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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
25/83

(7)

 

 エレナ王国。

 この国の北西部にある五芒星都市。

 その中で、さらに北西にある都市が王都クルスである。

 クルスの中央にあるベルガイル宮殿。

 エレナ王国を統治する王族が住まう宮殿であり、この国の権力の中心である。絢爛(けんらん)豪華なその宮殿に、マルスはいた。

「……よし。頼んだぞ」

 小さな(はと)に手紙を(くく)りつけたマルスは、王族特務護衛隊の隊長である。

 長年、王女であるエリーナの護衛を担当してきたが、エリーナの旅に同行することは許可されず、今は親和王や他の貴族の護衛に務めている。

「こんな所にいたのですか、隊長」

「ん、あぁ。バッカマンか。どうした?」

「陛下が隊長をお呼びです。この度の南部地域視察の軍編成について、だそうです」

「了解した。すぐに向かおう」

 部下の伝言を受けて、マルスは謁見の間へ向かう。

 クルスの一〇分の一を占める巨大な宮殿内を歩くマルスは考えをまとめる。

(ヨーラに聞いてみても、大地を降臨させるオーブなど耳にしたことがないと言っていた。一族秘伝のオーブか何か、か……)

 一人に一つのオーブだが、その種類は様々だ。パンゲア中を探せば、見たことのないオーブなど数多く存在するだろう。しかし、それらのオーブまで調べるとなると骨が折れそうだった。

(陛下も無茶な頼みを……)

 そう。

 マルスはエグバートの命令ではなく、頼みで大地が降臨した理由や原因などを探っている。けれど、進行状況は(かんば)しくなかった。それなりに教養があるマルスだが、彼はあくまで軍人である。オーブについて学者並みに詳しいというわけではない。詳しく知っていそうな予見者のヨーラに聞いても、特に情報を得られなかった時点でマルスはどん詰まりと言えた。

「……はぁ」

 思わず嘆息する。

(力仕事なら得意なのだが……)

 いくら愚痴っても仕方がない。

 エグバートがマルスに頼んだということには、それなりの意味があるのだろう。そこまで詳しく話さない親和王だが、彼に忠誠を誓っているマルスには投げ出すという選択肢はなかった。

 数分歩いて、マルスは謁見の間に着いた。

「お呼びですか、陛下」

「おぉ、待っていたぞ、マルス」

 謁見の間で複数の男たちと話していたエグバートは、マルスに視線を向けた。

 エグバートの周りにいるのは大臣である。エグバートの南部地域視察について、詳しい予定を話していたようだ。

「では、大臣たち。その予定で話を進めていてくれ。私は、マルスと話がある」

「かしこまりました。では、また後日ご報告させて頂きます」

「うむ」

 話し合いはすでに終わっているようで、謁見の間を後にする大臣たちは去り際にマルスを()めつけていった。

 入れ替わるようにマルスがエグバートに近づく。

「随分嫌われているようですね」

「頭の硬い連中だ。平民出身のお前が護衛隊長をやっていることが気に食わないのだろう」

「理解していますよ。それに気にもしていません。全て覚悟した上で、この命を王家に捧げましたから」

「済まないな」

「いえ」

「全く。血筋も大事かもしれんが、オーブの素養も大事だと言うのに……」

 と、エグバートはぼやいた。

「それで、お話は?」

「あぁ。聞いているだろう? 今回の視察についてだ。私が視察を行うのは一年ぶりのようだからな。入念に準備をせねば――」

 そう言うエグバートだが、マルスは勘付いていた。

「帝国、ですか?」

「――そうだ。ゴルドナ帝国が不穏(ふおん)な動きを見せている。因縁がある国だ。奴らの動きを看過することは出来ない」

 エグバートの表情が真剣なものへと変わっている。どことなくエリーナと似ていると思う顔立ちからは親和王と呼ばれるほど柔和(にゅうわ)な印象が消えていた。一国の王としての厳格さが際立っている。

「それで軍を?」

「そうだ。帝国を牽制するためだ。なるべく刺激しないため護衛隊だけにしようかと考えたが、そうもいかなくなった」

「というのは?」

「クルニカ王国で、帝国がスパイ活動をしていたようだ。セイスブリュックのエルベルト殿下から報告が入っている。うちとクルニカ王国の条約締結がおもしろくなかったのだろう」

「スパイ活動? また戦争でも起こしたいんですか!?」

 エレナ王国と南に位置するゴルドナ帝国は長年対立しあってきた。エグバートがノーラン公国やクルニカ王国と平和条約を結ぶ前は戦争をしていたほどだ。

「その可能性もあるだろうな。きっかけにしたいのかもしれん」

 戦争を起こす。

 その目的は様々考えられる。他国の領土であったり、他国の人材やオーブだったり。単純な復讐だったり。

 しかし、ゴルドナ帝国も先の戦争が終わって、国力を回復させている段階だとマルスは考えていた。それが、突然戦争を起こすきっかけとしてスパイ活動をしていたというのは不思議だった。

「目的は……?」

「そこまで分かったら予見者はいらないだろうな。それを(さぐ)るためにも南部視察、だ。帝国の狙いがうちなのか、クルニカ王国なのか。北の動きを狙ったものなのか」

 思惑は一つとも限らない。

 それを探るために、エグバートは大胆にも軍を動かすと決めた。南部地域の視察だけというのに軍が動いているとゴルドナ帝国が知れば、何らかの反応を示すだろうと考えてのことだ。

「――わかりました。騎士隊や軍とも協議しましょう。師団規模で動かしますか?」

「当然だ。派手にしなければ、向こうの本気度が分からないだろう」

「かしこまりました」

 敬礼して、マルスは謁見の間を後にする。

 クルニカ王国へ向かっているエリーナの身を案じるが、音沙汰ない今の状況では祈ることしかできない。長年使えてきた王女が無事であることを願いながら、マルスはベルガイル宮殿を歩いていく。


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