79話
けれど当然ながら、私は邪神なんて復活させる気はない。
『世界のコア』を失う訳にはいかないからだ。
世界のコアを使わずに邪神を作る方法や、私の世界のコア以外の、他の世界のコアがあるならどうぞご自由に、とも思うけれど、とりたてて邪神を復活させる気にはならないな。
「そうですか。あなたの他に、邪神復活を試みるダンジョンにお心当たりは?」
「そうですね、『恋歌の館』と『常闇の洞窟』は共に邪神復活を目指しています。なにせ、我らの神を復活させるための素材は多岐にわたるので。1人ではとても集めきれませんからね」
邪神復活を狙うダンジョン、そんなにいっぱいいるのか。
1匹見たら10匹、の理論で行けば、そこそこの数、居そうだなあ。
……嫌だな、私の世界のコアが奪われる恐れすら出てきてしまった。
気を付けないと。
「ところで、あなたの能力は『魔封じ』ですよね?」
「ええ。そうです。……しかし、あなたには魔封じが効かなかったようなのですが、あれは」
「魔封じの能力に気付いたのはいつでした?」
私に魔封じが効かなかったのではなく、『私には効いたけれどリリーやボレアスにはその効果が及ばなかった』、また、『静かなる塔さんはリリーやボレアスにまで魔封じをすることを思いつかなかった』、というだけの話なのだけれど、ここを種明かしするつもりはない。
なので、さっさと次の質問を滑り込ませる。
「いつ、と言われても……あの塔に成った時には、既に。『恋歌の館』は私と同様に、邪神様復活のためにダンジョンに成った者ですが、あちらもやはり、ダンジョンに成った瞬間から魅了の能力に気付いていたと言っていましたし」
……どうも、金鉱ダンジョンのレイル君といい、この人といい、ダンジョンに成った瞬間から特殊な能力を手に入れている気がする。
なんで私にはそれが無かったのだろうか。気になるけれど考えても分からないから考えない。
また、別のダンジョンさんがいたら聞いてみよう。
「そうですか。ああ、それから最後に1つだけ」
「あ、こちらも聞きたいことがあるのですが」
……質問を終えようとしたら、『静かなる塔』さんが先に質問してきた。
まあ、ある程度は答えよう。私が質問する以前に、知らないことを喋ってくれる可能性もある。
「確認したいのですが、あなたの主人にあたる人もまた、邪神様復活のために動いているのですか?」
「残念ながら、ご主人様のお考えはよく分かりません。しかし、興味はお持ちのようでしたよ」
今更警戒しても遅いよ。あなたはどう考えても喋りすぎたと思うよ。
喋りたくなる気持ちも分かるけれど。
「そうですか。……ところで、そちらの主人さんの、能力は」
「筋肉です」
「え」
「筋肉です」
「……え」
「筋肉です」
……『静かなる塔』さんが、何か言いたげに私を見てきたけれど、『何か問題でも?』というように見つめ返せば、やがてあきらめたように目を逸らした。
勝った。
「では、最後に私から。……あなた、『静かなる塔』の様子は分かりますか?」
「は?いえ、分かりませんが……というかですね、あなた、こちらのダンジョンを」
「そうですか。よく分かりました」
さて、色々喋って満足した『静かなる塔』さんが、ダンジョンをとられた事について色々言ってくる前に終わりにしよう。
ホークとピジョンをさっさと抜いて、『静かなる塔』さんにとどめを刺した。
ちなみに、『静かなる塔』さんからは5024ポイント分の魂が得られた。
……なんか、思ってたよりも、しょぼい。
多分、私が『静かなる塔』になるより先に……つまり、『静かなる塔』さんが『静かなる塔』、すなわちダンジョンであったままに、殺さなきゃいけなかったんだな。
これで1つ勉強になったし、まあ、良しとしよう。
『幸福の庭』に戻って、眠って朝が来たら、新たな7人の従業員たちと一緒に朝ごはんを食べる。
