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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
35/83

(17)

 

 大地たちがクルニカ王国の都、アクス・マリナを去る前。

 運航船に乗ってアクス・マリナに到着した頃には、ゴルドナ帝国の不穏な動きはエルベルトの耳に入っていた。エルベルトは、すぐにクルニカ王国とゴルドナ帝国を結ぶヨーラスブリュックへ増援を送る指示を出した。

 しかし。

 ゴルドナ帝国の動きは、それよりもさらに早かった。

 エルベルトがセイスブリュックを出発した時には宣戦布告があり、軍を率いてヨーラスブリュックに到着した時には、すでに橋は帝国の手に落ちていたのだ。宣戦布告からわずか半日でセイス大河に架かる巨大な橋を制圧していた。

「抵抗は少なかったな」

「油断はされぬように、将軍。このセイス大河を任されているのは、あのエルベルトです」

「ふん、小賢(こざか)しい王子か。いかに奴のオーブが強力といえど、先に橋は手中に収めた。王子には後手後手に回ってもらう」

 ニヤリと邪悪な笑みを(こぼ)したのは、顔にいくつもの古傷があるドッシュ将軍だ。

 ゴルドナ帝国が、今回のクルニカ王国侵攻で編成した東方征服軍の大将に任命された将軍である。血気盛んな性格で知られており、エレナ王国のエグバート国王と一対一で戦った経験も持つ闘将だ。

 ドッシュがいるのはヨーラスブリュックのクルニカ軍駐屯基地である。制圧した今、捕虜(ほりょ)となった兵士を除いて、クルニカ軍はいない。駐屯基地の大部屋に軍本部を設けて、ドッシュはどっかりとソファに座っていた。

 そして、(たくわ)えた口髭から次々に指示が出される。

「本国へ帰ってきたスパイをこちらに呼べ。彼らの情報を元にして、さらに侵攻作戦を立案する。二個中隊は制圧した港の船を使い、大河から周囲の警戒に専念しろ。クルニカの王子が来るとしたら、河を下って、だ」

「はっ!」

 指示を受けた側近の兵士が下がっていく。

 ドッシュがいる大部屋には大きな楕円(だえん)形のテーブルが置かれており、その上にクルニカ王国の地図が広げられていた。広大なクルニカ王国の中で制圧したのは、たった一つの橋だけである。エレナ王国との関係をより強固なものにしたクルニカ王国には、脅威となる前に弱体化してもらわなければならない。

(エレナとの関係悪化が一番、か)

 テーブル上に広げた地図を(にら)みながら、ドッシュは思案する。

(エレナとクルニカの親密さは尋常ではない。ノーランを加えて、大陸には七つ国が存在しているが、この二つの国はお互いに攻め合ったことがまるでない。何代も前の国王から親交は厚い)

 しかし。

(それが一度崩れれば、元に戻るのは困難。今回の侵攻は単純な領土の奪い合いだけではない。皇帝のお望みはさらに大局を睨んだもので間違いない)

 でなければ、自身が大将に命じられることはないとドッシュは考えている。それは自意識過剰に映るが、ドッシュはそれほど自分の力を信じているのだ。先の戦争も経験し、『バーサーカー』という強力なオーブを持つ親和王と一対一で戦い、唯一生き残った男としてのプライドがある。

(この征服軍に、先に侵入させていたスパイを同行させていることも何かしらの意味がある)

 大将にも知らされていないことがある。直感でドッシュはそう判断していた。

 つまり。

(皇帝直々の勅命(ちょくめい)。その内容は大将である俺は知らなければおかしいだろう)

 また一つ、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 程なくして、軍に同行しているスパイが大部屋にやってきた。

「何でありましょうか、将軍」

「そう緊張しなくていい。少し()きたいことがあるだけだ」

「訊きたいこと、でしょうか?」

「そうだ。――お前はクルニカでスパイ活動を行っていたな?」

「は、はい」

「聞けば、三人で活動していたそうだな。うち一人が捕えられて、残った二人が本国へ帰還。そして、帰還した二人のうち、一人が今回の侵攻に同行している。諜報(ちょうほう)部員がなぜ軍に同行している?」

「そ、それは……」

 ドッシュの質問に、スパイはあからさまに動揺する。

「言えないか?」

「こ、皇帝陛下からの勅命でありまして――」

「なるほど。それはとても大切な任務ということ、なのだろう。無闇に人に話せられないのは俺も分かる。だが、これだけの軍を任されている俺としては、たとえ一人の勝手な行動でも目に余るのだ。お前の行動で軍全体が揺るぎかねないとなれば、な」

「そ、それほど大きな影響が及ぶかどうかは――」

「自分では判断できないか? 俺は分かるぞ。皇帝の勅命だ。その内容が陳腐(ちんぷ)なものであるはずがない。ゴルドナだけでなくパンゲア全体にも関わることじゃないのか?」

