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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
22/83

(4)

 

「久しぶりだな、エリーナ」

 青年は、真っ先にエリーナに声をかけた。

「な、なんで、あなたがここに――っ!?」

 一方のエリーナも、いきなり現れた青年を見て驚きを隠しきれないでいる。どうやら二人は知り合いのようだ。

 大地たちに近寄ってきた青年は、かなり背が高い。大地よりも一〇センチは上だろう。リーシェの髪よりも少し明るいといった髪は綺麗な茶色だった。しかし、青を基調とした服装は薄汚れている。腰に提げているレイピアのように細い剣も泥を被っていた。どこか汚い場所を歩いてきたようだ。

「なんだ? 俺がここにいちゃ悪いのか?」

「わ、悪いに決まってるでしょ! ここはエレナ王国なのよ!?」

「おぉ、そうだったな。これじゃ不法入国だ。すまん」

 悪びれた様子もなく、青年は軽く云った。

「そ、それで許すなんて思わな――」

「……な、なぁ、エリーナ?」

 まだ驚いた表情のままのエリーナに、おずおずと大地は声をかける。

「――っ!? ど、どうしたの?」

「それはこっちの台詞なんだけど……」

 急に狼狽しだしたエリーナに、大地だけでなく残りの二人も目を丸くしていた。さっきまでの真剣な表情だったエリーナとは真逆だ。

「あ、ご、ごめん。なんでもないわ」

 そんなわけないだろ、と言う言葉を大地は飲み込んで、別の言葉を口にする。

「あ、あぁ、うん。それで、この人は?」

 同じ疑問を持つリーシェとティドも、エリーナを見つめる。二人もエリーナを軽くあしらっている人物に面識がないのだ。

「あぁ、この人は……」

「俺の名前は、エルベルトだ。よろしくな!」

 最高級の笑顔とともに、青年は名乗った。

「は、はぁ……」

 と、曖昧な返事を返した大地とは違って、リーシェとティドはさらに目を丸くして驚いた。

「え、エルベルト!?」

「ほ、ほんもの?」

 青年の口から出てきた名前が信じられない、といった表情だ。これまで丁寧な口調だったティドの拍子抜けしたような声からも、かなり驚いていることが分かる。

「酷いな。本物だよ。俺はエルベルト。クルニカ王国王子、エルベルト・ノークだ」

 そこまで名乗られて、ようやく大地も驚いた。

「お、王子?」

「君まで疑うのかい?」

「本物の王子よ」

 ため息を交えて、エリーナが肯定した。

「エリーナの言う通りさ。クルニカ王国の正当な王子だよ。そして、俺は彼女の婚約者だ」

「ちょっ――」

「え?」

「ぶっ」

「……はい?」

 エルベルトの突然の発言に、それぞれが違った反応を見せる。

「な、何言ってるのよ!」

「事実だろう? 子どもの頃に誓いあったじゃないか?」

「い、今言うことでもないでしょ!!」

「そうか? 自己紹介には最適だと思ったんだが……」

 天然なのだろうか、と大地は疑う。

 相変わらずエルベルトはニッコリとした笑顔を見せている。気前の良いあんちゃんというような人懐っこい印象を与えてくる。エリーナの時も思ったことだが、とても王家の人間には見えない。

「どこが最適よ!」

 うろたえていたエリーナは、今度は少し怒っているようだ。

 ふん、とそっぽを向いているエリーナをエルベルトは(なだ)めている。二人の背景とは、なんともミスマッチな光景だった。

「それで、なんであなたがここに?」

「あぁ、そうだったな。――それは、もちろん、エリーナに、会いに来たからさ!」

 一語一句を区切って、もったいぶるように言ってのけたエルベルト。

 対して、エリーナは呆れて、やれやれといった様子で頭を振っていた。

「あなた、さっき意外な人物に会うとは思わなかったって言ってたじゃない」

「はっ! そ、そうだったな」

 馬鹿なのだろうか、と大地は疑う。

「ま、まぁ、それは冗談なんだが――」

(……みんな気付いてるよ)

