(3)
「それでは、まずは勇者の誕生とノーラン教についてからお話しましょう。前の――おとぎ話に登場する勇者が、このパンゲアに降臨したのは今から五〇〇年ほど前の事とされています」
「五〇〇……」
「それって――」
「えぇ、そうです。ノーラン教が誕生する以前。もっと言えば、私たち人類がオーブという力を自覚する以前です。当時のパンゲア――統一大陸は俗に言う暗黒時代でした。今よりも国が乱立していた時代で、大陸は争いで満ちていたと言われています。その時代に終止符を打ったのが勇者です。どのように暗黒時代を終わらせたのか、詳しい事が記された文献は残されていないというのがノーラン教の言い分ですが、それは違います」
「違う?」
「えぇ。ノーラン教がパンゲアに広まった経緯をどのように習いましたか?」
「それは、私たちに特別な力を与えるオーブを神様として信仰しようって世界に広まっていったって――」
「表向きにはそうですね。そして、その謳い文句は世間の人々の胸に強く響きました。なにせ、私たちの生活にオーブは欠かせないものになっていたのですから。しかし、ノーラン教誕生には別の理由もありました。ノーラン教が誕生した当時の教皇が予見者だった事は有名です。そして、ノーラン教を広く普及させていったのは予見者たち。学校等の授業ではそう習う事が多いでしょう」
「は、はい。私もそう習いました」
「僕もです」
と、リーシェとティドが相槌を打った。
大地の隣にいるエリーナとリシャールも同様に頷いている。四人ともノルアの言う通りに歴史を習ってきたのだろう。
「別の理由というのは予見者を増やそうという目的と、暗黒時代の歴史を秘匿しようという理念でした」
「ひ、とく……?」
「もちろん現教皇は認めないでしょうね。彼らノーラン教は――と言っても、信者全員ではなく、そのトップにいる人たちは暗黒時代の歴史という秘密をずっと守っているのです。ノーラン教はそのための組織という側面を持っています」
「そ、そんな……」
ショックを受けたのはリーシェだ。
一般人である彼女は政治や世界情勢などに対して疎い。自分が今まで暮らしていた世界の範囲が小さかったのだ。そんな彼女にとって、ノーラン教――またオーブというのはなくてはならないものである。陶酔しきっているわけではないが、ノーラン教に好意的な意識を持っていたリーシェには驚きが強かったのだ。
「その守ってる歴史の秘密っていうのは……?」
「残念ながら、彼らが守っている秘密の詳しい内容までは分かりません。けれど、暗黒時代――そして、かつて降臨した勇者に関する事は間違いありません。特に、勇者がどのようにして暗黒時代を終わらせたのか。その内容を隠していると思います。そして、そこにあなたが降臨した理由も含まれているはずです」
「お、俺が……?」
その一言は、大地にとっても衝撃だった。
勇者というワードから連想される降臨の理由は、世界を救う事。そうアバウトに考えていた大地だったが、自身がパンゲアに降臨した理由はかつての勇者に関連すると言われたのだ。
それはつまり、
「世界はまた暗黒時代のようになりかけていて、俺はそれを救うって事か……?」
初めて具体的に意識した。
エリーナやマルスは最初に、それぞれの国は大陸統一を掲げながら戦争を繰り返していると説明した。ヨーラは以前には一〇以上の国が乱立していた時代もあったと説明した。エレナ王国はクルニカ王国と平和条約を結んでいるものの、各国との緊張状態は続いているらしい。
そんな時代を終わらせるために勇者として大地は降臨した、という事なのだろうか。
「単純に世界を救うなら、そういう事になると思います。ただ……」
ノルアは、そこで言い淀んだ。
「……?」
「あなたには、それだけでない理由もあるように思います」
「それだけでない理由?」
