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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
23/83

(5)

 

 セイスブリュック。

 パンゲアに流れる巨大な大河――セイス大河に架けられた橋の一つである。

 河幅一キロを越える大河に架けられた橋の上には街が形成されていた。クルニカ王国の関所が設けられている街は流通の要所でもある。セイス大河に面する国々の特産品が商業船やキャラバンを介して、セイスブリュックに集まり、クルニカ王国やエレナ王国に輸入されるのだ。

 そのため、セイスブリュックは人や物に溢れている。

 そんな街にあるクルニカ軍の駐屯(ちゅうとん)基地の前に大地たちはいた。先ほど捕えたゴルドナ帝国のスパイをここまで護送してきたのだ。

「俺たちはここまで?」

「そうです。後はクルニカ軍が尋問するでしょう。スパイが吐いた情報は後からエレナ王国にも伝えられます」

「そっか。――それにしても、あいつ本当に王子だったんだな」

 スパイを縛って基地まで護送すると、年老いた兵が待っていた。

 ノランと名乗った年老いた兵はエレナ王国まで勝手に行っていたエルベルトをとても心配していたようで、ひどく叱っていた。

 そのことを思い出して、大地は自然と笑ってしまう。

「そうですね。先ほどの方は、エルベルト殿下の世話役だったのでしょう。殿下にあれほど物を申せる人はなかなかいませんよ」

「そうなのか?」

「そういうものです。僕だって、エリーナ様に対してあれこれ言うことは不躾(ぶしつけ)にあたります」

 と、ティドは口にするが、

「よく言うわよ。そんなに気にしてないくせに」

「そんなことはありませんよ。まぁ、多少わがままが過ぎる場合は躾しろと陛下からお言葉も頂いてますが――」

「ぐ……。お父様はそんなことも……」

 どうやらエリーナは、エグバートには頭が上がらないようだ。

 自分の親に対して頭が上がらないというのも当然のような気がするが、エリーナの勝気で強気な性格を考えると意外だと思った。

「それで、どうします?」

 みんなに尋ねたのはティドだ。

 エルベルトとスパイを基地まで送ったところで、大地たちの手助けは必要なくなった。後はクルニカ軍が全てやってくれるだろう、とティドは述べている。

 となると。

 大地たちは本来の目的通りに、トマッシュ地方を目指すだけだ。しかし、肝心のトマッシュ地方がクルニカ王国のどこなのかは誰も分からなかった。

「地図を買うのはどうだ? 載ってるんじゃないのか?」

 と、大地が提案する。

「それなら、すでに用意してきましたが、クルニカ王国の地図にも載っていませんでした。存在するのかも怪しいと言いましたが、トマッシュ地方とはどこかの別称じゃないかとも思うんですが――」

「その可能性もある、か……」

 ティドの言葉を聞いて、エリーナも思案する。

 一方で、大地は苦虫(にがむし)を噛み潰したような表情をしていた。

「どうしたの、大地?」

「い、いや、なんでもない」

「……?」

 首をかしげるリーシェだが、大地は平然を装った。

 ティドとあれこれ話しあっていたエリーナは、

「それじゃ、まずは情報収集しよう」

 と、おもむろに云った。

「情報収集?」

「そうよ。トマッシュ地方がどこか私たちは分からないけど、クルニカに住む人は知ってるかもしれないじゃない。聞いたことがあるって人もいると思うの」

「それが一番か」

 手掛かりもなくクルニカ王国中を探すよりも、現実的だ。これだけ大きな街で、たくさんの人がいれば、何かしらの情報を手に入れることが出来るだろう。

 と、誰もが思っていた。

 しかし、現実はそう甘くはない。

「……はぁ」

「また空振りか」

 セイスブリュックの街を歩きながら手当たりしだいに聞いて回ったが、誰一人としてトマッシュ地方を知る者はいなかった。聞いた人の数が一〇を超えた辺りから、薄々感じていた嫌な予感が的中してしまったのだ。

