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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第一章 エレナ王国、旅立ち編
18/83

(16)

 

 エレナ王国。

 王都クルスにある王族が住まうベルガイル宮殿。

 その応接室に、マルスはいた。彼の前には、エグバート国王がいる。マルスはエグバートに進言をしに来ていたのだ。

「陛下! エリーナ様を特に護衛もなしで行かせるなんて、やはり私は納得できません! 私も一緒に行きます!」

 エグバートはすでに勇者となった大地とエリーナの冒険を認めている。その冒険に、エリーナは出来る限り少数の人数で行くと晩餐会の時にエグバートに言っていたのだ。

「まだ言うか、マルス」

 大地との決闘を見守っていたエグバートは呆れた声で返した。

「確かに大地には敗れましたが、それでも諦めていません。私が共に行く事を認めてくださるまで――」

 やれやれ、とエグバートは頭を振る。

「エリーナも言っていただろう。顔が知られているお主まで行ってしまえば、旅が公のものになってしまう。それに、お前が行くというのは私も困る」

「な、なぜですか!?」

「お前の役職はなんだ?」

「ご、護衛隊隊長です」

「王族、のだな?」

 マルスの返事に、エグバートは自ら補足した。

「え、えぇ。そうです」

「エリーナ専属の護衛じゃないぞ? 私や他の者たちの護衛もしなきゃならんというのに、隊長のお前が一人だけほっぽりだすわけにはいかないだろう?」

「……そ、その通りです」

「お前にずっとエリーナの護衛を任せてきたのだから、気がかりなのは分かる。しかし、お前はもっと多くの者を守らないといけないだろう?」

「は、はい」

 エグバートの言葉に、マルスは頷く。

 マルスはエレナ王国王族特務護衛隊の隊長である。エレナ王国を統べる国王や貴族を守る立場の人間だ。エリーナが幼い頃から側で護衛してきたが、優先しなければならないのは自身の感情よりも職務である。

