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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第二章 クルニカ王国、伝承の地編
21/83

(3)

 

 見慣れない景色がどこまでも続いていく。

 いくつかの小さな村や町を馬車で通っていっていた。そのどれもが長閑(のどか)な風景で、とても戦争に明け暮れていた国とは思えない。パンゲアが大陸統一を目指すそれぞれの国で争っているという事も忘れてしまいそうになる。

「クルニカ王国に行くには、まずどこに行くんだ?」

 ぼんやりとそんな事を考えながら、大地が他の三人に訊いた。

「エレナ王国からクルニカ王国へ行くにはセイスブリュックを通る道しかないわ。だから、国境沿いのモルスに向かうの」

 エレナ王国とクルニカ王国の国境は巨大な河である。

 セイス大河を船で渡る方法もあるが、それには危険が伴う。大河に架けられた橋を通るルートが一番安全なのだ。

 そして、セイスブリュックに近い街がモルスである。

「モルスで馬車を降りて、セイスブリュックを通ってクルニカ王国に入るわ」

「この馬車じゃクルニカ王国の中まで行かないのか?」

「無理ですよ。大河上にあるセイスブリュックもクルニカ王国の領地ですから。エレナ王国の馬車がセイスブリュックを越えるには旅券が必要になります。キャラバンなら旅券も持ってるでしょうけど、この馬車は交通用ですから旅券を持ってませんよ。エレナ王国の各地を走って、市民の移動に利用されてるだけです」

 と、答えたのはティドだ。

「そんなもんなのか」

「えぇ」

 でも、とエリーナが後を続ける。

「モルスからセイスブリュックまでは近いから、安心して。そんなに歩くわけじゃないわ」

「なら、良かったよ」

 地平線まで見渡せる平原を一定の速度で走る馬車の中から、もう一度大地は外の景色へ視線を向けた。

 相変わらず長閑な風景が続くだけだった。



 セイス大河に沿うようにして広がっている広大な森。

 広大な森は、暑さを直接体感させてくる太陽の日差しも届いてこず、涼しささえ感じるほどである。

 この森はエレナ王国の領土にあたるが、エルベルトは気にも留めずに森をたった一人で歩いていた。森に入るまで走っていたため、綺麗な茶色の髪はひどく乱れていた。呼吸も荒くなり、衣服にもところどころ泥がはねている。

 しかし、エルベルトは気にしない。ただただ森のあちこちへと視線を向けている。

(……この森にはもういないか)

 考えを張り巡らせる。

 セイスブリュックで嗅ぎつけた匂いを追って、ここまでやってきていた。くっきりと残っていた足跡も、森に入ったところで見失ってしまった。それでも、このまま野放しにすれば、クルニカ王国に甚大な被害が及ぶかもしれない。そう考えて、一人で動いたエルベルトだったが、「早急すぎたか」と少し後悔もした。

 一度セイスブリュックへ引き返すかとも考えるが、エルベルトはじっと森の向こう側を見つめる。

 そちらには、エレナ王国の街があった。

 セイスブリュックをエレナ王国から越えるためには、必ず通る大きな港町である。国境沿いの街という事もあり、当然様々な国の人が街にはいるだろう。

「…………」

 エルベルトが追っている者も、あの街に身を隠しているかもしれない。木を隠すなら森の中であり、人が隠れるならやはり多くの人の中である。

「――行ってみるか」

 そう判断したエルベルトは、森の向こう側へと歩き出す。



 国境沿いの街、モルス。

 セイス大河に面しているこの街では、昔から商人が多く往来する事で有名だった。セイス大河を利用して商業船が来航し、各国の特産品がよく輸入されていたのだ。また、巨大な商業船が停泊できるほど大きな港を持つモルスは重要な拠点の一つでもあった。

 そのため、戦時下では敵国の侵攻を何度も受ける街でもあった。

「……ここがモルス?」

 町の入り口で停まった馬車から降りた大地は、目にした街の光景に唖然(あぜん)とする。

「そうよ。国境沿いの街。街の向こうの端にある河はもう国境よ」

「けど……」

 とても活気のある街とは思えない。

 それまで馬車から見てきた村や町の光景とは明らかに違っていたのだ。街を形成している背の高い建物には損壊が目立ち、街の外には瓦礫(がれき)が異様な存在感を放っている。

 街へ踏み入っていくと、さらに荒廃(こうはい)した光景は目についた。開かれている店もあるが、開店していない店がある事に気付く。

「この街は戦争の最前線だったんですよ」

 小さくティドが口にした。

「最前線……」

「そうです。セイス大河はエレナ王国、クルニカ王国、ドンゴア帝国、ゴルドナ帝国の四つの国が面しています。エレナ王国は昔からクルニカ王国とは比較的友好関係を築けていましたが、二つの帝国とはそういうわけにもいきませんでしたから、セイス大河を利用して、それぞれの国が何度も攻めてきたんです」

「そんなことが……」

 大地は、思わず言葉を失った。

 戦争の悲惨さをそのまま残したような光景は、どれほど街を歩いても変わらない。つい先日まで、ここで多くの人が戦っていたかのように錯覚してしまう。

「私たちが今ここで出来ることはないわ。これ以上、こんな光景を作らないためにこの旅を始めたのよ」

「……あぁ、分かってる」

 エリーナの言う通りだ。

 大地たちはこの光景を目の当たりにして、復興に尽力をつくそうとやってきたわけではない。最終的な目的は繋がるが、その行程は街の復興よりももっと単純でもっと危険なのだ。

