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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第一章 エレナ王国、旅立ち編
17/83

(15)

 

 ゆっくりと太陽が空へと昇っていっている。

 一段と大きく見える太陽は、王都クルス全体を照らしていた。その陽光を、大地たちは一身に浴びている。

 大地たちは、クルスの街を歩いていたのだ。

「……はぁ」

「眠いの?」

 欠伸(あくび)が止まらない大地に、リーシェは不安そうに訊いた。

「あぁ。あの後もずっと国王様と話してたんだよ」

「まさか一晩中?」

「まさか。二、三時間だよ。あれこれ聞かれたさ。俺がいた世界の事をいろいろと――」

「へぇ~。私も興味あるかも」

 と、関心を示したのはエリーナだ。

 しかし。

「今日は勘弁だぜ。昨日の夜あんだけ喋ったんだから――」

「むぅ。分かったわよ」

 眠たそうにしている大地を見て、エリーナはしぶしぶ了承した。

「ところで、どこに行くんだ?」

 話題を変えた大地は、急にクルスの街に繰り出している事を疑問に思って尋ねた。目的も告げられずに、「街に出るわよ」と半ば強引にエリーナに連れ出されたのだ。

 答えたのは、そのエリーナだ。

「市場に買い物に行くのよ。これから旅に出るっていうのに、大地もいつまでもその服って訳にもいかないでしょ」

 そういえば、と大地も思う。

 今、大地が着ているのはパンゲアに来た時の服装そのままだ。つまり、学校の制服である。とても冒険に向いている服装とは言えない。昨晩の晩餐会で着用したものは正装であり、普段着るような服ではない。旅に向いている服を用意しなければならないのだ。

 でも。

「俺、金なんて持ってないぞ」

「気にしないで。そこは私が払うから」

「え!? い、いいのか?」

 エリーナがあっさり言った事に、大地は驚いて訊いた。

 いくら王族で裕福な暮らしをしているからといって、簡単に他人の買い物の代金を払うと口に出来るものではないはずだ。

「えぇ。あなたは身体一つでこっちに来たんでしょ?」

「そうだけど……」

 やはりエリーナがいくら王女といえど、お金くらい自分で何とかしたいと思う大地。

 しかし。

「どうやって工面するのよ」

 と、エリーナは苦笑する。

 その通りなのだ。

 大地はこの世界の――いや、この国のお金を得る方法がない。働くという選択肢がないわけではないが、あまり現実的ではない。現状、エリーナの手を借りるしかなかった。

「……悪いな」

 リーシェに助けられた時もそうだったが、大地は助けられてばかりで申し訳ない気持ちになる。

「いいのよ」

 隣を歩くエリーナは特に気にした様子もない。

「リーシェも必要な物あったら言ってね」

「う、うん」

 そうは言うものの、リーシェもエリーナに払ってもらうのは気が引ける。エリーナほどではないが、リーシェはいくらか現金を持っている。旅に必要な物は自分で買えない事もない。

「やっぱり自分で買うわ。私はお金持ってるし」

「いいって。これはお父様からも言われてるから」

「エグバート陛下から?」

「えぇ。旅に出る仲間の準備はお父様が負担するって」

「……本当にいいの?」

「いいのよ。リーシェが持つお金は別の時に必要になるわ」

 そこまで言われたら、断るほうが悪いのかな、とリーシェは思ってしまう。もちろん、そんな事はないが、リーシェもエリーナの言葉に従う事にした。

「それで、何から買うんだ?」

 必要な物は大地の服だけではない。とても長い旅になるため、持っていく物はもっとあるはずだ。そう考えた大地は、隣を歩くエリーナに訊いた。

「……そうね。服も必要だけど、最低限の生活物資もいるわね。あ、大地が持つ剣もいるか」

「剣っ!? 俺、そんな物騒な物いらないぞ」

「何言ってるのよ。いきなり盗賊とかに襲われるかもしれないでしょ。身を守るためには絶対いるわ」

「ぐ……」

 確かに、その通りだ。

 アーリ町からケンブルという隣町に行っただけで、大地は少数だが盗賊と対峙している。パンゲアのあちこちを回る事になるだろう旅で、誰かしらに襲われないという保障はない。ならば、護身用の武器は必然的に必要になる。