「エリーナの身は案ずるな。勝手にだが、護衛隊の者から一人を旅に同行するように命令した。その者がエリーナを守ってくれるだろう」

「護衛隊から、ですか?」

 それはマルスが知らないところで決められたようだ。いや、エグバートが隊長であるマルスの耳に入る前に、勅命で決めたのだろう。

「わかりました。私の部下ならどの者でも姫様を守るには十分でしょう」

「そうだ。それに、お前に頼みたい事もある」

「……頼みたい事ですか?」

「そうだ。お前にしかできん頼みだ。聞いてくれるか?」

「…………はっ、わかりました」



 王都クルスの外門。

 五芒星都市へ通じる公道が続く景色を前にして、大地はもう一度クルスの街並みを見つめていた。

「ここから始まるんだよな」

「……えぇ。最初に向かうのはクルニカ王国ね」

 同じようにクルスを見つめているエリーナの表情は大地とはまた違っている。彼女の胸中に浮かぶ感情は大地とリーシェでは想像しか出来ない。

「…………」

「大丈夫か?」

「……え、えぇ。大丈夫。少し感傷的になってただけよ」

「ずっとここで暮らしてきたんだもの。誰だってそういう気持ちになるわ」

「そうね。この旅は私の悲願を達成するため。ここで感傷に浸ってる場合じゃないわね」

「あぁ。――クルニカ王国のトマッシュ地方か。そこに行けば伝承について何か分かるんだよな」

「きっとね」

 クルニカ王国。

 エレナ王国の東に位置する友好関係を築けている国である。そのクルニカ王国のトマッシュ地方が、勇者のおとぎ話の発祥の場所と噂されているとヨーラは言っていた。

「そこって遠いのか?」

「たぶん……」

「たぶんって。知らないのか?」

「し、仕方ないでしょ。ほとんどエレナ王国から出た事ないし、クルニカ王国は詳しくないわ」

「そっか。結構苦労しそうだな」

「そうなるでしょうね。国境はこの券があれば越えられるけど、その後が大変でしょうね」

「それは?」

「旅券よ。国境を越える旅には必要なものよ」

「へぇ~。パスポートみたいなもんか」

「パスポート?」

「俺がいた世界のそれと同じもんだよ」

 ふと出たパスポートという単語に、エリーナは興味を示してきた。エグバートもそうだったが、大地がいた世界の事はよほど興味を引くようだ。

「ちゃんと同じようなものがあるのね」

「意外かよ。いいから、行こうぜ。ぐだぐだせずに行くんだろ?」

「そ、そうね」

 呆れたように指摘されて、エリーナは慌てて取り繕う。

 ふふ、と微笑ましそうにリーシェも笑う。

「前も思ったんだけど、二人とももう仲良しだよね」

「え、そうか?」

「そう見える?」

 大地とエリーナは同じ反応で返す。

 それを見て、リーシェはまた笑ってしまった。

「ほら、その返事。相性ばっちしみたいね」

「そ、そんな事ないわ!! さ、行くわよ。先は長いんだから!」

 怒ったようにはぐらかすエリーナを見て、リーシェはまた微笑を浮かべた。

「待ってよ」

 足早に歩くエリーナの後をリーシェは追いかける。

「……ったく」とまた呆れたように呟いて、大地も二人の後に続いていった。

「国境まで馬車を乗り継いでも三日はかかるわ。のんびりしてられないわよ」

「はぁ、分かったよ」

 エリーナを先頭にして、三人は王都クルスをようやく出発する。

 そこへ、声が掛けられた。

「お待ちください、エリーナ様!!」



 ベルガイル宮殿の応接室には、未だにエグバートとマルスがいた。

「それで頼みたい事とは?」

「……勇者の事だ」

「大地、ですか?」

「そうだ。気になる事がある」

 神妙な面持ちを見せて、エグバートは口を開く。

「どういう理由か分からんが、勇者はこの国に降臨した。それ自体は偶然かもしれん。だが、何かしらの力が作用してる面もあると私は思う」

「力、ですか?」

「うむ。疑問だが、勇者はなぜ我らと会話できる?」

 唐突な質問。

 あまりに意外な疑問に、マルスは口をぱくぱくとさせる。

「……そ、それは……」

 分からなかったからだ。

 別の世界からやってきたと言う大地は、普通にエリーナやマルスと会話をしている。それは、言葉が通じるという事だ。その事実を知りながら、言葉が通じるという事を疑問にすら思わなかった。大地が全く知らない世界からやってきた、というのに。

「勇者に聞けば、こちらの文字は読めないという事だった。なのに、なぜ会話ができるのだ?」

「…………」

 マルスは答える事ができない。

 思い返せば、大地がこちらの世界の文字を読んでいる所を見た事がない。読む必要がある場面がなかったため、疑問に思う事もなかった。

 エグバートは一つの可能性を口にする。

「あくまで仮説だが、理由は挙げられる」

 大地がパンゲアに来たのは、降臨の力を持つ者たちが呼んだため、と推測される。

 予見者と同じように特別な宝玉(オーブ)を持ち、特殊なオーブを使える者たちだ。その者たちが勇者となる人物を降臨させた時に、何かの力を行使した可能性がある。

「それが、私たちと言葉が通じるようにするための力だと?」

「そうだ」

「わざわざ力を使って、言葉を通じるようにした……?」

 それは、意外にも大事な事だ。

 統一大陸であるパンゲアでは一つの言語のみが使用されている。言葉が通じないと言うのは致命的だ。それは、この世界で誰とも会話できない事を意味する。勇者を降臨させた者たちは優しい者たちで、それを解消したかったのだろうか。

「それだけじゃないと私は思う」

 エグバートはもっと別の理由があると考える。

 しかし、それが何かは推測するのが難しいようだった。

「それをお前に探ってほしい」

「私に、ですか……」

 なんとも難しい注文だ。

 大地を降臨させた者たちと接触を図る必要性がある。そもそも大地をパンゲアに降臨させたのが誰かも分からない状況だ。いや、降臨させた者たちが本当にいるのかどうかも怪しい。人間を降臨させるほど強いオーブを持った者など、マルスは耳にした事がないのだ。大地がパンゲアに来たのは、神様の決め事なのかもしれない。

