもとになったかつての勇者は、世界でたった一人しか持たないオーブの力を持っていた。
(……前の勇者は子孫を残さなかった――?)
一つの仮定が生まれた。
「その可能性は高いだろう。――だが、わしは別の仮定も提案したい」
「別の?」
「そうだ。……おとぎ話は無論作り話だ。信憑性などなく、空想が多分に含まれているが、信じられる点もいくつかある」
「…………」
「それは勇者が共に旅をしたという仲間たちが持つオーブの力だ。彼らのオーブは今の時代でも希少な力が多かった。わしら予見者のような『セイズ』、傷を癒す『ヒーリング』、動物などを操る『レイズ』。そして、召喚の力『サモン』だ。これらは今も数が少ないオーブに挙げられている」
パルトロメイが列挙したオーブには、大地も目の当たりにした力も含まれていた。一方で、これまで出会ってきた人々の中でそれらのオーブを持っていた人は確かに少ないようにも感じられる。
「さて勇者について話を戻すが、わしが考える仮定はもっと馬鹿らしい話かもしれん。だが、こうして君を目の前にした今、その可能性もあるだろうとわしは思っておる」
その仮定とは、
「何を話してるんだろうね?」
「さぁね。ま、大地に探りを入れてるんだろうけど」
「大地になら大丈夫でしょう。むしろ、有益な情報を得てくるかもしれないですよ」
と、普段は大地を小馬鹿にしたような態度を見せているティドも大地を信頼していた。
「そうかしら」
「大地を信じようよ。きっと大丈夫」
「うん、僕もそう思う。大地は僕たちが考えてるよりも、もっと強い人だと思うんだ」
それぞれが、大地を信じている。
これまでの旅路で培ってきた信頼関係や仲間意識がそうさせているのか。ティドだけでなく、リーシェやリシャールも力強く言葉を返していた。
「……そうね。大地だもんね」
エリーナもふと思い出した。
これまでの旅で、大地は懸命についてきてくれた。彼を突き動かす感情が何なのか。それはエリーナには分からないが、クルスを旅立った時からそれは変わっていない。彼は覚悟をして、パンゲアを巡る冒険に飛び出したのだ。そんな大地を信じないわけにはいかなかった。
(ほんの一か月くらいの旅で強くなったんだね、大地)
感慨深くなる。
エリーナは大地がいた世界を知らない。だが、彼はパンゲアのような争いばかりの世界ではないと口にしていた。もっと平和な世界だ、と。それを考えると、大地は恐ろしいほどにこの統一大陸の世界に馴染んでいる。観念しているのかもしれないが、それは信じ難いことに変わりない。
「――だったら、無理だろうな」
「え?」
「ううん、何でもない」
ぽつりと出た言葉を誤魔化して、エリーナはみんなの後をついていった。
パルトロメイの言葉。
それは、
「かつての勇者も、君と同じ異世界の人間なのではないか?」
衝撃だった。
パルトロメイの口から出た言葉をすぐに頭が理解できず、あまりに強い驚きで、開いた口から言葉が出てこない。
(前の勇者も俺と同じで、別の世界から!?)
