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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
27/83

(9)

 

 セイスブリュック。

 巨大な橋上に作られた街にある軍事基地。その自室にエルベルトはいた。側近であるノランが彼の近くに控えている。

「捕まえたスパイは何も情報は吐かないのか?」

「はい。尋問にはもう少し時間がかかりそうですね」

「そうか」

「どうかしたので?」

「いや……。少し考えごとをしていた」

「珍しいですね。普段は直感を頼って行動しておられるというのに」

「……そうだな。自分でもそう思うさ」

 しかし。

 エルベルトにはやはり胸に引っ掛かる疑問があったのだ。

「少し気分転換でもしますか?」

「気分転換?」

「えぇ。ここのところ根を詰めすぎだと思いまして。街に繰り出してはいかがですか?」

「街なら昨日も行ったぞ」

「それはスパイを追いかけて、でしょう? 疲れや悩みごとは買い物でもして晴らすものですよ」

「…………そうだな。少しぶらぶらしてこよう」

「あとは任せたぞ」とエルベルトは軍事基地の自室から出ていく。

 ノランは長年軍人をやっていることもあり、優秀な人物である。指揮官であるエルベルトが少し席を外していても、ノランがいれば問題はないだろう。スパイの尋問に関しても、ノランが主導している。自室にいたエルベルトは報告を待っているだけだった。

 基地を一歩出ると、そこは賑わいのある街並みが広がっている。

 見慣れたセイスブリュックの街並みだが、そこを通る人々の顔は毎日違っている。国境線の街であるセイスブリュックには一日に数えきれないほど多くの人が訪れるのだ。

「あ、王子様だ」

 通りを歩いていると、小さな女の子に声をかけられた。

 エルベルトのことを知っているということは、セイスブリュックに住んでいる子どものようだ。

「こんにちは」

「王子様はお出掛け?」

「あぁ、そうだよ」

「どこに行くのー?」

「ん~、決めていないな。ぶらぶらと散歩、だよ」

「あたしもついてく!」

「君も? 用事はないのかい?」

 声をかけてきたことからも、エルベルトは女の子が暇そうにしていることは想像できていた。

「うん! お家にいても暇だったから、あたしもぶらぶらしてたの!」

「そっか。君もか」

「うん!」

 女の子は期待に溢れる瞳を、エルベルトに向けている。らんらんと輝いている眼を見て、エルベルトも降参した。

「分かったよ。一緒にぶらぶらしよう」

「やった! えへへ」

 そんなに喜ぶことだろうか、とエルベルトは首をかしげる。

 セイスブリュックに住む人々にはクルニカ王国の王子として知られているが、自由奔放な変人と思っている人がいるのも確かだ。

「まずはどこ行く~?」

 先を歩く女の子が無邪気な顔を見せてくる。エルベルトと街を回ることを本当に楽しんでいるようだ。小走りで人混みを掻き分けていく女の子の後を、エルベルトはやれやれと頭を抱えながら追いかけていく。

 そのうちに、二人はセイスブリュック一の商店街にやってきた。

 観光街のように通りには多くの露店が(のき)を連ねている。これからクルニカ王国やエレナ王国へ向かう者、商品の売買に訪れた者、観光でセイスブリュックへやってきた者など様々な人が通りを闊歩(かっぽ)している。

「美味しそうな匂い~」

「もう昼過ぎだな」

 エルベルトはまだお昼に何も口にしていないことを思い出した。じっと尋問の結果を待っていたのだから、当然だった。

「王子様もお腹空いたの?」

 ふと視線を下げると、女の子がエルベルトの顔を見上げていた。

「も、ってことは君もかい?」

「うん! 美味しそうな匂いでお腹空いてきた」

「そうか。――何か食べるか」

「うんっ」

 エルベルトの言葉に、女の子はやはり無邪気な顔で返した。



「俺は何も喋らない」

 捕まえたスパイの男はそう口にしてから、頑なに口を閉ざしている。

 どれほど痛めつけてもそれは変わらないで、尋問を担当しているクルニカ軍の兵士も頭を抱えていた。

 そこへ。

「まだか?」

「――ノラン少佐」

「殿下は待ちくたびれておったぞ」

「申し訳ありません。この男の意思は意外にも硬く……」

「そうか。ここからはわしがやろう」

「し、しかし。少佐にそこまでやらせるわけには――」

「構わん。わしも気になることがあるからな」

「……わ、わかりました」

 自らの不甲斐無さを情けなく思いながら、兵士は後をノランに託した。

 スパイの男に対面するように席に座ったノランは、じっと男を見やる。口を閉ざしている男は、ノランを静かに睨めつけた。

「さて。ここからはわしが少し話を聞かせてもらう」

「……」

 やはり男は何も喋らない。

「お前を捕まえたエレナの軍人の話だと、三人で行動していたようだな。何を調べていた?」

「…………」

「ゴルドナはクルニカを攻めるつもりか? クルニカの何を欲する? オーブ、建築技術、航行技術。それともセイス大河そのものか?」

 ノランは質問を続ける。一つ一つの質問に対する男の反応を伺うが、それでも男は微動だにしない。スパイとして高度な訓練を受けてきたのだろう。ゴルドナ帝国も何かしらの目的に必死なのだと予想できた。

