84話
「ストケシア姫。どうしてこちらへ」
兵士長が気遣うようなそぶりを見せると、ストケシア姫はやんわりとそれを制した。
「こちらのダンジョンで事件があったと聞いたので。……やはり、相手は『王の迷宮』を使ってテオスアーレを滅ぼした……メイズさん、なのでしょうか。フェルシーナ・バイラさん。何か、手掛かりになるものはありますか?」
「いえ……襲撃してきた魔物は皆逃走、そしてメディカもまた連れ去られたきりですから……」
フェルシーナさんの言葉に、ストケシア姫は「そう、ですか」と、やや悔し気に唇を噛む。
「なあ、フェルシーナさん。魔物はどんな奴だった。もしかして、ゴーレムだったんじゃないか?」
そんなストケシア姫の後ろから出てきたのは、ロイトさんだった。お元気そうで何より。
「ああ。確かにゴーレムだった。しかし、土や石のゴーレムでは無かった」
「金属か」
「黒い鋼だった」
フェルシーナさんの言葉に、ストケシア姫とストケシア姫の近衛の騎士達は顔を見合わせて頷いた。
「なら多分、『王の迷宮』が関わってるのは間違いねえな」
「そーねぇ。アタシ達が『生き返った』時に見たのも、そんなかんじのゴーレムだったわ」
「特に一匹、バカでかいのが居ましたよね……」
クロノスさんの事か。
クロノスさん、目立つもんね。
「ただ、問題は『メイズ』と『メディカ』、か……この情報をどう処理すべきか、だな。アークダル。どう思う」
「『メイズ』が『メディカ』の言う通り、『王の迷宮』で作られたワルキューレなら……今までの情報を合わせれば、メイズは『王の迷宮』が奪われた際に、何らかの事情でそちらに残った、と考えられるな」
「『王の迷宮』が何者かによって奪われ、その時、メディカとメディカの主だけが逃げ延びた、メイズは『王の迷宮』に付くことになった、と。……ま、無い話じゃねーんだろうけどなぁ……」
勿論、無い話じゃない、はず。
否定する材料はどこにも無い。
むしろ、否定する材料を探せば、肯定に使えそうな材料ばかり見つかるはずだ。
少なくとも、『肯定の方が自然』な程度には。
「そう、ですね……もし、それが本当の事なら、メイズさんが最後、私達を逃がした理由も……」
「テオスアーレを滅ぼすことは本意では無かった、と。そうも、とれるのよねぇ……」
ストケシア姫の中で、私が言った言葉も、私がとった行動も、謎のまま残っているはず。
そして、その謎に理由を求めるならば、『メイズ』と『メディカ』が別人、という可能性を考慮してしまうのも無理はない。
「……私が、この『幸福の庭』に来て、メディカさんの顔を確認していれば……」
「姫様。それについてはもう何度も話した通りです。メディカがメイズで、危険な奴かもしれない。今までのは全部、演技だったかもしれない。このセイクリアナに来たのだって、姫様を……危険な目に遭わせようとしてるのかもしれない」
ストケシア姫が呟けば、すかさずロイトさんがそう釘を刺す。
「……だよな?サイラン」
「ああ。『メイズ』の姿をはっきり見たのは俺とロイトと姫だけ。そして、実際に話して触れ合ったのは、ロイトと姫だけだ。……だが、相手は俺達全員を見て、知っているはず。どこで俺達の情報が漏れ、姫に危険が及ぶかは分からない。……姫をあいつから守るには、今の俺達はまだ、あまりにも無力すぎる」
『今の』。『まだ』。
……ふむ。
「姫。油断なさらぬよう。……相手は我々を一度殺した者です。しかし、今はまだ及ばずとも、我々が姫を完璧にお守りできるようになった暁には、必ずや、祖国の仇を」
「……ありがとう、アークダル。そう、よね……メイズさんは、あなた達を死なせた、んだものね……」
ストケシア姫は、そう言って胸元で何か、握りしめた。