「えぇ。かつての勇者は、オーブという力の黎明期に降臨しています。つまり、かつての勇者は自然に降臨したという説が強いと言う事です。けれど、現在はオーブも多様化し、召喚を扱うオーブも存在しています。――大地さん、あなたはかつての勇者と異なり、他人の手によって降臨させられた勇者です」
そういえば、初めて会った時にマルスは「君をこちらの世界へ呼び寄せたのは我々ではないのだ」と口にしていた。それはつまり、大地を降臨させた人物は確かにいるという事である。別の世界から人を降臨させるなど、とてつもなく強い力が必要になると思えるが、実際に大地はこうしてパンゲアに来ている。そして、わざわざそうした人物がいるという事は、大地を降臨させた人物は勇者を降臨させる必要があったという事だ。
それが、大地の勇者としてのもう一つの理由という事か。
そうだとして、その理由とは何なのか。
エリーナのような世界を救いたいという考えなのだろうか。それとも、別の理由があるのだろうか。
それは、この場の誰にも分からない事だった。
「ともかく、あなたには二つの降臨した理由があるという事です。それを追い求める事が、自分の世界へ帰る一つの方法となるでしょう」
「――ッ!?」
「そして、その内の一つはこの村に残されているものに繋がります」
ノルアは「みなさん、こちらに」とじっと聞いていた大地たちを家の外へと案内した。
気がつけば、森の開けた場所にあるこのノラッシュ村からも太陽が見えた。暖かい日射しが肌に直接触れて、温もりと心地良さを与えてくれる。人から感じる温もりとは違った自然の暖かさは、誰でも受け容れてくれる寛大さを持っている。
その日射しを浴びながら、ノルアは話を続ける。
「この村に残されているものは、かつての勇者と共に旅をした仲間の子孫が残したものです。その者は予見者でした。そして、未来のある出来事を予見したそうです。それに関係する文を、ノラッシュ村に残したのです」
「そ、その残した文ってのが――」
「あなたたちが伝承と呼んでいるものの原文です」
そうして、ノルアは大の大人ほどの大きさの岩の前で立ち止まった。村のあぜ道に沿うようにして置かれている岩だ。どことなく不自然に感じるのは、岩の片面がはっきりとした直線であるからだろうか。自然に残っている岩ではないようだ。
その岩の前に大地たちを案内する。そこには、文字が彫られていた。しかし、こちらの世界の文字であるため大地には読めない。
「なんて書いてるんだ?」
「さ、さぁ……」
「僕も読めませんね。なんて文字なんでしょうか」
ところが、エリーナたちも読めなかった。エリーナたちもそれぞれしっかりとした教育を受けてきたが、彼女たちも見た事がない文字だったのだ。
そこへ、ノルアがさらに口を開く。
「何〇〇年も前の文字ですものね。読めなくても不思議はありませんよ。私も読めませんから」
読めない事を恥ずかしがらずに、ノルアは笑った。
「この地の守り人は代々、この残された文の意味を口伝によって受け継いできているのです。では、読み上げますね」
そう言って、ノルアはゆっくりと言葉を発していった。
岩に残されている文には、
『パンゲアに、一人の青年が現れよう。
青年はパンゲアを旅し、世界を知ろう。
青年は世界を知り、意思と力を得よう。
青年は意思と力を持って、我々を導く者となろう。
青年は導く者となって、我々に新たな光を与えよう。
青年が与える新たな光は、パンゲアに新しい秩序をもたらすだろう。
新しい秩序の元、パンゲアは新しい世界となろう。
新しい世界には、青年はいないだろう。
されど、我々は青年の事を忘れはしないだろう。
我々が呼ぶ、青年の名は――』
と記されていた。
「こ、これは……」
「青年についてばかりですね」
「新しい世界ってどういうこと?」
岩に掘られている文をノルアから聞いた大地たちは、それぞれが困惑した顔を見せていた。
これが、おとぎ話の元である伝承の本文ということか。それにしては、パンゲアに訪れた青年や新しいという単語ばかりが目立つ。この伝承はどちらかというと未来に起こる事を示唆しているような内容なのだ。
