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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
24/83

(6)

 

 セイス大河はパンゲアで一番大きな河である。

 幅は一キロに及び、対岸から反対の対岸を望むことは叶わない。それほど大きな河を渡るとなると、大河に()けられた橋を越えるのが一般的だ。無論、船で渡ることも可能だが、多くの者は基本的により安全な橋を使って大河を越えている。

 それでも。

 大河を行きかう船は多い。商船や都市間を結ぶ運航船がその多くである。港がある都市に行く場合は橋を通る陸路よりも船を利用したほうが早いからだ。

 巨大船が行きかう中を、五人も乗れば定員を越えそうな小船が走っていた。

「何かあったのか?」

 小船に乗っている男が、船乗りに尋ねた。

 夏が近いというのに袖の長い黒のコートを着ている男は、視線を頭上に見える巨大な橋に向けていた。

 エレナ王国とクルニカ王国を繋ぐ橋――セイスブリュックだ。

「……?」

「セイスブリュックのほうが騒がしい」

「あぁ。詳しいことは分かんないですが、スパイが捕まったとか――」

「スパイ?」

「えぇ。帝国のスパイが、クルニカに潜入してたって噂っす」

 真偽は定かではない。

 それでも、男の興味を引く話ではあった。

「スパイを捕まえたのは?」

 国境線の街ということもあり、セイスブリュックにはそれなりの軍が駐在しているだろう。

「あぁ。この橋には、王子がいるんだったな」

 と、男は()いておきながら一人で納得していた。

「はい。なんでもスパイはエルベルト様が一人で捕まえた、とか」

「ほう。ずいぶんと行動派な王子だな。部下に任せておけばいいだろうに」

「正義感が強いお方っす。エルベルト様がおられるから、この橋は安泰ですよ」

「……だろうな」

 男は、何かに思慮しているようだ。

 そのうちに、小船はセイスブリュックの港に停泊する。

「着きましたぜ」

「あぁ、助かった。これは礼だ」

「へへ、まいど」

 セイス大河に架かっている橋の下に造られた大きな港に停泊した小船から男は降りた。久しぶりの地面の感触だったが、ゆっくりと身体を解している時間もない。外していた剣を再び携えて、男は歩き始める。

(まずは調査、からか)

 男は、自身に課せられた任務のためにこの国へやってきていた。

 歩きだした男のコートがふわりと揺れる。ちらりと見えた首筋には『第四(クアルト)』の文字が見えた。


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