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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第一章 エレナ王国、旅立ち編
13/83

(11)

 

「それじゃ、クルスへ向けて出発するわよ」

 と、王女であるエリーナは快活な声を発した。

 彼女は自身の愛馬――ヨルネに(またが)っている。エリーナの護衛として来ていた男たちも、それぞれ軍用馬に跨っていた。

 一方で。

 これからエリーナたちと王都に行く大地とリーシェの前には、それぞれ馬――ケンブルの宿屋から借り入れた――がいた。となると、当然二人も馬に乗って王都へ向かう事になる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「どうしたの、大地?」

 真剣な面持ちで口を開いた大地とは打って変わって、エリーナは早く乗りなさいよ、と言わんばかりの声色だ。

「……俺は、馬に乗れない」

 少し弱い声で、大地は正直に言った。

「え? の、乗れないの!?」

 驚いた声を上げたのは、エリーナだ。

 しかし、驚いているのは彼女だけではない。護衛隊の男たちも大地の発言に耳を疑っていた。

「そ、そんなに驚く事か!? 俺のいた世界じゃ、馬に乗る機会なんてなかったんだよ。万が一乗れたとしても、怖くて走れるもんか」

「大地の世界だとそうなのね。馬に乗れないなんて全く予想もしてなかったわ」

「どうします、姫様。馬車を用意しましょうか?」

「馬車だとクルスに着くのが遅くなるわ。お父様がお休みになる前に勇者についてお話したいんだけど――」

「しかし、一人で馬に乗れないとなると馬車を使わなければ――」

「……一人、じゃなかったら乗れるんじゃない?」

 おもむろに呟いたエリーナの表情を見て、マルスは口ごもった。

「大地。私の後ろに乗りなさい」

「え?」

「ひ、姫様!?」

 エリーナの発言に、マルスは素っ頓狂な声を上げてしまう。

「その方が手っ取り早いでしょ? 一人じゃ乗れないなら、私の後ろに乗ればいいわ。そしたら馬車を使わなくて済むし。あなたは乗れるの、リーシェ?」

「え? えぇ、一応」

「よし。それじゃ、マルス。馬を一頭返してきなさい」

「姫様! 馬を一頭返すのはいいですが、大地は私の後ろに乗せます。姫様のお背中になど……っ」

「何を言ってるの、マルス? あなたたちの護衛対象は私と大地、リーシェの三人よ。護衛隊の後ろに乗せたら、いざという時戦いづらいでしょう?」

「しかし……っ」

 それでもマルスは納得できないようだ。

 エリーナの言う事も一理ある。しかし、ずっと護衛役を任されてきて、その成長を見守ってきたエリーナの背中に誰かが乗る事などマルスには考えられない。考えたくもない事だった。

「リ、リーシェの後ろでも良いのではないでしょうか?」

「それでもいいけど、どうする?」

「ご、ごめんなさい。私も乗れる事は乗れるけど、そんなに上手じゃないから――。きっと、みんなについてくだけで精一杯だと思う」

「という事よ。私の後ろしかないじゃない」

「……。わ、わかりました」

 渋々といった様子で頷いたマルスの表情は苦渋に満ちていた。

 どうするのかようやく決まった事で、エリーナは大地を自分の愛馬へ招く。一度跨っていたところを降りて、先に大地をヨルネへ乗せようとした。

「一人で乗れる?」

「……ちょっと怖いな」

「最初はそうかもね。ほら、鐙に足かけて。そう。鞍を掴んで、一気に踏みきって。後は足を回して。そうよ」

「お、おぉ。乗れた……」

 エリーナの言う通りにして、大地はなんとかヨルネに乗る事が出来た。その些細な事に小さな感動を覚える。視界が一段高くなっただけなのに、こんなにも見える光景が違うのはとても新鮮だった。

