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レアンドロ・アルドナートに好きって言われないと死ぬ呪い  作者: 村田天
レアンドロ・アルドナートとふたりのジュゼム・エルミ
22/31

噂を聞いた木曜日


 木曜日の朝。

 寮の起床の鐘の音で目を覚ます。

 眠気がすごい。なんとか起きたはいいが、頭がものすごくぼんやりしていた。


 一限は秘薬学の授業。

 教室に入ってきたバルトロマーニ先生は見るからにヨレヨレで、頭が爆発したかのようにチリチリに焦げて膨らんでいた。

 女子の人気の高い先生だったけれど、あまりに斬新なその髪型に、残念がる悲鳴が上がっている。


 ふふ。おもしろい髪型だ。なんであんなふうにしたんだろう。ちょっと笑いそうになった。


 それにしても今日は頭がモンヤリしていて、いつも以上に授業が頭に入ってこない。睡眠の質がよくなかったんだろうか。脳が疲れていて、深い思考を拒否している。

 まぁ、こんな日もあるし、仕方ない。ノートだけでもしっかり取っておいて、もう少し頭のしゃっきりした日に見直そう。


 休み時間。顔を洗って少しでもすっきりしようと思って廊下を歩いていると、近くの生徒たちが話している声が耳に入ってくる。


「レアンドロ・アルドナート、特級はすげえよな」

「ありえないよな」


 レアンドロ・アルドナート。

 この名前、さっきもどこかで聞いた気がするんだよな。誰だろう。

 もうちょっと聞きたかったけれど、わたしがじっと見過ぎたせいか、噂話は打ち切られてしまった。



   ***



 昼休み。

 購買で宝石みたいなドライフルーツの練り込んであるおいしいパンを買って湖広場まで来た。


 水面に反射した光がキラキラしている。

 気持ちがいい日だし、いつもはカップルが多い場所だけれど、今日は妙に人が少なくて過ごしやすい。最高の昼休みだ。


 と、思ったらルナデッタ先生がいた。普段どこにいるのかは知らないがお昼休みにこんなところにいるのは珍しいんじゃないだろうか。ていうか、だから今日はカップルが少なかったんだろうか。先生がいると、イチャつきにくいもんね。


 ルナデッタ先生はわたしに気づくと、わたしの座るベンチの前まで来て、声をかけてくれた。


「ルナデッタ先生、こんにちは」


「エルミ。色々あったようだが……大丈夫……か?」


 大丈夫って……?


「……え? あ、カリキュラムの変更のことですか? 大丈夫そうです。ルナデッタ先生にも相談乗っていただけて、すごくありがたいです」


「ん、そうか」


 話が終わったのでわたしは昼食をもくもく食べていたが、ルナデッタ先生は腕組みしたままそこに立っていたので、話しかける。


「そういえば先生……レアンドロ・アルドナートってどんな人ですか?」


「んん゛っ!?」


 ルナデッタ先生はなぜか顔を引き攣らせた。


 朝から異様にちらほら名前が入ってくるのだ。

 わたしは噂に疎いから知らなかったけれど、なんでも四年生にして、学院初の特級魔術師らしい。

 気になったけれど、わたしは友達がろくにいないのできちんと聞ける子がいなかったのだ。


「レアンドロなら、すぐそこにいる……白髪の……」


 え? そんな近くにいたの?


