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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第三章 ノーラン公国、大陸動乱前編
54/83

(6)

 

 大陸の北部にあるドンゴア帝国は、大陸随一の軍事力を誇る強国として知られていた。雪と氷で(おお)われた国であり、その極寒の地で鍛え上げられた軍隊は、オーブという力を抜きにして最強と(うた)われているのである。

 そのドンゴア帝国と北の国境で面しているエレナ王国は、北東地域にドンゴア帝国に対応するための軍事都市を建設している。

 それが、城塞都市ベンタイムである。

 古い城を元にして造られた都市であり、エレナ王国軍第五師団の本部としても機能している強固な砦としての面も持つ都市だ。

 黒々とした色塗りの建物が多く目立ち、街のあちこちに兵士の詰め所があった。都市の近くには演習場もあり、王都であるクルスやケンブル、モルスとはまた違った景観を持つ街である。

 そのベンタイムに、一人の少女が訪れていた。

 街の景観とは違う(きら)びやかなブロンドの髪、動きやすさもありながら高級さもある淡いピンクのロングドレスを着ていて、幼さが残る顔立ちは端麗(たんれい)で通り過ぎる人々が思わず振り返ってしまうほどである。

 いや、人々が振り返ってしまうのは少女の容姿ではなく、誰もが知っている有名人だからだろうか。

「ね、ねぇ、あの人って」

「あ、あぁ……。なんで、この街に……」

 と、街の人々がひそひそと話している少女の名前は、レイラ・シンクレア。

 エレナ王国第三王女である。

 勇猛果敢な姉のエリーナも有名であるが、人気は妹であるレイラのほうが大きいかもしれない。彼女は父親であるエグバートのオーブ――『バーサーカー』を受け継いでおらず、母親のオーブを受け継いでいる。また容姿もエリーナには似ておらず、端麗さの内に可憐さも持ち合わせていた。そのためか、お(しと)やかでエリーナよりも王女らしいと人気があるのだ。

「姫様。次の予定もありますので、あまり長居はなされないように――」

「分かっています。ところで、レオン。お姉様はこちらには来られないの?」

 レイラは側にいる男に話しかけた。

 レオン・アンソニー。

 エレナ王国王族特務護衛隊の分隊長を務めている男で、主にレイラの護衛を担当している軍人である。ツンツンに立てた短い茶髪と同じ色の瞳が特徴的であり、好印象を与える顔立ちから王族特務護衛隊のエースとも呼ばれている男だ。

 事実、その言葉通りであり、まだ若いが冷静沈着で頭脳明晰なレオンはナンバー2の実力者である。そして、将来を渇望(かつぼう)されている兵士でもあった。

「来られないようですね。やはり王宮で過ごされるそうです」

「そう、ですか……。久しぶりに会えると思ったのに」

 レイラは、普段は王族が住むベルガイル宮殿のある王都ではなく、貴族都市とも呼ばれているムブルストで生活している。一番幼い三女は、王都の喧騒(けんそう)から離れた穏やかな都市で過ごさせようという両親の考えからである。

「今回はご公務ではありませんので、近頃は各国の情勢も危ういですし、エレナから離れられないのではないでしょうか」

「……そうかもしれませんね。けれど、エリーナ姉様も国を飛び出しちゃうし、私は少し寂しいです」

「レイラ様……」

 レオンは使えている主の心の痛みに、思わず顔を(うつむ)かせてしまう。

 レイラがベンタイムを訪れているのは王家の公務ではなく、休日を利用して知り合いに会いに来たためである。二人の姉もその人物と知り合いであるため誘ってみたのだが、来られないという事だった。

 落ち込んだ気分を変えさせようとレオンは考えを巡らせるが、思春期を迎えた女の子の喜ばし方などいまいち分からない。

(どうすれば――)

 と、頭をひねりながら考える。

 そこには王族特務護衛隊のエースと呼ばれる男の姿はなかった。

 すると、目の前に迎えの執事と兵士たちが現れた。

「お久しぶりです、レイラ姫。お待ちしておりました」

「ありがとうございます。この度はお時間をとらせてしまって、申し訳ありません」

「い、いえいえ。将軍が待っていますので、こちらへどうぞ」

 恐縮している執事の案内で、レイラとレオンは迎えの馬車に乗り込んだ。

 二人が乗った馬車はゆっくりとした速度で、ベンタイムの街を通っていく。その周りを護衛の兵士が付き()っている様子を見ながら、

「将軍はお元気ですか?」

「はい、変わらずに元気です。南に動きがありましたので、北への警戒をさらに強めている最中でございます」

「そうですか……」

 レイラは少し難しそうな表情を見せた。

「どうかなさいましたか?」

 執事は気分を害してしまったのかと不安になる。

「いえ、何でもありません。大丈夫です」

「――?」

 何が大丈夫なのか、執事には分からない。けれど、レイラは先ほどの表情を消して、普段のお淑やかさを端的に表した顔に戻っていた。

 ベンタイムの街並みは、やはりクルスやムブルストとは違っていた。鉄骨の建造物は重たい雰囲気を与えてきて、暗い印象を抱いてしまう。木製や煉瓦(れんが)作りではない建物は、どこか冷たい印象を感じるのだ。