 すると。

「少し前にずれて。私も乗るから――」

「あ、あぁ」

 大地と違って、エリーナはサッとヨルネに跨る。その流れはたどたどしかった大地とは比べ物にもならない。王女というよりも、女騎士に見えてしまう。

 大地の後ろに跨ったエリーナが手綱をしっかりと握る。

 そこで、ふと大地は思ってしまった。

「……これって、普通逆なんじゃないか?」

「え?」

「い、いや。男女逆なんじゃないかって――」

「何言ってるのよ。馬に乗った事ないんでしょ。乗った事ない人に手綱を任せられないわよ。視界が悪いのはほんとは危ないけど、あなたが後ろに乗るよりは安全よ」

「そ、そういうもんなのか……?」

「そうよ。ほら、歩かせるわよ」

 エリーナの指示で、ヨルネはゆっくりと歩を進める。鞍に乗っている大地だが、それでも一歩一歩の揺れを確かに感じた。馬車に乗っていた時とは違う揺れで、生き物の躍動を感じる。

「大丈夫?」

「あ、あぁ」

「よし。それじゃ、急いでるから走らせるわよ」

 次の瞬間。

 ヨルネは一気に速度を上げた。

 ゆっくりと歩いている時とは全く違う。飛び跳ねるような感覚を大地は身体全身で感じる。しっかりと捕まっていないと振り落とされそうだ。

「マルス。先導して!」

「かしこまりました」

 了解したマルスが先頭に立って、馬を走らせる。

 その後をエリーナと大地、リーシェが乗った馬が追いかけ、さらに後ろを護衛隊の馬たちが駆け抜けていく。

 隊列を組んだエリーナたちはケンブルを出て、王都クルスを目指す。広大なモルゲン平原を越えなければならないが、急げば半日ほどで王都まで着くはずだ、とエリーナは言っていた。

(半日も馬に乗ったままか……)

 けれど。

 大地には、先が思いやられた。



 モルゲン平原は、エレナ王国のほぼ中央に位置する広大な平原だ。

 起伏がほとんどないため、エレナ王国の各地方へ向かう重要な場所となっていて、大きな公道も設けられている。そのため行商人やキャラバンの往来も多くあり、五芒星都市近くなると、小さな村よりも多い人の行き来があるほどだ。

 穏やかな気候の中、数頭の馬が平原を駆け抜けている。

「……うわっ」

 整備された公道を走っているとはいえ、かなりの速度で走っている馬から伝わる衝撃は大きい。大地はしがみつくように必死に耐えていた。

「大丈夫?」

 後ろから声がかけられた。

 大地の後ろに乗って、手綱を握っているエリーナだ。

「な、なんとか……」

「無理そうなら言ってね。少し速度落とすから――」

「あ、あぁ、わかった」

 それでも、大地は耐えつづけた。

 エリーナは今日中に戻らないと、と言っていた。何か理由がるのだろう。急いでいるのに、馬に初めて乗って恐怖を感じているという理由でゆっくり行ってもらうのは気が引けたのだ。

 その後もマルスを先頭にして、エリーナたちは平原を勢いよく駆けていく。

 これから夏が来るのだろうという暑さも、疾走する馬の上で感じる風が和らげてくれる。馬に乗る事に慣れれば、もっと心地良く感じられるのだろう。しかし、今の大地には景色を見る事や疾走感を味わう事もままならなかった。

 二人の姿をリーシェは後ろを走る馬の背中から見ていた。

「……」

(もう仲良しになってるみたい――)

 大地はリーシェともエリーナとも昨日初めて会った。それなのに、二人のやり取りを見ていると、出会ったばかりには見えない。

 リーシェにはそう思えた。

(駄目だ。こんな事ばっか考えてちゃ――)

 二人の冒険についていこうと思ったのは、リーシェ自身だ。

 伝承とされているおとぎ話の真相が気になった事も、それが冒険についていく理由なのも嘘じゃない。

 けれど。

(少しでも力になりたい――)