 と、大地は胸中で呟いた。

 彼の隣にいるリーシェも、エルベルトの言動に呆気に取られていた。冷静さを取り戻したティドはエリーナの後ろに控えている。護衛の任務を全うしているようだ。

(よく仕事のこと思い出せるな……)

 素直に感心してしまう大地。

 しかし、ティドも想像とは違ったエルベルトに確実に面喰っていた。

「実は良くない事態なんだ」

「良くない?」

 それと勝手にエレナ王国に入ったこととどう関係するの、とエリーナは訊く。

「大ありさ。でも、詳しい話はいくら君でも出来ないな。いずれ父上からそちらにも報告が入ると思うよ」

 ところで、とエルベルトが切り返す。

「どうして、君はここにいるんだい?」

「な、なんだっていいでしょ」

「いいわけないだろう? 君はこの国の王女だ。王女様が少数の護衛でこんな遠方の街にいるのはおかしいだろう?」

「う……」

 エルベルトの言う通りだ。

 軽装の大地やティドをきちんとした護衛と呼べるかどうかは微妙だ。しかし、王女の付き人としても少人数であり、あまりに心許ないだろう。エリーナの剣の腕や実力を加味しても、だ。

「おかしくても、あなたには関係ないでしょ!」

「――うん。確かに、そうだ。俺にも事情があるし、君にもあるだろう。これ以上は、とやかく詮索しないよ。こっちも忙しくて、ね」

「また会おう」と言って、エルベルトは大地たちの前を通り過ぎていく。本当に忙しいようで、エルベルトは走ってその姿をけしていった。

 一方で。

 颯爽と去っていったエルベルトに、大地たちはまだ落ち着かないでいた。

「う、噂には聞いていましたが、あれほど奔放というか快活な方だとは――」

「ねぇねぇ、エリーナ。婚約者ってほんとう?」

「ずいぶんイケメンだったな」

 それぞれが率直な感想を口にしている。

 そんな大地たちの様子を見て、エリーナは頭を抱えていた。

「みんな、あのね」

「そういえば、エリーナ様に婚約者がいるということは護衛隊の間でも噂になっていましたね。あの方がそうとは」

「ティド! 婚約は子どものころの口約束っていうか、お父様たちが勝手に決めたことっていうか……」

「あれ、本当じゃないの?」

 と、興味津々なリーシェの眼差しに、さすがのエリーナもたじたじだ。

「ほ、本当っていうか……。私はそ、そんな昔のや、約束覚えてないっていうか……」

 しどろもどろになるエリーナ。

 勝気で強気な普段のエリーナに慣れた分、今の反応は可笑しかった。

「ちょ、ちょっと大地! なんで笑ってるのよ!! ティドも!!」

「わ、悪い。――ははっ。な、なんだかエリーナっぽくなくて」

「本当ですね。王女様が、単純な色恋沙汰(ざた)でうろたえているようじゃ駄目ですよ」

「い、色恋――ッ!?」

 ティドの(いじ)りに、エリーナは大声で反応する。

「あれ、違うの?」

 相変わらずリーシェは興味津々だ。純粋な興味なのかもしれないが、その眼差しはエリーナの反応を楽しんでいるようにも見える。というよりも、そうとしか思えない。大地やティドよりも、だ。

「ち、違うわ! 第一、す、好きな人とかいないんだから」

「あれ、そうなのですか?」

 と、ティドは意外そうな声をあげた。

「そうよ」

「確かに意外だな」

 高貴な貴族であり、次期王位継承者筆頭とはいえ、エリーナは年頃の女の子でもある。様々なことに興味を持ち、趣味を持っていてもおかしくはない。

「そ、そんなことに費やしてる時間はないのよ」とは、エリーナの言い分だ。

「そんなことなのか?」

 その感覚は大地にはよく分からない。一般人と貴族の違いかと考えるが、どうやら違うようだ。

「本当は、叶えたい夢に夢中なんでしょう」

「……っ!?」

 ボッとエリーナの顔が赤らむ。

 図星のようだ。

「夢、か」

 エリーナの叶えたい夢。

 それは、ずっと争いがなくならないパンゲアから戦争をなくすことだ。そのために彼女は大陸統一を掲げ、おとぎ話に登場する勇者の力を借りようとしている。自分一人では到底成し遂げられない途方もない夢だから。

