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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第三章 ノーラン公国、大陸動乱前編
52/83

(4)

 

 エレナ王国。

 北西部に位置する五芒(ごぼう)(せい)都市。

 さらに、その北西にある王都クルス。

 巨大な宮殿を中心にして大通りが展開するように造られている王都には、様々な国の人々が暮らしている。

「久しぶりだね、王都に来るの」

「あぁ、そうだな」

「先生~。今日の社会見学ってどこ~」

「先週説明しただろう。今日は宮殿内の見学だ」

「おぉ~、まじか! すげ~」

 と、地方の町からやってきた子どもたちは興奮を隠さない。

 今日はケンブルの学校から子どもたちが宮殿見学で王都クルスを訪れていた。その子どもたちの中にセシル・ウォレスもいた。姉であるリーシェと同じ栗色の髪を短く切りそろえている大人しそうなセシルは、騒ぎ立てている同級生たちの後ろを数人の子どもたちと歩いている。

 子どもたちにしてみれば、王都に来る事も久しぶりだった。国内には公道が()かれ、各地の町や村を馬車で繋いでいるが、中央部にあるケンブルから北西にある王都にはなかなか行けないのである。

 そのため、子どもたちは久しぶりに訪れた王都の街並みに感激していた。

「おぉ~、あんな店あったっけ?」

「最近出来たんじゃないか~!」

 などと、子どもたちはベルガイル宮殿に向かうまでの道のりでも、あちこちへと視線を(せわ)しなく移している。以前訪れた時と違う店や建物が多くあって、何度訪れても新鮮さがなくならないのだ。

「自由時間とかないのか~?」

「そうだそうだ。見学終わったら、クルスで遊んでいいー?」

 ワイワイと騒ぐ子どもたちは、引率の先生に自由時間をせがんでいる。ベルガイル宮殿の見学も魅力あるが、子どもたちには王都クルスの街並みも同じほど魅力あるものだった。

「残念ながらそれは無理だ。帰りの馬車に間に合わなくなっちゃうからな~」

「そんな~」

「ちょっとくらいいいだろ、先生―」

 文句を()れる子どもたちを尻目に、セシルは淡々(たんたん)と集団の後をついていく。

(はぁ……)

 胸中で、ため息をつく。

 宮殿見学に気分が乗らないというわけではない。リーシェも訪れた王様がいる宮殿には興味がある。しかし、周囲の子どもたちと一緒に訪れるということがセシルの気分を下げていた。

 先生の側でわいわいと騒いでいる彼らは、セシルが所属しているクラスの中心グループの子どもたちである。セシルは穏やかな性格をしているという事もあり、彼らと仲が良いとは言えなかった。姉と勇者が訪れた場所をゆっくりと見学したいという気持ちもあったのだ。

「どうしたの、セシルくん?」

 そんなセシルに、隣を歩いている女の子が声をかけた。

「え?」

「ぼーっとしてたよ?」

「あ、あぁ、うん。ベルガイル宮殿は姉ちゃんが行った事あるらしいから、楽しみで」

「え? セシルくんのお姉さん、宮殿に行った事があるの!?」

「あ、うん。そうらしいんだ」

「へぇ~。すごいね」

「……うん、すごいんだ」

 そう。

 本当にすごい事なのだ。

 リーシェが訪れたのは今回見学する一般開放されている区画ではなく、エレナ王国の中枢と言える国王や大臣、貴族が政務を行っている区画らしい。社会見学の一環で訪れるセシルは姉と同じ場所には入れない。それでも、その足跡を少しでも追いかけたいと思っていた。

(姉さんは今、どこにいるんだろう……)

 ふと、考える。

 勇者を助けてから、姉のリーシェは彼らについていきたいと言った。その事を知らされたセシルは姉の言葉を信じられなかった。やけに世話好きな事を除けば、比較的大人しい性格だ。まともにアーリ町を出た事がない姉が、エレナ王国を出るという事実がセシルにとって驚きだったのだ。

(まずはクルニカ王国に行くって言ってたっけ――)

 という事は、本当にパンゲア中を巡るつもりなのだろう。当分家に戻らないという事だ。それはそれで寂しかった。家族が一人減るというのは、こういう気分を言うのだろうか。

「……はぁ」

 知らず知らずに、今度は本当のため息が出ていた。



 ベルガイル宮殿。

 エレナ王国を統べる王族が暮らしている絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な宮殿である。それと同時に、エレナ王国の政治の中心でもあった。一般解放されている区画はたびたび観光客や各地の学校から見学者が訪れるが、民間人が立ち入れない区画には、エレナ王国を統治する王族のための部屋が多数あった。

