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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
34/83

(16)

 

 再びリシャールの協力で大地たちはブラン家の屋敷を後にしていた。

「ありがとう。貴重な情報を聞けてよかったわ」

「い、いいえ、こちらこそ。助けてくれてありがとう……」

「今さら、そんな改まらなくていいわよ。それに、助けたのはあなたにお爺さんを紹介してもらいたかったからよ」

 あくまでも善意じゃないとエリーナは口にするが、放っておけなかったことは事実だ。

「そ、それでも……」

「だから、気にしないでって。貴重な情報を聞けたんだから、力仕事くらいどうってことないわ」

「ほとんど俺とティドに持たせたもんな」

 と、小さく大地が嫌味っぽくつけ加えた。

「それはそうでしょ。私とリーシェはか弱い女の子だもの」

「か弱いってよく言えるぜ」

「なによ」とエリーナはぼそりと呟いた大地を睨む。けれど、大地の言葉にはティドも同意だった。

「護衛役でついてきていますが、エリーナ様がか弱いとはとても思えませんよ」

「ティドまで言う!?」

「当然です。『バーサーカー』なんて、特別な力持ってるんですから」

「そこまで言わなくてもいいじゃない!」

 (ほほ)を膨らませて、エリーナは怒っているような素振りを見せた。それでもティドは、エリーナを(なだ)めるようなことはしない。王族特務護衛隊に所属しているティドは、エリーナの性格を十分に知っているのだ。

「ここまで言わないと、エリーナ様は人を使ってばかりでしょう? 護衛の務めはきちんと果たしますが、身の回りの世話まではしないってことです」

「ひどいなぁ~」

 と不貞腐(ふてくさ)れるエリーナ。

 すると。

「あはははははっ」

 突然笑いだしたリシャールを見て、大地たちは驚く。

「ど、どうしたの?」

「ご、ごめん。お、おもしろくて。――あなたたちって本当に良い仲間なんだね」

「――当然でしょ。大地もリーシェもティドも、この旅には必要な仲間よ」

 リシャールがいきなり笑いだしたことに戸惑いつつも、エリーナは毅然(きぜん)と言ってのけた。

 それを聞いたリシャールは、

「その旅に、僕も連れて行ってくれないかな?」

「……えっ?」

「リシャールも!?」

「うん、僕も一緒に旅をしたい」

「覚悟はあるの? お爺さんも言ってたけど先は長いし、何が起こるか分からないわよ?」

「もちろん。お爺ちゃんに外の世界を知ることはいい体験になるって言われたんだ。僕はあの屋敷で窮屈(きゅうくつ)な思いをしてきたから、ずっと変わりたいって思ってた。今が、そのチャンスなんだと思う」

「チャンス?」

「あなたが、きっかけは毎日そこら中にあるって言ってくれたから」

 その一言が、リシャールの心境を変えてくれた。いや、正確にはリシャールの胸の奥底にあった気持ちを呼び起こさせてくれた。リシャールにとって、その言葉が一番のきっかけになったのだ。

 それは、見方によってはあっさりとした決断に映っただろう。

 しかし、実際のところは違うのだろう。大地には大地の、エリーナにはエリーナの、リリーシェにはリーシェの覚悟があるように、それぞれが持つ気持ちは様々だ。リシャールの気持ちがどのように変化したかなど、大地たちには全てを把握することは難しい。リシャールがあの屋敷で過ごしてきた過去を知らないからだ。

 だが、それでも。

 大地たちには、リシャールの覚悟が本物に見えた。

「当分の間はここにも帰ってこれなくなるわよ?」

「それも分かってるつもり。これでも貴族のはしくれだ。覚悟はあるよ」

「良い返事ね」

「いいのですか?」

「えぇ。本人に覚悟があるってんなら、旅の仲間は多くて構わないわ」

「決まりだな。改めてよろしくな、リシャール」

 そう言って、大地は右手を差し出す。

「えぇ、こちらこそ」

 しっかりと握り返したリシャールの表情は晴れやかだった。



 旅の仲間にリシャールを加えて、大地たちはクルニカ王国にあるトマッシュ地方を目指す。パンゲアに残る伝承の発祥した地とされるトマッシュ地方は、クルニカ王国の東海岸沿いにあると教えられた。

