(7)
ひんやりとした空気が鼻腔をくすぐる。
この空気は、北国特有のものだ。もう何年もこの国で暮らしているため、気候にも慣れている。しかし、夏目前とは思えない寒さは季節感を完全に無くしていた。
「教皇様。こちらにおられましたか」
「おぉ、マインツか。久しいな」
ここは、ノーラン公国。
パンゲアでドンゴア帝国の隣に位置する北国である。ノーラン教の総本山としても有名である。国を治めているのはだが、教皇の権威の方が強い国ともされていた。
その公都であるアステーナの一角に、マリテルア大聖堂はあった。雪国を連想させるような白で統一された外観は、エレナ王国のベルガイル宮殿や水の都アクス・マリナに引けを取らないと言われるほど綺麗である。その外観の中に目立つステンドグラスがいくつもちりばめられていて、太陽の光を一身に浴びて輝いていた。
このマリテルア大聖堂はノーラン公国の観光名所としても有名だが、ノーラン教信者たちの聖地でもある。そして、巡礼最後の地としても知られていた。
マリテルア大聖堂は巡礼の地でもあるため、広く開放されている。しかし、枢機卿や大司教のような高位の者しか入れない場所も当然ある。
それが、教皇の間である。
「はっ。お元気そうで何よりです」
「ははっ。おちょくるでない。わしもまだ六〇をちょうどすぎたところだ。まだまだ元気に決まっておる」
ノーラン教の現教皇は、二四代目のパルトロメイ・カメリーニである。
白髪が目立つ長髪は腰まで届いているが不潔感もなく、女性の髪のように感じられるほどだ。歳相応に皺が増えた顔は威厳と柔和を備えており、教皇としての地位を確かなものとしていた。
「ですが、今日もジェリード陛下の力は強いようです。無理はなさらないように」
「あぁ、分かっておる。ところで、アイサはどこに行った?」
「アイサ団長ですか? 何かご用でも?」
「あぁ、そうだ。勇者の来訪を予見した。すぐという訳ではないが、ここを目指しておるようだ。こちらから迎えを出しておくほうがよかろう」
「そ、それは本当でしょうか!?」
「わしが嘘を言うと思うか?」
「い、いえ! かしこまりました。騎士団とアイサ団長に連絡しておきます」
「あぁ、頼むぞ」
「はっ」
教皇の指示を受けたマインツは部屋から下がっていく。訪れた静寂も気にせずに、パルトロメイは一人考えを巡らせる。
(勇者を招く事は問題ないだろう。しかし、それ以上を伝えていいものか……)
悩む。
パルトロメイは大陸で最も強い力を持つ予見者だ。教皇となってからは祭事等以外ではほとんど使わなくなったオーブだが、勇者が訪れるという未来だけは予見した上で騎士団に伝えた。
それは、そうするべきだと判断したからだ。直感というよりも予見した未来が気になったから、である。
(勇者という存在は、ノーラン教にとっても大事なものだ。彼には無事でいてもらわなければ――)
それは、ノーラン公国を目指している工藤大地に危険が迫っている事を表していた。