 その内の一つを、ある男が訪れていた。

 重たそうな甲冑(かっちゅう)を纏って、エレナ王国が統率している軍の一つ――騎士隊の紋章(もんしょう)が入ったマントを(ひるがえ)している男はトーマス・クレイ。エレナ王国が誇る騎士隊の隊長である。 

 整えていない無精(ぶしょう)(ひげ)をうっすらと生やしているトーマスは、眼前の陛下に報告をしていた。

「南のゴルドナ帝国は東方征服軍なる軍を動かしましたが、エルベルト殿下率いる部隊に返り討ちにあったもようです。ゴルドナ軍はいまだにセイス大河沿いに陣地を敷いていますが、ほどなくしてゴータイムへ引き上げるものと思われます。――一方で、ゴルドナ帝国の技術者が発明した蒸気機関の発展は目覚ましいものがあり、ゴルドナ帝国は日に日に鉄道網を帝国内に広げています」

「……ふむ、なるほど。今は北のドンゴアよりも南を注視しなくてはならないかもしれないな。マッシュホームにも鉄道は敷かれたのか?」

「はい。エレナ王国の南の国境の先にありますマッシュホームも軍事都市としての側面をより強くし、着々と軍備を増強している状況です。その一つが、鉄道になります」

「……ご苦労。本来はそなたの役目ではなかったが、よく調べてくれた」

「いえ。クルニカに増援を送っていた状況は把握しています。特務護衛隊と各師団は国の防衛に当たっていますから。偵察などは騎士隊にお任せください」

「あぁ。これからも頼りにしているぞ」

「はっ」

 報告を済ませて、トーマスは謁見の間を後にする。

 残った国王は後ろで控えていた大臣と同様に頭を抱えていた。

「予測していた以上に、ゴルドナの技術革新は進んでいるようだ」

「やはり多数の鉱山を所有しているゴルドナ帝国は(あなど)れませんぞ。ドンゴアは雪と氷に覆われた国。その土地で鍛え上げられた軍は大陸一の強さと言われますが、これからはゴルドナ帝国が大陸を率先していくのではないでしょうか」

「そうかもしれんな。遅れを取らないためにも、なんとしても技術者を我が国にも招きたいものだ。……ゴルドナ帝国に入って、エレナにも来てもらえないか使者を出してみよう」

「誘いに乗ってくれるでしょうか?」

「それも誘ってみなければ分からないものだろう」

「そうですが……」

 国を統べる者たちの悩みは尽きない。

 ゴルドナ帝国がクルニカ王国へ攻め込んだ事実は、すでに大陸中に広まっている。エレナ王国がクルニカ王国へ増援を送った事も知れ渡っており、エレナ王国とクルニカ王国が、ゴルドナ帝国を敵対視している事が再確認された。静観している北のドンゴア帝国や大陸一の国土を誇る西のグルティア王国の動き次第では、再び大陸戦争が勃発(ぼっぱつ)するのではないかと噂が広まっている状況だ。

「そうさせないのが国を治める者の務めだろう? ここで大陸戦争を起こしてしまえば、かつての二の舞だ。クルニカと条約を結んだ事も、大陸平和に向けた第一歩に過ぎない」

「はい。……しかし、他国が良く思っていない事も事実です。四方を国に囲まれた我が国は不利です。事が起こった後に動いては遅くはありませんか?」

「……分かっている。ノーラン公国にも使者を出せ。内密にそれぞれの国へ働きかけてもらえないか相談してみる」

「ノーランにですか!?」

「政治利用などどこの国もやっている。今回はこちらからお願いするだけだ。後で親書を用意する。明日には使者をそれぞれの国へ向かわせろ」

「はっ、かしこまりました」

 エグバートの指示を受けて、大臣も謁見の間から出ていった。

 残された国王は一人考える。

(ゴルドナの技術革新、か。資源に技術者と恵まれた国の進歩は凄まじい。線路を走る機械じかけの列車か。初めて目にした時の衝撃は確かにすごかった。この国にも、いずれあれが走る時がくるのだろうか……)