会話はするけれど、談笑するよりは食べることを優先。
なんといっても、今日から『幸福の庭』がオープンするのだから。
さあ、人を集めよう。
あわよくば集めたまま帰さないようにしたいけれど、それはあんまり望まない。
『幸福の庭』の1F部分、つまり、ガラス張りの温室の部分の周りには、装飾的な鉄柵と門を設けてある。
こちらとしては、門なんて必要ない、いつでも誰でも大歓迎なのだけれど、そんな様子で居るよりは、いかにもきちんとしているような様子で待っていた方が、市民も安心してきてくれるだろう。
それから、柵はダンジョンのフロア範囲を誤認させるためでもある。
当然ながら、柵はダンジョンのフロア範囲よりもずっと狭く作ってある。
もしうっかりフェルシーナさん達が門を出てすぐ気を抜いて話し始めたりでもしたら、儲けもの。
あまり期待はしていないけれどね。
1Fに出たら、門を開けて、看板を出す。
「メディカ、この看板はどっちだ?」
「あ、それは階段近くにお願いします!」
「この机は?」
「足りない所……あ、階段横のツリーハウス前でお願いします!」
7人の従業員たちにも手伝ってもらいながら、机を出したりなんだり、と忙しなく働く。
『幸福の庭』のサービスはいくつかある。
1つは、飲食。
B1Fが軽食やお茶、お菓子のフロア。フードコートというか、屋台と飲食スペースというか、そんなかんじ。
B2Fはもう少しちゃんとしたご飯処。ウェイトレスリビングドール達がウェイトレスをやるレストラン。
それから、B1FのツリーハウスやB2Fの居住スペースを貸し出して宿泊するサービスもある。
特に、ツリーハウスの方は、『光を灯す花でできた電灯』や、『石でできたキノコを磨いて作ったテーブル』等、内装にもこだわって『ダンジョン』らしさを演出した。普通の宿じゃ、こんな内装はそうそう無いと思う。
便利か不便かは置いておいて、こういうコンセプトのある内装は新鮮なんじゃないかな。
ちなみに、便利さだけでいけばB2Fの宿泊施設の方が便利。ツリーハウスの方は雰囲気を楽しんでもらう場所、かもしれない。
ちなみに、必要ないのだけれど、サービスには価格設定がしてある。
適度な対価を要求することで相手に安心感を与える狙い。
これについては、7人の新たな従業員達が価格設定に協力してくれた。
「いやいやいや、この飯で銅貨3枚はどう考えても安すぎて怪しいだろうがよ」
「原価ぴったりの値段じゃ駄目だぞ。売れ残る事を考えて、売れる分だけで最低でも原価分は賄えるようにしねえと」
「宿は下手に安くすると、長く泊まり続けてずっと居座る奴が出てくる。そこら辺のルールを考えるか、少し高めにした方がいいよ」
なんというか、本当に、協力的だった。
私よりもこの世界の物価に詳しいだけじゃなくて、この世界の民俗風習にも詳しい彼らは、セイクリアナ市民の心理を読んだ上での価格を提案してくれた。
うん。やっぱり、人間牧場から彼らを拾って来たのは正解だったと思う。
そうして、1時間もしない内に、B1Fには机が並び、食べ物や飲み物の準備も整った。
花も飾ったし、リビングドール達の身だしなみもばっちり。
あとは、市民が来てくれるのを待つだけだ。
それから少し待つと、フェルシーナさん達がやってきた。
「お邪魔するわね。メディカちゃん、これ、お土産」
そして早速、マリポーサさんがにっこり笑って、飲み物の瓶をくれた。……多分、お酒だと思う。
「ありがとうございます、マリポーサさん」
「ふふふ。喜んでもらえて嬉しいわ。……私も飲めたらいいのだけれど」
「勤務中だぞ、マリポーサ。私達の任務は、『幸福の庭』の警邏と、市民の案内だ。気を抜くな」
マリポーサさんはフェルシーナさんに釘を刺されて、「あら残念」と肩を竦めてみせた。
「……まあ、何はともあれ、これから長い付き合いになるだろう。改めて、よろしく。メディカ」