「……そうよ」

 と、エリーナは小さく呟いた。

「立派だよな」

「え?」

「俺なんてさ、これから何をして大人になっていけばいいんだろうって分からないってのに。お前はずっと昔から、そればっか考えてきたんだろ?」

 おもむろに話し始めた大地の顔に、視線が吸い込まれる。

「俺は立派だなって思うぞ。ふらふらしてない人間ってのは、きっと思った以上に少ないと思うし」

「あ、ありがとう」

「どういたいまして。――ほら、みんなに元気をなってもらうんだろ。行こうぜ」

 ニッと笑って、大地は先を歩きだす。

 エリーナの視線は、その笑顔に釘付けにされていた。



 国境線の街であるモルスはセイス大河に面していて、大きな港も有している。

 商業の街としても名を知られ、クルニカ王国や南北の両帝国、エレナ王国の特産品がセイス大河を走る商業船からもたらされるのだ。

 しかし。

 現在の港には商業船よりも、街の復興のための軍船が多く停泊していた。軍も復興に力を入れているようだ。

「かなりの数の軍隊ですね」

 街の高台から港を眺めているティドが様子を(うかが)っている。

「エルベルトはどうして一人でこっちの領内に――?」

「向こうの都合じゃないのか?」

 対して。

 一通り街を回って市民に挨拶と笑顔を見せたエリーナは、エルベルトの行動について考えていた。

「エルベルトが言ってたでしょ。大した護衛もつけないで、私が国境沿いの街にいるのはおかしいって。それはエルベルトにも当てはまるわ」

 よくよく考えてみれば、そうだ。

 エルベルトもクルニカ王国の王子だと名乗った。平和条約を結んでいるとはいえ、王子が他国の領内に一人で足を踏み入れるなどあり得ない。「良くない事態」とエルベルトは口にしていたが、エルベルトが一人で行動するほど切羽詰まった状況なのだろう。

「どんなことなんだろうね、良くない事態って」

「それは分からないわ。エルベルトも何も言ってくれないし、クルニカに関係することなんだろうけど……」

「エレナ王国には関係しないのか?」

「それも分からないわよ」

 エリーナの口調は、ちょっと不機嫌だ。散々からかわれたことをまだ根に持っているのかもしれない。

「でも、こっちの国に一人で来てたんだぞ?」

「そうだけど――」

「ここで言い合っていても分かりませんよ」

 会話の輪にティドが戻ってきた。

「エルベルト殿下が何をされていたのかは想像しか出来ません。僕たちにはそれに割く時間もないでしょう?」

 先を急がないと、と言うティドの発言に大地たちも「そうだな」と改めて目的を確認しあう。

「どうする?」

「考えても分からないことは放っておくわ。ティドの言う通り、私たちはトマッシュ地方に行くことだけを考えよう」

 つまり。

「セイスブリュックへ向かうわよ」

 セイスブリュックはモルスから歩いて行けるほど近い。モルスの港から河沿いに歩いて行けば、すぐそこである。セイスブリュックの街を形成している巨大な橋も港から一望出来た。

 それにしても。

「でかい橋だよな」

「河幅一キロを越えるセイス大河に架かっている橋ですから。エレナ王国にはない建築技術が使われているそうです」

「へぇ~」

 港から見える橋は本当に大きい。

 橋の上に作られている街の景観はひょっとしたらモルスよりも広い街なのでは、と思わせるほどだ。四階層の巨大船が橋の下を通れることからも、橋がかなり高い位置に架かっていることは分かる。

「もともとクルニカ王国はパンゲアで最も水に恵まれた国です。大小様々な河が流れ、魚介類の収穫は世界一を誇っています。当然、水に関する技術は他の国よりも格段に優れています」

