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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第三章 ノーラン公国、大陸動乱前編
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(12)


「ティド! ティド!!」

 深手を負ったティドの名前を、エリーナは何度も叫んだ。

 隣でリーシェが『ヒーリング』を使って、ティドの傷を必死に回復させている。その彼女の栗色の髪は汗に濡れていた。傷の回復に使用できる『ヒーリング』は繊細(せんさい)な技術が必要となるため、かなり集中しているようだ。

「――ぐッ!? は、ぁはぁ……」

 次第に、呼吸が安定してくる。青ざめていた顔色も、もとの赤みを取り戻してきたように見えた。

 そこへ、くるくる赤毛の女の人が近づいてきた。

 先ほど大地たちを助けてくれた女の人だ。気がつけば、彼女の後ろには大勢の人がいた。彼らは一様に同じ軍服を着ている。どこかの軍隊だろうか。

「なんとか無事だったみたいですね」

 女の人からは赤毛とぱっちりとした二重瞼(まぶた)が活発な印象を受けた。一方で、白色のスカートに長いブーツを()き、どこかの軍人を思わせる薄い胸当てを着用している。

 彼女の後ろに大勢の同じ格好の男がいる様子を見れば、何らかの軍である事は間違いないのだろう。しかし、赤毛の女の人を含んだ彼らの格好は、エレナ王国やクルニカ王国の軍隊よりも綺麗な色合いをしていた。

「はぁはぁ……。えぇ、ありがとうございます……」

 未だ痛みに顔を(ゆが)めながらも、ティドが礼を述べた。

「礼には(およ)びません。私たちも命令を受けただけですから」

「命令?」

 赤毛の少女の言葉に、大地はきょとんと首をかしげた。

挨拶(あいさつ)が遅れました。私は、ノーラン教所属マリテルア騎士団団長アイサ・フィルといいます。パルトロメイ教皇猊下の命により、あなた方をお迎えにあがりました」

「きょ、教皇……!?」

「マリテルア騎士団ッ!?」

「私たちを迎えに?」

 それぞれが違った点に驚いた。

 マリテルア騎士団とは、ノーラン公国内にある――ノーラン教の総本山であるマリテルア大聖堂を守護する騎士団である。ノーラン公国を治める公爵が保有する公国軍とは違って、ノーラン教に従事している騎士団は滅多に国境線まで出てこない。それを知っているからこそ、エリーナたちはマリテルア騎士団の登場に驚いていた。

 一方で。

 大地は、アイサと名乗った女の人自体に驚いていた。

「だ、団長?」

「そうです。ドンゴアの軍はこちらで対応しました。私たちはあなた方を安全に聖堂までお迎えするように仰せつかったので。国境沿いまで来てくれていたおかげで、我々も手を出せました。ありがとうございます」

 アイサは、大地たちをノーラン公国へ案内すると伝えた。

「どうして俺たちを迎えに?」

 当然の疑問を口にする。

 彼女たちは大地たちがノーラン公国を目指していた事を知らないはずだ。こうもタイミングよく迎えに来たなんて信じられなかった。

「私たちが所属しているノーラン教はセイズ使いの集まりですよ? 予見者でもあるパルトロメイ教皇があなた方の来訪を予見したそうです。猊下もあなた方にお会いしたいそうなので、私たちがお迎えにあがりました」

「教皇様が私たちに?」

 驚いた声を出したのは、エリーナだ。エリーナは教皇と面識はある。それでも教皇が一個人のために迎えを出すなど聞いたことがない。それが、たとえ友好国の王女であっても、だ。

(大地が目的、ね)

 そう判断した。

「そうです。そちらの方の傷も深そうですし、こちらが用意した馬車にお乗りください。マリテルア大聖堂があるアステーナまでお送りします」

 たしかにティドの傷は深い。リーシェの『ヒーリング』で傷を治せるとは言え、すぐに全快するわけではない。寒さが強い外にいるよりは馬車でゆっくりと治したほうがいい。エリーナは、アイサの言葉に頷いた。

「いいのか、エリーナ?」

 大地が小声で尋ねた。

 リーシェは今もティドに付きっきりでオーブを使用している。より安全な場所に移動したほうがいいのは分かるが、ノルアの話を聞いた以上、ノーラン教を完全に信用できるわけでもない。

「今は大人しく受けるのよ。どうせこっちも大聖堂に行く予定だったんだし、送ってくれるなら都合がいいわ」

 そう。

 大地たちの目的もノーラン公国の、大聖堂に行くことなのだ。そこで、ノーラン教が秘匿しているというおとぎ話の勇者について、過去の伝承について調べる。馬車で連れていってくれるのなら、大地たちにとって歓迎するべきことだった。



