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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
38/83

(20)

 

「お、おい、あの船」

 ふとゴルドナ軍の兵士は、セイス大河を南下してくる船の存在に気付いた。同様にセイス大河の警戒にあたっていた別の兵士も船を直視した。南下してくる船は視認出来るが、ヨーラスブリュックまではまだ距離がある。

「クルニカの軍船だな。セイスブリュックからの援軍がようやく到着したんじゃないのか?」

「だとしても、一隻でくるか?」

「馬鹿なんだろ。たった一隻で俺たちゴルドナ軍相手にするなんてよ」

 ヨーラスブリュックに停泊していた軍船を奪取して警戒をしていた兵士たちは、橋上にいる上官に報告することもなく、自分たちで対処しようと船首を南下してくる船に向けた。たった一隻の軍艦なら、わざわざ報告する手間を省いて沈めてしまおうと。

 兵士たちは船に載せられていた大砲を、南下してくる船に向ける。同種の船であるため向こうにも大砲が積まれているだろうが、先にぶっ放してしまえば問題ない。そう考えて。

 しかし。



「お前らなど、俺の敵じゃないな」



 声が聞こえた。

 どこから聞こえてきたのだろうか。

 それを確かめる時間もなかった。聞こえてきた声を耳が捉えた時には、ゴルドナ軍の兵士が乗っていた船が爆発したのだ。ドゴォン!! という爆音が河に響き渡る。続けざまに、セイス大河の警戒をしていた船が四隻も爆発を繰り返していった。

「な、なんだ!?」

「敵襲か!」

 気付いた時には、もう遅かった。大きな爆発が起こった船は船底も大破したようで、ものすごい早さで傾き始める。

「ふ、船が沈むぞー!!」

「脱出しろ!」

 兵士たちの声が次々に飛び交う。

 けれども、船を襲った者の姿は見えない。ゴルドナ軍の兵士たちはどこから攻撃されたのかも分からずじまいに、セイス大河へ飛び込んで行く。

 あっという間の出来事だった。

 奪ったクルニカの軍船が攻撃を察知することもできずに沈められた。その光景を大勢のゴルドナ軍兵士がヨーラスブリュックの上で見つめていた。一瞬のことに誰もが声を失っている。

 さらに、そこへ。



「攻めろー! 攻めろーっ!」



 老いた老兵の声が、響いた。

 声が響いたのは、ヨーラスブリュック。巨大橋の上に建設された街の中だった。

「く……ッ。こいつら、どこから――!?」

「うろたえるな! 冷静に対処しろ!!」

 突然現れたクルニカ軍兵士に、ヨーラスブリュックを占領していたゴルドナ軍が慌てる。老兵であるノランが率いるクルニカ軍の兵士が、巨大橋を支える支柱をよじ登り、ヨーラスブリュック内に侵入したのだ。

 奇襲に成功したノラン率いるクルニカ軍兵士は、慌てふためくゴルドナ軍を次々に制圧していく。

 ヨーラスブリュックの市街で宝玉(オーブ)が様々な色で輝きだしていた。戦闘が始まった証拠を確認して、エルベルトはゆっくりと軍船の甲板に出た。

(敵の総数は分からないが、頭を叩けば制圧はすぐに済むだろう。エレナからの援軍がもうじき到着する。残りは合流して殲滅すればいい)

 たった一人で囮役を担ったエルベルトは、すぐに次の行動に移る。狙うべきは、敵が本陣を敷いているだろう駐屯基地だ。エルベルトの左腕に()められているブレスレットが強烈な輝きを放ち始める。その輝きはシアン色。水を操るオーブを象徴する色だ。

 轟音(ごうおん)が響いた。

 直後の、静寂(せいじゃく)

 鼓膜を揺らす大きな音に、ヨーラスブリュックで戦う両軍の兵士が手足を止めていた。誰もが空を見上げる。

 晴天のはずの空に、巨大な影があった。

 それを視認して、両軍の兵士が息を飲む。

「さぁ、行くぞ!!」

 巨大な影は、クルニカの軍船だった。

 本来は河や海を走る船が、空を飛んでいる。いや、空を走っている。軍船の船底には、さらに巨大な水柱があった。それが、軍船を空中へと押し上げている。明らかに自然の現象ではない。オーブによるものだ。

 橋上で軍船を見上げたノランも叫んだ。

「エルベルト様ぁああああ――ッ!!」

 応じるようにして、大きな船体を持つ軍船はヨーラスブリュックに着地した。ドッパーン!! と三度目の轟音(ごうおん)が響きわたる。さらに、軍船を押し上げていた水柱が津波となり市街を飲み込んでいく。

 人間も建物も関係なく飲み込んでいく津波に乗って、エルベルトはさらにオーブの力を振るう。

「このまま一気に大将の首を取る!」

 エルベルトの瞳は、一際大きな建物である駐屯基地にしか向けられていなかった。

 しかし、

「――ッ!?」

 突如、津波の勢いが止まった。

 建物を飲み込んでいくうちに力を失ったわけではない。エルベルトのオーブは水を操る力であり、津波が勢いを失うということはエルベルトが力を解かない限りあり得ない。ならば、なぜ止まったのか。