「そうなのか?」

「えぇ、そうよ。エレナ王国にはここまで大きな河は流れていないから、航行技術なんかは足元にも及ばないわ。極めつけはアクス・マリナね」

「アクス・マリナ?」

 補足したエリーナの聞き慣れない単語に、オウム返しで尋ねた。

「クルニカ王国の都よ。湖に浮かんでる島に作った街が、クルニカの王都なの。造形美術もすごくて、水の都なんて呼ばれてるわ」

「聞いたことある! 世界で一番美しい街だって」

 会話を聞いていたリーシェも興味を示した。

 どうやら大地たちの中で、アクス・マリナに行ったことがあるのは王女であるエリーナだけのようだ。

「へぇ~。そんなにすごい都なら行ってみたいな」

 すぐそこにあるように見えるセイスブリュックを目指して街道を歩く大地は、ぼそっと呟いた。

「よしたほうがいいわ」

「どうして?」

「もう噂が回ってるだろうけど、一応非公式で旅してるのよ。アクス・マリナに行けば、私の顔を知ってる人もたくさんいるだろうし」

 誰かに気付かれて、旅の目的を詮索されたくない、ということだった。

「――それもそっか」

「そうよ。なるべくアクス・マリナに近づかずにトマッシュ地方に行きたいわ」

「けど、トマッシュ地方ってどこなのかな?」

「そういえば聞いたことのない地方でしたね。実際に存在するのかも怪しいですよ」

 リーシェの疑問に、ティドが憶測を加えた。

「ヨーラが言ったのよ? 予見者の言葉を疑うことなんて出来ないわ」

「そうですけど……」

 すると。

 大地たちが歩く街道に沿って広がっている森で、爆発が起こった。

「――なっ!?」

「きゃあああ――」

 突然起こった爆発に大地たちは驚き、悲鳴を上げる。

 護衛隊に所属しているティドはすぐにエリーナの前に立ち、提げている剣に手を伸ばしていた。

「敵……?」

「事故、ではなさそうね」

 エリーナとティドはじっと森へ視線を向けている。

 二人のたち振る舞いは大地やリーシェと違う。戦場で戦ってきた者のそれ、だ。警戒心を強める二人に倣って、大地とリーシェも爆発が起こったほうへ意識を向けた。

 そこへ。

「あ、あれは――?」

 森から三人の男が現れた。

 三人組は黒い外套に身を包んでいて、顔を視認することは出来ない。何かから逃げているようで、三人組は必死に走っていた。

「……盗賊、でしょうか?」

「違うわね。もっと危険な連中みたい」

 直感でエリーナは判断する。

 三人組が放つ気配や匂いから、何かを感じ取ったようだ。

 再び森へと姿を消していく三人組を警戒していると、森からさらに一人の男が現れた。青を基調とした服装はすでにぼろぼろになっていて、茶色の髪もぼさぼさになっている男は、