「どうする?」

 途方に暮れているみんなに、もう一度訊いた。

 あと一、二時間で日没だ。最悪セイスブリュックで一泊しなければならない。そうなれば、宿を探さなければならない。まだトマッシュ地方について聞いて回るか、今晩泊まる宿を探して回るか、みんなに訊いているのだ。

「そうね……」

 と、答えるエリーナの声も幾分か元気がない。

「これ以上訊いて回っても有力な情報は手に入らなさそうですね。泊まる宿を探したほうがいいかもしれませんよ。遅くなるほど、部屋が空いてないってことになりかねません」

「……そうよ、ね」

 やはり元気がない。

 大地やティドがした提案に対して、大抵はエリーナが指針を決めている。それが、今は自分で決めようとはしない。口を開く元気すらないのだろうか。

「……仕方ないよ。これだけ()いても誰も知らないって言うんだもん」

 リーシェがフォローを入れる。彼女も相当疲れているようで、通りに設置されていた水色のベンチに腰掛けている。

「予見者にしか分からない隠喩とかなのかな~?」

「どうでしょうね。そうだとしたら、僕たちだけじゃ分かるはずもないですよ。予見者を探すところからしないと……」

「予見のオーブを持つ人って少ないんだっけ?」

「そうですね。一族秘伝のオーブと同じくらい貴重なものです。大体は王家や貴族に仕えていますが……」

 王家や貴族。

 セイスブリュックは流通の拠点であり、人の流れが多い街である。様々な人が訪れる街だが、貴族がこの街に暮らしている様子はない。この街を統治しているエルベルト王子くらいだろうか。

 貴族が暮らしている地で真っ先に考えられるのは、

「アクス・マリナ、ですか」

「都なら間違いなく貴族はいるだろ」

「それはそうですが……」

 ティドは言い(よど)み、ちらっとエリーナを見た。

 エリーナはなるべくアクス・マリナには行きたくないと言っていた。クルニカ王国を訪れている理由や旅の目的を詮索されたくないからだ。

「いいわ。それならアクス・マリナに行こう」

「いいんですか?」

「そうするしかないでしょ? トマッシュ地方って単語だけじゃ私たちは何も分からないし、予見者なら分かるかもしれないって言うなら、予見者を探すしかないじゃない」

 半ばやけくそ気味だ。

 疲れからか不機嫌を隠さないエリーナに、ティドは「わかりました」と答えた。

「宿を探しましょう。二人はここで待っていてください」

「え? 俺とティドだけで?」

「そうですよ。ほら早く――」

 ティドは納得いかないという表情をしている大地を引っ張っていく。残ったエリーナが小さくため息を吐く音が聞こえたような気がした。

 大地を引っ張ったティドはどんどんと歩いてく。かなりの早足についていく大地は精一杯だ。

「大きい宿はもう部屋が空いてないでしょうし、手近な宿から聞いて回るしか――」

「お、おい」

「……なんですか?」

「い、いやさ。宿探すのはいいけど、四人いるんだし、二手に分かれて探したほうがいいだろ?」

「馬鹿ですか?」

「な……っ!?」

「エリーナ様もリーシェも相当疲れています。セイスブリュックはかなり大きな街ですし、多くの人に訊いて回ったので歩き疲れているんですよ。そんな二人を、宿を探すためにまだ歩かせると?」

 甲斐性なしですね、とティドは大地をなじった。

「……そ、そっか」

 言われて、大地も納得した。

 よくよく考えれば、モルスに到着して馬車を降りてから、大地たちは一日歩きっぱなしだ。いくらエリーナが強いとはいえ、女子の体力はやはり男子より劣る。リーシェにとっては尚更だろう。

(……すげぇな、ティドって)

 単純に、そう思った。

 先を急ごうとするばかりでなく、こうしてエリーナやリーシェの変化にも気を使っている。一五歳にして王族特務護衛隊に所属していて、たった一人でスパイを捕まえて、エリーナの護衛としてこの旅に同行する命令を受けたことにも納得出来た。

「それで、近くの宿を片っ端から探すって?」

「? えぇ、そうしましょう。王女であるエリーナ様にはやはり一番丁重なもてなしをする宿にお泊まりして頂きたいですが、こんな時間に部屋が取れるとは思えませんから」

「了解。それじゃ、行こうか」

「え、えぇ」

 あれほど批難したにも関わらず、大地が気を悪くせず先導したことにティドは目を丸くしていた。

(ど、どうして?)