 普段エグバートがいる謁見(えっけん)の間や執務室はベルガイル宮殿の上階にある。そこが、一般開放されていない区画という事である。

 それとは別に、申請すれば誰でも簡単に入れる――解放されている一般区画はベルガイル宮殿の一階、さらにその一部分だけとなっていた。

 社会見学で宮殿を訪れているセシルは、その一つの部屋にいた。

「す、すごい……」

 思わず、声が(こぼ)れた。

 子どもたちがいる部屋は、上階にある会議室と同じ造りの部屋である。部屋の面積や形、調度品から何もかも同じで、見学者用に(もう)けられた部屋だった。つまり、使う事のない見せかけの部屋だ。

 それでも、部屋に置かれている物はどれも高級品で、接触禁止の札が置かれていた。見張りの兵士も数人いて落ち着かない雰囲気だが、それすらも部屋の豪華さに(かす)んでしまう。

「これっていくらするんだろうな~」

「めっちゃ高そう!」

 子どもたちは、目をきらきらとさせている。目の前にある高級品は自分の家にはないもので、初めて目にする複雑な模様の家具等に目を奪われているのだ。

「ちょっとくらい触ってもばれないんじゃね?」

「な! 少しくらいいいよな」

「――こら、お前ら! 先生はちゃんと見てるんだからな」

「げっ! 監視してやがった……」

「先生に向かって、なんだその口の利き方は」

 離れた場所で子どもと先生がやり取りしている会話が聞こえてくる。

 しかし、セシルはそちらに目を向けないで、じっと部屋のある場所を見つめていた。

「どうしたの、セシルくん?」

「あ、ルイちゃん」

「ステンドグラス?」

 セシルの視線の先には大きなステンドグラスがあった。天井まで届きそうな大きな窓につけられているステンドグラスは、太陽の光を浴びて煌々(こうこう)と輝いている。そのステンドグラスには、二人の人間の姿が描かれてあった。

「あの絵って、たしか――」

 女の子は何かに気付いたようだ。

「うん。おとぎ話の――絵本の表紙だよ」

 描かれている二人は、おとぎ話に登場する勇者と共に旅をした少女。二人の仲睦ましい様子だ。

(姉ちゃんは勇者と一緒に旅に行くって言ってたな)

 いずれ、リーシェも絵本の勇者のように、今の勇者と仲良くなっていくのだろうか。いや、すでに仲良くなっているのだろうか。お人好しな性格とはいえ、リーシェが外国までついていくと言ったのだ。もうかなり仲良くなっているに違いないだろう。

(おとぎ話の勇者の仲間って、最後はどうなったんだっけ……)

 自然と、そう考えてしまった。

「すごいよね。私たちより少し歳上なだけなのに、世界を救っちゃうんだから。私じゃとても無理だろうな……」

「……ほんと、すごいよね」

 また同じ言葉を繰り返した。

 おとぎ話の勇者も、姉のリーシェも。二人ともすごいとセシルは思ってしまう。セシル自身も姉と同じで大人しい性格をしている。それなのに、同じ性格の姉はたった一人の人のために世界へと旅立って行った。厳密には違う理由もあるのだが、セシルはそこまで知らなかった。

(やっぱり、僕じゃ追いつけないのかな……)

 悲しい気持ちは、一向に晴れないままだ。



 ベルガイル宮殿は王都の一〇分の一の面積を占めているほど大きい。王都の中央にあることもあって、どの通りからも宮殿が見えるような造りになっていた。そのため、宮殿の荘厳さはより際立って見えている。

 その荘厳(そうごん)な宮殿の正門に、マルスはやってきていた。

 王族特務護衛隊の隊長を務めているマルスは、長年護衛にあたっていたエリーナがエレナ王国を離れていったため、現在は国王の護衛を行っているのだ。というよりも、本来はそれが任務である。

「おはようございます、マルス隊長!」

 門番をしている兵士が、仰々しく挨拶をしてくる。

「あぁ、おはよう。陛下は?」

「エグバート国王は謁見の間にて、クレイ隊長の報告を受けている最中であります!」

「トーマスさんの?」

 と、マルスは首をかしげる。

 エレナ王国が誇る騎士隊は王族特務護衛隊や各地に駐屯(ちゅうとん)している各師団とは異なり、主に敵対国への侵攻を得意とする部隊である。他国と戦争を行っているわけでもない今、トーマスがエグバートに報告する事などあるのだろうか、とマルスは気になったのだ。

