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◇プロローグ


「うう〜ん……」


 二年生もいよいよ終わりの頃、私は外の渡り廊下で猫を抱きながらうなっていた。


 晴れて特待生となった私に待ち受けていたのは、進級課題だった。

 バルトロマーニ先生のはからいで早めに特待生のカリキュラムに移行させてもらったため、そこでの留年は免れたが、代わりにまだほとんど学んでもいない妖精学のほうの進級課題をこなさなければならなくなったのだ。


 課題は学院から一時間半ほどの場所にある妖精の森へ行き、奥にある妖精樹から枝を持ってくるというものだ。

 妖精との親和性が多少試されるが、初級課題なので問題なくこなせる難易度になっている。

 ただ、近年森に小さな火の魔物が出るようになったとの話だった。学院だと三年生で教わる魔術がきちんと使えれば問題がない雑魚の魔物だが、私は劣等生な上にまだ二年生だった。学院の先輩を誰かひとり連れていっていいと言われたのだ。


「うううう〜ん」

「エルミさん、何をうなってるの?」


 猫が私の腕を抜けてパッといなくなり、そちらを見ると案の定バルトロマーニ先生がいた。隣に座ってクッキーを差し出してくれるのでお礼を言って受け取る。


「妖精学、うまくいってる? 何か問題あった?」

「うーん……実は、進級課題に上級生の助手を連れていっていいと言われたんですが」

「え? ああ! あのへん最近フィアスライムが出るんだっけ」

「はい。でも私、上級生に頼れるような人がいなくて……」

「え?」


 バルトロマーニ先生が目を丸くした。


「いるじゃないか」

「……い、いやいやいや」


 私は首をブンブンと横に振る。


「彼なら手伝ってくれるでしょう」

「やです!」

「え、なんで?」


 私は口を尖らせボソボソ言う。


「だってさすがに……妖精学の初級の課題なんかに……特級魔術師様を連れていくわけには……」


 そんなの、蝿を一匹退治する課題にドラゴンを連れていくようなものだ。あまりにチートすぎるのでしてはならないと私は思う。それに、そんなものに付き合わせるのは先輩の素晴らしい能力の無駄遣いだし、申し訳なさすぎる。


「そうだ! 先生、暇な上級生を誰か……」

「……誰を連れてくつもりなんだよ」

「え?」


 地の底から響くような低い声に振り向くと、通路の向こうから先輩が来ていた。いつから聞いていたのか、なぜか登場からすでにバチバチ帯電している。


「ジュゼム、誰連れてくんだ」

「あ、先輩だ……なんでそんなにバチバチしてるんですか?」

「あっはっは! レアンドロ、ヤキモチ焼くならもう少し可愛く……グウゥッ」

「誰がヤキモチだウラアァ!!」

「先輩! 先生の首絞めないで! 先輩が捕まっちゃう!」

「ムグググググ」

「答えろジュゼム!」

「え? え?」


 まだ決まってないんだけど……先輩はなんで突然先生を絞め殺そうとしているのか、相変わらず行動が破天荒すぎて理解ができない。


「せ、先輩にご迷惑はおかけしません! その……先生に誰か暇な先輩をご紹介してもら……」

「あぁあ!?」


 なんとか安心させようと思って言ったのに、どうも先輩の望む答えと違うらしく、背後から先生を締める腕の力が増した。

 いけない! このままだと先生が召されて先輩が捕まってしまう。先輩には輝かしい未来があるというのに……そんなの絶対ダメだ! なんとかして先輩を止めなくては。


 ふと見ると先生が顔を青くしながら先輩に見えない角度で必死に先輩を指差している。


「ジュゼム! 三秒以内にちゃんと答えねえとコイツの息の音が止まんぞ! いーち!」

「えええ!」

「にーい……!」

「せ、先輩です! レアンドロ・アルドナート先輩しかいません!」


 どうやら正解だったらしく、先輩がフンと鼻を鳴らして先生を解放した。

 しかし、時すでに遅し。バルトロマーニ先生はガクリと意識を失った。


「あっ、先生! 先輩! 先生がー!」

「うおっ、起きやがれ!」


 先輩が慌ててガタガタ揺さぶるとバルトロマーニ先生はパチリと目を開けた。

 そして怨みがましい声で先輩に「飲み物には気をつけるように」と言い残して去っていった。これはあれだ。秘薬学教員語でいうところの「夜道に気をつけろよ」というやつだろう。


 残された私は先輩を見た。少し気まずい顔をしている。


「先輩……ほんとにいいんですか?」

「知り合いのひとりもいねえのに……わざわざほかを探す意味がわかんねえだろ」

「いや、でも忙しいんじゃないですか?」


 先輩はチッと舌打ちした。


「俺は今すげー暇なんだよ」

「そうだったんですか!?」


 そう言いながらも、さすがにそんなはずはないのがわかるので自然頬がほころんでしまう。先輩、私の手助けしてあげようと思ってくれたんだ。優しいな。

 先輩はまたチッと舌打ちして行ってしまうので、あとを追った。しばらく無言で歩いていたが、唐突に天啓を得た。


「あ! もしかして先輩、私が誰かほかの男子生徒を連れてくと思ったとか?!」


 しばらく静かだったのに、ものすごい音量で先輩の魔力がバチンと弾け、先輩が動きを止めた。


 私は先生に女子の先輩を紹介してもらおうと思っていたのでそこに頭がまわらなかったけれど、バルトロマーニ先生もヤキモチとかなんとか言っていた。私だって先輩がほかの女子と課題で出かけたらモヤモヤヤキモキするだろう。

 あんなに怒っているように見えたのは、ヤキモチだったの?

 え? 先輩、ヤキモチとか焼くの?

 私に?! 嬉しすぎる! 脳内の火山がバフンバフンと噴火した。


「え、先輩……あの、やき……ヤキモチなんですか? せんぱ……」


 じろりと振り向いた先輩の顔があまりに凶悪だったので、私は押し黙った。

 先輩はさっさと行ってしまう。しかし、背後から見える彼の耳はしっかりと赤かった。


「先輩……」


 足を速めて、追いついてきゅっと手を掴んだ。

 先輩は相変わらずそっぽを向いていたけれど、手を振り払うようなことはしなかった。


「…………先輩、好き」


 隣にだけ聞こえるくらいの小さな声で言う。

 先輩は黙って前を見て歩いていたけれど、魔力がバチンと弾ける音がした。






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