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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第一章 エレナ王国、旅立ち編
14/83

(12)

 

 エレナ王国。

 王都、クルス。

 エレナ王国の北西部に五芒星を描くように五つの巨大な都市がある。その内の一つが、王都クルスである。王都クルスはエレナ王国の中心都市であり、国王が住まうベルガイル宮殿を囲うように街が形成されている都市だ。

 そのクルスに、大地たちはようやく到着していた。地平線の先に見える太陽がかなり落ちてきている。日没が近いのだろう。盗賊たちに時間を取られなければ、もっと早く王都に到着していただろう。

 高さ一〇メートルは超えている外門を前に、エリーナは愛馬ヨルネから降りる。

「ようやく着いたわね。マルス、もう大丈夫よ。ヨルネを厩舎までお願い」

「わかりました。しかし、私は同行しますよ」

「わかったわ」

 エリーナの指示を受けて、マルスは部下の護衛隊たちに宿舎へ帰るように命じた。彼らの任務はエリーナと勇者を無事に宮殿まで連れて帰る事だが、王都に着いた時点で脅威は去ったと考えたのだ。

 大地はエリーナの手を借りてヨルネから降りると、ようやくクルスの街並みをゆっくり見る事ができた。

「ここが、王都」

 一〇メートルを越える外門を通り、クルスへ足を踏み入れた大地は目の前に広がる光景に感嘆の声を漏らした。

 大きな街道の先には、街道の幅よりもさらに大きな宮殿が見える。実際の大きさはさらにあるだろう。宮殿を中心にして張り巡らされている街道は、大きな馬車が三列で並んで走れるほどだ。

「そうよ。ここがエレナ王国の首都」

 ヨルネを護衛隊に預けたエリーナが口にする。

「ここからエレナ王国は誕生していったわ」

「私も来るのは本当に久しぶり!」

 リーシェも興奮を隠さない。

 国外からも多数の住民がいるクルスは、活気ある都市である。

 行き交う人の数はアーリ町やケンブルとも比べ物にならない。多種多様な店が通りを彩り、聞こえてくる街の賑わいもクルスの雰囲気を明るくさせている。どことなくヨーロッパの街並みを感じさせる建物が多い。アーリ町やケンブルの建物よりも精巧な造りをしているように見受けられるのだ。

「じっくり見て回りたいな」

 初めて見にするクルスに、大地は視線をあちこちへ忙しなく移している。

「私も案内したいけど、今はそういう訳にもいかないわ」

「えっ!?」

「ごめんね。まずはお父様に謁見(えっけん)しないと――」

 謁見。

 その言葉に、大地はゴクリと喉を鳴らした。

「ほ、本当に会うのか……?」

 エリーナが王女であるという事が、ようやく実感出来たような気分だ。

「もちろんよ。お父様も降臨した勇者を一目見たいって言ってたし。それに、お願いしたい事もあるから――」

 エリーナの言うお願いしたい事など、今の大地にはどうでもいい。

 先ほどまでの王都に対する興奮も次第に萎んでいくのが手に取るように分かった。それはリーシェも同様で、大地と同じ表情をしている。

「ほら、ついてきて」

 と、エリーナはどんどんとクルスの街道を進んで行く。

「お、おい」

「姫様に着いていくのだ」

 大地とリーシェの後ろにいた護衛隊長のマルスが二人を急かす。

「け、けど、いきなり王様に会うなんて――」

「本来なら昨日のうちにクルスには着いている予定だった。一日遅れたことで、姫様も(あせ)っておられるのだ」

「焦ってる?」

「親和王と呼ばれているエグバート国王だが、性格は姫様とさほど変わらない。二人も見ただろう? 姫様の(たけ)り様を」

 もちろん、大地もリーシェも覚えている。

 モルゲン平原で襲ってきた盗賊の一団を圧倒的な強さで撃退したエリーナの姿は、とても鮮烈で簡単に忘れられるものではなかった。

 マルス曰く、エリーナの父親も同じ性格をしているらしい。想像しただけで身震いしてしまう。

「わかったよ」

 しぶしぶと大地はエリーナについていく。マルスもリーシェも大地の後ろを歩いていった。

「…………」

 目の前をせかせかと歩いているエリーナに視線を向ける。

 エレナ王国の王都だけあって、エリーナの存在はクルスに暮らしている人々に知れ渡っているようだ。行き交う人々は、エリーナの姿を見かける度に挨拶(あいさつ)をしてくる。しかし、そこに王族と市民という身分は関係ないように思えた。