「リーシェも何か持ってるのか?」

「う、うん。お父さんが使ってた物だけど、短剣を持ってるわ」

「そ、そうなんだ……」

 さほど歳の変わらないリーシェが十分人を殺せる凶器を持っている事に、大地は改めて世界が違うという事実を敏感に感じ取った。

 その事が、大地には少なからずショックだった。

「ほら、まずはこの店からよ」

 大地の様子に気付かないエリーナは、二人を目の前の店へと促した。

「ここは?」

 どうやら衣類を多く取り扱っている店のようだ。男性物、女性物に関わらずたくさんの衣類が見られる。その多くが、クルスを行きかう人々が着用している物とどこか似ていた。

「だって、この国で流行ってる刺繍だもん」

 と口にしたのはエリーナだ。

「そういうの分かるんだな」

「な、何よ!」

「や、てっきりメイドが用意した服をずっと着てるんじゃないかなって」

「う……っ」

 大地の言う通りのようだ。

「し、仕方ないでしょ。市場で買い物とかしないんだもん」

「どうしてこの店を?」

「宮殿でメイドたちから聞いてきたのよ」

 どうやら大地たちを誘う前に、宮殿で働いているメイドたちから情報を仕入れていたみたいだ。準備がいいというか、張り切っているというか、と大地はなんとも言えない感情を抱く。

「ま、たしかに良さそうな服あるし、ここで買うか」

 エリーナがわざわざ聞いて回った情報を無碍には出来ない。別の店にしようぜ、と言えば怒りの言葉が飛んできそうだ。

 三人はあまり広くない店内を巡り、大地に似合う服装を探し始める。この国の流行りについて疎い大地は、正直どれでもいいと思っているのだが、女性陣はああだこうだ言い合いながら、大地が着る衣類を選んでいた。

「……うん。これでいいんじゃないかしら?」

 ようやく大地が一息つけたのは、それからかなりの時間が経った後だった。

「動きやすいし、これにしよう」

 と言うが、早く解放されたいがために「もうこれでいいよ」と暗に口にしたようなものだ。

 旅人というよりは若い農夫のような格好になったが、履いている茶色のブーツも併せて、確かに動きやすかった。

「それじゃ、次は剣ね」

「さっき言ってた生活物資は?」

「後回しにするわ。なんなら現地調達でもいいし」

 それよりも優先するべき買い物を先に済ませようということらしい。エリーナは準備を済ませたら、すぐにでも出発したいみたいだ。

 いわゆる武器屋は別の通りにあり、着くまでにかなりの時間がかかった。

 それもこれも挨拶をしてくる市民に、エリーナが心良く返事をし、会話を交えていたからだ。

「良い奴なんだな」

 と大地が率直な印象を言うと、顔を赤らめて「そ、そんなことないわよ!」と怒ったような口調で言っていた。

(どうみたって良い王女様、だろ――)