 マリテルア大聖堂は、ノーラン公国の公都であるアステーナに建設されている。

 二〇〇年以上の歴史を誇る大聖堂は、(いく)時代もノーラン教の信者たちにとって最大の聖地とされてきた。そのため、マリテルア大聖堂を含むアステーナには毎年数多くの信者や観光客が訪れている。

 今までもいくつもの街を見てきたが、そのどれよりもアステーナは神秘的だった。街の綺麗さや豪華さはクルスやアクス・マリナのほうが圧倒的だ。しかし、この街ほど神々(こうごう)しいとは思わなかった。何よりも違うのは、街の一番奥に見える巨大な建造物である。

「あれがノーラン教の総本山、マリテルア大聖堂です」

 どれくらいの高さがあるのだろうか。遠目からでは判断できない。それほどに高かった。大地が今までパンゲアで見てきた建物の中で一番高い事は間違いないだろう。

 いくつもの尖塔(せんとう)が巨大な聖堂を(おお)うように連なっており、その中心に際立(きわだ)って大きな塔がある。その塔の壁面に、街の端からでも絵柄が分かる巨大なステンドグラスがあった。ステンドグラスには、まるで街を見守るかのように微笑を(たずさ)えている女神が描かれている。ノーラン教の聖書などに登場する神様なのだろうか。大地の眼は自然とその女神に吸い込まれていた。

「あそこに、勇者の秘密があるのか」

 ぽつりと声が(こぼ)れた。

 声は馬車が軽快に走る音で()き消されたが、大地のらんらんとした視線を同じ馬車に乗りこんでいるアイサはちらりと見ていた。

「皆さん。聖堂に着きましたら、教皇猊下とお会いして頂けますか?」

「それはもちろん――」

「ありがとうございます。あなた方と会う事を楽しみにしておられましたので」

 大地たちはすぐにでもノルアから聞いた話を確認したかったが、こうして馬車で送ってもらっているのだ。反対など出来るはずがなかった。

 それに、

(教皇から直接聞けるかもしれない)

 という(あわ)い期待もあった。

 程なくして、馬車はマリテルア大聖堂の前で停まった。

 近くで見ると、大聖堂は本当に大きい。ベルガイル宮殿も大きかったが広いという印象で、高さは圧倒的にこちらのほうが上だ。首を上に向けても、天辺(てっぺん)は見えなかった。はたして何階建てなのだろうか、と大地は自分の世界の物差しで考えてしまう。

 すると。

「こちらです」

 馬車を降りたアイサがエリーナたちを案内していた。

 大地も慌てて、後を追いかける。

「教皇猊下はどちらに?」

「上層階に教皇の間があります。そちらでお待ちしています」

「上層階……」

 そこで、大地はふと気付いた。

「階段で上るのか?」

「……? そうですが」

「…………」

 思わず絶句してしまう。

 思い返せば、こちらの世界でエレベーターなどに出くわした記憶がない。今までも低い家ばかりで、高くてもせいぜい三、四階建てが最高だった。しかし、このマリテルア大聖堂はその程度ではない。外から見た感じでは、ざっと一〇階以上はあるだろう。それを階段で上るのは、馬鹿としか思えなかった。

「え、えっと、簡単に上り下りできる機械みたいなのないのか?」

「上り下りできる? 昇降機のことですか?」

「そう、それ」

「申し訳ありませんが、そのような最新の代物はノーラン公国まで普及しておりません。というよりも、そのような技術はゴルドナ帝国が独占しているので……」

「独占?」

「つい最近って言っていいのか分からないけど、ゴルドナで技術革命が起こったのよ。あそこはパンゲアで一番鉱山を所有してるから、後は技術者を集めるだけで良かったみたい。今じゃ、大地の言う昇降機だけじゃなくて鉄道ってのが走ってるんだって。まだ完成したばかりみたいだけど――」

 困惑していた大地に、エリーナがかいつまんで説明した。

(――ってことは、パンゲアはまだ技術が発達する前の世界ってことか)

 薄々は気付いていた。しかし、改めて説明されるとショックは大きかった。自分の世界では当たり前に活用していた数多くの物がパンゲアには存在しないのだ。

(その代わりに、オーブがあるってことか?)

 それとオーブとの関係性は分からない。だが、大地もオーブが実用的すぎることはすでに知った。これだけオーブが様々なことに活用できるため、他の技術の進歩は遅れていると言うことだろうか。

(そう考えるのが自然なのか……?)

 大地自身は技術者でも研究者でもないため分からなかった。

 とりあえず分かっているのは、教皇が待っている上層階に行くには階段をひたすら上るしかないということだった。


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