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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
36/83

(18)

 

「くそ! 遅かったか」

 目の前に広がる光景を見て、エルベルトは苦い顔をしていた。

 クルニカ王国とゴルドナ帝国を繋ぐ巨大な橋――ヨーラスブリュックはすでにゴルドナ軍の手に落ちていたのだ。ゴルドナ帝国の宣戦布告は国境線に軍を展開した後にされたのではないかと思うほどの速さだった。

 ヨーラスブリュックに入れないと判断したエルベルトは、セイス大河の岸に船を停泊させて、巨大な橋の様子を見ている。

「どうなさいます、殿下」

 側近のノランが尋ねる。

「鳥類の使役のオーブを持つ者を呼べ。空から敵の様子を伺う。相手の陣容が分かり次第、反撃に出るぞ」

「はっ」

 指示を受けたノランは、すぐさま部下に命令してエルベルトが指定した人物を探し始める。

 一方のエルベルトは、鋭くさせた瞳をじっとヨーラスブリュックへ向けていた。

(ヨーラスには軍船も幾つか残っている。それらを利用されると、アクス・マリナには数日で辿りついてしまう)

 通常の運航船とは違い、クルニカ王国が所有している軍用船にはさらに高度な技術が使用されている。つまり、水を操るオーブを利用して船の航行速度を上げているのだ。操る者の技量によって速度に違いが出るが、運航船などよりははるかに速い。水を操るオーブを持つ者がいなければ機能しないが、捕虜の中にそのオーブを持つ者は数人はいるだろう。命惜しさに敵の命令を受ける兵士だっているはずだ。

 そうなれば。

(セイスブリュックも鎮圧の必要性がなくなり、簡単に突破されてしまう。それだけは避けなければ――)

 ヨーラスブリュックから王都であるアクス・マリナへ向かう順路は二つある。一つは橋を渡って公道を通る陸路である。陸路のほうが途中の町村で物資の補給などもでき、行軍ははるかに容易だろう。

 しかし、圧倒的に早いのはセイス大河を北上することだ。セイス大河を北上し、セイスブリュックを越えて支流に入れば、後はずっと真っ直ぐ進むことでアクス・マリナに到着する。強行すれば、一日で王都には着いてしまう。

 それだけは阻止しなければならない。

(一刻も早く反撃に出なければ……)

 エルベルトの表情に焦りが見え始める。

 ゴルドナ軍が動きを見せないのは、クルニカの反撃を警戒しているからだろうか。それとも次の侵攻作戦を練っているのだろうか。増援を待ち、一気に王都を落とすつもりだろうか。はたまた北のドンゴア帝国の動きを睨んでいるのだろうか。

 様々な予想が頭の中に浮かんでいく。

「殿下! 連れて参りました!」

 ノランを介して、命令を受けた兵士がやってきた。使役系のオーブを持つ者であり、鳥を利用して、空からゴルドナ軍の陣容を探る。

 兵士のオーブを受けた鳥が、ヨーラスブリュックに向かって飛び立っていく。

「どうだ?」

「敵は我々の軍船を使い、大河を警戒している模様です! 一個、いや最低でも二個大隊が港のほうにいます!」

「橋のほうはどうだ? 陸からは入れそうか?」

「門のほうはさほど敵の数はいません。――ん、待ってください! 数人のゴルドナ軍兵士が門を越えて、我々の領地へ入って行きました!」

「数人の兵士?」

「は、はい。空から見える限りでは、五人です! 向かう先は王都のほうかと――」

「索敵部隊では?」

 エルベルトの側で報告を受けているノランが考えを述べた。

「俺たちを探すのでなく、なぜ陸の方へ向かう?」

「そ、それは……」

「…………。考えていても答えは出ない! 目の前の問題は敵の侵攻を食い止めることだ。門の警戒は少ないのだな?」

「はい! 港よりも割かれている兵の数は圧倒的に少ないです。罠の可能性も――」

「ヨーラスも全長一キロを越える巨大な橋だ。制圧されても入ろうと思えば、どこからでも行ける。港や門だけでなく、橋を支える柱も警戒しているのだろう」

 罠の可能性は低いとエルベルトは考える。

 ゴルドナ帝国がどれほどの軍を動かしたか分からない状況だが、一キロにも及ぶ橋全てを警戒することは不可能だ。ヨーラスブリュックに留まっている理由は定かではないが、要所要所に部隊を配置していることだろう。

 それならば。

「こちらにもやりようはある。ノラン、お前は別働隊を率いろ。俺が河から攻める」

「し、しかしッ――」

「ノラン。俺を誰だと思ってる? 水のある場所なら、俺は誰にだって負けないさ」



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