 と思うが、今度は口にしない。

 武器屋の中は、さきほどの衣類を取り扱っていた店とは随分雰囲気が違っていた。当たり前だが、違いすぎる空間に大地は息を飲んだ。

 大地がいた世界では、このような店は見ない。銃などを扱う店は世界中を探せばあるだろうが、日常的に見る事やましてや店内に入る事など皆無だった。

「そういえば、剣で良かったの?」

「え?」

「だから、大地が使う武器よ。他にもいろいろあるけど」

 店内をぐるっと一望すると、確かに様々な刃物が置いてある。そのどれもが人を容易く殺せる凶器であり、自分の身を守る命綱である。

「っても、剣も他の物も使った事ないし――」

 馬に乗れなかった事と同様に、大地は剣など使った試しがない。それどころか、手にした事もないのだ。どれがいいとか、自分では判断も出来ない。

「それじゃあ、これは?」

 と、エリーナは銀色に光る刃を持つ剣を渡してきた。

「わっ、と」

 落とさないように慌てて持った大地は、ずっしりとくる重さを実感する。単純な剣の重さ以上のものが上乗せされているかのようだ。

「そいつの切れ味は抜群だぜ」

 恰幅の良い店員が割って入ってきた。蓄えた口髭をいじりながら、店員は大地たちに話し始める。

「標準的な代物だが、軍人にも支給されてるもんと同じ型さ。って、エリーナ様!? どうして、うちの店に――」

 ようやくこの国の王女の姿を認識した店長は、慌てて態度を改める。

「いつも通りでいいわよ」

「……は、はっ。あ、いや、わかりました」

「知り合いのなのか?」

「マルスの、ね。私はあんまり来た事ないんだけど、軍人の間では有名なお店よ、ここ」

「へぇ~」と相槌を打ち、大地は手にした剣に視線を落とした。

 人を殺す道具。

 その認識が強い大地だが、エリーナは身を守るためだと口にしていた。おそらくパンゲア中を旅する事になり、身の危険に何度も晒されるだろう。剣の扱いになれていないといっても、その場合には必要になる。

 そう考え直した大地は、

「――これにする」 

「他のは見なくてもいい?」

「あぁ」

 様々な形や長さの違う剣が置かれているが、どれが扱いやすいとか大地には分からない。ならば、エリーナや店員が勧めてきたもののほうがいいだろう。

「分かったわ。これをちょうだい」

「ありがとうございます。――ところで、剣をお求めになるとは、何かあるんですか?」

「――ちょっとね」

 はぐらかしたエリーナは代金を支払って、さっさと店から出て行く。

 一方。受け取った剣に複雑な視線を向けている大地は、リーシェに促されて慌てて後を追いかけた。

 三人の背中に、「またお越しくださいませ~」という割と暢気な声が聞こえた。

 必要な物を買い揃えて、大地たちはようやくベルガイル宮殿の前まで戻ってきていた。

 男である大地の両手には市場で買った物がたくさん提げられている。その前を歩くエリーナは涼しげな顔だ。ちらちらと不安そうに大地へ視線を移すリーシェだが、彼女も率先して荷物を持とうとはしない。なぜなら、エリーナの「これくらい男なんだから、大丈夫でしょ」という一言のためだ。もっと付け加えると、「勇者になるんだから、筋力はつけないと」とも言っていた。

「大丈夫?」

「……あ、あぁ。大丈夫」

 リーシェには、とても大丈夫に見えない。しかし、大地も「いいよ」と口にしたため、手助けを言うのは躊躇われた。

 ベルガイル宮殿の正門まで来て、エリーナはやっと大地へ振り返った。

「やればできるじゃない」

 とても勇者に協力を求めている王女の言い分とは思えない。それなのに大地は文句も言わず、ここまで帰ってきた。その事が、リーシェには不思議だった。

「さ、サンキュ」

「これから準備していたら、遅くなるわね。出発は明日にしましょう」

 疲れている大地の様子も見て、エリーナは決めた。早く出発したいという気持ちは相変わらずエリーナにはある。しかし、今はそれほど無理する時じゃないという冷静さもあった。