「とはいっても、手伝える事は手伝うべきですよ。あなたはこの国の王女なんですから」

 と、提言したのはティドだ。

「……そうね。でも、何を手伝えば?」

「簡単ですよ。戦争の被害にあった街の視察、です。街に住む人々に、王女様がわが街にやってこられたという事実を与えるのです。エリーナ様が街を気になさってくれてると思うことが、彼らには十分な未来への希望と力になります」

 とても現実感のある提案だった。

 王族の地方視察はこれまでも何度も体験したことである。その点ではエリーナには簡単な手伝いと言える。街の復興、再建に励んでいる人々に笑顔で手を振り、自らの声をかければいい。

 しかし。

「……なんだが、聞きたくない話だったな」

「そ、そうだね」

 至極真面目に言ったティドとは対照的に、大地とリーシェは耳を塞いでおけばよかったと思ったほどだ。

「戦争の被害にあった地域を気にしているというのは事実です。平和条約や友好条約をエグバート陛下が結んだというのも街の復興のためという理由が少なくともあるでしょう」

 もちろん最大の理由は両帝国への牽制ですが、とティドは付け加えた。

「そういった地域を視察することはもちろん清純な目的だけではないですが、そこに住む人々にとっては嬉しいことなのですよ」

「そうだろうけど……」

 それでも、そういった目的を言葉で聞きたくなかったというのが本音だ。戦争被害地域への視察の理由は知らずにおきたいというのが市民だろう。

 ともかく。

「街の復興の様子を見て回ればいいのね」

「はい、そうです」

 ティドが頷いたのを見て、エリーナも大地たちもそれ以上渋る事もなくモルスの街を歩いていく。

 エリーナを先頭にしてモルスの街を歩いていると、街に住む人々はやはり王女の姿をいち早く見つけてきた。

「わーっ、王女様だ!」

「エリーナ様!? どうして、この街に?」

「王女様が来られてるのか!?」

 エリーナの前にはあっという間に人だかりが出来る。

 目の前に集まった人々に対して、エリーナは王都でも見せたように丁寧な対応を返していく。多くの人に笑顔を見せ、手を振ってみせる。

 正装をしていない事を除けば、エリーナの対応は王女そのものだ。これまで何度も見せてきた強気で勝気な少女という印象はすっかり影を潜めている。腰に()げていた魔剣ゲインも後ろに控えているティドが抱えていた。

 そこで、大地はふと気付いた。

(なんだか、町の人は……)

 元気なのだ。

 戦争によって街が荒らされているにも関わらず、エリーナの前に集まっている人々からは悲しみに暮れた表情は見えない。誰もが目の前のエリーナに目を輝かせている。滅多にお目にかかれない王女を前にして興奮していると言ってしまえばそれまでだが、それだけじゃない理由があるように大地には思えた。

「な、なぁ」

 隣にいるリーシェに声をかける。

「どうしたの?」

「なんだか街の人たち、みんな明るくないか?」

「そういえば、そうね」

 大地に言われて、リーシェも気付いたようだ。

「なんでだ?」

「う~ん……」

 それは、リーシェにも分からないことのようだった。

 そんなに難しい質問だったろうか、と大地は悩むが、少ししてリーシェはおもむろに口を開いた。

「きっと、もう悲しい気持ちになった後なんだと思う。いっぱい悲しんで、いっぱい泣いて。それで、もう一度街を立て直そうって今頑張ってるところなんじゃないかな」

「……そういうもんか」

 なんとなく分かる。

 どうしようもない災害が起こり、甚大な被害が出れば、誰だって悲しくなるだろう。親しい人が亡くなれば、その悲しみは大きくなるはずだ。それでも、人はたくさんの人の助けを受けてもう一度立ち上がろうとするものだ。

 このモルスの街でも、それと同じことが今まさに起こっている。

 決して単純な結果ではなく、生きようとする人々の意思なのだ。

(これが、人の力……)

 元の世界でもそのような状況に遭遇したことのない大地は、目の前の光景にたくさんの感情を抱く。単純な感動だけでなく、荒廃した街と活気ある人々との違いや平和そのものだった王都と最前線だったモルスとの違い。平和条約や友好条約を結んだことで変わった世間の雰囲気と復興の進まない街の廃れた雰囲気の違いなどに、何とも言えない違和感を覚えたのだ。

 それは矛盾している現状に、矛盾した感情を抱いたことに他ならない。

 つまり。

 とても現実感が抱けなかったのだ。

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 慌てて、ごまかす。

 甚大な被害を及ぼす戦争や災害を実際に体験したことのない大地は、自身が抱いた気持ちに戸惑っていた。

 しかし。

 これが、この世界の現実だ。

 どれだけ現実感を抱けなくても、戦争が起こり街が攻められて、たくさんの被害を出していることは変わらない。残骸だらけの街を立て直そうと悲しみから立ち上がり、復興に力を注いでいる人がこんなにもいることは変わらない。

 こんな状況だからこそ、エリーナが成し遂げようとしていることは単純に世界から戦争をなくすことだけじゃない。彼らの想いも守ろうとしているに違いない、と大地は自然に思えた。

「俺たちも頑張らないとな」

「……うん、そうだね」

 短く交わした言葉は、大地の本音だった。

 その時。



「おや、こんな場所で意外な人物に会うとは思わなかったな」



 聞こえてきた声に大地たちが振り返ると、(さわ)やかさが眩しい青年が立っていた。



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