 純粋な疑問が浮かんだ。

 しかし。

「ほら、行くぞ」

 先を促す大地を目にして、疑問を口にすることは出来なかった。



 程なくして。

 大地とティドはベンチに座ったままのエリーナたちの前に戻ってきた。

「遅くなりました」

「ううん、構わないわ。ありがとうね、ティド」

「いえ、これしきのこと。何か不都合なことはありませんでしたか?」

「問題ないわ。何人か声をかけてきたけど、おっぱらったし」

(こえぇ……)

 言い寄ってくる男を簡単にあしらったエリーナもだが、『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』に言い寄った無知で命知らずな男も、だ。

 無事だと言うエリーナに、ティドは安心した表情を見せる。

「近くの宿を取りました。行きましょう」

 大地とティドが懸命に探して取った宿は、セイスブリュックでも中ランクに位置する宿のようだった。宿屋を数軒回って、「ここなら空いてるかもしれません」とお店側から教えてもらった店に行くとちょうど空いていたのだ。

「……大きいな」

 商人国境を越えようとする旅人が多いセイスブリュックで、中ランクの宿が都合よく空いていたのは部屋数がかなり多いからだった。大地も最初に見た時はビジネスホテルのようだと思ったほどである。

「貴族が泊まるような宿ではないですが……」

「ここで大丈夫よ。探してもらったのに文句は言えないわ」

 先ほどの不機嫌が嘘のようだ。

「二部屋取っています。エリーナ様とリーシェは同部屋で構いませんか?」

「えぇ」

「もちろん」

 と、女子二人は頷く。

 二人ともケンブルで同じ部屋で寝泊まりしている。今さら嫌ということはなかった。

 同じように大地とティドも同じ部屋で眠ることになる。こればかりは金銭的な問題でどうしようもなかった。

「大地はもう寝ますか?」

 二つあるベッドの一つに荷物を下ろしたティドは、大地に尋ねた。

 それなりの広さがある部屋だ。ベッドの他には、かなり使いこまれているような茶色の丸いテーブルと椅子が二脚、ゆったりとした質感のあるソファが置かれていた。

「ん? あぁ」

「そうですか。では、僕はエリーナ様を護衛しなければなりませんので、廊下にいます」

「一晩中?」

「そうですが?」

 何を当たり前のことを、とティドは訊き返した。

「いや、さすがに誰も襲ってこないだろ」

「そうとは限りません。友好関係にあるクルニカ王国ですが、セイスブリュックは国境線の街。帝国やその他の国の人間もいますから」

 だからといって、一晩中護衛するのは無茶だと大地には思えた。

「どんだけ宿屋に不信感持ってんだよ。一晩中護衛するってんなら、エリーナと同じ部屋にすればよかったのに」

「な、な、なにを言って……っ! こ、この僕が、え、エリーナ様とお、同じ部屋でね、寝るなど……」

「すっげぇ動揺してるな」

「あ、あなたがへ、変なことを言うから」

「変なことか?」

 と思ったが、王女と同じ部屋で寝泊まりするなど護衛隊所属の者ならあり得ないことなのだろう。市民からは親しまれているエリーナだが、軍人や貴族にはやはり王女ということだ。