「ゆっくり休んで、明日の朝にここを発つわよ」

 その時。



「その方が私としても有難いです、姫様」



 振り返ると、宮殿の正門前にマルスがいた。

 先ほどまで閉まっていた門が開いている。どうやって大地たちが帰ってきた事を知ったかは分からないが、すぐにやって来たようだ。

「どういう事?」

「単純な事ですよ」

 一歩、マルスは前に進み出た。

 そして。

「大地。私は、君に決闘を申し込む!」

 高らかとした宣言に、大地もエリーナもリーシェも、その場にいた門番である軍人も呆気にとられた。

「え……?」

「け、決闘?」

「ど、どういうつもり、マルス!?」

 それぞれ疑問を口にするが、マルスの瞳は一直線に大地を見据えている。

「姫様。昨晩、陛下に旅は少数で行くと仰られたそうですね。陛下はそれを認められたようですが、私は認めていません! 私自身の目で、大地の実力を確かめます!」

 そのために、決闘を申し込んだ。

「そ、それなら盗賊を追い返したの私もマルスも見たじゃない!」

「そ、そうだ。それで十分じゃ――」

「十分ではない! 確かにオーブの力は見たが、それだけでは足りない。私自ら、確かめるのだ!」

 だからこそ、もう一度宣言する。

「勇者、大地。私は君に決闘を申し込む!!」



 クルスの街の一角に、闘技場(コロシアム)はあった。

 捕虜や奴隷を決闘させる娯楽が貴族の嗜みとして栄えた時代の遺物だ。現在では使用される事のなくなった闘技場は、緊急時の市民の避難場所としての役割を持つだけである。

 その闘技場に長い月日を経て、大勢の人が集まっていた。護衛隊長と勇者が決闘をすると聞いて駆けつけてきた軍人や貴族たちがその大半である。

「ほんとにやるのか?」

 先ほどエリーナに買ってもらった服装に着替えている大地は、目の前にいるマルスに訊いた。

「あぁ。私はまだ君の実力を測りかねている。エリーナ様とともに行く力があるのかどうか。私自ら試してやろう」

「そんな事しなくても――」

 マルスは敵ではなく、エレナ王国の王族特務護衛隊の隊長だ。大地としては、決闘などしたくはない。

 しかし、当のマルスは決闘で大地の実力を見定めようとしている。

「エリーナ、いいのかよ?」

 闘技場の観客席にあたる場所に、エリーナはリーシェと一緒に座っている。そのエリーナへ、大地は確かめた。

「良い機会なんじゃない? 私も大地のオーブをもう一回見たいし」

 エリーナ自身も大地の力は未知数だと思っている。最初はやらせたくない決闘だったが、旅に出る前にもう一度大地のオーブを目にしておきたいと思い直したのだ。

(って言われても……)

 オーブは盗賊を追い払った時に無我夢中で使えただけだ。意図的に使う事が出来るのかどうか、大地はまだよく分かっていない。

 それに。

「人を殴るなんてあんまりしたくないんだけど……」

 決闘は本来なら剣を使うものだ。だが、マルスは大地の身を少なからず案じているのか、木製の訓練用の剣を持っている。

 大地も同じものを手にしており、右手にずっしりと伝わる重さに好感は抱いていない。

「敵を目の前にして、そういう事を言うのなら、私は君の力は低いと判断せざるを得ない。やはりちゃんとした護衛を同行させるべきだろう」

 そう言われて、大地は不快感を露わにする。

「……やるしかないんだな」

「そういう事だ」

 ようやく観念した大地は、ゆっくりと距離を取るマルスを見据える。

 王族特務護衛隊がエレナ王国の軍でどのような位置づけなのか、大地には分からない。しかし、王女であり第一位王位継承者であるエリーナを護衛している事から、エグバートにも信頼されており、かなりの実力を持っている事は想像出来る。

(そんな奴と決闘――か)

 身体が震える。

 この震えは決して武者震いではない。自分よりも強い者を目の前にした単純な恐怖だ。いくら木剣とはいえ、身体に当たれば骨折や打撲は免れないだろう。治癒師(ヒーラー)がいるから大丈夫という問題ではない。単純な恐怖が、大地の身体を襲っている。

「行くぞ」

 一言。

 掛け声を合図にして、マルスは一気に突っ込んできた。

「……くっ」

 振りかぶった木剣になんとか反応した大地は、右手に持つ同じ剣で受け止める。

 だが。

「な……っ!?」

 受け止めただけでは衝撃は治まらず、大地はガクッと身体を崩した。体重を乗せたマルスの攻撃が、単純に大地の力よりも強いのだ。

 片膝を地面につけてなんとか耐えた大地の脇腹に、さらに木剣が迫ってくる。

「くそ!」

 すぐに身体を起こして、大地はそれも受け止めた。

 それでも勢いを完全に殺す事は出来ない。片手で木剣を振るうマルスの力を全て受け止める事が出来ず、大地の身体は数メートルも吹き飛ばされた。

「がっ……。――はぁはぁ……」

(なんて力だ)