「エルベルト!?」

「……っ!? 君たちは――」

 エリーナの声に、向こうも気付いた。

 お互いに疑問が浮かぶが、悠長に会話している場合じゃないようだ。

「スパイを追ってるんだ! すまないが、力を貸してくれないか?」

「スパイ!?」

 いきなり聞こえてきた言葉に、大地は驚いて目を丸くする。

 しかし、エリーナとティドは状況をすぐに把握したようだ。

「わかった!」

 おいてけぼりの大地とリーシェを気にも留めず、二人はエルベルトが追っていた三人組を追いかける。ぎりぎりだが、まだ三人組を視界に捉えることは出来た。

「助かる!」

 救援を求めたエルベルトも、呼吸を整えてすぐに二人の後を追う。

「ちょ……」

 状況が飲み込めない大地とリーシェは残されてしまう。顔を見合わせた二人は頷いて、エリーナたちの後を必死に追いかけ始めた。

「なんでスパイが!?」

 後ろを走るエルベルトに、エリーナは大声で訊く。

「詳しいことは分からないっ。けど、やつらはゴルドナ帝国のスパイだ! うちとそっちが条約を結んだことを気にしてるんだろう!」

 同じく大声で返したエルベルトの視線は、視界が悪い森の先を走る三人組に向けられている。

 すると。

「ちっ! あいつら――」

 三人組みの一人が逃げる方向を変えた。残りの二人とは大きく離れて、別の方向へと走っていく。

「どうする?」

「僕が追います! エリーナ様はあっちの二人を!!」

「オッケー、任せたわよ!」

 逃げている三人組がスパイだという以上、一人でも取り逃がすわけにはいかない。どれだけの情報を得ているかは知らないが、情報を持ちかえられたら決して良い方向へ事態が動くことはない。

 すぐに判断したティドは離れていった一人を視界に捉える。残りの二人をエリーナとエルベルトが追いかけていく。

「結構速いわね!」

「かなりの手だれだ! この俺から逃げたからな」

「悠長なこといってる場合じゃないわよ!」

 言い合いながらも、エリーナとエルベルトは逃げるスパイとの距離を確実に詰めていった。エルベルトはまだしも、女子であるエリーナの走る速さは尋常じゃない。すぐ後ろを走るエルベルトもついていくのがやっとのほどだ。

 その時。

 振り返ったスパイの一人が火球を放ってきた。

「……っ!?」

「エリーナ!」

 回避が間に合わないエリーナを、エルベルトが後ろから押し倒す。二人の頭上を直径一メートルにもなる火球が飛んでいった。

「観念したってわけ?」

 起き上がると、二人のスパイは逃げるのを止めて、こちらに向き直っていた。

「エルベルト王子に、『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』とお見受けした。お二人を相手にして、逃げ切れるとは思えないので」

「理解が早いわね。大人しく捕まりなさい!」

「そういうわけにもいかない」

「それなら、力づくで押さえるだけ」

 エリーナは腰に提げた魔剣ゲインを抜く。

 パンゲアで『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』を知らない者はいない。戦いを挑む者などもってのほかである。勝算がない戦いに活路を見出そうとするなんて、彼らは馬鹿としか言いようがなかった。

 しかし。

 スパイたちの目には、まだ光があった。

(私に勝つつもり?)

 自然と身構える。

 パンゲアでの戦いにおいて、何よりも重要視されるのはオーブだ。相手のオーブを知らずに突撃をかますのは愚かな行為でしかない。

(一人は具現系の炎使いね。もう一人は――)

 考える暇もなく、相手から先にしかけてきた。

「エリーナ!」

「私を誰だと思ってるのよ! これくらい!!」

 スパイの一人が放った火球を、今度は簡単に(かわ)す。その隙にもう一人が突っ込んでくるが、魔剣ゲインで対抗した。

 剣と剣がぶつかり、甲高い音が響く。

「どんな情報を盗んだのかしら?」

「教えるわけがないだろうが!!」

 ()える相手はさらに横から剣を振るう。

 咄嗟(とっさ)に身を引いて回避したエリーナにかわって、エルベルトが抜いた剣を相手に振り降ろした。

 そこへ、再び火球が飛んできた。

「馬鹿――っ!!」

 反応が遅れたエルベルトを、エリーナは蹴飛ばして火球から回避させた。

「ぐぅうう……」

 仲間であるエリーナに蹴られて(うずくま)るエルベルトに対して、

「あなたもオーブ使いなさいよ!」

「馬鹿はエリーナもだろう!? 俺のオーブはここじゃ使えないんだよ!」

「あぁ、もう――っ」

「来るぞ!」

 またしても言い合いをしていると、今度は二人ともが突撃してきた。

 エリーナとエルベルトはそれぞれ一人を相手にする。

 お互いの剣と剣が幾度も激突する。火花が散る戦いは、さらに激しさを増していく。エリーナの剣術はかなりの腕だ。それについていく相手も、エルベルトの言う通りかなりの手だれのようだった。

(私が押される、なんて……ッ)

 次第に、形勢が逆転していく。

「あなたはオーブを使わないつもり?」

「俺のオーブは使い勝手が悪くてな」

(そういうことか――)

 剣の応酬の中でも、エリーナは相手の力量を測る。

 チラッと見るとエルベルトが相手しているスパイは、時折火球を放っている。目の前のスパイはあっちと違って、直接攻撃に使えるオーブじゃないのかもしれない。

「それなら、私も使わないであげるわ!」

(単純な剣術で負けるわけにはいかない!!)