(鉱山が近くにあるとか言っていたかしら……)

 ふと、そんな事を考えた。

 ドンゴア帝国に近い北部には大きな山脈がある。その一部の山から、良質な鉱物が取れるという事を聞いた記憶がある。そこで取れた鉱物を利用して、この街は発展をしていったのだろう。

 そのうちに、馬車はこの街に駐屯している軍の基地へ着いた。

「こちらでございます」

 レオンの手を取って馬車から降りたレイラを、執事は案内していく。

 入り組んだ軍の基地内を歩いていくと、指令室を通りこして、応接室と札がかけられた部屋に通された。

「将軍閣下がお待ちでございます。どうぞ」

「ありがとうございます」

 レイラは軽くノックした。すると「どうぞ」と声が返ってくる。

「失礼します」

 これまた鉄のドアを開けると、室内には一人の男が待っていた。

「ご無沙汰しております、スミス中将」

「遠路はるばるお疲れ様です、レイラ殿下」

「いえ、お構いなく。私も久しぶりに中将閣下にお会いしたいと思っておりました」

「ありがとうございます」

 ゲイリー・スミス中将。

 五〇を超えて貫禄が増してきた風貌(ふうぼう)に似合わず、温和な性格で紳士という印象がぴったりな男性であり、エレナ王国王国軍第五師団司令官でもある。また、レイラが日頃から親しくしている間柄の男性でもあった。

「ベンタイムはムブルストから離れているのですね」

「北に対応するための城塞都市ですので。どうしても五芒(ごぼう)(せい)都市からは遠くなりますね。旅路はお疲れになりましたか?」

「私をか弱い女と思わないでください。これでも一四です。この程度の旅路などどうって事はありませんわ」

「そうでしたか」

 強がりを見せるレイラに、ゲイリーは笑みを見せた。

「どうぞおかけください」

「ありがとうございます」

「レオン殿も」

「恐縮です」

 案内された部屋は応接室というが軍事施設であるため、鉄の匂いが相変わらず強かった。それでも、客人用のゆったりとしたソファに二人とも座る。対面のソファにゲイリーも腰かけて、レイラに視線を戻した。

「それで、この度のご来訪の理由とは?」

「さっそく本題ですか……」

 早急に話を進めようとするゲイリーに、レイラは少し嘆息した。

「殿下もお忙しい身でしょう。お休みの日にこちらまで足を運んで頂きましたし、無駄話はしない方がいいかと」

「そうですか、わかりました。――レオン」

 指示されて、レオンは持参してきた包みを開ける。

 そこに収められていたのは、

「これは、宝玉(オーブ)?」

「えぇ、そうです」

「この宝玉(オーブ)がどうかしましたか?」

 一目には普通の宝玉(オーブ)にしか見えない。ただ宝玉(オーブ)が持つ黄緑色の輝きは薄くなっている。

「持ち主はもう亡くなっていますか……」

「さすがに気付きましたか」

 物心ついた頃に自然と宿る宝玉(オーブ)だが、未だに解明されていない事は多い。その一つが、持ち主がいなくなっても宝玉(オーブ)は残ったままという点である。その場合宝玉(オーブ)が持つ色の輝きは薄くなっているが、オーブそのものは失われていないというのが全世界の共通認識だ。かつてはその特性を利用して主がいなくなった宝玉(オーブ)を二次利用しようとした計画もあったが、今では頓挫(とんざ)している。

 しかし、今問題にするべきは別の点だ。

「どこで、この宝玉を?」

 持ち主がいなくなった宝玉(オーブ)は、ノーラン教が供養するという名目で回収している。入手する事は容易ではないのだ。

「それは申し上げられませんが、(いわ)くつきの宝玉(オーブ)らしくて」

「曰くつき?」

「えぇ。他ならないスミス将軍にお預けしておきたく、持って参りました」

「私にですか? 曰くつきであるならば、素直にノーラン教に渡すのがよろしいかと思いますが……」

「そうするわけにはいきません」

 レイラの真剣な瞳を見て、ゲイリーは思案する。

(深い理由があるのか……。黄緑色のオーブはたしか、ラファル。烈風の具現系か)