 トマッシュ地方へ行くには、アクス・マリナから出ている東部へ向かう運行船に乗り、船を降りた後は陸路だ。また何日かかかる行程だが、勇者の伝承を深く知るためにはトマッシュ地方へ行かなければならない。大地たちには必要な行程なのだ。

「ちょうどいい船はあるの?」

 と、疑問を口にしたのはリーシェだ。

 運行船は定期的に出ているだろうが、一日に何便あるのかまでは分からない。都合よく船がなければ、アクス・マリナで一泊しなければならない可能性もある。

「リシャールは知らない?」

「ごめん。僕はこの街から出たことないから、知らないや」

「そっか~」

「仕方ありませんね。船着き場に行ってみないことには」

「そうね」

 残念そうにため息を吐いたエリーナの前で、大地が地図と睨めっこしていた。

「港はこっちみたいだな」

「道案内お願いね」

「あ、あぁ。でも、なんで俺なんだ?」

「ちょうど大地が地図見てたから」

 エリーナはニッコリとした笑顔で言う。

「俺は初めて来たんだけど……」

「そんなの私たちも変わらないわ」

「……分かったよ」

(本当に人使いが荒いな)

 ティドの言う通りだ。リシャールのお使いの手伝いもそうだが、セイスブリュックで宿を探したのも大地とティドの二人である。エリーナとリーシェが疲れていたからとはいえ、お姫様状態である。実際にお姫様なのだが。

(宮殿だと、もっと酷いんだろうな)

 ふと、そんなことを思う大地。本当のところは宮殿にいた場合はエリーナが言わなくても、使用人やメイドが勝手に動くといった状態だった。

 案内を頼まれた大地は地図で確認した船着き場へ向かう。クルニカ王国の東部行き運行船の船着き場は、アクス・マリナに到着した場所とは別の場所で、商業地区から島の南に伸びる道の先にあった。

 その道を歩きながら、ティドはふと気づいた。

「ここもさっきより人が減っていますね」

「――本当ね」

 リシャールのお使いで来た時は、まだ買い物をする人がたくさんいた。それが、今はぱらぱらと人の往来がある程度だ。それらの人も買い物をするわけでもなく、居住地区へ足早に向かう人ばかりだ。

「あれ、みんなは知らないの?」

「何かあったの?」

「戦争になるかもしれないんだって」

「戦争!?」

「え、どこが!?」

 戦争という言葉にエリーナとティドが敏感に反応した。

「ご、ごめん。屋敷でちらっと聞いた話だから、そこまでは――」

 二人の反応にリシャールもビクッと驚きながら答えた。

 しかし、答えは別のところから聞こえてきた。



「ゴルドナ帝国が宣戦布告したって本当なのか――っ!?」



 声が聞こえてきたのは、船着き場のほうからだった。見れば、運航船から降りてきた初老の男性が、青ざめた表情で隣を歩く付き人に問いただしていた。

「間違いありません! すでにヨーラスブリュックは敵の手に落ちました!!」

 それは事実のようであり、船着き場にまばらにいた人々もさほど驚きを見せない。彼らには周知のことだったのだ。

「ゴルドナ!?」

「――スパイを取り逃がしたから……ッ」

「お、おい、宣戦布告って――」

「敵が攻めてきたのよ!」

 過酷な冒険になるとは覚悟していた。様々な人や組織から狙われることも予想していた。だが、現実は予想を簡単に超えて、覚悟がしっかりとしたものなのか試してくる。ここで、大地は勇者として初めて試されることになる。


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