 振り向くと、近くの樹の下で立ったまま硬そうなパンを齧っている男子生徒がいた。

 白い髪に紅い瞳、その顔は仏頂面だったが、ずいぶんと端整だ。


 この顔面で特級か。すごい人もいたもんだ。

 いいなあ。人生楽勝なんだろうなあ。


 見惚れていると向こうが気づいた。

 そして、舌打ちしてふいっとどこかに行ってしまう。また無遠慮に見すぎちゃったかな。


「ちょっと怖いけど……格好いい人ですね!」


「そ、そうか?」


「あんなに騒がれてるのに、こんなとこにひとりでいたのは少し意外ですけど」


「まぁ、彼は少しばかり凶暴だから……周りが距離を置いているんだ」


「そうなんですか」


 でも、なんだか、そんなに悪い人には見えなかった。


 レアンドロ・アルドナート。


 覚えた。ていうか、インパクト強すぎて一回見たらもう忘れられない。



   ***



 レアンドロ・アルドナートのことは教室に戻ると、またクラスメイトの男女が数人で話題にしていた。


「あの人この間、正門前広場でキスしてたらしいわよ」

「マジか。じゃあほんとうにあの……特攻成功したのか」

「でも……ルナデッタ先生とも噂あったし、弄ばれてるんじゃないかしら」

「だいたい、あの人女嫌いって話ではなかったの?」

「おい、変なこと言わないほうがいい」


 耳を澄ませていたけれど、わたしが入ってきたのに気づくと彼らはそこでさっと話題を終わらせてしまった。今度はちょっと気をつけてたのに、そんなに露骨に見てたかな。


 そこまではっきり内容を把握できたわけではないけれど、どうやらレアンドロ・アルドナートには、恋人がいるらしい。


 まぁ、あれだけカッコよければ、いるだろう。

 どんな人かな。


 ルナデッタ先生がぽんと浮かんだ。

 ああいう人には、ああいう人が似合う。二人とも別世界だな。うん。格好いい。美しすぎる。憧れちゃうかも。


 さっきの話だとルナデッタ先生とも噂はあるようだし、これは信憑性、高し。


 バルトロマーニ先生の髪の毛をチリチリにしたのは彼だという話も聞こえてきた。これは、たぶんさすがにただの噂。


 正門前広場でキスは……はたしてああいう感じの人がそんなところでそんな真似をするだろうか。これも信憑性が薄いと見た。



   ***



 放課後。

 校舎を出ると冷たい風に出迎えられた。

 もう十二月だもんな。どんどん寒くなってる。

 学院指定の薄いケープコートの前を合わせて身を縮こませる。


 あ、生徒会長だ。

 この学院の生徒会長は、成績優秀ではあるが、いつも男の取り巻き二人を子分のようにつれていて、練り歩く様はなんとなく圧が強い。まぁ、四年生だし、わたしは関わることないけど。なんとなく苦手である。


「おい。今日は一緒じゃないのか? ッグブぉ」


 通り過ぎたあとで、後ろから声が聞こえた。

 直後、バチバチッと何かが弾けるような音も聞こえる。

 知り合いじゃないからわたしに言ったわけではないだろうけれど、気になってなんとなく振り返る。


 さっきまでいた生徒会長一派の姿はこつぜんとなくなっていた。


 うーん。さっきまでここに三人立っていたんだけど……ほかに人もいないし、空耳……? 最後の音はなに?

 でも大したことじゃないし、気にしなくていいか。頭働かないし。見間違えたのかも。


 それにしても今日はほんとうにぜんぜん授業が頭に入らなかった。ずっと頭にモヤがかかっているみたいだ。寮に帰ったら少しくらいは復習したほうがいいんだけど……できるだろうか。


 ……できる気がしないので図書館に寄っていくことにした。部屋に戻ったらダラダラしちゃいそう。


 自習机でなんとか少しだけ復習をしたけれど、やる気が完全にそっぽを向いている。

 もう少しして特待生用のカリキュラムになると、今受けている魔術師一般のカリキュラムの中のいくつもが不要になり、必修以外は妖精学に特化した専門的な授業や課題をやることになる。

 わたしはもうすっかり意識が新しいカリキュラムのほうにいっている。

 早く、自分のための勉強をしたいなあ。そんなことを思いながら妖精関係の書棚に向かう。


 妖精学はほかと比べて格段に専門書が少ない。言語もごちゃまぜのまま固められている。

 天井近くまで積み上がっている高い本棚の一角を眺める。

 その中の一冊が気になった。

 あの本、どこかで見たことある……?

 表紙の題字すら読めない言語なのに、群青色の背表紙はなぜか見覚えがあった。あの本が気になる。


 梯子に乗って、手を伸ばす。

 本棚は思ったよりギチギチに詰まっている。硬い。


 根に劣等感が強いわたしだが、こと生き物以外のモノには張り合ってしまいがちだ。

 本の内容が理解できないのはまだしも、取り出せないのは納得いかない。本に負けた気がする。


 なんとか両手で掴んで少しずつ引っ張る。

 ズズッ……ズ……ズズ……。

 動いてる。取れるはずだ。あと少し。


「ふむぅ……ふん! よいッ、さァーっ!」


 勢いよく引くと、複数の本が一気に飛び出した。


「あ」


 わたしは本を掴んだまま、後ろに倒れていく。


 これ、まさか本に──反撃されて……負けた?


 ふわり、抱き止められる。上から何冊もの本がバサバサ降ってきたが、抱き止めた誰かの腕に当たって落ちた。


「わ……大丈夫ですか? すみません!」


「……怪我はねえだろうな」


「は、はい」


 レアンドロ・アルドナートはフンと鼻を鳴らして、わたしによってぶちまけられた本を手際よくトンと揃えて机に置くと、去っていった。


 かっこいいなおい……。


 胸がキュンとした。





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