「変でしょう! 一介の軍人が王家の者と同じ部屋で寝るなんて!!」

「大きな声出すなって。こっちも疲れてんだから。っていうか、単純にそのほうが護衛もしやすいだろって話だ」

「そ、それはそうですが……」

 まだ落ち着かないティドを見て、大地は「あれ」と疑問を持った。

「そういえば、お前っていつも敬語なの?」

「え?」

 いきなり話題が変わったことに、ティドは面食らう。

「いや。エリーナもいないし、別にそうする必要は――」

「あ、あぁ、そういうことですか。これは親の影響で」

「親?」

「はい、そうです。前に僕の父は騎士隊の隊長をやっていると言ったこと覚えていますか?」

「そういえば、そんなこと言ってたな」

「父から騎士たる者、どんな相手にも礼儀を持てと教えられてきましたから、この癖はもう抜けないんです」

「へぇ~」

 悪い癖ではないだろう。

 騎士たちの礼儀作法は大地にはよく分からないが、相手に失礼な話し方をしないというのはとても大事なことだ。ティドの場合、少々度が過ぎる気もするが。

「分かった。それなら俺ももう気にしない」

「気にしていたんですか?」

「確かにティドは年下だけど、ずっと敬語使われるっていうのもなんだかさ」

 嫌味をよく言われるが、長い旅を共にする仲間だ。敬語で話すことも大事だが、それは壁を作りかねない。

 しかし、ティドが癖というのなら、それ以上気にするのも本人に悪いだろう。

「で、話戻すけど。本当に一晩中護衛すんの?」

「もちろんです」

「無駄だとは言わないけど、そこまでする必要もあるか?」

 というのが、大地の疑問だ。

「先ほども言いましたが、ここはエレナ王国ではありませんから。最善を尽くすべきです」

「その最善尽くして、明日お前が寝不足じゃ本末転倒じゃないか?」

「そ、それは……」

「夜の護衛って交替制でやるもんだと思うんだけど」

「そうですが……」

 軍人はティドしかいない。

 だから、彼は必然的に自分が一晩中護衛すると言っているのだろう。

(はぁ~……)

 大地は重たいため息を内心でして、

「わかった。先に俺が廊下に立つよ」

「え?」

「交替制でやるのが普通だろ? 俺が先に護衛するから、お前は先に寝てろ」

「し、しかし……」

「俺も眠くなったら、お前を起こしにいくからな。そうだな。だいたい三時間で交替な」

「ど、どうして?」

 突然手伝うと言う大地に、ティドは疑問を口にする。

 すると、今度は大地が何を当たり前のことを、と言い返した。

「一緒に旅をする仲間だろ。協力するのが普通だよ」

「…………」

 ティドは何も言い返せなかった。

 そうして。

 大地は白を基調とした宿屋の廊下にじっと立っている。

 傍から見れば不審者だ。宿屋で働く者に尋ねられれば、なんて答えようと大地は護衛を始めてから三〇分ほど真剣に考えたほどである。

(……思った以上に苦痛だな)

 エリーナたちが眠っている部屋の前で護衛なんて楽勝だと考えていたが、想像以上に大変だった。

 何もすることがなく、さらに強烈な眠気が身体を襲ってくる。昼間セイスブリュックを歩き回ったこともかなり影響していた。

 それから、さらにじっと立っていると突然部屋の扉が開いた。

「……っ!?」

「だ、大地?」

 開いた扉から姿を見せたのはエリーナだった。

「ど、どうしてここに?」

「護衛だよ」

 疲れた声で大地が答える。

「護衛?」

「あぁ。ティドが一晩中するっていうから、なら交替でしようって」

「……はぁ、あいつったら。そこまでしなくてもいいのに」

「俺もそう言ったんだけどな。――で、そっちは?」

「…………」

「眠れない?」

「えぇ」

 夜の帳はすでに降りている。

 眠れないエリーナと大地は宿屋の裏庭に来ていた。宿屋の裏庭はセイス大河に面している。巨大な河はきらきらと月の光を反射して輝いていた。時折水が()ねているのは、魚が泳いでいるのだろう。