「こんにちは、エリーナ様」

「えぇ、こんにちは」

 笑顔で話しかけてくる少女に、エリーナは同じように笑顔で返している。

「今日はお外に出掛けてたの?」

「そうよ。とても大事な人に会いに行ってたの」

「大事な人?」

「えぇ」

「それって、こんやくしゃさん?」

「ち、違うわ!」

「え~、違うの?」

 ニヤニヤとした表情を少女は見せてくる。とても年相応の子供には見えない。

 その少女の言葉にうろたえているエリーナは逆に、背格好よりもさらに子供に見えてしまった。

「なぁ、エリーナって普段はあんな感じなのか?」

 二人のやり取りを見ていた大地が、後ろを歩いているマルスに()いた。

「あんな感じ?」

「ほら、あんな風に穏やかなのかって事。昨日はすごく気が強い感じに見えたから」

 得心したようにマルスは「あぁ」と頷いた。

「確かに姫様は異名からも勝気なお方だと思われがちだ。それも間違いではないが、基本的に姫様は大らかな人だ」

「へぇ~」

 と、大地は相槌(あいづち)を打つ。

(でも……)

 マルスの言う通りだろう。

 エリーナはエレナ王国の王女だ。さらに第一王女と言っていたのだから、王位継承の筆頭なのだろう。なのに、エリーナからは王族という身分を身に(まと)っている雰囲気がそれほどしない。敬語を使わなくていいと言った辺りからも、それは(うかが)える。

「どうしたの? 行くわよ」

 気付いたら、エリーナが不思議そうにこちらを見ていた。

「あぁ、悪い」

 エリーナの初めて見る一面に納得していた大地は慌てて、その後をついていく。

 少し(ほほ)を赤らめているエリーナは先ほどのやり取りを見られていた事に気付いて、大地たちに、やいやいと言いながら歩いていった。



 王都クルスは王族が住むベルガイル宮殿を中心にして街道が張り巡らされ、街が形成されている。

 ベルガイル宮殿はクルスの一〇分の一を占めるほどの広さであり、絢爛(けんらん)豪華な様はパンゲア中に(とどろ)いている。

 その宮殿の正門に大地たちは来ていた。

「近くで見るとほんとでかいな……」

 宮殿を見上げると、首が痛くなるほどだ。

 正門ですら三メートルは高さがあるだろう。その脇に鎧を着た男二人がじっと立っている。正門の警備兵だろうか。

「お帰りなさいませ、エリーナ様」

「えぇ、ただいま。お父様はいらっしゃる?」

「エグバート国王はただいま執務室で執務中でございます」

「仕事中か……」

「どうすんだ?」

 後ろに控えている大地が尋ねた。何かを期待しているような声色だ。

「お父様のお仕事が終わるまで待ちましょう。こちらの人たちを応接室へお連れ――」

 途中まで言いかけて、エリーナは口を閉じる。

「……?」

「ううん、私が案内するわ。マルスはお父様に私が帰ってきた事を伝えてちょうだい」

「はっ、かしこまりました」

「それでは」と言って、マルスは一足先に正門をくぐっていく。

「どうしたの?」

 途中で言い直したエリーナに、今度はリーシェが訊いた。

「大した事じゃないんだけど、すぐには街を案内出来ないから、宮殿だけでもいろいろ見て回ろうかなって――」

 国王は執務中と警備兵が言っていた。もうすぐ日が暮れる時間で、国王もこんな時間まで仕事をしてるのか、と大地は少し驚いた。

「宮殿の中を回れるの!?」

「全部は無理だけど、少しだけでもね」

「うわぁ、うれしい。ありがとう、エリーナ」

「どういたしまして」

 喜んでいるリーシェと並んで、エリーナも正門を通っていく。

「ほら、行くわよ、大地」

「わかったよ」

 ついに観念したように、大地も二人の後を追いかけていく。

 その後、エリーナの宮殿案内は小一時間ほど続いた。

 大広間、客間、大食堂、屋上などベルガイル宮殿の様々な場所を、エリーナは案内した。宮殿の屋上から見たクルスの街並みの景色は別格で、ここがエレナ王国の中心だと肌で感じる事まで出来た。