「詳しい事は分かりませんが、国王より本来の任務とは離れた命を受けたと聞きました」

「そうか。ありがとう」

「いえ!」

 大きな返事をして、門兵は自身の任務に戻っていく。

 宮殿の大きな門をくぐったマルスは、そこでエルヴァー・マルコラスと会った。

「これはこれは。お久しぶりです、マルス隊長」

「ん、あぁ。元気そうだな、エルヴァー」

「はい。最近は剣術も上達してきたんですよ。またお手合わせ願いたいのですが……」

「済まないな。最近は陛下の護衛で忙しいんだ。上達ぶりを俺も見てみたいが、またの機会にな」

「そうですか。それは残念です」

 と、他愛もない話をして二人は別れる。

 本当に何気ない会話だったが、マルスは嫌な気分になっていた。マルコラス伯爵の子息という立場を活かして、社交界で目上の者たちに取り入ろうとしているというエルヴァーの噂は護衛隊の間でも有名である。特にエリーナへのしつこさは他の噂を凌駕している。彼女の護衛を務めていたマルスが、エルヴァーをよく思っていないのは当然だった。

(どうせ俺から姫様の事を聞こうとしているんだろうが)

 その手に乗るつもりはない。

 エルヴァーを適当にあしらったマルスは、そのまま謁見の間を目指す。王族特務護衛隊の隊長としての責務を果たすために、エグバートの護衛任務に()こうとしている。

 すると、謁見の間を後にしたトーマスと会った。

「おはようございます、クレイ隊長」

「ん? おぉ、マルス隊長か。おはよう、これから任務か?」

「はい、そうです。隊長は陛下に報告をしていた、とか」

「はぁ、どこから嗅ぎつけた」

「いえ、そんな物騒な所では――」

 呆れているトーマスに、マルスは至極真面目に答えた。

「まぁ、いい。しかし、マルス隊長に話す事は出来ないな」

「極秘任務ですか。さすが隊長ですね」

「それはマルス隊長もだろう? 陛下から勅命を受けたと耳にしているぞ。評価が高いのはおそらく君じゃないのか?」

「クレイ隊長には及びませんよ。俺は平民上がりですから」

「ふっ。嫌味にしか聞こえんぞ」

「そんなつもりはありませんよ」

 二人の隊長の会話はそこで途切れた。

 それぞれがエレナ王国の一大軍事力と言える王国騎士隊と王族特務護衛隊の隊長を務めている事から、マルスとトーマスは普段から親交があった。年下のマルスが、先輩軍人であるトーマスに憧れているという一方的なものからだったが、今ではトーマスからマルスに悩みを打ち明ける事もあった。その内容のほとんどが、一人息子についてのものだったが。

 会話が途切れた事で、二人とも本来の目的に戻っていく。

 マルスはエグバートの護衛に向かい、トーマスは騎士隊の本部に向かう。まだ日は昇ったばかりで、これから街は(にぎ)わいだしていく頃だろう。



 ベルガイル宮殿の側には、王族の護衛を担当している王族特務護衛隊の詰所がある。各王国軍各師団や騎士隊などの他の部隊よりも最も近い場所で、エレナ王国を治めている王族を守るためである。その王族特務護衛隊に所属している兵士たちは、さらなる力を得るために日々訓練に励んでいる。彼らが訓練している演習場も、詰所の隣に併設されていた。

 社会見学に訪れていたセシルたちケンブルの学校の子どもたちは、その演習場を訪れていた。

「おー。すっげぇぞ、あれ」

「まじな!」

 激しい訓練を行っている兵士たちを見学している子どもたちは目を輝かせている。間近で目にする軍人に興奮しているようだ。

「軍と護衛隊だったらどっちが強いんだろうな」

「そんなの護衛隊に決まってるだろー! なんたってエリートなんだぞ」

「じゃあ俺も大人になったら護衛隊に入るんだっ」

「俺は護衛隊の隊長になってやる!」

 子どもたちはそれぞれに夢を語った。

 彼らの夢を同じように見学しているセシルも聞いていた。

 けれど。

(そんな簡単になれるもんか)

 少し冷めた目で見つめる。

 彼らとの温度差の違いは、どんなに頑張っても姉には届かないという気持ちにあった。純粋に楽しんでいる子どもたちのように見学できないのだ。セシルの様子に気付かず、子どもたちは兵士たちの技に見惚れていた。