 それは、意地だった。

 相手の袈裟(けさ)切りを横っ跳びで回避する。追撃が襲ってくるが、体勢を立て直したエリーナはすぐに魔剣ゲインで受け止めた。

「残念だな」

「何が?」

「噂に聞く『バーサーカー』を拝見できると思ったのだが――」

「あなたなんかに使う必要はないわ」

「――そうか」

「な……ッ!?」

 突如、エリーナの身体が地面に押し込まれた。いや、違う。地盤が沈下したのか、地面が沈んだのだ。

 突然のことに、エリーナの体勢が崩れる。

 相手のスパイは、その一瞬を見逃さない。地面に片手をつこうとしたエリーナの脇腹に強烈な蹴りをはなった。

「ぐ、ぁあああ!!」

 蹴り飛ばされたエリーナの身体は数メートルも地面を転がって、ようやく止まった。しかし、スパイの攻撃は止まらない。

「くっ!?」

 跳躍して斬りかかってくるスパイから、エリーナは転がるようにして距離を取る。

 その瞬間、凄まじい衝撃が地面を揺るがした。ひび割れた地面は先ほどよりも大きく沈んでいる。沈下した地面の中心にスパイは立っていた。

(これがあいつのオーブ……)

 間違いない、とエリーナは直感する。

(自分の体重を重くさせるもの? そんなオーブ聞いたことないけど……)

 オーブはパンゲア中に無数に存在している。聞いたことのない種類のオーブがあっても不思議ではない。

「よく反応したな」

「これくらいどうってことないわ。それよりもオーブは使わないんじゃなかったかしら?」

「気付いたか」

「確かに使い勝手の悪そうな力よね」

「あぁ、辟易(へきえき)としている。しかし、『バーサーカー』をお目にかかりたいものでな。俺が使えば、使わざるをえないだろう?」

 挑発だ。

 目の前の男がスパイであるなら、無用な情報を与えるべきではない。エリーナのオーブはパンゲアで有名だが、実際に見た者はもっと少ない。事実に尾ひれがついて噂が出回っているのだ。余計な挑発には乗らないほうがいい。

 しかし。

「いいわ。見せてあげようじゃない」

 エリーナは乗ってしまう。

(相手を叩きつぶせば関係ない!)

 意気込むエリーナに、

「お前は馬鹿か!」

 と、エルベルトが間に割ってきた。

「え、エルベルト?」

「お前のオーブについて知りたがってるだけだ! 敵に情報を渡すことはないだろ!」

「相手を潰せばいいじゃない!」

「殺したら向こうの情報が手に入らないだろ! 捕まえるんだよ」

「あ、そっか」

 と、ようやくエリーナは目的を思い出す。相手のあまりの強さに当初の目的を忘れて、必死に対抗していたのだ。

「あいつらも相手してくれてんだ。取り逃がすようなヘマすんなよ」

「誰に文句言ってんのよ」

 冷静さを取り戻したエリーナは、再びスパイへ向けて突撃していく。

「おもしろくないな」

「こっちにも事情があんのよ!」

 再度、お互いの剣が火花を散らせる。

 剣の腕に大きな差はない。

 しかし、単純な力の差はあった。

 男と女。

 どうしようもない力の差だ。

「ぐ……」

 次第に押されだすエリーナ。

 腕力ではやはり勝てない。

(オーブを使えば――)

 誘惑が、エリーナを襲う。

 けれど。

 今度は動じない。

 鍔迫り合いでは勝てない、と判断したエリーナは一度距離を取る。距離を取ったエリーナに対して、スパイがさらに迫ってくるが、二歩三歩後ろに飛んでさらに離れる。

「はぁはぁ」

「どうした? 息が上がってるな」

(――強い)