……それはどうやら、『王の迷宮』の中で暇つぶしに調香していた香水の小瓶らしかった。
それからストケシア姫は、兵士長やフェルシーナさん達と話し、『王の迷宮』と『幸福の庭』の関連について考察することにしたらしい。
他の兵士達も、『幸福の庭』の中に市民が取り残されたと知りながらも、入り口のシャッターをどうすることもできず、一時撤退、ということになったらしく、じきに『幸福の庭』1Fには最低限の兵士を残すのみとなった。
ストケシア姫がセイクリアナに亡命しているだろうな、という予想はついていたけれど、ああなっているとは思わなかった。
『幸福の庭』の情報がきっちり流れているとも思ってなかったけれど、一応流れてもいいように細工はしてあったからそんなに問題は無いと思う。
……しかし、警戒されている、のかな。
少なくとも、ロイトさん達騎士の5人には相当警戒されているみたいだ。
まあ、一度殺しているのだし当然は当然なのだけれど。
……『今はまだ』。『完璧にお守りできるようになった暁には』。
まるで、これから強くなる、みたいに聞こえる。それも、訓練とか修行とか、そういうものによる強化じゃなくて、もっと大きな……一気に強くなる、みたいな。
ちょっと気になるけれど、ダンジョンのエリア外に出てしまった彼らの会話を追うことはできない。
私は『幸福の庭』の方に専念しよう。
さて。
『幸福の庭』は、1Fの入り口がシャッターで閉鎖されてからB1F以降に新たな侵入者が入ることも無く、内部に閉じ込めた640人はそのままになっている。
私は早速スライムやリビングドール達に指示を出して、彼らをB6Fへ運ばせた。
その先ではゴーレム達が白鋼の拘束具を用意して待機中。
拘束してあぶないお薬を投与したら、B7Fのパノプティコンの個室へ1人ずつ閉じ込めていく。
……一応、1000人は入れるように作っておいたから、640人収容しても部屋は余る。
それでも個室が埋まっていくとそれだけで妙な満足感が得られた。
この満足感は床に散らばっていた本を綺麗に本棚に詰めた時に似ている。
一連の作業が終わるまでに、何人かの人が目を覚まし、何人かが暴れたけれど、すぐそばに控えていたスライム達によって事なきを得た。
次に彼らが目覚めるのは牢獄の中だ。
640人の人達が全員収容されたのを確認して、私はクロノスさんに乗って『静かなる塔』へ急いだ。
そうして私達が『静かなる塔』に着いた頃、『幸福の庭』1Fで待機していた兵士達が交代して新しい面子になっていて、B1F以降へと続く隠し通路を探し回っていた。
見つかったら見つかったでいいや、と思っているけれど、見つからない方がいい。
できるだけ急ごう。
『静かなる塔』の玉座の部屋から鏡経由で『幸福の庭』へ移動したら、すぐ装備モンスター達を装着する。
「ちょっと久しぶりだね」
『メディカ』は、大体いつもドレスにリリーに加えてボレアスとムツキ君を装備、ドレスの裾に隠してクロウと春子さん、という具合だったから、ホークとピジョン、そして何よりガイ君を装備するのは少し久しぶりだ。
「またよろしくね」
装備した鎧にガイ君を合成し直せば、ガイ君は、がしゃ、と鎧を鳴らして返事を返してくれた。
久々に鎧と剣の重みを感じつつ、『人間牧場』の整備を進めていく。
B6Fには予定していた通り、それぞれスライムやゴーレムを配備。
B7Fには、監視員のゴーレムを配備。個室の周りを警邏するゴーレムと、パノプティコンの中央の監視室に控えるゴーレム。
彼らは有事の際には駆けつけられるようにしてある。
多分、食事やあぶないお薬を摂取させる時、最初は特にごたつくだろうから、彼らには頑張ってもらう事になるはず。