そんな疑問に対して、
「これは予見者が残した伝承の本文で間違いありませんが、伝承の内容はこれだけではないのです」
「……っ!?」
「これだけじゃない?」
「えぇ、そうです。先ほどノーラン教は暗黒時代の歴史を秘匿していると説明しました。そして、この地はノーラン教が誕生した場所ともされています」
そこで、ティドはハッとした。
「そ、それじゃノーラン教は……」
「気付きましたね。そうです。ノーラン教はこの地の残されていた伝承のうち、過去に関する伝承を奪い去り、今も隠し守っているのです」
「……ッ」
「か、過去に関する……」
「はい。かつての勇者が暗黒時代を終わらせた伝承です。伝承の内容を正確に把握する事は、ノーラン教が秘匿している以上叶いません。伝承にあらゆる噂がついて完成したのが、あなたたちがよく知るおとぎ話、という事です」
「そ、そういう事だったのね……」
「やはりおとぎ話は、あくまでおとぎ話という事ですか」
「そうです。これは私の考えですが、おとぎ話を作ったのはノーラン教の高い位の者ではないでしょうか」
「高い位の?」
「えぇ。おとぎ話は作り話ですが、その内容は全てが作りモノというわけではないのです。そのうちの一部は、実際に勇者がした旅と同じという事です。となると、ノーラン教が秘匿した歴史について少しでも知っている人の可能性が高いです」
「なるほど」
「けど、おとぎ話の一部だけか」
「そうよね。確かおとぎ話の絵本ってものすごく長かったような……」
「そうでしたね」
ノルアからそう言われても、どこの部分なのかまでは分からない。さらに世間で広く知られているおとぎ話だが、絵本として刊行された内容は深い。児童を対象とした絵本でありながら、一〇冊近くもあるのだ。どの部分が根も葉もない作り話で、どの部分が真実なのかすぐに判断は出来なかった。
「でも、過去の歴史を隠したがってる連中が、なんでおとぎ話なんて作ったんだ?」
と、新しい疑問を口にしたのは大地だ。
「確かに――」
「それは謎ですね」
「それについても推測しか出来ませんが、ノーラン教の内部で派閥争いに関係するのかもしれませんね」
ノルアが自身の考えを口にした。
「派閥争い?」
「どの組織にだって存在する争いですよ。人はより強い力に惹かれるものです。あるいは、ノーラン教という組織に嫌気がさした人物が噂を流しておとぎ話を作りあげたのかもしれません」
可能性が高そうな話だが、それを今確認する方法はなかった。
しかし、一つだけ方法がある。
それはより危険を伴う手段かもしれない。ノルアから話を聞いて、そう思った。親密にしていた国が過去の歴史を秘匿していると聞かされたのだ。胸中に不安が渦巻く。
それでも。
エリーナは、
「ノーラン公国に行こう」
と、はっきりと言った。
「え?」
「おとぎ話は真実と噂が混ざって作られてるなら、ノーラン教の大聖堂に行って、真実の部分を探るのよ。そうすれば、かつての勇者の旅も分かるし、大地だって勇者として何をすればいいのかはっきりするでしょ」
「そうかもしれませんけど……」
ティドは言い淀む。
やはり危険だと考えたのだ。ノーラン教はパンゲアにおいて絶大な支持力と膨大な信者を抱えている。一つ間違えれば、それらを敵にするかもしれない。ノルアが口にしたノーラン教が秘匿している暗黒時代の歴史というものは、それだけの大きな秘密なのだ。それは、あまりに危険すぎる。
けれど、エリーナは「大丈夫」と笑顔を見せた。
「エレナはノーラン公国と仲がいいわ。ノーラン公国もエレナ王国を敵に回したくないでしょ。お父様の怖さは誰だって知ってるだろうし、私もいるしね」
「し、しかし……っ!」
「それに、おとぎ話の真実を知る事が出来たら、あの宝玉についても分かるかもしれない」
あの宝玉。