 エルベルトには豪語したが、余裕で(とら)えられる相手ではない。チラッと見れば、エルベルトも苦戦しているようだった。

「あなたも、ね」

「そうだな。エレナ王国の王女とこんな場で(まみ)えるとは思わなかったからな。多少興奮はするさ」

(余裕ってことね)

 小さく舌打ちをする。

 エリーナを相手にして、ここまで余裕を見せた敵は今までにいない。相当な自信があるのだろう。その様子は言動からも見て取れる。その態度に、エリーナは腹ただしさを覚えていた。

「来ないなら、こちらから行くぞ!」

 動かないエリーナ目掛けて、スパイが駆け出す。

「く、……っ」

 下から剣が振り上げられる。咄嗟(とっさ)(かわ)したエリーナだが、ブロンドの髪を(かす)めた。攻撃は止まらない。振り上げられた剣がさらに横に振るわれる。エリーナの胴を狙った攻撃は後ろへ飛ぶことで回避した。

(かわ)してばかりじゃ、俺は捕まえられないぞ!」

「う、るさいっ」

 スパイの攻撃は終わらない。

 何度距離を取ってもすぐに詰めて、エリーナを追い詰めていく。必死に避けて、剣でいなしているエリーナだが、じりじりと後ずさりをしていることに変わらない。オーブを使わないという余裕も、オーブを使うという決意すでにない。考える時間すら与えてもらえいほどの連撃だった。

「……ッ!?」

 気がつけば、背中が大きな木の幹に当たっていた。

 これ以上は後ろへ回避出来ない。

 絶体絶命だった。

 そこへ。



「エリーナ!」



 声が聞こえてきた。

「大地!」

 振り返れば、後を追いかけていた大地とリーシェが走ってきている。ようやく追いついてきたようだ。

「増援か」

 エリーナを追い詰めたスパイがいらいらしたような声で口にした。黒い外套を身に纏っていて表情は確認出来ないが、苦い顔をしているのだろう。

「おい」

 もう一人の仲間が声をかける。

 相手にしていたエルベルトは地面に倒れている。気絶しているようだ。

「これ以上時間を割けない。引くぞ」

「分かったよ」

 頷いたスパイはちらっとエリーナへ視線を向けたが、この場から急いで離れていった。

 後に残ったエリーナはずるずると地面にへたり込む。ここまで圧倒されたのはエリーナにとって久しぶりのことで、屈辱でもあった。

「大丈夫か!」

 エリーナの元に大地が駆け寄る。

 リーシェは気絶しているエルベルトの介抱をしていた。リーシェの全身から淡い緑の光が溢れている。オーブを使って、エルベルトの傷を治しているようだ。

「え、えぇ」

「それで、スパイは?」

「……取り逃がした」

 答えたのはエルベルトだ。意識を取り戻したエルベルトは身体を起こして、木にもたれかかっている。傷もリーシェのオーブで回復していっている。

「そんなに強かったのか?」

 大地はエリーナの実力を知っている。エルベルトが十分強いだろうことも予想出来る。そんな二人をしても、スパイを捕まえることは出来なかった。そのことに、大地は驚いているのだ。