 そんな子どもたちのわいわいとした声は訓練している護衛隊の兵士たちにも聞こえていた。

「騒がしいですね」

「そうか? いい気分だぞ」

「先輩は目立ちたがりですもんね。俺はもっと集中してやりたいんですけど……」

「まぁまぁそう言わないであげて。あの子たちがエレナ王国の将来を背負っていくんだから」

「分かってますけど……」

「あの子たちの中から一人でも来てくれたらな」

「そんな勇気ある子いますかね?」

「いてくれないと困るんだけどな」

「まぁ、そうですね」

 羨望(せんぼう)の眼差しを向けている子どもたちのように、兵士に(あこが)れている子どもはいる。誰もが持っているオーブが子どもたちを過信させている面もあるが、国のために戦うという愛国心や正義感に(あこが)れている子どもたちがいる事も事実だ。

 大陸戦争が起こっていた時代のように兵士の数に(きゅう)してはいない。それでも将来有望な人材を欲しがるのはどこも同じだ。

「ほらほら! いつまでだべってんだ。次の鍛錬にうつるぞ」

 護衛隊の分隊長を務めている兵士の一声が響いた。その大声は、子どもたちの好意的な視線に舞い上がっている兵士たちの気を引き締めさせた。

「り、了解です」

「はっ」

 分隊長の監視の元、兵士たちはまた訓練へと戻っていく。

 その後も子どもたちは訓練風景を見学していく。

 まだ一五歳にも満たない彼らには、これからの未来がたくさん詰まっている。それぞれがどの道を選択するか未知数でも、この社会見学はきっと良い経験になってくれるだろう。子どもたちの引率を担当した先生は、真剣な表情で兵士たちへ眼差しを向けている子どもたちを見てそう感じた。

「それじゃ、今回の社会見学もこれで終わりだ。ケンブルに帰るぞー!」

 引率している先生の言葉で、子どもたちはぶーぶーと文句を言いながらも続々と立ち上がる。

 ベルガイル宮殿と王族特務護衛隊演習場の見学は半日ほどだったが、子どもたちにはとても貴重な体験になっただろう。特にセシルには、大きな機会になった事は間違いなかった。

(姉さんたちの護衛をしてるリスティドって人も特務護衛隊の所属。僕と一つしか歳が違わないのに……)

 セシルはまだ学校に通っている身だ。自然とその違いを大きく感じてしまう。

「大丈夫?」

「……ルイちゃん。うん、大丈夫」

「ほんと? なんだか苦しそうな顔してたけど」

「そ、そう? 前から楽しみにしてたんだけど、いざ来ると改めてすごいなって思って――」

「そうだね。帰ったら、お母さんに自慢しようかな」

 女の子は嬉しそうに笑った。

 きっと彼女も、前を歩いている子どもたちのように、滅多に訪れられない宮殿や演習場を見学出来て興奮しているのだろう。

「驚くんじゃないかな。宮殿の中の様子とか教えたら」

「そうかも。でも、一度でいいからもっと奥にも入ってみたかったなぁ~」

 ぽつりと女の子は本音を(こぼ)した。

 それは、セシルも思っていた事だ。今日の見学で行けた場所は一般開放されている区画だけである。王族特務護衛隊の演習場に関しても訓練している様子を見学出来ただけだ。リーシェは、セシルが入れなかったもっと奥の場所にも行ったのだろう。

「……そうだね」

 そう考えると、また寂しくなった。

「本当に大丈夫? 疲れたの?」

 女の子は、ため息を吐いたセシルの表情を(のぞ)きこむようにして心配した。元気がないように見えているのだろう。

「……うん。歩きまわったから、疲れたのかも」

「大丈夫? 帰ったら、すぐに休んだほうがいいよ」

「うん、そうするよ」

 体調が悪そうな表情のセシルは、心配してくれている女の子に返事した。

 見学が終わった後は馬車に乗って、学校があるケンブルまで戻るだけだ。長時間の移動になるが、今のセシルはただ馬車に乗って身体を預けている方が楽だった。

 ふと視線を前に向ける。

 前を歩いている朝から騒いでいる子どもたちの背中が見えるが、セシルは違う光景を思い浮かべていた。

(随分遠くになっちゃったな……)

 リーシェもこの通りを歩いたのだろうか。

 それは分からない。ベルガイル宮殿もリーシェは訪れたはずだが、どこまで入っていったのかは分からない。

 昔は何でも分かった姉の事が分からなくなって、セシルは痛みにも似た寂しさを感じていた。



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