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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第三章 ノーラン公国、大陸動乱前編
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(2)

 

 ベッドの上で、工藤大地は自然と目が覚めた。

 身体の疲れが完全に抜けたような、すっとした目覚めに気分まで良くなる。こんな感覚は久しぶりだと思えるほど気持ちいい。上半身を起こすと、本当に身体が軽くなったような感じがした。

「…………」

 目覚めてから、ふと周囲を見渡してみると覚えのない部屋だった。

(あ、そういえば――)

 と、ようやく昨日の事を思い出した。

 パンゲアに伝わる勇者についての伝承が誕生した地とされるクルニカ王国のトマッシュ地方を目指して旅を始めてから、やっと目的の村に辿り着いていたのだ。戦いの疲れもあってから、昨日は軽く自己紹介をしてすぐに眠ったのだった。

 カーテンが開けられた窓からは、外の景色が一望出来た。

(……他にも人がいるんだな)

 窓の外には、畑で汗を流している人が数人見える。この村に住んでいる人たちは、ノルアと同じように皆予見者なのだろうか。

 そんなことを考えていると、コンコンとノックが聞こえてきた。

 続いて、すでに起きていたエリーナ・シンクレアが入ってくる。エレナ王国の第一王女であり、勇者である大地を真っ先に見つけた少女である。彼女の一言で、大地は今の旅に出ていた。

「あら、起きてたの?」

「さっき起きた。みんなは?」

「起きてるわ。あとは大地だけ。もうちょっと早起き出来ないの?」

「こっちの時間にまだ慣れてないんだよ。仕方ないだろ」

 と文句を返して、大地はベッドから身体を起こした。

 照明は必要ないほどに日射しが、室内に降り注いでいる。森林の中にある村にしては意外だった。昨日到着した時は日が暮れていた事もあって気付かなかったようだ。これならば畑で作物を栽培する事も出来るのだろう。

 身支度を(ととの)えて、大地は先に仲間たちが待っている客間へ向かった。そこにいたのは、リーシェ・ウォレスとリスティド・クレイ、リシャール・ブランの三人だった。

「やっと起きましたか。相変わらず寝坊が酷いですね」

 と、(あき)れたのはリスティド――ティドだ。

 エレナ王国の王族特務護衛隊に所属している彼だから、エリーナよりもずっと早く起きたのだろう。その表情は大地と違って、眠たそうではない。

「うるさいな。それより、今からか?」

「えぇ。今から、ノルアさんが話してくださるそうです」

「わかった」

 グラモス森林の中に忽然(こつぜん)と存在しているこの村は、ノラッシュ村と言うらしい。オーブを神と崇めるノーラン教の名残が、村の名前に残っているのだろうか。大地たちには詳しい事は分からない。

 このノラッシュ村は、パンゲアで繰り広げられている(みにく)い戦争とは遠くかけ離れた世界のような気がする。事実、この村には武器と呼べるようなものは何もなかった。世間に知られていない村だから、自分の身を守る最低限の武器も必要ないという事なのだろうか。

 すると、ノラッシュ村の守り人を務めているノルアが孫のアンネを連れてやってきた。大地が最後に起きる事を見通していたかのようなタイミングである。

「全員集まりましたか?」

「はい」

「ノルアさん、お話お願いします」

「えぇ、お任せ下さい」

 よいしょ、とノルアは昨日と同じゆったりとした椅子に腰かけた。

「何から話しましょうか。……そうですね、エリーナさん。あなたたちは、どうしてこの村を目指しましたか?」

「え。それは、私の家に仕えてる予見者のヨーラが教えてくれて――」

「そうですか。ヨーラという予見者が。それは正しい判断と言えます。勇者の力はあまりに強い。まだ、あなたは自覚していないようですが」

 と、ノルアは大地をじっと見つめる。

 温かい眼差しでありながら、心の内まで読み透かされるような瞳に大地はギクリとした。ノルアの前ではどんな嘘も見透かされるような、いくら建前を述べても彼女の仕草や言葉遣いから本音を当てられるかのような怖さも覚える。

「自覚……」

「えぇ。その勇者の力を狙う人は多いです。もうそういった者と戦ったようですね」

「あ、はい。ゴルドナ帝国の軍と――」

「……そうですか。悲しい事です。たった一つの大陸に住む同じ人間だというのに……」

「ノルアさん……」

 悲しみに満ちたその表情は、この場にいる誰よりも悲惨(ひさん)な歴史をその目で見てきたからか。年齢を感じさせる顔の(しわ)は、表情に合わせるように(ゆが)んでいる。

「ともかく、あなたを見つけたのがエリーナさんで良かったです」

「え?」

「エリーナさんについてはいろいろと話を(うかが)っていますから。エリーナさん、あなたになら勇者の身を(たく)しても大丈夫と思えました」

「私になら?」

「そうです。実際にお会いして間違いないと分かりました。あなたなら、勇者を――大地さんを正しく導ける事でしょう」

「どういう――」

 エリーナが、大地を導く。

 ノルアが口にした内容を、エリーナは話半分でしか理解出来ない。導くという事はどういうことだろうか。エリーナが勇者である大地を真っ先に見つけたのは、自身の成し遂げたい夢のためだ。エリーナにとってその夢が大事であり、大地に力を貸してほしいと頼み込んだほどである。どちらかといえば、エリーナは大地の勇者としての力を利用しようとしているのだ。

 その大地を導くのが、エリーナだというのはどういう事か。

「ヨーラさんと言いましたか、あなたのお家に仕えている予見者は」

「え、えぇ」

「さきほども言いましたが、その予見者が勇者をこの地へ向かわせたことは正しい判断です。この世界には、あなたが知らない闇がいくつも存在しています。それらの闇に唆される前に、私の元へ向かわせたのは良かったと言えるでしょう。そして、大地さん。あなたは何を求めてこの地へ来ましたか?」

「――エレナ王家に仕えてるヨーラって人に、トマッシュ地方って場所が伝承の発祥した地だと聞いたから。リシャールのお爺さんに、俺がこの世界に来たのには理由があるって聞いたから。それを知りたくて」

「……なるほど。確かに、この地ははるか昔の伝承が生まれた場所とされています。その伝承は今のおとぎ話の元になったものですね。それを求めて、この村に来ましたか……」

「はい」

 力強く答えた。

 自分自身に迷いが生じないように。

 クルスを旅立つ時に決めた決意と覚悟を裏切らないように。

「力強い瞳ですね。私もそこまでは予見出来ませんでした。いや、大地さんの口から直接聞きたくて、見なかっただけかもしれません。――けれど、聞けてよかったと思います」

 一度瞼(まぶた)を閉じたノルアは、何かを思い出すように深く息を吐いた。

 そして。

「大地さんがそれを求めてきたのなら、私は伝承について知っている全てを話しましょう。私の話から、何か得るものがあればよいのですが……」

 と前置きして、ノルアは口を開く。

 その口から語られるのは、この統一大陸の世界に伝えられる(いにしえ)の言い伝え。

 かつての勇者が残したとされる伝説。

 誰もが知っているおとぎ話という、伝承だ。



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