 セイス大河をぼうっと眺めている大地の隣で、

「……上手くいかないわね」

 エリーナがぽつりと呟く。

 視線をセイス大河からエリーナに移すと、彼女はまだ疲れた表情を見せていた。

「覚悟してたさ」

「それは私もよ。けど、出鼻でくじかれるなんて……」

「なんだか、らしくないな」

「どういう意味よ」とエリーナは言うが、やはり彼女らしくない。

 これくらいの苦難は簡単に払いのけると思っていた。思い込んでいた。盗賊を負かした時のように簡単に、あっけなく、自分の力を信じて。しかし、今のエリーナはとても毅然(きぜん)とした王女には見えない。初めての局面にあたふたしている力のない少女のようだ。

「そのまんまの意味だよ。俺の知ってる王女はもっと強いもんだと」

「…………」

 旅を始めてまだ八日目だ。

 こんなところで弱音を吐くような人間じゃない。

 成し遂げたい夢のために勇者の力までも利用しようとする貪欲さや執念を持ち、誰よりも気が強く(しん)がしっかりとした王女だったはずだ。

 けれど。

「そうね」

 と呟いた声は、小さく消えた。

「……はぁ」

(不安、なんだろうか)

 ティドならエリーナの心境も正しく理解出来るのかもしれない。今の大地にはティドのようには到底出来ない。

 それでも。

「いろいろ不安、なのかもしんないけど、俺だっているんだ。リーシェも、ティドも。まだ分からないことばっかだけど、俺は勇者になるって決めたし、その覚悟も見せたつもりだ。全部自分で決めてばかりじゃなくて、たまにはみんなの力を頼ってもいいと思うぞ。そりゃ俺は、ティドほど当てになるかは分かんないけど――」

「…………」

「そ、それに……王女だからって何もかも背負う必要ないっていうか……」

「ぷっ」

 しどろもどろに言う大地を見て、エリーナは思わず噴き出していた。

「ひ、人が真剣に言ってんのに――」

「分かってるわよ。……ありがとうね」

「えっ?」

「気にかけてくれて、ってこと。大地の言葉で気が楽になったわ」

 そう言うエリーナの表情は幾分か明るくなっているような気がした。

「それなら良かった」

「――私ね」

 視線をきらきらと光を反射するセイス大河に戻す。穏やかな川面はどこまでも続いて、水平線を作っている。ずっと先の川面には月が写りこんでいた。

「大地と出会えてよかったって思う」

「なんだよ、急に」

「なんとなくよ。――ただ、こうして勇者が現われなかったら、私は今も宮殿の中にいるんだろうなって」

「そうか? エリーナなら一人でも突っ走りそうだけど……」

 そういう印象しかない。

 しかし。

「ううん。そんなことはないわ。エレナ王国やパンゲアから戦争をなくしたいってことはずっと思ってた。けど、一人じゃどうしようもないことだと思うし。私の周りにいる人は、私が無茶するのを必ず止めるから」

 過保護、というわけではない。次期王位継承者筆頭のエリーナを危険から遠ざけるのは当然のことだ。

 そういう人が周りにたくさんいたから、彼女は自らこの旅に出る決心がつけなかった。勇者の力を借りたいという気持ちも嘘ではなく、勇者という存在を決断する絶好の機会にしたかった。

「…………」

「だから、あなたに会えて良かった」

 言われて嬉しい言葉だと思う。

 けれど、大地の心は嬉しいという感情だけでなく、何とも言えない気持ちも抱いていた。

「――そっか」

「うん」

「やっとついた決心だから、いきなり(くじ)かれたことがいらついたんだな」

「……えぇ、そうよ」

 認めた彼女の声は、微かに震えていた。

「だったら、頑張ろうぜ」

「……?」

「決心も覚悟もとっくにしたんだ。後は頑張るだけだろ。エリーナが世界を救う力を持って帰ってくることを待ってる人もいるんだろ?」

「……え、えぇ」

「その人たちの期待をふいにしないためにも、な」

 そう言って、大地はまた笑顔を見せた。

 何度か見たその表情は、エリーナの心を落ち着かせる。人を安心させるような、心を奮い立たせるような、そんな笑顔だった。

 自然と、エリーナも笑みを(こぼ)す。

「そうね。――やっぱり、こんなところで弱音吐いてるなんて私らしくないわ」


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