 マルスがオーブを使っている様子はない。

 生死を賭けた戦争をくぐり抜けてきた軍人と、殴り合いの喧嘩もまともにした事のない一般人との差はあまりに大きい。

「どうした。こんなものか?」

「ちくしょう!」

 やられっぱなしではいられない、と今度は大地から仕掛けた。

 走り様に何度も木剣を振るう。しかし、そのどれもが簡単にかわされ、片手で持つ木剣に受け止められる。大地の力では同じようにマルスを吹き飛ばす事は出来ない。

「……ちくしょうっ!」

「その程度の攻撃では、私まで届かんぞ!!」

 身体を反転して木剣を回避されると、その勢いを利用して大地の死角からマルスの木剣が襲いかかってきた。

「っぁああああああ――っ!!」

 マルスの容赦のない攻撃が、大地の右肩を直撃した。

 肩が脱臼したかと思うほどの激痛が大地を襲う。その痛みに耐える事が出来ずに、大地は持っていた木剣を落としてしまった。

「うわぁ……」

「マルスも手加減してないようね」

 二人の決闘の様子を、エリーナとリーシェは真剣に見つめている。

 観客席にあたる場所に座っている二人の耳にもマルスの木剣が大地の肩に当たった嫌な音は聞こえていた。

「大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫じゃないでしょうね。でも、あれくらいで音を上げてるようだったら――」

 昨晩見せた大地の決意はその程度のものになってしまう。

 世界にはマルスよりもはるかに強く、厄介な者もいる。それらの者が敵対をした場合、大地にも対抗する意思と力を見せてほしい。そう思っているエリーナは、だからこそ何も助言せずに決闘を見つめているのだ。だからこそ、市場で買った物全部を大地一人にもたせたのだ。

 全ては、勇者になると決めた大地の決意を本当の意味で知りたいから。

(私に見せて、大地。あなたの力を。あなたの決意を。――パンゲアにたった一つしか存在しないオーブの力を)

 願いは、眼差しとなって大地に注げられる。

「……はぁはぁ。容赦ないんだな、あんた」

「これは決闘だ。どれほどの力の差があっても、手を抜く事はしない。それは相手に対する侮辱行為に他ならないからだ」

 この決闘の本来の意味を、マルスはもう覚えていないかのようだ。

 それほどマルスの瞳は真剣で、睨まれている大地はこの場から逃げ出したくなるほど恐怖を感じる。

 しかし。

「こんなとこで挫けてる場合じゃないんだよ、俺は。帰らなきゃいけない場所がある! 俺の力を借りたがってる奴もいる! ここで倒れてるわけにはいかない!!」

 右手ではなく、左手で地面に転がっている木剣を拾う。

 その大地の胸ポケットから、強い光が溢れ出した。

 銀色の輝き。

 大地が持つ宝玉(オーブ)の、光。

 勇者となる者に与えられた、世界でたった一つの色。

 それが。

「君のオーブか!!」

(引き鉄はなんだ!? 恐怖か? 自身の危機か?)

 それは何でも良かった。

 これで、大地の実力を測る事が出来る。

 オーブを解き放った大地は、左手に持った木剣を振るう。その単純な動きは、それまでと明らかに速度が違っていた。

 咄嗟に、マルスは自身の剣で受け止める。

 しかし。

「ぐ……っ!?」

 大地の攻撃を片手でなんなく受け止めていたマルスは、押される力の違いに驚愕する。片手では抑えられないと、左手も剣に添えた。

 それでも、止まらない。

「うぁあああああ――っ!!」

 叫ぶ大地の回し蹴りが、マルスの脇腹を捉えた。

「な……にっ」

 死角から飛んできた蹴りを回避出来なかったマルスは、後ろへ飛んで大地との距離を取った。

 これは、決闘だ。

 剣と剣のやり合いだけでは終わらない。相手を沈黙させるためなら、どんな手だって使っても構わない。それはかつて決闘場(コロシアム)が栄えた頃からのルールである。

 だからこそ、マルスが驚いたのは別の事だった。

(私の死角から蹴りを……。いや、私が気付かないはずがない――)