「かなりの手だれだったことは確かだ。ゴルドナ帝国でも特殊な訓練を受けてきた奴らだろう」

「……どうするんだ?」

「どうも。逃がしてしまったことはどうにもならない。今から追いかけても国境は越えられるだろうさ。せめて、一人でも捕まえていられれば――」

 そこへ。

 もう一人の声が聞こえてきた。



「一人なら捕まえましたよ」



 ティドだ。

 彼の手には鎖が握られていた。その先に捕まっているのは一人だけ別方向に逃げたゴルドナ帝国のスパイだ。

「お、お前が捕まえたのか?」

「はい、殿下。多少手こずりましたが、モルスの街に逃げ込む直前で」

 ティドがたった一人でスパイを捕まえたことに、エルベルトは目を丸くして驚いている。

 ティドが相手にしたスパイもやはりそれなりの手だれだったのだろう。小さくない怪我を負っているティドだが、満足気な顔をしていた。

「よくやったわ。これで、こいつから手に入れた情報を聞ける」

「いえ。それよりもエリーナ様、お怪我は?」

「これくらい大丈夫よ。あとでリーシェに診てもらうから」

「そうですか」

 大きな怪我はしていないようで、ティドはホッとした。それから、エルベルトに向き直る。

「捕えたスパイです」

「あぁ、助かった。ありがとうな」

「いえ。我々、エレナ王国はクルニカ王国と手を組み合いました。隣国の危険時には助力するものです。殿下はモルスでも、この者らを追いかけていたんですか?」

「そうだ。軍情報を手に入れようと動いてたみたいなんでね。気になって一人で動いてたってわけ」

「……そうでしたか。しかし、一人で行動されるのは危険です。護衛はしっかりとつけるべきだ、と失礼ながら進言します」

「ははっ、そうだな。良い部下を持ったな、エリーナ」

「えぇ、そうでしょ。自慢の仲間、よ」

 エリーナも心から誇らしそうにしている。

 エルベルトやエリーナでも捕まえることが出来なかったスパイを一人で捕まえたのだ。ティドの実力を知らなかった大地も素直に驚いていた。同じことを大地がやれと言われても、とても出来るとは思えない。

「君もありがとう。もう大丈夫だ」

 立ちあがったエルベルトはリーシェにもお礼を述べた。傷は全快したようだ。

「では、俺はスパイを基地までつれてく。お前たちはどうする? っていうか、どこに向かってるんだ?」

 当たり前の疑問だった。

 エルベルトが大地たちを見つけた時は、セイスブリュックへ向かっているところだった。エリーナが少数の護衛で国境線の街に来ていることもそうだが、セイスブリュックへ向かっていることはなおさら不思議だろう。

「セイスブリュックに用があるのよ」

「セイスブリュックに? もしかして、俺か?」

 期待を露にして訊くエルベルト。

「そうだったら、モルスで会った時に済ませてるわよ」

「そ、そうだな」

「申し訳ないけど、あなたにも言えないわ」

「……なるほどね。ま、深くは詮索しないさ。それよりもセイスブリュックに向かうのなら、一緒に頼む。一人で基地に帰ったら、何を言われるか分からないからな。負けたばかりだし」

 と、エルベルトは苦笑する。

「まぁ、構わないけど……」

「お、オッケーか。それじゃ、行こう」

 エリーナの手を掴んで、さっさとエルベルトは歩きだす。捕まえたスパイはそのままティドに押しつけていた。

「お、おい」

 見かねた大地が声をかけようとするが、

「構いませんよ」

「けど、お前……」

「僕が捕まえたんですし、報告も兼ねて僕が連れていきます。僕からお願いしたいこともありますから」

「……それなら、いいけど」

 しぶしぶ頷いた大地も歩きだしたティドの後を追いかける。

 先頭を歩くエリーナは手をエルベルトに掴まれている。いきなりのことで驚く暇もなかったが、エリーナはようやくエルベルトの手を振りほどいた。

「ちょ、ちょっとエルベルト!」

「……お前が何をしてるのか深くは聞かない。けど、気をつけろ」

 大声を出したエリーナに対して、エルベルトは小声だ。後ろをついてきている大地たちに聞かれないようにしている。

「え? どういう――」

「あいつが勇者、なんだろ?」

「ど、どうして、それを!?」

 思わず大きな声で訊き返してしまう。

「噂はもう広まってるぞ。エグバート陛下も何を考えてるんだか。取り逃がしたゴルドナのスパイは手に入れたクルニカの軍情報を報告するだろうが、勇者についても報告するかもしれん」

「で、でも顔はまだ……」

「あほ。勇者の顔は知られてなくても、お前の顔は知られてるだろ。パンゲア一の有名人だぞ」

「あっ……」

「だからだよ」

 もう一度、エルベルトは同じ言葉を繰り返した。

 気をつけろよ、と。




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