「……分かりました。なんとか探ってみましょう」

「頼む」

「はっ」

 敬礼して、マルスも退室していく。

 応接室に残ったままのエグバートは、やはり神妙な面持ちのままだった。



 「お待ちください、エリーナ様!」

 いきなり呼びとめられたエリーナは「何よ」と振り返る。

 声の主はクルスの外門に立つ少年のようだった。エリーナを呼びとめた少年は駆け足で、大地たちのところまでやってくる。

「あ、ティド! どうしてここに?」

「陛下からのご命令です! 聞けばエリーナ様が長旅に出られるとの事で、僕が護衛するように、と」

「お父様はまだ心配してるの? 護衛なんていらないわよ」

 エグバートがエリーナの身を案じている事を聞いて、エリーナは呆れた表情を見せた。

 マルスとの決闘に大地が勝った事を受けて、エリーナはこの旅には自分と大地、それにリーシェの三人で行くとエグバートに伝えていたのだ。

「そういう訳にはいきません! エグバート陛下はマルス隊長の代わりに、と僕を使命したのです。エリーナ様の旅に僕も護衛として同伴させて頂きます」

 ティドと呼ばれた少年は大きな声で宣言した。

「確かに同年代で固めた方が旅行だって建前は言いやすいけど……。本当についてくるの?」

「はい! 断られても後を追いかけよ、と陛下より言われています。たとえお許し頂けなくても、距離を置いて勝手についていきますので」

「はぁ……。仕方ないか」

「エリーナ?」

「あぁ、ごめん。紹介がまだだったわね。リスティドよ」

「王族特務護衛隊所属、リスティド・クレイと申します。ティドとお呼び下さい」

 見れば、ティドは腰にマルスやその部下が持っていた物と同じ――特務護衛隊に支給されている両刃の剣を携えている。その柄に彼の宝玉(オーブ)だろうか、きらりと極彩色に光る宝石が埋め込まれていた。

 しかし、その外見はとても護衛隊の一員には思えない。

 大地よりやや背が低く大人しそうな顔は、女の子といえなくもないほど中性的だ。腕がたつような剣士にはとても見えない。

「俺は大地」

「私はリーシェよ」

「……では、あなたが勇者、ですか?」

 大地が名乗ったところで、ティドの瞳がやけにきらきらと輝いた。噂に聞いていた勇者を目の前にして、興味津々といった感じだ。

「あ、あぁ、そうだけど――」

「お初にお目にかかります! 伝説の勇者殿に会えて、光栄であります」

「や、伝説って……。俺、まだ何もしてないし」

「そ、そうなのですか?」

 それまでのきらきらとした瞳が一瞬で消えうせた。

「あ、あぁ」

(あからさますぎるだろ、おい)

 と、大地はティドの反応に胸中で突っ込んでしまう。

 こんな奴で大丈夫なのか、と大地は視線だけでエリーナに尋ねる。

「……見た目は頼りないかもしれないけど、ティドは凄腕の剣士よ。なんたって騎士長の息子だもん」

「騎士長?」

「はい。僕の父はエレナ王国騎士隊の隊長をやっております。軍の精鋭部隊ですよ」

「へぇ~。じゃあ、強いのか」

 騎士隊という部隊がどれほどの精鋭部隊なのか、大地にはあまり想像出来ないが、豪語するほどなのだからかなり強いのだろう。

「勇者殿には劣るつもりはありませんよ」

「……むっ」

 やけに自信たっぷりに言われて、少しムッとする。

「今から一つ、決闘でもしますか?」

「お前、マルスとの見てたな」

「もちろんですよ。あのマルス隊長を打ち負かすなんて、信じられませんでした」

「ありゃ、あいつが手加減してただけだろ。雷だって俺は簡単に避けられたんだし。それに俺なんて二回しか攻撃当てられなかったんだから」

「そうかもしれませんが、手数よりもいかに急所を突けるか、だと僕は思いますよ」

 じっと大地の顔を見つめるその視線は、やはり自信に満ちている。自分の実力を疑っていないようだ。パンゲアでたった一人しか持たないオーブを持つ大地も、敵じゃないと強さと鋭さを併せ持った瞳が訴えてきている。

「はいはい。仲間で決闘しても仕方ないでしょ。ティドも旅についてくるなら、大地に余計な怪我を負わせないでよ。治癒師(ヒーラー)のリーシェがいるからって、無茶は出来ないんだから」

「――わかりました。では、先頭は僕が歩きましょう」

 そう言って、ティドはエリーナの前を行く。

 その後ろ姿を見て、大地はぼやいた。

「なんなんだ、あいつ」

「許してあげて。ああやって大地の意思を試してるだけよ」

「試すって……」

 マルスとの決闘を見ていたなら、簡単に分かりそうなものだ。

 クルスの街で買った剣を腰にさげているが、大地は剣術については全くの素人だ。戦闘面での人数に数えられるのは願い下げである。しかし、決して意思は弱くはない。それもマルスとの決闘で証明したつもりだ。

「何事もなく無事に旅をしてられるとは私も思ってないわ。それは大地もそうでしょ?」

「……あぁ、そうだよ」

 この旅がどれほど過酷なものになるか、大地もティドも十分に想像している。その想像以上の旅になるだろう事も肌で感じている。

 それでも。

 エリーナの言う――パンゲアを救うため。

 そして。

 無理矢理降臨させられたこの世界から元の世界へ帰るため。

 この冒険は必要なのだ。

「どんな事があっても、俺は元の世界へ帰るんだ」



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