その言葉は、俄かに信じられない。かつての勇者の時代は今から五〇〇年ほど前のことらしい。人間一人を別の世界から召喚するなどとても信じられないと大地は出会った人の多くから驚かれていた。今の時代でそれくらいなのだ。約五〇〇年も前の――オーブの力が広まる時代で、大地と同じように人間一人を別世界から召喚することなど可能だったのだろうか。
「……あくまでも仮定の話だ。信じる必要はないが、心には留めておいてもらえると嬉しい」
「ど、どうして……」
「かつての勇者も、今の君のオーブも世界でたった一つだけの力だ。同じ銀色の輝きで、オーブは『覚醒系』。似通っている点はいくつもある。君が異世界の人間だと言うのなら、かつての勇者もそうだったのかと疑問に思っただけよ」
パルトロメイは笑っている。
しかし、大地には看過できないことがあった。
「このオーブの力を知ってるんですか!?」
「……? もちろん知っておる。勇者についての研究もノーラン教の活動の一つになっておるからの」
またしても、大地は衝撃を受けた。
ノーラン公国ではかつての勇者についてだけでなく、大地自身のオーブについても調べる予定だった。対峙した誰もが銀色の輝きに驚愕するばかりで、詳しい力の種類など分からずじまいだったのだ。それが、こうもあっさりと知る機会に出くわした。そのことに拍子抜けしてしまったのだ。
「ど、どんな力なんですか?」
「君のオーブは圧倒的な力だ。他のどのオーブとも違う輝きを見せ、特異な力を君に与えてくれる。そのオーブに正式な名称は存在しない。――が、ノーラン教は『アウラ』と仮に名付けた」
「アウラ?」
「本能という意味だ。――君にもう一つ質問しよう。誰かがオーブを使う時、君はそのオーブをどう見ている?」
(どう見てるって――)
どういうことだ? と大地はすぐに分からない。
「そのままの意味だ。相手のオーブを君はどう感じている?」
言われて、思い返す。
エリーナのオーブである『バーサーカー』、ティドの『ガルドル』、リーシェの『ヒーリング』、リシャールの『イグニス』。そのどれもが違う力を宝玉の持ち主に与えている。それらのオーブを見て感じることは様々あった。その中でも、大地は覚えていた言葉を同じように口に出す。
「…………オーブは五感で感じることが出来るって」
「守り人の言葉だな」
「は、はい」
「その通りだ。多くのオーブは五感で感じることが出来る。そもそも様々な種類のあるオーブは、三つの種類に大別される。最も一般的なものが『具現系』。その力はあらゆるもの生み出すものであり、変化を目で見てとれるものだ」
リーシェの『ヒーリング』やリシャールの『イグニス』はこの具現系に含まれる。オーブの力が、その輝きにとともに実際に目で見て判別できるものである。その中でも、最も強い種類に当たるのがマルスの雷を生む『ライトニング』である。
「二つ目の分類が、『使役系』。これは『具現系』とは違い、この世に存在するものを自身の意のままに操るオーブだ。『具現系』のほうが汎用性は高いとされているが、『使役系』は扱いに慣れれば、『具現系』のオーブを超えるほどの力を発揮することもある」
一番分かりやすい例は、クルニカ王国の王子であるエルベルトの『アグア』だ。彼のオーブは存在している水を意のままに操る力である。エルベルトの『アグア』は、『具現系』のオーブで水を生み出して利用するよりも強い。
また、ティドの『ガルドル』も自身が歌った声で、相手に影響を及ぼしている点から『使役系』に分類される。
「パンゲアに存在するオーブのほとんどは、この『具現系』と『使役系』に分けられる。そして、残ったオーブが『覚醒系』に分類される。君のオーブ――『アウラ』もこれに属する」
「――『覚醒系』」
「そうだ。他の二つに分類されるオーブは、宝玉の持ち主自身には影響を与えない。だが、『覚醒系』は違う。わしら予見者の『セイズ』やエレナの姫様の『バーサーカー』などは『覚醒系』に分類されるが、それらの力は自身に特別な力を与えるのだ。――つまり、君の『アウラ』も君に特別な力を与えてくれているはずだ」
確かにそうだ。
大地は鍛えているわけでもなく、ティドのように訓練をしているわけでもない。それでもオーブを使えば、盗賊をあっさりと撃退したり、王族の護衛隊長を務めているマルスや敵国の有力部隊とも渡り合えた。
それは、全てオーブが大地に特別な力をくれたからだ。何度も言うが、大地は戦闘の経験など当然ない。殴り合うような喧嘩もしたことがないのだ。そんな大地が、この世界で日常的に鍛錬を積んでいるような相手と互角に刃を交えている。
それこそが、
「――本能の力」
と、いうことだった。
「そうだ。君の『アウラ』は、君自身に何よりも勝る本能という絶対的な力を与えている。かつての勇者と同じように、相手を圧倒できるような超直感を得るのだ」
「超、直感」
五感では感じられないような、勘めいた確信。第六感とでも言うべき説明のつけられない感覚。それらのような力を、銀色の輝きを持つ宝玉は大地に与えているのだ。
右手の人差し指に嵌めている指輪を見つめる。
ノラッシュ村のノルアに加工してもらった大地の宝玉だ。原石のころよりは小さくなったが、今も変わらずに銀色の光沢を見せているそれを微かに撫でる。左手の指先が温かくなった気がした。
「やはり、綺麗な色だ。わしの透明な宝玉よりもはるかに神々しい」
「ど、どうも」
(やはり?)