「本当にすげぇな」

「でしょ。自慢の宮殿だからね」

「俺なんかが入っていい場所なのか?」

「何言ってんのよ。勇者なんだから、当たり前でしょ」

「まだなるってはっきり言ったわけじゃないけどな」

 気が早いエリーナに、大地はぼそっと呟いた。

「次はどこに行くんだ?」

「う~ん。もう少ししたらお父様も時間とれると思うから、案内はここまでかな」

「そうなのか?」

「うん。だから、ここで待ってて。また呼びにくるから」

 そう言ったきり、エリーナはまだ戻ってきていない。

 応接室と思われる綺麗に掃除された部屋に大地とリーシェはいる。すでに一〇分以上待っていた。部屋で待っていてもする事がなく、一分一秒がとても長く感じられた。

「…………」

「……」

 二人の間に会話はない。

 物珍しそうに部屋を眺めているリーシェと違って、大地は緊張しているのだ。

(まだなのか……? や、でも、もうちょっと遅くても――)

 相反する気持ちが渦巻いて、気分が悪くなってくる。それを悟られないように隠す事で必死だった。

「お待たせ」

 と、ようやくリーシェが戻ってきたのは、それからさらに一〇分ほど経った後だった。

「遅い――って、どうしたんだ、その服?」

 文句を言おうとした大地だが、リーシェの服装を見て呆気にとられる。

 彼女が着ていた服は、それまでの軽装な旅人のような服ではなくなっていたのだ。正装なのだろうか、落ち着いた色のドレスを身に纏っている。銀色に輝くカチューシャを頭に乗せ、大きく露出した首元にはエリーナが持つ宝玉(オーブ)と同じ色をしたネックレスのような首飾りが光っている。

「な、なによ」

「い、いや……」

 余りの驚きに、大地は言葉が出てこない。

 一方で。

「き、綺麗……」

 エリーナを見て、リーシェは感嘆の声を漏らした。

「あ、ありがとう……」

 率直に褒められて、エリーナは照れる。頬を微かに赤らめて、照れているエリーナを見て、大地もリーシェと同じ事を思った。

 確かに、綺麗だ。

 落ち着いた色のドレスは、エリーナのブロンドの髪の綺麗さをさらに際立たせている。それまで見てきた勝気な女の子という印象は消え去り、ドレスを着た彼女は王女そのものだ。

「待たせて悪かったわね。支度に結構時間かかっちゃって――」

「着替える必要あったのか?」

「……馬鹿?」

「な、なんだよ!」

 馬鹿と言われて、さきほど抱いたイメージが一瞬で崩れる。

「いくら家族でも、国王に会うんだから、それなりの服装してなきゃ怒られるわよ」

「え、そうなのか!?」

 今さら言われても困る、というように大地は焦る。

 服なんて、今着ている物以外に持っていない。というよりも、パンゲアに来た時から身体一つなのだ。それなりの服装など急に出来るはずがなかった。

「大地は大丈夫よ。降臨したばかりなんだし。それに、リーシェもね。二人はあくまでも私たちが招いた客よ。お父様もそこまで注文はしないと思うわ」

 エリーナに言われて、ホッと大地は胸を撫で下ろした。

 その反応を見て、エリーナとリーシェがクスクスと笑っていた。

「それじゃ、そろそろ行こっか」

「あ、あぁ」

「うん」

 それぞれ頷いて、三人はエレナ王国の国王に謁見するために応接室を出ていく。



 エリーナの案内で、大地たちは再び宮殿の中を歩いていた。

「執務室って遠いのか?」

「そんなに歩かないわ。すぐに着くわよ」

「へぇ~…」

「どうしたの?」

「や、なんでもない……」

(少し遠回りしてくれてもいいのに――)