 その思いは、やはり無くならないのだ。

 しばらくモルゲン平原を走っても、王都は見えてこない。

 地平線まで見渡せるような平原を走っていて、大地はまだ着かないのか、と心の中で何度も思っていた。

 王都へと通じる公道を走っていると、何度か人とすれ違う事があった。エリーナに聞けば、彼らは行商人で王都の物資を地方へ売りに行っているのだそうだ。

 それ以降、公道を走っていても誰ともすれ違う事がなかった。

「普段はもっと人の通りが多いはずなんだけど――」

「そうなのか?」

「うん。王都の近くは五芒星都市って言って、大きな都市が五つあるの。それらの都市間で人の往来は激しいから、ここら辺も地方へ向かう人や五芒星都市へ向かう人ばかりよ。昼間なら尚更なの」

 けれど。

 今日はほとんど人とすれ違わない。その事を、エリーナは(いぶか)しんでいた。

 すると。

 その理由はすぐに分かった。



「待ちやがれ!!」



 唐突にモルゲン平原に大声が響いた。

 その声に驚いたマルスが、慌てて馬を止める。

「……!?」

「どうしたの?」

 追いついたエリーナが急に馬を止めたマルスに()いた。

「誰かいます」

 マルスの視線の先には、複数の人陰があった。

 エリーナたちが走っていた公道の先に誰かがいる。遠目に見ても分かるほどの大柄な人影から、男たちだと推測できる。

 急に馬を停止させたマルスの視線が鋭くなる。

「姫様。お下がりください」

 威圧感を与える視線のまま、マルスは馬から降りた。それに呼応するように、護衛隊たちがエリーナたちを守るように展開を始める。

 公道の先にいる複数の人陰が近づいてきたのだ。

「いい格好しえんじゃねぇか、おめぇら! 軍から支給されてるんだろ、それ。結構な金になるんだろぉな!」

「…………」

「ちょいと拝借させてもらうぜぇ、おめぇらの身ぐるみ全部よぉ!!」

 威勢のいい声が聞こえてくる。

 その内容からも、男たちの正体は明らかだ。

「どうしたんだ?」

 けれど、まだ気付いていない大地は口を挟まずにいられなかった。

「静かに。盗賊だわ」

 そう。

 エリーナの言う通り、公道の先にいるのは見間違いようもなく盗賊だった。

 ただの盗賊じゃない。相手が近づいてきて、大地もようやく分かった。ケンブルの広場で大地が打ち負かした男たちの顔があったのだ。

「あいつら、昨日の! ここで待ち伏せしてたのか!?」

 痛い目に遭わされた仕返しをしようとしてきたのか、と大地は考える。

 しかし。

「その可能性は低いわね」

 答えたのは、エリーナだ。

「きっと、王都へ向かおうとしてるキャラバンでも狙おうとしてたのよ」

「キャラバン?」

「えぇ。商品からお金から持ち物全部巻きあげようって事」

「そ、そんな……」

 エリーナの言葉に、リーシェが震えた声を出した。

「あいつらのやり方はそういうもんよ」

「姫様。我らが――」

「マルスたちは、大地とリーシェをお願い。あいつらは私がやるわ」

「――わかりました。二人を護衛しろ!」

 エリーナの表情を見て、マルスはあっさりと引いた。展開している護衛隊の男たちに指示をして、自身も大地とリーシェの前に立つ。

 それを確認してエリーナは愛馬から降りた。怯える事もなくエリーナは近づいてくる盗賊たちの前まで歩く。その歩みが揺らぐ事はない。一直線に歩くエリーナの後ろ姿からは確かな勇気と自信が垣間見えた。

 一歩一歩進む度に、エリーナの右手から赤い光が輝く。

 その光を見て、近づいてきた盗賊の一人が先ほどのリーシェの声よりもさらに震えた声で言った。

「あ、あの光は……」

「あ?」

「お頭ぁ。あいつ、『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』に違いねぇ!!」

「なっ!?」

「そ、そんなバケモノがなんでここに――」

 急に盗賊の男たちが狼狽した。

 一歩一歩近づくエリーナを見て震えている盗賊の男たちの様子を大地も見ているが、それでも不安を口にする。

「お、おい。いいのかよ!」

「心配する必要はない。姫様の実力を知らない者はこの国にはいない」

「けど……」

 それでも、たった一人で立ち向かおうとするエリーナを大地は心配した。

 相手は盗賊の一団だ。ざっと数えても二〇人は超えている。対して、エリーナは王女といっても女の子だ。多少剣の扱いが上手いと言っても、一対二〇では勝てるとは思えない。

 しかし。

「大地も聞いていただろう? 姫様は、『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』と呼ばれている」

