(23)
「――ったく。簡単に負けやがって」
「言ってやるな。彼らの任務は王女と勇者を発見することだ」
「しかし、憐れですね。私たちに出された命まで横取りして、手柄を欲したようですが……」
「実力不足なのは仕方ない。ゆえに、彼らには捕縛の命まで出されなかったのだから」
「――弔い合戦というのは好きじゃないが、課せられた命令がある。果たすとしようか」
新しく現れた男女四人組は大地たちを四方から囲んでいる。
四人ともグレーの軍服を着用しており、胸にはゴルドナ帝国の紋章があった。どうやらゴルドナ軍の新手の追手のようだ。鎧や甲冑を着こんでいないところを見ると、先ほどのゴルドナ兵士とは所属が違うみたいだ。というよりも、新しく現れた四人は将校クラスの実力者かもしれない。
それぞれの軍服には、キラリと光る部隊を示す紋章も縫いつけられていた。
その四人を見て、
「あ、あいつらは?」
「まずいです! さっきの兵士とは訳が違う! ゴルドナ軍の『四人の処刑者』だ!!」
珍しくティドが言葉を荒げた。顔色まで先ほどとは違う。青ざめた顔は、最悪な光景を見たといった表情で固まっていた。
「逃げたほうがいいです! あいつらは化け物だ!」
叫ぶ。
しかし、遅かった。
「逃がすと思うか?」
四方から囲んでいた男女四人組は、一斉にエリーナに襲いかかっていた。
「なっ――!?」
「エリーナ様!」
「やっぱりあんたが『闘神姫』か。悪いが、容赦しないぜ!」
四人の内、栗色の髪の男が誰よりも早く十字剣を振り上げた。
「エリーナ!」
離れている大地も叫ぶ。護衛を務めているティドもすぐに駆け出したが、どうしたって間に合わない。再びリーシェが悲鳴をあげそうになるが、そこでエリーナの右手が強烈に輝きだした。
それは、赤色。
彼女の力を象徴する宝玉の色だ。
『四人の処刑者』の一人が振るった十字剣を、エリーナの魔剣ゲインが受け止める。キィンと甲高い音が響いて、揺れるブロンドの髪のすき間からエリーナの形相が見えた。
「それが、噂に聞く『バーサーカー』か」
「あなたたちが本命ってことね」
「あぁ、そうだ。『四人の処刑者』のアレクシス・グイサだ」
エリーナに真っ先に斬りかかった栗色の髪の男が名乗った。
「同じく、リカルド・アイマール」
「同じくダビド・デ・ルシアだ」
「同じくソニア・クルスよ。個人的な恨みはないけど、私たちはただ与えられた任務をこなすだけだわ」
残りの三人が、それぞれに名乗り上げた。
同じ軍服に、同じデザインの十字剣。それぞれが将校クラスの実力者であることは、ティドの反応が遅れたことやエリーナが初手から『バーサーカー』を発動した点を見れば、疑いようもないだろう。あるいは、あの『執行者』と同程度の力の持ち主かもしれない。
「その任務ってのが、私と大地を捕まえること?」
「なんだ。気付いてんのか」
「気付いていないほうがおかしいでしょ」
「あぁ、そうじゃない。俺が言いたいことは――」
アレクシスと名乗った男が言い終わる前に、ティドが間に割って入った。その瞳は先ほどと同じように鋭い。
「……っと。なんだ、お前?」
「エリーナ様に手出しはさせない!」
「あ? なんだよ、護衛の従者ってとこか」
ティドのことを目にもかけていない口ぶり。ティドを弱者だと決めつけたかのような態度に、自然とムッとしてしまう。
「ゴルドナはエリーナ様と勇者を狙って、何をしようと……」
「答える必要はないな」
とアレクシスは言ったが、予想はつく。
けれど、それは最悪の事態になるということだ。それだけは避けなければならない。エレナ王国の軍に身を置いているティドは、その状況の不味さをすぐに理解した。だから、 誰よりも早く行動に移す。
両手で剣を構えたティドは、アレクシスに斬りかかった。目の前の男にエリーナをやらせるわけにはいかない、と王族特務護衛隊の意地が彼にはある。
「へぇ~。太刀筋はいいな」
「馬鹿にされるのは気に食わないですね!」
「――おっと。なんだ、からかわれるといらいらしちゃうタイプ?」
「そんなこと、今は関係ない!」
「案外関係あるんだぜ?」
アレクシスはへらへらとした態度を見せながら、ティドの攻撃を難なく躱していく。一つ一つの剣戟は鋭くて、簡単に避けられるようには思えない。しかし、アレクシスはたっぷりと余裕を見せながら、躱している。
(く、そ……ッ。な、んで――)
若くして王族特務護衛隊の所属となり、エレナ王国の将来を背負って立つ騎士になれると言われたティドですら攻撃を当てられない。ここまでの実力差を感じたのは、これが二度目だった。
「ティド!」
エリーナはアレクシスとやりあっているティドを心配するが、相手は一人だけではない。
「余所見してる暇はないだろう?」
リカルドと名乗った大男が、エリーナを狙って突っ込んできた。
ガギィン、とお互いの剣が激しくぶつかり合う。しかし、明らかな体格差はどうしようもなく、エリーナの身体が無理矢理押しこまれていく。
