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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
40/83

(22)

 

 ポタポタと赤い血がただれ落ちる。

 地面に落ちる鮮血は、砕けて出来た(くぼ)みに溜まっていく。

「ぐ……ッ。――くそが!」

(持ちこたえた――!?)

 傷が浅かったことに、エルベルトは目を見開く。

 相手の隙をついて、殺すつもりで剣を振るった。それなのに、ドッシュは地面に膝をつくことすらしない。驚異的な反応で、エルベルトの剣を(かわ)したということか。

「ちっ!」

 間髪おかず追撃に移る。

 けれど、その攻撃はドッシュの剣に受け止められた。

「さすがは次の王といったところ、か。だが、この程度ではまだまだだぞ!!」

「――ッ!?」

 強烈な圧が、エルベルトの全身を襲う。身の毛がよだつほどの強い威圧感。それはドッシュの屈強な体躯(たいく)や強面の顔と重なって、人を襲う獰猛(どうもう)な獣のイメージをかきたてる。そのイメージは、エルベルトが初めて感じるものだった。

「く、そ……ッ」

 次々に繰り出されるドッシュの剣戟を、エルベルトは必死に受け止め、(かわ)していく。それはエルベルトの攻撃よりもはるかに重かった。体格の差が、攻撃にも如実に表われている。このままでは、エルベルトは押されていく一方だ。

(ま、まず――)

 左腕のブレスレットがシアン色に輝く。

 ヨーラスブリュック上に残っている水が、エルベルトのオーブによってうねり始める。すると、操られた水は地面を素早く走るオオカミの姿となって、ドッシュに襲いかかった。

「無駄だ!」

 それすらも、ドッシュの前では無意味だった。

「――むっ」

 しかし、距離を取ることは出来た。

「はぁはぁ……」

「よく持ちこたえているな。俺と戦った相手はすぐに尻尾巻いて逃げるか、降参するかだったが」

「ここであんたを倒さないと、こっちはさらに不利になるのは明白だ。……多少は無理するさ」

「そうか。ならば、こちらも容赦(ようしゃ)はしない」

 ドッシュのほうから仕掛けていく。

 幾度も襲いかかる重たい攻撃を受け止め、必死に(かわ)すエルベルトは、なんとかして距離を取ろうとする。

「く、くそ……っ」

 (あせ)りは隠せない。

 自分の実力を過信していたわけではないが、ドッシュとも渡り合えると思っていた。いくら相手が歴戦の猛者(もさ)であっても、エルベルトは王家の血筋を引いている。オーブの才も人には決して(おと)らない。

 それなのに。

 押されっぱなしなのだ。

「どうした!? ヨーク家の力はその程度か?」

 挑発までされる。

 一瞬一瞬の攻防が激しさを増していく中で、エルベルトは形勢逆転を考える。このままでは一方的にやられるのは目に見えていた。

 だが。

(どうする。どうすれば――)

 この猛将に勝てるのだろうか。

 若いとはいっても、エルベルトも先の戦争を経験した身だ。実戦経験は並の兵士よりもある。宮廷剣術も習得し、オーブの扱いも上手い。それら積み上げてきた自信が、こんなにも通用しない。

 その焦りが、エルベルトの思考を(にぶ)くさせていた。

「ちっ!」

「――何度やっても意味ないと言ったはずだぞ!」

 苦し紛れの水の奔流で、ドッシュの攻撃の手を一旦止めた。エルベルトのオーブの影響を受けなくなった奔流はその場で落ちてしまう。二人の間に大きな水溜まりが出来た。

 数メートルの距離を置いて睨みあう二人は、周囲の様子を見もしない。お互いだけを直視している。周囲の戦闘の結果など関係なく、ヨーラスブリュックの奪い合いの結果はお互いの勝敗にかかっていると理解しているのだ。

 頭を取れば、勝ったも同然。

 だからこそ、勝機を見出せていないエルベルトもこの場で踏み(とど)まっている。

(『カウティベリオ』の力は絶大だ。持続時間に限りがあるようだが、その一瞬の隙は大きすぎる……)

 パンゲアに数多存在する宝玉(オーブ)により得られる力。

 その中でも希少とされている黒色に光る宝玉(オーブ)。他者のオーブの力を一時的に束縛するという圧倒的なまでの効果。初めて目にしたその力に、エルベルトは為す術がない。『カウティベリオ』を操るドッシュ自身も、圧倒的なオーブを持つゆえの油断もない。ドッシュがオーブを使用した(すき)を突いても、超反応で(かわ)されてしまう。

 あまりにも実力差が――いや、オーブの力の差が大きい。

(それでも攻めなければ、活路はない……ッ)

 受けに回っていては、あるはずの勝ち目もないものだ。

 一転して、エルベルトは攻勢に出た。周囲にはまだ大量に水がある。水を発生させることは出来ないが、水を操ることがエルベルトのオーブの力だ。その力を駆使(くし)しなければ、勝機などあるわけがない。