 と、大地は思ってしまう。

 しかし、マルスが言っていたようにエリーナは早く父親である国王に会わなければ、と焦っているのだろう。大地の願いは口にしても聞きいれてくれる事はなさそうだ。

「大丈夫?」

 前を歩いているエリーナは気付いていないが、リーシェは大地の様子に気付いていた。

「え?」

「緊張してるんでしょ? 大丈夫なの?」

「……なんとか。それに、別に何か王様に言えってわけじゃないだろ」

 などと、高をくくってみる。

「そうかな?」

 大地と違って、リーシェは半信半疑だ。

「きっと王様はいろいろ質問すると思うけど」

「質問に答えるだけなら、まだ楽だよ。ってか、リーシェは平然としてんな」

「そう?」

「俺にはそう見えるぜ」

 大地を最初に保護しただけのリーシェは特に何かする必要がないためか、大地ほど緊張している様子はない。度胸があるのはエリーナよりもリーシェの方なのではないか、と疑ってしまうほどだ。

 というよりも、家族に会うというのに少なからず緊張しているエリーナがおかしいのだ、と大地は考える。大地自身は家族に会うだけで緊張するという事はない。

「着いたわよ」

 リーシェとの会話で緊張を紛らわせていると、エリーナはすでに立ち止まっていた。

 彼女の先には、大きな両開きの扉がある。

 執務室の扉だ。

「ここ?」

「そうよ。それじゃ、行くわよ」

「え? ちょ、もう!?」

 大地の制止を聞かずに、エリーナはノックをしていた。

「どうぞ」

 程なくして、返事が返ってくる。

 その声を聞いて、エリーナは扉を開けた。

(……広い)

 執務室は、大地の想像以上に広かった。

 天井まで届きそうな棚が執務室の脇にずらっと並べられている。その棚には重たそうな本がいくつも収められていた。背表紙に書かれている文字を読む事は出来ない。政治や経済に関連する本なのだろうか、と大地は予想する。

 窓に背を向ける形で、大きな机が置かれている。高価そうな物がたくさん置かれて装飾されている。迂闊に触って壊しでもしたら、と思うとゾッとするほどだ。それらの装飾品の奥にゆったりとした黒革の椅子があった。

 その椅子に初老を迎えそうな男が座っている。

 エレナ王国、第二七代国王。

 パンゲア中に親和王として知られているエグバート・シンクレア――エグバート三世だ。

「遅くなりました、お父様」

「おぉ、戻ったか。エリーナ」

 手元の本に目を通していたエグバートが顔を上げた。

 一目見ただけでエリーナの父親と分かる。エリーナとエグバートの顔はとても似ているのだ。それだけではない。纏っている雰囲気すらも親子だと言っているようだ。

「は、はい」

 エリーナの口調は普段とはまるで違う。目の前にいる国王であり、父親であるエグバートに(おび)えているように見える。

「一日も余分に待ったが、まぁよい。それで、勇者は?」

「こ、この者です」

 エリーナの紹介を受けて、大地は一歩前へ出た。

「こ、国王様。わ、私が勇者です」

 緊張から上ずった声音になってしまった。

「おぉ、君か。想像と違うが、確かにこの国の――いや、この世界の者ではなさそうだな」

「その通りです、陛下。この者、名を工藤大地と申します。地球なる別の世界からアーリ町へ降臨された所をこちらの少女が出会い、ケンブルにいた所を我々がお迎えしました」

 後ろに控えていたマルスが、エグバートに経緯を述べた。

「そうかそうか! ともかく、皆無事で何よりだ。到着が遅かったから心配しておったわ」

「申し訳ありません。ケンブルに着いた時にはすでに日が暮れ、盗賊との争いもあり、到着が遅れてしまいました」

「報告は受けておる。モルゲン平原を根城にしとる盗賊だな? 性懲りもなくまだこの国におるのか。戦争は終わったというのに――」

 ともかく、とエグバートは立ち上がる。

「ようこそ、エレナ王国へ」

 大地の前へ歩み寄ったエグバートは握手を求める。エレナ王国の国王の証である綺麗な赤色のオーブに目をとられてしまう。全身からほとばしる国王というオーラに圧倒されているのだ。