 王族特務護衛隊の隊長として長くエリーナやエグバートの護衛をしてきたマルスは剣術、武術に非常に長けている。そのマルスが、大地の蹴りに全く反応出来なかったのだ。

「……まずは一発、だな」

「ふっ。おもしろい」

 ニヤリ、と笑ったマルスは改めて木剣を構える。

「よもや私に一撃食らわせるとは思いもしなかった。こちらも、全力を出そう」

「……?」

「君がオーブを見せたのだ。私も、オーブを見せるべきだろう?」

 唐突に、マルスの右耳がきらりと光った。

 一瞬の輝きではない。光は徐々に強くなり、その色を見せる。

 大地の持つ、銀色とはまた違った色。

 支子(くちなし)色。

 わずかに赤みを帯びた濃い黄色。

 色からも連想出来るオーブの力。

「……雷っ!?」

 決闘場(コロシアム)に雷鳴が轟いた。

 それは単純な恐怖を助長させる天災だ。その天災が、マルスの身体から発せられている。圧倒的な威力を誇る雷だ。触れただけで感電死を免れられないような光が決闘場(コロシアム)を埋めていった。

「出た! 具現系の中でも最強の力を誇るマルス様の『ライトニング』だ!!」

 そんな声が、決闘場(コロシアム)の観客席から微かに聞こえてきた。

「最強の力、か。羨ましいな、ったく」

 目の前で放たれる(いかづち)に、大地は身体の震えが止まらない。

「勇者の力を持っていながら、よく言う。私にしてみれば、君の得体のしれないオーブの方がよっぽど羨ましいほどだ」

 しかし。

「得体のしれない、か。そんな奴にエリーナは任せられないって?」

 その震えは、最初のものとは違う。

「その通りだ! 姫様を守る役目は、ずっと私が担ってきたのだ!!」

 この震えは、武者震いだ。

「だったら、俺を倒して、王様に認めてもらえよ!!」

 大地が駆けだした。

 それと同時にマルスが雷を操り、大地へと襲いかかる。

 圧倒的な速さと威力を持つ雷だ。大地がマルスの元へ辿りつく前に、地面に倒れる結果になってもおかしくない。

 それなのに、走る大地には雷が一つも当たらない。

(なぜだっ!?)

「なぜ、当たらない!?」

 一歩、一歩大地は迫っていく。

 全ての雷をかわされ、マルスの懐に大地が辿りついた。

「見え見えなんだよ、あんたの攻撃」

 一言。

 声が聞こえた時には、大地の木剣がマルスの胸元を強烈に叩いた。

「な……っ!?」

 渾身の一撃を受けたマルスは、決闘場(コロシアム)に倒れた。

 その瞬間、勝敗は決した。

 ワッと歓声が、決闘場(コロシアム)に響く。

「はぁはぁ……」

 銀色の輝きが消えた大地は肩で息をしながら、その歓声を一身に浴びた。

「信じられない……っ」

「護衛隊長のマルスがやられるなんて!」

「あいつが、本物の勇者!?」

「そうだ! 間違いない! 彼こそが、勇者だ!!」

 ぐるり、と観客席を一周見回す。

 そのどこからも、わいわいと喝采や歓声が聞こえてくる。

 大地はようやく観客席の中に、エリーナとリーシェの姿を見つけた。二人とも微笑ましい表情をこちらへ向けている。

「勝っちゃったね」

「そうだね。これなら私も安心出来るわ」

「安心?」

「えぇ。この旅に大勢で行くのは愚策だと思ってたの。大地がマルスを倒すほど強さを見せてくれたなら、最低限の人数で旅に行くわ」

「そっか」

 大地の心配だけをしていたリーシェは、もっと先の事も考えていたエリーナに自分とは違うはっきりとした意思を垣間見た。

「もちろん、その中にリーシェもいるのよ」

「……うん」

 抱いた感情を飲み込んで、リーシェはもう一度笑顔を見せた。

 視線を決闘場(コロシアム)へ向けると、マルスを倒した大地がニッと同じように笑顔を作っていた。




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