「――わかりました。どのような理由があるか分かりませんが、お預かりさせて頂きます」

「お願いします」

「はい」

 受け取った宝玉の感触を確かめたスミスは、

「ご用件はこれだけですか?」

「はい、そうです。どうかなさいましたか?」

「あ、いえ。宝玉一つを渡すためにわざわざこちらまで足を運んで頂いたのかと思いまして――」

「それほど重要だという事です。少なくとも、私には」

「……なるほど。ここは国防の最前線に当たります。危険度は五芒星都市よりも高い。にも関わらず、私に預けるという事は王都に置いておくのは危険、という訳ですか?」

「相変わらず鋭いですね」

「当たっている、と思ってよろしいのでしょうか?」

「えぇ。――私も全ては把握していません。しかし、ゴルドナ帝国のクルニカへの侵攻。それに対応したクルニカとエレナの動き。世界は確実に動き始めました」

「ゴルドナの宣戦布告も関係するのですか?」

「いえ、ゴルドナだけではありません。パンゲア中が関係する事です。最悪の結果となれば、大陸戦争がまた起こるかもしれません」

「大、陸戦争……ッ!?」

 大陸戦争とは、統一大陸であるパンゲア全土で起こった大戦である。

 先の戦争とも言われ、旧モラリス皇国が滅んだ史上最大の戦争だ。一〇年以上も前の戦争であるが、その壮絶な痛みは各国にまだ残っている。スミス自身も、大陸戦争を経験した身であり、悲惨(ひさん)さは嫌というほど味わっている。

「また起こるのですか……?」

「あくまでも最悪の可能性です。そうならないようにお父様が動いているはずです」

「そ、そうですか」

 とはいえ、安心は出来ない。

 実際にゴルドナ帝国はクルニカ王国に軍を侵攻させたのだ。その影響を受けて、各国は緊張状態を高めている。周囲を国に囲まれたエレナ王国はより一層警戒しなければならないのだから。

「まぁ、そうすぐに動きはないでしょう。だから、私自らこちらまで(うかが)いました。それだけですわ」

「そうですか。私も理解しました。姫様のご要望とあれば、何なりとお申し付けください」

「ふふ、ありがとうございます。けれど先ほども言いましたとおり、本日は他の要件などありませんわ。宝玉(オーブ)を渡せただけで私は満足しております」

「そうですか」

「えぇ、そうです。中将は国防も任されている身ですし、私はこれで失礼させてもらいます」

「は、はっ、かしこまりました。門まで部下にお送りさせます」

「ありがとうございます」

 そう言って、レイラは不安が消えたように笑顔を見せた。

 レイラにとってこの宝玉(オーブ)は悩みの種なのだ。パンゲアの情勢が(いちじる)しく動いた中で、入手した宝玉をクルスやムブルストに置いておく事は危険だと判断した。それはレイラの判断だが、彼女はより安心できて、信頼しているゲイリーに預ける事にした。ベンタイムがより危険になる可能性もあるが、レイラはゲイリーの実力をきちんと認識している。その上で、彼を頼ったのである。

「それでは、失礼します」

 一礼して、レイラはベンタイム城塞を後にする。

 その後ろを歩くレオンが小さく口を開いた。

「スミス中将に託して、大丈夫でしょうか?」

「姉様は来られませんでしたし、父上や母上はもとより駄目です。そうなると、私が頼れるのはスミス中将しかおりません。中将がムブルストにいる間にお会い出来れば良かったんですが……」

「遅くなってしまいましたね」

「……えぇ。けれど、預ける事は出来ました。父上もマルス隊長やクレイ隊長にもいろいろ命じているみたいですし、私も動きます」

 それが、レイラの目的だった。

「危険ではないですか?」

「それは承知しています。勇者が降臨した今、それぞれの国が思惑を重ねている状況なのは変わらないでしょう。お父様はおそらくノーラン公国に働きかけているはず。上手くいけばいいですが、念のためというものはしておくべきです」

「それはわかりますが――」

「あなたまで悲観しないでください、レオン。私は少しでもお父様とエリーナ姉様の力になれれば、と思っているだけですよ」

「し、しかし……」

「大丈夫ですよ。レオンが心配するような危ない場所には向かいませんから」

「そうだといいんですがね」

 護衛役のレオンは、使えている主の言葉に小さくため息を吐いた。

 レオンもレイラからそれなりに事情を聞いて、パンゲアの情勢を気にしている。王族特務護衛隊に所属しているため、レオン自身が敵対国への侵攻についていく事は考えられないが、レイラが危惧している国内の危機には対応しなくてはならなくなる。自身の力を疑っているわけではないが、スミスと違って若いレオンは先の戦争を体験していないのだ。不安は少なからずあった。

(だとしても、姫様を護るのが俺の使命だ)

 気を引き締め直して、レイラの側を歩いていく。

 ドンゴア帝国に近いベンタイムは五芒星都市よりも寒く感じられた。




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