「こちらこそよろしくお願いします、フェルシーナさん。マリポーサさん。プレディさんにコクシネルさん、グリージョさんも」
そこそこ顔見知りになってきた兵士達と握手したところで、門の近くからちらちらとこちらを窺う人達に気付いた。
「あれは」
「お客さんみたいよ、メディカちゃん?……皆、『人間と仲良くしたがるダンジョン』に興味津々なのよ。勿論、『美味しいものが食べられる場所』にもね。2つ合わさったら、皆がここに来たがるのも、当然じゃない?」
にっこり艶やかに微笑むマリポーサさんと、引き締まりながらも柔らかく微笑むフェルシーナさんに促されて、私は門に向かった。
「いらっしゃいませ、『幸福の庭』へ!」
いよいよ、『幸福の庭』が動き始める。
さて。門からセイクリアナ市民達がおっかなびっくり入ってきて、フェルシーナさんやマリポーサさん達、兵士の皆さんに誘導されては1Fの温室から階段を降りて、B1Fへと向かって行く。
私はB1F中を飛び回り、人と会話し、リビングドール達に指示を出し、裏でお菓子や飲み物の補充を行い……と、働きに働いた。
……少なくとも、私が働いていることを疑う人は居ないだろう、というレベルでは働いた。
そしてとにかく、人と喋って、いい印象を与えるように努力した。
ファントムペスト医によってあぶないお薬が蔓延した時、市民が助けを求めてくるように。
……そうして、1日目から宿泊施設を利用する人もほんの数名だが現れ、2日目以降、徐々に、人々の数は増えていった。
5日目からは、フェルシーナさん達に『こちらで手配するから、町の中心部とここを結ぶ乗合馬車を行き来させてもいいか』と相談を持ち掛けて成功したため、人がまた増えた。
そして、10日目くらいになると人の数が安定して落ち着いてくるようになった。
これは十分に順調だと言えると思う。
3日目からは、サービスの種類も増やした。
リビングドール達が音楽を披露したり、踊ったりして人間の目を楽しませるようにした。
ちなみに、音楽は……大量のワイングラスを並べて、違う高さまでそれぞれ水を入れて、それを叩いて音を出すことで楽器にした。
こんなものでも、たくさん集まるとそこそこ聞きごたえのある音楽になるからすごい。
ちなみに、7日目からはハープやギターや木琴といった楽器をセイクリアナ市内で調達してくることによって、もう少し音楽らしい音楽を提供できるようになった。
5日目からは、ゲームができるようにした。
この世界にもすごろくみたいなゲームやカードゲームはあるらしかったので、それをそのまんま持ってきて、B2Fの一画に設けたゲームスペースで自由に遊べるようにした。
そこそこ利用客が多いスペースになった。
9日目からは、子供向けに紙芝居をやるようになった。
子供のお小遣いでも買えるようなお菓子も同時に販売。
『幸福の庭』は、子供たちの遊び場としても機能し始めた。
……そうして、『幸福の庭』は、滞りなくその機能を発揮し、人々に溶け込んでいった。
『幸福の庭』が順調に回れば回る程、人を楽しませる。
そしてそれは『信頼』となって降り積もり、いつか彼らの足下を掬うことになるのだ。
そして、『幸福の庭』を経営しながら、他のダンジョンの警備を強化したり、他のダンジョンで育てている作物を収穫したり、と、忙しなく動き回って……そしてついに、『幸福の庭』オープンから16日。
私は、ファントムペスト医軍団に、命令を出した。
夜中、『誰も見ていない時』に『静かなる塔』から出て、セイクリアナの都へ向かうように、と。
ファントムペスト医達は、『静かなる塔』の2Fの隠し部屋で、馬車に乗りこんだり、荷物を積み込んだり、と準備を始めた。
……こうして、『どこから出てきたのか分からない』ファントムペスト医達がセイクリアナの都へ辿り着くのも、時間の問題となった。