「ヴァイオレントプリンセス?」

「暴力を振るう姫、という意味だ」

 その言葉を合図としたかのように、エリーナの右手から一層強い光が溢れ出した。

 光の色は、赤。

 彼女が右手の薬指に嵌めていた宝玉(オーブ)の色も、赤。

 その色こそが、エリーナのオーブの証。

 そして、エリーナのオーブの特徴は、

「や、やっぱり……バーサーカーだ!!」

 一歩。

 たった一歩だけ勢いよく踏み出した。

 それだけで、エリーナは一気に一〇メートルも駆ける。

 盗賊の一団の懐まで飛び込んだエリーナは、さらに勢いをつけて腰に携えていた剣を抜いた。その動作だけで、衝撃波が盗賊の男たちを吹き飛ばす。エリーナが持つ魔剣『ゲイン』の力だ。刀身が黒色の特徴を持つ十字剣を握りしめて、エリーナは吹き飛ばした盗賊の男たちへ向けて、さらに駆け出した。

「な、なんだ、あれ」

 エリーナの圧倒的な力に、大地は驚愕する。隣にいるリーシェも同様だ。

「あれが、姫様の実力だ」

 大地たちまで衝撃波で吹き飛ばされないように壁になりながら、マルスははっきりと答えた。

 吹き荒れる衝撃波の中、立ち上がったエリーナの様子は先ほどまでと違っていた。

 輝かしいブロンドの髪も乱れ、瞳は狂戦士(バーサーカー)を象徴するかのように赤く染まっている。その瞳の赤よりも、さらに強く輝いている宝玉(オーブ)の赤色さえも綺麗だとは思えない。気の強い女の子という印象はなくなり、魔女などよりもさらに恐怖を覚えさせる姿だった。

 言葉通りの狂戦士(バーサーカー)となったエリーナの足が地面を蹴る。

 その反動で彼女は一気に一〇メートル以上の距離を詰めて、盗賊たちへ襲いかかった。盗賊の男たちが構えた剣や斧を折るほどに容赦なく剣を振るう。剣と剣が衝突する度に、衝撃波が周囲へ撒き散らされた。盗賊の男たちは、またしても衝撃波に吹き飛ばされる。地面や岩に身体を強くぶつけた男たちはそのまま倒れていった。

「くそっ……」

「お頭ぁ、これじゃまずいぜ!」

「お前らぁ! 『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』だろうがなんだろうが、女なんかにやられんじゃねぇぞ!!」

 まだ倒れていない盗賊の男たちは、各々の宝玉(オーブ)を取り出した。圧倒的な力を振るうエリーナに、一斉にそれぞれのオーブをぶつけようとする。

「お、おい、今度こそ危ないんじゃ――」

 盗賊の男たちの様子を見て、大地はいてもたってもいられないと言うように走り出そうとする。

「大丈夫だ。ここで見ていろ」

 しかし、大地の行動はマルスの手で遮られた。

 その手は震えている。視線を上げると、マルスは苦虫を噛むように唇をギリッと噛みしめていた。

「あ、あんた……」

 先の言葉は出てこない。

 目の前に一斉に強い光が溢れたからだ。

 そちらを向くと、盗賊の男たちの身体の至る所が様々な色で輝いている。全員がオーブを発動したみたいだ。かまいたちであったり火球であったり、と様々な力が溢れる。それらの力は、一斉にエリーナへ襲いかかる。