 困惑しているエルベルトの耳にキィン、という金属音が聞こえた。

「――っ!?」

 反射的に身体を後ろに()らす。その前で、(するど)い剣が振りおろされた。

「ほぉ、よく(かわ)したな」

「お、おまえは……」

 エルベルトの目の前に、屈強な男が立ち塞がる。

 男の顔にはいくつも古傷があった。色黒の肌であるが、それでも目立つ傷は彼が歴戦の猛者(もさ)であることを表している。(たくわ)えた口髭(くちひげ)と相まって、男の印象は猛々(たけだけ)しい。ゴルドナ軍を率いているドッシュ将軍だ。

「先の戦争以来か?」

「……、お前が大将で間違いなさそうだな」

「あぁ、そうだ」

「大将自ら戦いに出ていいのか?」

「それは、お前もそうだろう? お前を倒すには、俺が相手するのが一番いいだけだ」

 ニヤリと笑みを浮かべたドッシュは余裕を見せる。対して、津波を操り市街ごと全てを飲み込ませていたエルベルトは慎重に距離を取った。

「どうした?」

 ニヤニヤとした笑みは消えない。明らかにエルベルトを見下していた。

(不味い……。あいつに俺のオーブは有効じゃない)

 エルベルトは先の戦争で、ドッシュが持つオーブの力を目の当たりにしている。また、親和王エグバートと一対一で生き残ったという伝説も知っている。同じく一対一を挑んでも、勝ち目があるとは思えない。

 だが。

(俺以外にまともに()りあえる奴もいない!)

 意を決して。

 エルベルトは、ドッシュに挑んでいく。

 止められた津波をいくつもの水の奔流に変えて、八方からドッシュを襲う。相手の視覚外からの攻撃だ。一方だけを対処していては防ぎきれない。

(これなら――)

「――ッ!?」

 しかし、またしてもエルベルトのオーブは止められてしまった。ニヤリとしたドッシュの左手の指が黒く光っている。

「無駄だというのが分からんか!!」

 一瞬生まれた隙をついて、ドッシュが突進してくる。エルベルトよりもさらに一回り大きな体躯(たいく)があっという間に距離を詰めてきた。

「くそっ……」

 慌てて防ごうとするが勢いに押されて、エルベルトは吹き飛ばされた。突っ込んだ建物の一階が崩壊していく。土埃が舞う中、ドッシュは高らかに笑った。

「かっはは! そんなものか、クルニカの王子よ!」

「……ちっ!」

「そうだ! もっと力を見せてみろ。この程度じゃ、俺は倒せんぞ!!」

 立ち上がったエルベルトは、足元に()まった水から剣を作り出す。構えた先には、変わらずにニヤついたドッシュがいる。

(やはりドッシュの力は強い……)

『カウティベリオ』。

 ゴルドナ帝国内にのみ存在するオーブとして有名で、希少種に当たる宝玉(オーブ)。鮮やかな色に輝く宝玉(オーブ)が多い中で、黒色に輝くという特色を持つそれは他国にも圧倒的な畏怖(いふ)を与えている。それは、対象としたオーブの力を束縛(そくばく)するもの。相手のオーブの自由を無くすオーブである。

 ドッシュには、その宝玉(オーブ)がある。黒色に輝いている左手に指輪として()めているのだろう。

(だが、そう長くは続かないようだな)

 八方から襲った水の奔流は止められたが、エルベルトは水を操るオーブの力が戻っていることを確認した。

 水を生み出す力ではなく、周囲にある水を操る力であるため水そのものがなくなるとエルベルトは途端に弱くなる。しかし、まだ水はそこら中に存在している。水がある間は、戦う余地は残っているのだ。

「どうした? 来ないのか?」

 相手のオーブの自由を奪うという絶対的なオーブを持つドッシュは、決して自分からは仕掛けない。相手から先に攻撃させ、オーブの自由を奪った隙を徹底的に突くという戦闘スタイルを持っている。そのスタイルゆえ、親和王エグバートと一対一で生き残ったとも言われている。

 だが。

 こちらから仕掛けなければ、活路は見出せない。

 ふっ、と短く呼気を発して、エルベルトは駆け出した。腰に提げた剣を抜く。圧倒的なオーブの力でセイス大河に君臨しているエルベルトだが、剣術も(おろそ)かにはしていない。そこに、賭けたのだ。

 一気にドッシュとの間合いを詰めるエルベルトの左右から、再び水の奔流が現れた。鉄も断ち切る高圧水流をイメージして、さらに操る奔流の勢いを増す。あわよくば、を狙った攻撃だが、やはりドッシュに当たる前に『カウティベリオ』の力で止められてしまった。

「何度繰り返しても、結果は同じだぞ!」

 余裕綽々(しゃくしゃく)にエルベルトのオーブを止めたドッシュは、その隙を突こうと剣を構える。その鋭利な刃がエルベルトに向けられる。それでも、エルベルトは止まらない。さらにドッシュとの距離を詰めて、抜いた剣を地面すれすれから斬り上げた。

「――なっ!?」

 ドッシュと目があったエルベルトはニヤリと意地悪い笑みを返して。



「じゃあな、おっさん」



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