「どうかしたかね?」

 緊張の余り反応が遅れるが、大地も握手に応じた。

「そちらに腰掛けてくれたまえ。疲れているだろうが、少し話を聞かせてほしい」

「は、はい」

 大地はリーシェと並んで、長椅子に腰かける。

「本来なら謁見の間か応接室を使うのだが、私も忙しい身だ。不躾だが、構わないかな?」

「え? えぇ、はい」

「ありがとう」

 対面するようにエグバートも座った。

 その隣にエリーナが腰掛けるが、マルスは後ろに控えたままだ。

 さて、とエグバートは話を切りだす。

「君はどうしてこちらの世界へ来たのか、理解してるのかな?」

 何度目の質問だろう、と大地は思った。

 しかし、国王を前にしてそのまま口にする事などできない。嘆息する事もなく、大地は真面目に答える。

「この世界には伝承があると聞きました。その伝承に登場する勇者が、俺なのかもしれない、と」

「……そうか」

「…………」

 エグバートは大地が答えた事に頷いてから、しばらく口を開かない。少しの間、沈黙が執務室に木霊した。

「実は、伝承については私もよくは知らん。単なるおとぎ話だと思ってた。伝承だと信じて疑わないのは、予見のオーブを持つ者たちだ。それは知ってるな?」

「は、はい」

 すでに聞かされた事で、今さら説明されるまでもない。

「伝承については予見者たちに聞けばいいだろう。私が君に聞きたいのは、君が使ったオーブについて、だ」

「オーブ、ですか?」

「そうだ」

 リーシェも言っていた事だが、エグバートも「報告は受けたが、銀の色を持つオーブは私も聞いた事がない」と付け加えていた。

「だから、興味があるのだよ」

「は、はぁ……」

「少し見せてくれないか?」

「え……?」

「君のオーブを見せてほしいのだ」

「別に構いませんが――」

 と、言いかけて大地は思い出した。

 ケンブルの広場でオーブを使えたのは自分の意思ではない。無我夢中でリーシェを助けようとしたら、発動したのだ。どうやってオーブを使えばいいのか、大地はまだよく分かっていなかった。

「そうか……。なら、宝玉だけでも見せてもらえないか?」

「えぇ。これです」

 今も鈍い銀色の光沢を見せる宝玉(オーブ)をエグバートに渡した。

「これが……」

 宝玉(オーブ)を手に取ったエグバートは言葉を失う。

 大地には分からないが、何かしらの力を感じる事ができるのだろうか。手に持ったところで、ただの不思議な色をした石ころにしか見えないのだ。

「……並々ならぬ力だな。持つ力はなんだ……? これは、具現系ではないのか?」

 エグバートはぶつぶつと呟いているが、声が小さすぎて大地には聞こえない。隣に座っているエリーナも後ろに控えているマルスも無視して、ただただ独り言を呟いている。

「お、お父様……?」

「ん? ……あ、あぁ。ありがとう」

 夢中になっていたエグバートはエリーナの声でようやく気付いて、大地に持っていた宝玉を返した。

「ところで、それはまだ原石のままのようだな。加工する気はないかな?」

「加工……?」

「そうだ。無論、原石でも力は十分に使える。だが、見栄えはあまり良くないし、持ち運びには苦労するだろう。無くしたりするかもしれんしな。我々は自身の宝玉(オーブ)を無くさないように、あるいは見栄えを良くするために加工するのだ。このようにな――」

 と言って、エグバートは自分の宝玉(オーブ)を見せた。

 エリーナが持っている宝玉(オーブ)と同じ綺麗な赤色だ。その宝玉(オーブ)は豪奢なブレスレットになっていて、エグバートの左腕に付けられている。加工するというのは、装飾具にするという事のようだ。

「そのほうが便利よ。肌身離さず付けていれば無くす心配もないしね。宝玉(オーブ)を加工できる職人の数は限られてるし高い技術がいるから、結構高価なんだけど――」

 と、エグバートの隣に座っているエリーナが説明を加えた。

「そうなのか……」

 確かに、リーシェもエリーナも、もちろんマルスも自分の宝玉(オーブ)をアクセサリーにして身に付けている。お金をかけてでも、そうするメリットがあるのだろう。

「考えとく」

「うむ。加工もすぐにできるわけじゃないからな。ゆっくり決めるといい。原石のままに拘る者もたくさんおる。――話は以上だ。疲れただろう? 部屋を用意している。落ち着けるかどうか分からんが、今晩はその部屋を使ってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

 エグバートの親切さに、大地は感謝を口にする。

「私が案内するわ」

「そうだな。エリーナ、頼んだぞ」

「はい、お父様」

 エグバートの言葉に頷いたエリーナに続いて、大地とリーシェも執務室を後にしていった。


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