 それでも。

 エリーナは逃げようとも、助けを呼ぼうともしない。赤く輝いている右手に持った魔剣『ゲイン』を横に一振りする。

 簡単な動作だった。

 それだけで、盗賊の男たちが放ったオーブの力が霧散していく。

 なんて事はない。

 より強い衝撃波で掻き消しただけだ。

「そ、そんな……」

「俺たちの力が……」

 たったそれだけの事に、盗賊の男たちの戦意は失われていく。戦意をなくした盗賊の男たちは持っていた剣や斧を自然と地面に落した。

「す、すげぇ……」

 圧倒的な力。

 それを目の当たりにして、大地は感嘆の声を漏らした。

 大地が初めてオーブを使い、盗賊の男たち数人をやっとの事で退けたのとはまるで違う。エリーナは強い威力を発揮するオーブと魔剣『ゲイン』で相手に隙すら見せずに、圧倒した。

 それこそが、『闘神姫(ヴァイオレントプリンセス)』と呼ばれる所以。

 暴力を振るう姫。

 エリーナを、王女とたらしめている強さだ。

 フッとエリーナの右手でずっと輝いていた宝玉(オーブ)の赤色が消えていく。バーサーカーを解いたようだ。

()りたかしら?」

「あ、あぁ……。敵いっこねぇ」

「分かってくれるとありがたいわ。おとなしく捕まりなさい」

 そう告げて、エリーナは踵を返した。

 乱れた髪を片手で整えながら戻ってきたエリーナを、マルスは心配した。

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫よ。あんな奴らにオーブを使うまでもなかったわね」

「相変わらずの強気ですね。しかし、大目に見るのは今回限りです。二人を守る必要があったため手出しはしませんでしたが、次は我々護衛隊にお任せ下さい」

「わかってる。今日は早くクルスに帰らないといけないから。だから、私が即効で終わらせたの。後片付けは任せるわ」

「了解です。マイケル、ドーソン。盗賊たちを縛り上げて、小隊でロールまで護送しろ。後はロールの部隊に引き継げ」

「はっ、了解です」

 マルスの指示を受けて、護衛隊から数人が戦意を失った盗賊たちを縄で拘束していく。宝玉(オーブ)も取り上げて、後は監獄に入れるために駐屯地まで護送するだけだ。

 その様子を見て、エリーナは大地とリーシェに向き直った。

「二人とも怪我はない?」

「あ、あぁ」

「私も」

「良かった。最近盗賊の被害が多いって聞いてたから、きっとあいつらの仕業ね」

 疲れた様子も見せず、エリーナは剣を収める。

「ほ、ほんとに大丈夫なのか?」

 未だに心配している大地に向けて、エリーナは「大丈夫よ」と短く答えた。

 その通りで、エリーナは傷一つ受けていない。ましてや、肌や服にも血の一滴もついていなかった。

「二人とも無事なようだし。さ、王都に行くわよ」

 軽い調子で、エリーナは口にする。

「はっ」

 護衛隊の男たちは、すぐさま出発の準備をする。興奮した馬を落ち着かせている脇で、エリーナは大地の手を取る。

「ほら、大地も」

「あぁ」

 エリーナは再び、愛馬のヨルネに(またが)る。前に大地を乗せて、エリーナは手綱をしっかりと握った。

「ちゃんと掴まっててよ」

「お、おう」

 もう恐怖を感じないように、大地はしっかりと鞍に乗る。

 すると、背中に柔らかい感触を感じた。

「……っ!?」

 不意に感じた柔らかさに、大地の鼓動はドキンと大きく鳴った。

 この柔らかさはエリーナの身体に違いない。先ほどまで狂戦士のごとく振舞っていたとは、とても思えない。それほどの柔らかさだった。

(やば……っ)

 ドキドキしているのがばれないように、大地は慌てて身体を少し離した。

 それに気付いていないのか、エリーナは後ろを振り返っている。

「みんな、準備できた?」

「はい、姫様」

 マルスの返事を受けて、エリーナは勢いよく愛馬を走りださせた。

 ヨルネに続くように、護衛隊たちもリーシェも馬を走らせる。

 遠目に見えてきた大きな都市の外観が、随分と下りてきた太陽に照らされている。エリーナの肩越しに見える景色は、一枚の絵画のごとく煌びやかだ。

 マルスを先頭として、数頭の馬は景色を早送りさせるようにモルゲン平原を駆けていく。



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