「…………ッ」
「エレナのお姫様も、こんなものか?」
「ん、なわけないでしょ!」
エリーナの瞳が再び赤くなり、右手に嵌めている指輪が輝きを増す。それが、合図だった。
「……っ!?」
『バーサーカー』――エリーナの代名詞とも言えるオーブが発動する。すると、押し込まれていたエリーナの身体が、リカルドをじりじりと押し返していく。
「リシャール!!」
エリーナの大声が飛んだ。
呼応するように、リシャールのオーブ――『イグニス』が発揮される。いくつもの火球がエリーナの背中から、リカルドを襲った。
「ちっ!」
慌てて、エリーナから距離を取るリカルド。
そこを狙って、エリーナの魔剣ゲインがその力を振るった。
「――ッ!?」
咄嗟に十字剣で受け止めたリカルドの身体が盛大に吹き飛んだ。
エリーナの黒い剣を受け止めただけで数メートルも吹き飛んだリカルドを見て、『四人の処刑者』の三人は目を丸くした。
(な、なに、あの剣)
「あの剣は……」
じっと立ったままのダビドとソニアが言葉を失っている。『四人の処刑者』の四人はエリーナのオーブは知っていても、彼女が持つ黒い刀身の剣については知らないようだった。そこは、先ほどの兵士たちとは違っていた。
エリーナが持つ黒い剣は、ただの剣ではない。魔剣という名を持つことから、異質な力を持つ剣なのだ。
「その剣……。失われた力を――」
公道沿いに生えている木にぶつかったリカルドは、ギロリとエリーナを睨めつけている。予想外の事だったようで、リカルドの表情も驚愕に変わっていた。
「さすがに気付くのね」
「どうして、それを持ってる?」
「あなたに言う必要はないわ!」
相手に余計に情報を与えないように、エリーナは間髪入れずに突撃した。
先ほどまで力で押し込まれていたのが嘘のように、エリーナはリカルドを押していく。『バーサーカー』と魔剣ゲインの特徴は相性が抜群で、『四人の処刑者』の一人を圧倒している。
「ちっ……。くそ」
「どうしたのかしら? 『四人の処刑者』もこの程度?」
同じ挑発を返す。
その単純な言葉に、リカルドも顔を真っ赤にした。
「ふ、ざけるなよ、小娘が!!」
「――ッ!?」
突然、突風が吹き荒れる。
その風はエリーナの肌を斬り裂いた。少なくない量の血が流れるが、エリーナは気に留めない。
「この風……」
黒剣を持つ左腕を斬り裂かれて、眉をひそめた。
「あなたのオーブね?」
「あぁ、そうだ」
頷いたリカルドの胸元が、黄緑色に輝いている。宝玉をネックレスに装飾しているようだ。
「風を操る使役系……? や、でも、そんなに強い風は吹いてなかったはず……」
と、ぶつぶつと呟くエリーナ。初めて目にした相手のオーブについて分析を始めているのだ。
「烈風を生み出す具現系?」
「だから、考えている暇があるのか?」
「……っ!」
目の前まで突進していたリカルドの巨体を、地面を転がるようにして回避する。身体を回転させる際に左腕で身体を支えてしまって、斬り裂かれた傷口からさらに血が溢れる。
「……ぐっ!?」
「よく避けたな」
「なっ……」
身体を起こしたところに、リカルドの強烈な前蹴りが迫った。咄嗟に腕を交差させて、太い足を防ぐ。しかし、体重の乗った蹴りを完全に止めることは出来なかった。エリーナの身体が蹴りの勢いに押されて、地面を転がる。
「ぁあッ――!!」
数メートルも地面を転がって、ようやくエリーナの身体は止まった。ごつごつとした石に身体を痛めつけられて、エリーナは苦悶の表情を浮かべた。
激痛に身体を歪めているエリーナの元へ、リカルドがさらに迫る。
「――俺を挑発した事、後悔させてやる」
「……っ」
凄むリカルド。強烈な輝きを見せる胸元のネックレスが、キラリとエリーナの視界に入った。
次の瞬間、また突風が吹き荒れた。
「う、ぁあああああああああ!!」
吹き荒れた突風は、エリーナの身体を見境なく斬り刻んでいく。血が飛び散り、エリーナの口から叫び声が零れる。『バーサーカー』状態のエリーナでも圧倒する事が出来ない相手。それが『四人の処刑者』という事なのか。
絶叫は断末魔となって、大地の鼓膜に響いた。
「……め、ろ」
掠れた声は、届かない。
「や、めろ!」
だから、届くように張り上げる。
腹の底から、怒りをぶつけるように。
そして、駆け出した。怒りを力に変えて。
「やめろぉおおおおお――っ!!!」
激昂は、大地の力を助長させる。叫びとともに、大地の蹴りがリカルドの頭を蹴り飛ばした。
「ぐっ!?」
呻き声を上げながら、リカルドは再び吹き飛ばされ地面を勢いよく転がった。
胸ポケットに収めた宝玉が、その輝きを見せる。
上着も関係なく溢れ出る銀色の光に『四人の処刑者』の四人、そしてリシャールは目を丸くさせた。
初めて目にする宝玉の色。
銀色は、おとぎ話に登場する勇者だけが持つ色なのだから。
「そ、それが――勇者のオーブか!」