大地は、パルトロメイの言葉に引っかかりを覚えた。しかし、その言葉の真意をはかる前に会話は続いていく。
「どうだ。君は一番始めに手を差し伸べてくれたエレナの姫様について回っているようだが、わしらの元に来る気はないかの?」
「え……?」
「ノーラン教はパンゲアで世界最大の集団だ。信者は国境を越えて、大勢おる。一国の後ろ盾よりも強いと思うぞ」
それが目的か、と大地は心の中で身構える。
この時代の勇者として降臨した大地は、数多くの国々から狙われている。それは、このノーラン公国――ノーラン教も変わらないようだった。
「……どうして、俺が欲しいんですか?」
「異世界から訪れた君は分からないだろうが、パンゲアは混沌の時代を迎えようとしている。先の大陸戦争は終わったとはいえ、各国の緊張状態は今も変わらずに続いている。ゴルドナ帝国の技術革新はそれに拍車をかける動きになるだろう。北のドンゴアや西のグルティアが黙って南の動きを見ているはずがない、というのが我々の見方だ。再び大陸戦争を起こさないために、君の力を貸してほしいのだ」
大地の力を貸してほしい。
それは、エリーナの言葉と全く同じだった。しかし、同じ言葉でも大地の心には響いてこない。相手がノーラン教の教皇ですでに大きな力を持っているから、というわけではない。ノルアからノーラン教の闇の部分を聞いているからである。たとえ氷山の一角の闇でも、パンゲアで信頼のおける人が少ない大地にとって、それは大きな負の要素だった。
「……ど、どうして俺の力を? 勇者の力はそんなに必要なんですか?」
「それは当たり前だ。かつての勇者は大陸に平和をもたらしておる。今の仮初の平和ではなく、本当の平和を実現するためにも勇者の力が必要なのだ」
「…………」
(欲しいのは俺じゃなくて、俺が偶然にもらったオーブの力、か)
パルトロメイが『アウラ』と説明したこの力が、どれほど大きな力であるか。大地には想像もつかない。だが、パンゲアのいくつもの国が大地を追い求めている事実から、彼らにとっては大事で、とても重要な力なのだろう。
「このオーブにそんな力が?」
「厳密には、違う。『アウラ』は他の宝玉と同様に、持ち主自身に力を与えるものだ。君の力が必要と言ったのは、別の理由がある」
「別の理由?」
「君も聞いたことがあるだろう? かつての勇者は長い冒険の末に、ある宝玉を手にしている。彼はその宝玉の力で、世界に平和をもたらした、と」
それは知っている。
エリーナが大地を冒険に誘った時に話した内容だ。世界を平和に導いたほどの力を持つ宝玉ならば、大地をもとの世界に戻ることもできるかもしれない、という誘い文句だった。
思い出して、大地も気づいた。
「ノーラン教は、その宝玉がほしいんですね」
「あぁ、そうだ。もっと言えば、勇者――つまり、君を狙っている者たちの狙いはすべてそうだろう。勇者自身にも大きな力があるが、伝説の宝玉が持つそれはもっと絶大だ。手に入れられれば、願いが叶うとまで言われているのだからの」
(……なるほど)
合点がいった。
その宝玉を手に入れるには、勇者が必要なのだ、と。いや、宝玉を見つけられるのは勇者なのだ、と。
「『アウラ』がないと、伝説の宝玉も見つけられないってことか――」
「わしはそう考えておる。だから、君にわしが知っているオーブについてを話した。――しかし、これはまだ確信のある話ではない。できれば、内密にしておいてほしい」
「内密に?」
「そうだ。オーブ、かつての勇者については真実が定かではない話が充満しておる。これ以上真偽が確かでない話を増やしたくないということが一つ。もう一つは、内緒にしておいてほしいという老人の願いだ。お願いできるかの?」
「……わかりました。誰にも話しません」
「そうか。ありがとう」
ニコリ、と笑ったパルトロメイは満足気な表情を見せた。
二人の話はそこで終わった。
パルトロメイが大地に話したかったことはオーブについてだったようで、あとはそれこそ他愛のない話が続いた。パルトロメイはそちらの話でも盛り上がっていたが、大地にとっては先ほどの話が頭の中で渦巻いていた。
(俺が狙われている本当の理由。それに、このオーブについても分かった。あとはノーラン教が隠している過去についての伝承とおとぎ話の真実を探せば……)
ノーラン公国での目的は達成する。
笑顔で話しているパルトロメイをよそにして、大地は確かな興奮を覚えていた。