おとぎ話に登場する伝説の宝玉である。勇者はその宝玉を手にして世界を救った、とおとぎ話では綴られている。現実には存在するかどうかはっきりとしていない宝玉でもあるが、おとぎ話の真実を知る事が出来れば、宝玉についても情報があるかもしれない。エリーナはそう考えたのだ。
そして、大地もそれに乗った。
「俺もノーラン公国に行きたい」
「大地まで……」
「エリーナはおとぎ話に出てくる宝玉が、俺が帰る方法になるかもしれないって言ったんだ。何か分かるかもしれないなら、どんなに危険でも俺は行きたい!」
伝説の宝玉は、おとぎ話の勇者が世界を救ったほどの力を持っている。具体的な力は分かっていないが、もし存在するのならその力で大地も元の世界へ帰れるかもしれない、とエリーナは前に言っていた。その希望を大地も持っているのだ。だから、どれほど危険でもノーラン公国に向かいたいと口にした。
その率直な思いに、ティドもようやく折れた。
「分かりました。次はノーラン公国に向かいましょう」
「本当か!」
「えぇ。エリーナ様も言いましたし、そのほうがいいでしょう。それに、僕たちはトマッシュ地方には来ましたが、その後の目的は未定でしたから」
最もらしい理由を述べて、ティドも納得した。
「そうなると、ノーラン公国までの行き方ですね……。一度エレナに戻ったほうがいいのか、北に上がってからのほうがいいのか……」
と、既に一人でぶつぶつと計画を考え始めた。
すると、微笑ましそうに大地たちの話を聞いていたノルアが口を開いた。
「大地さん、ちょっといいですか?」
「え? は、はい」
「あなたの宝玉は、まだ原石のままのようですね」
「は、はい。加工するには特別な技術が必要だって聞いて――」
「えぇ、そうです。その技術はノーラン教しか持っていませんが、私も持っています。よろしければ、私が加工してあげましょうか?」
「え? で、でも、結構お金がかかるって……」
「確かに特別な技術がいるため、宝玉の加工はかなりの費用がかかります。また、加工しなくてもちゃんとオーブは使えるため、加工しない人も多いです。けれど、あなたは勇者なのですよ。見栄えはきちんとしませんと」
と、ノルアは微笑んだ。
「だから、費用も要りません。私の好意、といったところですね」
「じゃ、じゃあお願いします……」
そこまで言われては、大地も無碍に出来なかった。
どこまで優しいのだろう、と思う。それとも、ノルアには何か別の考えがあっての事なのだろうか。ノーラン教しか持たない技術を、ノルアが習得している事も大地には謎だった。
「それじゃ、どのようなものにしますか? 指輪やネックレス、イヤリングなど様々なものに出来ますけど」
「そうだな――」
と、大地はみんなを見回す。
エリーナは赤色の宝玉を指輪にしている。リーシェは緑に輝く宝玉をネックレスにし、リシャールは緋色の宝玉をペンダントにしている。一番異様なのは、ティドの極彩色の宝玉を剣の柄に埋め込んでいるものだろうか。
それらを見て、大地は、
「指輪にしてください」
と、お願いした。
「指輪ですね、分かりました。完成には時間がかかるので、少し待っていてくださいね」
大地から銀色の光沢を見せる宝玉を預かって、ノルアは家へと引き返していった。
指輪が完成するまではノラッシュ村から出ないほうがいいだろう。それにティドはまだノーラン公国に向かう道程を考えている段階だ。ちょうどいい時間潰しにはなるだろう。
(もしかして、そのタイミングで提案してきたのかな)
と考えたが、すでにノルアは家の中へと入るところだった。
視線を移せば、やはりティドはぶつぶつと計画を練っていた。エリーナはリシャールと何やら石板を見て話し合っている。
そして、時間があいた大地は、
「なぁ、リーシェ」
「うん?」
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
リーシェを誘っていた。




