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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
26/83

(8)

 

 セイスブリュックの港。

 巨大な橋の下にある港には大小様々な船が停泊していた。都市間を結ぶ運航船であったり、キャラバンや商人が利用している商船であったり、漁業に営んでいる漁船だったりと様々だ。

 その内の一つ。

 他の船とは違って、かなり大きな船に大地たちは乗っていた。クルニカ王国の王都――アクス・マリナへ向かう運航船である。

「運航船で二日はかかるそうです」

「そんなにかかるのか?」

「はい。アクス・マリナに着くのは明後日ですね」

「また日を(また)ぐのかよ」

 と、大地はうんざりする。

 エレナ王国を出る際にも馬車で何日も移動しているのだ。馬車ほど窮屈ではないが、退屈であることは変わらない。船で移動することに多少興奮していたが、それも一気に冷めてしまった。

「飛行機でもあればいいのに……」

 小さく愚痴も(こぼ)れる。

「飛行機って?」

 興味を示したのはリーシェだ。彼女もセイス大河を越えるのは初めてのようで、いささか興奮している。

「ん? あぁ、俺の世界にあった空を飛ぶ乗り物だよ」

「空を? そんな乗り物があるの?」

「あぁ。それなら一日もかからないぞ」

「へぇ~。大地の世界ってすごいのね」

「そうか?」

「うん。空を飛ぶなんて考えられないよ」

 リーシェの栗色のポニーテールが風で揺れる。ゴォンという(にぶ)い音が聞こえてきた。どうやら運航船が出港したようだ。

「あ、動いた」

 ゆっくりと動き出した運航船の端から、リーシェは身を乗り出す。その先に見えるのはどこまでも続くように思える大きな河だ。

「私たちの世界だと、この船でも珍しいものだからね」

「そうなのか?」

「うん。セイス大河もそうだけど、こんな大きな船を見たのも初めてだから」

「意外だな。オーブなんて訳の分からない力持ってるのに」

 それは大地の意見だ。

 パンゲアに住む一人一人にオーブという特殊な力を与える宝玉(オーブ)。これほど訳の分からない物はない。船や飛行機などの目的がしっかりとしている機械のほうが安心できる。

「オーブは信仰の象徴だから。ずっと昔からオーブがあったし、私たちは変な力って思わないよ」

「信仰の象徴?」

「うん。ノーラン教って覚えてる?」

 どこかで聞いたことのあるような気がした。

 たしか、

「最初にエリーナやマルスに会った時に言ってたような……」

「うん、そう。ノーラン教はオーブを神様として信仰してる人たちの集まりなの。昔からパンゲアに住む人たちはオーブに助けられてきたから、そういう人たちがいてもおかしくないってお父さんが言ってた」

(つまり宗教か)

 この世界にもあるんだな、と大地は意外に思う。

「そのノーラン教が?」

「オーブを敬いなさいって教えてるの。私はそんなにだけど、ほとんどの人はノーラン教を信じてるよ」

 リーシェの話では、オーブを上手く扱える人ほどノーラン教を盲目に信仰しているらしい。

「なるほどね」

 どれほど前からオーブがあったのかは分からないが、パンゲアに住む人々の生活に欠かせない物のようだ。それなら、オーブを神として崇める人たちがいてもおかしくない。オーブに頼りきっている者は盲信するのだろう。

「ね! 飛行機ってどんな形してるの?」

「そんなに気になるか?」

 ノーラン教の話もそこそこに、リーシェは大地がいた世界についてさらに興味を示した。

「うん、気になる!」

(ま、いっか)

 アクス・マリナに到着するまで二日もあるのだ。退屈しのぎにはなるだろう、と大地は自身がいた世界について話し始める。

「へぇ~。飛行機って大きいんだね」

「あぁ。この船みたいに一度に何人も運べるからな」

「乗ってみたいな~」

「俺がいた世界に来れば乗れるぞ」

「それって無理ってことじゃない?」

 冗談を交えて会話が弾む。

 その二人の近くにエリーナとティドはいなかった。

「姫様?」

「ティドも気がついた?」

「はい。この船に乗った時から――」

 大地とリーシェがいる場所とは反対側の甲板に二人はいた。

 二人の視線はじっとある男へ向けられている。夏も近いというのに袖の長い黒のコートを着ている男だ。明らかに怪しい男である。

「僕が行きましょうか?」

「ううん、いいわ。目的が何かもはっきりとしてないもの。これ以上面倒事には巻き込まれたくないわ」

 この船に乗る前も、エルベルトが追いかけていたスパイを捕えることに巻き込まれたばかりである。エリーナたちの目的はトマッシュ地方へ向かうことであって、決してスパイを捕まえることではないのだ。