ちなみに、リビングドール達は戦闘員じゃないから、彼女達にはB4Fの裏方に設置された厨房に向かってもらう。
彼女達はパノプティコンに収容した人達のために食事を作る役割を担う。
今回の肝は、『人間の生け捕り』。
折角捕まえた人間達が死んだら元も子もないので、リビングドール達には美味しい食事を作ってもらおう。
……まあ、『あぶないお薬』を正しい用量で摂取させ続けていれば、そのうち食事が美味しくても美味しくなくても変わらなくなってくるとは思うけれど。
数時間後、パノプティコンに収容された人達が目覚め始めた。
「ここは……こ、ここはどこ!?」
「く、くそ……俺、何、して……?」
当然ながら、人々は混乱し、疑問や怒りや嘆きや恐怖の声を上げ、鉄格子にしがみつき、或いは壁に張り付き、脱出を試み始めた。
……そこへ、ゴーレムがやってくる。
ゴーレムは無言で(元々喋らないのだけれど)鉄格子の1つに近づくと、そこにしがみついていた人に向けて、拳を振るった。
ガシャン、と、金属同士がぶつかるけたたましい音が響く。
ゴーレムの拳が鉄格子にぶつかり、ゴーレムは無機質に(元々無機物なんだけれど)鉄格子の向こう側を睥睨する。
……人々の声はすっ、と止んだ。
鉄格子の向こう側、さっきまで鉄格子にしがみついて怒りの声を上げていたその人はすっかり縮み上がり、恐怖をその表情に浮かべている。
他の独房の人達も、同じだった。
何も喋らず、何も表情から読み取れないゴーレムは、こういう時、どうしようもなく恐ろしい物に見えるに違いない。
ゴーレムはそのままくるり、と向き直り、警邏に戻っていく。
それぞれ独房に入れられた人達は、それきり目立って暴れる事も無かった。
数時間経ったら、食事の時間にする。
リビングドール達が作った食事をゴーレム達が運んでいく。
そして、それぞれの独房の人々にご飯とあぶないお薬を与えていく。
……当然、あぶないお薬をちゃんと摂取させるため、ゴーレムは独房の中の人とちゃんと接触する必要があって、そのためには独房の鉄格子を開けなくてはいけない。
その隙を狙って脱走しようとする人は容赦なく死なない程度に殴って黙らせ、ちゃんと食事と薬を与えるようにした。
いくら人が暴れても、所詮は非戦闘員のもの。ゴーレムが殴ればすぐに大人しくなる。
それにゴーレム数体でみっちり独房の横幅いっぱいに広がっていれば、脱走を試みる人なんてそうそう出るはずもない。
そうしてゴーレム達は、収容した人々に順調にあぶないお薬を適量飲ませ、食事を部屋に置いていった。
640人分の作業は中々に時間がかかったようだったけれど、次回からはゴーレム達も慣れて、もっと速く進むようになるだろう。
……ただ、ここで唯一失敗したのは、食事とお薬の時間を同時にしたことだった。
あぶないお薬をきちんと『適量』摂取させたら、人によってばらつきはあるものの、大体の人がラリってくれた。
……その結果、ラリっている間に配った食事を台無しにしてしまう人がいたのだ。
よって、2回目以降は、食事と食事の間にあぶないお薬を摂取させるように切り替えた。
こうして『人間牧場』は順調な滑り出しを迎えた。
1日やってみて、ゴーレムやリビングドール達も仕事が大体わかったところで、いよいよ私は1Fのシャッターを開けた。
「な、なんだ!」
「おい、見ろ、入り口が……!」
「至急、報告を!」
待機していた兵士達は開いたシャッターを見てすぐ突入してくるような事も無く(少しだけ期待していたけれどしょうがない)、上への報告のため、数人が1Fを離れていった。
多分、彼らはじきにセイクリアナの兵士達をたくさん連れてきてくれることだろう。
私は彼らを、B6Fのバトルフィールドで待ち受ける事にした。