 さらに詰問(きつもん)していく。

 その一言一言が、スパイを苦しめていく。皇帝は勅命を下したスパイに口外するなと命令しているのだろう。しかし、あらゆる可能性を考慮しているドッシュはいかに皇帝が口外するなとスパイに命じていても、簡単に引き下がるつもりはなかった。

 古傷が目立つ顔がさらに険しいものになる。鋭い視線が、震え上がっているスパイを見据えている。大部屋にいる他の者たちは当然ドッシュの側近であり、スパイを助けようとはしない。彼らはドッシュに全てを捧げている男たちだ。

「……こ、皇帝陛下は我々がクルニカで目にしたことを重要に考えられて、さらに情報を集めるようにと」

「それで軍に同行か? 情報を集めるだけなら、また諜報部だけで行けばいいだろう? わざわざ軍に(まぎ)れこむ必要はない。何が目的なのだ?」

「…………こ、皇帝陛下には告げないと約束できますでしょうか?」

「自分の保身のためか? まぁ、いいだろう。俺の知らないところで皇帝にこき使われるのは嫌でね。内容さえ聞かせてくれれば、お前の行動には目を(つむ)ろう」

「あ、ありがとうございます」

 根負けしたスパイは、結局勅命の内容を話し始めた。その内容をドッシュだけでなく、部屋にいる側近たちも注意して耳にする。

「でありまして、クルニカ王国にはエレナ王国の王女がいます」

「くく。ははっ! なるほど、これはおもしろい!!」

 我慢できないようで、ドッシュは高笑いをした。小さい声で話し始めたスパイの内容があまりに突拍子(とっぴょうし)もないことであり、けれど事実であることがとてつもなく愉快(ゆかい)だったのだ。(にわ)かには信じられないという様子の側近たちとは違い、ドッシュの眼光はさらに鋭くなる。

「その王女と一緒に行動しているのが噂の勇者、ということか」

「そ、そうです」

「良い情報を聞けた。お前の行動には目を瞑ると言ったが、撤回する」

「え、し、しかし!」

「俺も協力しよう」

「え!?」

 予想外の言葉に、今度はスパイが驚いた。

「あの皇帝が、突然軍を編成してクルニカを攻めると言いだしたのか、気になっていたのだ。ゴルドナも先の戦争が終わってから、国力が戻っていないことは明らかだからな。急いで戦争することなど出来ないはずだ。それでも軍を動かしたことには意味がある」

 ドッシュの予測はおおよそ当たっていた。

 単純な領土の奪い合いではない。それ以上の目的があり、皇帝は宣戦布告した。エレナ王国とさらに同盟関係を強化したクルニカ王国を地盤から弱めさせようと狙ったものだと考えていたが、皇帝の狙いはもっと大きなものだった。

「俺も狙っていたが、皇帝もエレナとクルニカの関係悪化を狙っているのだ。クルニカにエレナのお姫様が少数で入っている。何が目的かは分からんが、これは重要な事実だ。もし、クルニカ国内でお姫様が行方不明になれば、エレナはどう動く?」

「そ、それは――」

 考えるまでもない。

 親和王などと呼ばれているが、エグバートも戦争時代は荒々しい男だった。今でこそ『バーサーカー』の象徴は『闘神姫(ヴァイオレント・プリンセス)』と呼ばれているエリーナだが、元々はエグバートである。ドッシュと並ぶほど血気盛んな男が愛娘の失踪(しっそう)に黙っているわけがない。

「そうだ。エレナはクルニカに反感を持つだろう。そうなれば、両者の関係も自然と崩れていく。そうして、エレナとクルニカは敵対していくだろう」

「そ、それが皇帝陛下の狙い、ですか」

「間違いない。お前が受けた勅命とは、エレナのお姫様を捕えることか、殺すこと。そうだろう?」

「は、はい」

「だが、もう一つ命令を受けているはずだ!」

 そう断言した。

 スパイが持ち帰った情報を皇帝が正しく把握しているのであれば、もう一つの命令も考えるまでもない。

「勇者の誘拐だろう? エレナのお姫様が何を企んで、勇者を率いてクルニカに入っているかは分からんが、勇者というカードはとても強力だ。伝承の通りであれば、パンゲアに新たな秩序をもたらすのだろうからな」

 皮肉が混じったような言い方だが、ドッシュは正しく皇帝の狙いを理解していた。お姫様が捕縛か殺害され、勇者も誘拐されたとなれば、エレナ王国のメンツは丸つぶれである。それだけでなく、業を煮やしたエレナ王国はクルニカ王国を憎むだろう。

「さて、作戦を決めようか」

 テーブル上の地図に視線を落として、ドッシュは口を開く。

「特別作戦班を呼べ。目標はクルニカ国内にいると思われるエレナ王国の王女と勇者だ! 王女については、生死は問わん。勇者は必ず連れて帰れ! エレナ王国ばかりにいい思いをさせるわけにはいかん!!」



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