「わかりました。二人の元へ戻りましょう」

「――そうね」

 頷いて、二人は大地たちのもとへ戻っていく。その二人を、視線を向けられていた男もしっかりと見ていた。



「どこ行ってたんだ?」

 戻ってきたエリーナを見て、大地が尋ねた。エリーナの後ろにいるティドは周囲へ忙しなく視線を動かしている。

「船内を見てきただけよ」

「変わったところはありませんでした。セイスブリュックでスパイの一件に関わったばかりですから、用心はしませんと」

「そ、そうだな」

 相変わらず周囲を警戒しているティドを見て、大地は暢気にリーシェと会話していたことを恥ずかしく思った。クルニカ王国は条約を結んだとはいえ、外国である。いきなり何が起こるか分からないのだ。警戒を怠るべきではない。

「侵入していたスパイがあれだけとも限りません。僕たちがスパイの捕獲に尽力したと知られれば、僕たちも襲われておかしくありませんから」

「たかが一人捕まえたくらいで?」

 俄かには信じられない。

「数の問題じゃないですよ。逃げ帰ったスパイは僕たちのことに気付いています。他に忍び込んでいるスパイがいて、彼らがそれを知れば、僕たち――特に、エリーナ様ほど利用できる存在はいません」

「どういう――?」

「エレナ王国とクルニカ王国は複数の条約を結び、事実上の同盟関係です。とはいえ、エルベルト殿下が仰っていたように、エリーナ様が少数の護衛で外国に行くなどあり得ません。この隙をつかれて、クルニカ王国内でエリーナ様に危害が及ぶ。――例えば、行方不明に陥るなどあれば、事情を知るエグバート陛下は怒りに身を任せるでしょう」

「…………」

 あり得ないとは言えない。

 親和王と崇められているらしいエグバートだが、彼のオーブはエリーナと同じ『バーサーカー』である。エリーナが態度を改めるほど、厳格な男でもある。愛娘が他国で行方不明――最悪の場合、死に至れば何をしでかすか分からない。

「エグバート陛下は条約を破棄し、クルニカに攻め入るかもしれません。そうなれば、また戦争になります。そういった状況になれば、ゴルドナ帝国は両国が疲弊するのを待ち、後に攻めいればいい。漁夫の利なんて簡単に得られるんですよ」

 淡々と話すティドの言葉は、とても重たかった。

 れっきとした軍人の言葉だった。

「そ、そうだな」

 とても年下とは思えないティドの発言で、大地も改めて警戒心を強くする。

(そうだ。この世界は俺がいた世界とは違う。安全なんてどこにもないって考えたほうがいい)

 自身が勇者であることを再確認して、大地も周囲を警戒しようと視線を移した時、



「彼の言う通りだな」



 と、低い声が聞こえてきた。

「――ッ!?」

「誰――!?」

 慌てて、大地たちは声が聞こえてきたほうを向く。

「あなた……」

「じろじろと見られていたからな。誰かと思えば、エレナ王国の姫様じゃないか」

 袖の長い黒のコートを着ている男は、じろりとエリーナを見た。

「誰?」

「これは、挨拶が遅れた。俺はベルトーネと申す」

「…………」

 名乗った男に、エリーナは鋭い視線をただ向けた。

 そこへ、ティドが小声で声をかける。

「姫様」

「分かってる」

「合図はお任せします」

 一度距離を取ったティドはゆっくりと腰に提げている剣に手を伸ばす。男がエリーナに危害を及ぼすと判断したら、すぐに斬りかかるつもりだ。

 しかし。

「止したほうがいい」

 気がつけば、ティドの目の前に掌ほどの大きさの炎があった。

「――ッ!」

 咄嗟(とっさ)に後ろへ跳ぶ。

 ティドには男が動いたようには見えなかった。突然、炎が目の前に現れたかのようだった。

「何を……」

「分からないのも無理はない。俺の力はお前たちよりもはるかに上だ」

「どういう……?」

 理解できないというようにきょとんとした表情をしているティドを見て、男はコートの襟を少し折る。そこに隠していたものが、大地たちの目に触れた。

「『第四(クアルト)』……」

「そ、それは――」

 すぐに意味を理解したエリーナとティドの顔がみるみると驚愕に染まっていく。二人の表情を見たリーシェも分かったようで、口元を手で覆っていた。

 一人だけ取り残された大地はぽかんとしている。その大地へ説明するように、男は告げる。

「俺は、オーブの番人――『執行者(エクスキューター)』。その『第四(クアルト)』を担う者だ」



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