(長引きそうだな)

 男の反応から、ノランは兵士が相当手こずったことを理解した。

 男が観念するまで、精神的苦痛を与え続ける長期戦を覚悟することもできる。しかし、エルベルトの様子を考えると、長引かせることは得策ではないような気もする。

「――仕方ない」

 ノランは捕えたスパイや捕虜の尋問を得意としているわけではないが、非情さを持ち合わせていないわけでもなかった。

「この者の宝玉(オーブ)を」

「はい」

 命じられた兵士は取り上げていた宝玉(オーブ)をすぐに差しだした。鈍い藍色の宝玉(オーブ)だ。

「久しぶりに見る色だな。ゴルドナ帝国では一般的なオーブのようだ。――さて、パンゲアに住む者なら、この宝玉(オーブ)を壊されることの意味はもちろん知っているな?」

 一言で、初めてスパイの男の表情が変わった。

 それをしっかりと確認して、ノランはもう一度続ける。

「お前たちは、何を調べていた?」



 露店が連なる商店街の一角で、エルベルトは女の子を連れてデザートを口にしていた。

「美味しい~」

 ベンチに腰掛けている女の子はソフトクリームを頬張りながら、足をぱたぱたさせている。

「そっか。良かったな」

 隣に座るエルベルトも同じソフトクリームを手にしている。かなりお腹を空かせていたエルベルトだが、女の子がデザートを食べたいと言ったので女の子に合わせていた。

 二人がいる一角は広場でもあり、露店で買った食べ物を落ち着いて食べようとしている人々がたくさんいた。テラスのようにテーブルが並んでいる場所では、観光に来たかのような家族連れがわいわいと会話を楽しんでいた。

「王子様も美味しい?」

「ん? あぁ、美味しいよ。久しぶりに外で食べたな」

「そうなの? 王子様はお外で食事しないの?」

「あんまりしないよ。王子様はこれでも忙しいからね」

「忙しいの?」

「そうだよ~。こう見えて忙しいんだよ」

「私と一緒にお散歩してていいの?」

「え?」

「王子様、忙しいんでしょ?」

 女の子は純真な眼差しで、エルベルトを見つめる。

「あぁ、そうだな。でも、今はいいんだよ。考え事してたら、部下に気晴らししてこいって言われたからね」

「考え事?」

「そうだよ」

 エルベルトは右手に持ったソフトクリームが少しずつ溶けていくことも気にしない。変人や自由奔放な人物だと噂されているが、エルベルトはクルニカ王国の王子であり、この街を統治している人物でもある。考え事もするし、悩みもする。広場でお喋りを楽しんでいる人々は、エルベルトのそういった一面を知らない。知らないから、言動で自由奔放などとイメージを凝り固めている。

「どんな?」

 そんなイメージを持たない――あるいは、知らない――女の子はやはり無邪気に訊いてくる。

「君にはちょっと難しいかな」

「え~、そんなことないよ~。私だって、もう大人だもん」

「ははっ、大人か。そうだね、君も立派な大人だ」

 ぽんぽんと女の子の頭を撫でる。からかわれたと思った女の子は「む~」とむくれている。

「そうだな。君は、ここにいちゃいけない人がなぜかここにいたらどう思う?」

「……それが考え事?」

「あぁ」

「う~ん。なにか大変なことがあったとか!」

「大変なこと、か。そうかもしれないね」

「……違うの?」

「王子様でもそれは分からないんだ。その人は大切な人なのにね」

「……そっか~」

 女の子はエルベルトの話を理解しているのかどうか分からない反応を見せた。あまり女の子の興味を引く話ではなかったようだ。

(それも当たり前か)

 エルベルトが考えていることは、セイスブリュックを訪れたエリーナについてである。彼女自身にも言ったが、エレナ王国の王女が少数の護衛で他国を赴くことはまずあり得ない。しかも、その内の一人は噂が一気に広まっている勇者だった。女の子が言ったように、やはり何か大変なことがあったのだろうか。

 それにしても。

(王女が少数の護衛で他国まで行かなきゃいけない大変なこと?)

 それは大きな疑問として残った。

「どうしたの?」

 不意に、女の子が顔を覗きこんでくる。じっと黙っていたため、女の子はエルベルトを心配しているようだ。

「あ、あぁ、ごめん」

「大丈夫、王子様?」

「あぁ、大丈夫だよ。王子様はこれくらいじゃへこたれないさ」

 と、笑顔を見せた。

 安心したのか、女の子も笑顔になる。

「それじゃ、そろそろ帰ろうか。いつまでもこうしてたら、お母さんたちも心配するだろう」

「うん! 一緒に遊んでくれてありがとうね」

 はたして、これが遊びと言えるのかどうか分からない。

 けれど、女の子は満足したような表情を見せてくれた。それだけで、エルベルトも良かったと思える。ノランに言われて基地の外に出てきたが、思った以上に気晴らしができたエルベルトは足取りも軽くして少女と来た道を戻っていく。

 右手に持ったソフトクリームが溶けて、垂れてきていることも気にならなかった。



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