 操られた水はドッシュを囲うように球体となっていく。ドッシュを水の中に閉じ込めようと狙ったものだが、それすらも『カウティベリオ』によって元の水へと戻された。

(持続時間は短くても強力。しかし――)

 連発出来るようなオーブじゃないはず。

 その予想にかけて、エルベルトはさらに水のオオカミを走らせた。

 三頭のオオカミが、『カウティベリオ』の力によって元の水へと戻った球体の陰から襲いかかる。オーブ使用直後の膠着(こうちゃく)時間を狙った攻撃に、ドッシュも表情を変化させた。

「ちっ……」

 初めて慌てた表情を見せたドッシュは地面を転がるようにして、三匹のオオカミを回避した。

「まだまだ!」

 だが、エルベルトはそこで終わらせない。

 再びエルベルトは駆け出した。オーブを使わせる暇も与えない。数メートルの距離を数歩で詰めたエルベルトは、地面を転がったドッシュに向けて銀色の光沢を見せる剣を振りおろした。

「ぐ、ぁあああああああ――!!」

 絶叫が、巨大な橋に響き渡る。

 エルベルトの剣が、まともにドッシュの身体を斬ったのだ。大量の()飛沫(しぶき)がエルベルトの身体や服にも飛び散る。

 それでも。

(まだ浅いのか!?)

 先ほどと同様に、殺すつもりで攻撃した。今度はドッシュも超反応で(かわ)したわけではない。一度目の回避行動の直後を狙ったために、今度は反応が遅れたのだ。それでもドッシュは倒れない。反応がいいだけではなく、異常に身体が頑丈(がんじょう)のようだ。

「ばけものかよ」

「……はぁはぁ、ふっ。自由自在に水を操ることが出来る貴様が言うか?」

「はっ、こっちのオーブ止めてばかりいやがって」

 苦し紛れの余裕を口にした。

 傷だらけのドッシュと、見た目には返り血を浴びただけのエルベルト。だが、どちらが追い詰められているのか、傍目から見ればよく分からない状況だった。

 ヨーラスブリュックでは、現在も激しい戦闘があちこちで繰り広げられている。時折聞こえてくる爆発音に紛れて、悲鳴も(かす)かに聞こえていた。クルニカ軍かゴルドナ軍か、どちらかの兵士が今この瞬間も国のために戦い、命を落としているのだ。

「やっぱし引いちゃくれないのか?」

「何を言う? 我々にも目的がある」

「……そうか」

(『カウティベリオ』はもう攻略したも同然だ。このまま戦い続ければ、いくら身体が頑丈だっていっても倒れるはず。それなのに引かないのか)

 ドッシュは目的と()った。

 その目的とはなんだ。

 何が狙いなのか。

(セイス大河の支配権……)

 だと考えていた。

 統一大陸に流れる巨大な河であるセイス大河の領有権はクルニカ王国にある。セイス大河に架かる巨大橋も全てクルニカ王国が領地としており、セイス大河を支配しているクルニカ王国は南北の帝国にとって長年目の上のたんこぶだったことは間違いない。

 けれど。

 ヨーラスブリュックは激しい戦闘によってあちこちが破壊されている。港に停泊してあった軍船などの船も戦闘によって破壊されているだろう。現状のヨーラスブリュックを意地でも欲しいというのだろうか。

「考えている余裕あるのか?」

「――ッ!?」

(しまっ――)

 思考に集中してしまった。

 たった数秒。

 あるいは十数秒。

 それでも、ドッシュには長すぎた時間だった。

「ぁああああああああ――!!!」

 ドッシュの剣が、エルベルトの胸を斬り裂いた。

 返り血を浴び、泥まみれの服が上下に切り裂かれる。はだけた服の奥の斬られた肌から鮮血が流れる。

「がっは――。……はぁはぁ」

「まだまだ青いな。戦いの最中に相手の目的を考えるのか?」

 その通りだ。

 目の前にいるのは、ゴルドナ帝国の猛将だ。相手のオーブを止めた一瞬の隙を確実に突いてくる(したた)かさを持ち、己のオーブにも油断をしない堅実さを併せ持つ将軍だ。そのドッシュに対して、考え事に集中してしまうなどあってはならないことだ。

「――ちっ。この程度の傷なんて」

「この戦いを終わらせるのは、まだまだもったいない! 全力で来い!! その上で、捻り潰してやる!」

「ほんっと戦闘狂だな、あんた。殺されても文句言うんじゃねぇぞ!!」

 お互いに傷を負いながらも、男たちは戦いを止めない。

 流れる血を気に留めることもなく、握りつぶすように力を込めた剣を持って、再び駆け出した。

 そうして。

 化け物たちは、またぶつかる。



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