74話
さて。
フェルシーナさんマリポーサさん姉妹をはじめとした、セイクリアナ中央の兵士の皆さんが帰っていって、改めて、私はダンジョン内を確認。
きっちり油断なくチェックして、この『幸福の庭』の中に異常が無いことを確認して、そして、やっと……やっと、椅子に座ってぐったりできた。
とりあえず、最悪の事態は免れた。
ダンジョンの最奥へ侵入者を通すことはなく、あぶないお薬製造が露見するでもなく。
……ただし、当初は全く考えていなかった、『信頼関係』をわずかながらも築いてしまったのが……なんというか、失敗だった、ような、気がしないでも無い。
少なくとも、私が立てた計画は、見事に崩されてしまった、と言わざるをえないだろう。
当初の予定では、貧民達を対象に、あぶないお薬を消費させていこうとしていたのだ。
そして、当然、貧民達はダンジョンに収まりきらずに、外へ溢れ、あぶないお薬も外へ溢れていくはず、と。
そうなったらセイクリアナの兵士達が当然派遣されてくるだろうから、兵士達も同じようにあぶないお薬の虜にしてしまうか、或いは、殺してセイクリアナの戦力と人口を減らしていくかすればいい、と。
……そういう計画だったのだけれど……それが、できなくなった。
言うまでもなく、『中央』の『兵士』が、『最初』にここへ来てくれちゃったからである。
『中央以外』の『兵士』が『最初』に来てくれる分には、問題なかった。
というか、当初はそっちを想定していた。
私は、最初に来る兵士達は『貧民街に駐屯している兵士達』だと思っていたのだ。
というか、最初に来るなら、当然、持ち場から近い人達だろう、と。そういう風に思っていた。
そして、こんな所に駐屯させられてる人達がストレス溜まってない訳ないし、そうそう真面目で優秀な訳もあるまい……という予想の元で、貧民街の兵士を全員あぶないお薬の虜にする計画を立てていた。
ところが、最初に来たのが、『中央』の兵士。
彼らがあぶないお薬の虜になってしまったら、より『中央』の……つまり、セイクリアナ国王の知るところとなるだろう。
そうなったら、もう戦争待ったなし。私は、『ダンジョン内およびダンジョン周りに人を集める』という目的を果たすことなく、セイクリアナを滅ぼさなくては自分が滅ぼされる、という危機的状況になってしまう訳だ。
そして勿論、『中央』でも、『兵士以外』の人なら問題なかった。殺しちゃえば口封じできたし、追い返すのもそんなに難しくはないし。
『中央』の『兵士』が、『そこそこ後』に来てくれる分にも、全く問題なかった。
……しかし、末端からじわじわ、というつもりでいた私の元へやってきたのは、フェルシーナさん達、セイクリアナ中央の兵士達であった。
最悪のパターンであった。
殺せば国の中央にこのダンジョンの危険性を見せつける形になり、戦争待ったなし。
お薬の虜にしちゃっても戦争待ったなし。
何もしなかったら私の殺害は待ったなしだったと思う。
……しかし、今回のような、『和平を持ちかける』パターンも、結局は、中央の兵士達とのパイプを作ってしまうことになる訳で……。
これから当初の予定通り、あぶないお薬をばら撒こうものなら、その情報はすぐさま、セイクリアナの中央へ届いてしまう、ということに、なる、んじゃないかな……。
一度作ってしまったパイプは、もう切れない。
フェルシーナさん達とのパイプを切る時、それ即ち敵対。=戦争。
ならば、この『幸福の庭』は、正真正銘、正義のダンジョンとしてセイクリアナに在り続けるしかないだろう。
……しかし、私はあきらめない。
折角の『危ないお薬』。
これ、どうにかして使えないだろうか。
1つ、考えたのは、『もう1つダンジョンを作る』という事。
新たにダンジョンを作ることで、関係をリセットすることができる。そこで、最初の予定通りにあぶないお薬をばら撒いていけばいい。
……しかし、これ、どう考えても……無理がある。
だって、現に今、『新しくできたダンジョン』には、『セイクリアナ中央の兵士』がやってきたばかり。
つまり、次にまた新しいダンジョンを作っても、また、フェルシーナさん達がやってくる可能性が極めて高い。
試すだけ試すのもありかもしれないけれど、コストあたりの望みが小さすぎる。
よって却下。
次に、『セイクリアナ中央が対処しきれないほどのスピードであぶないお薬を撒く』という案も考えてみた。
つまり、フェルシーナさん達だって、ずっと『幸福の庭』を見張っている訳じゃないんだから、その隙に貧民達をとりこんで、フェルシーナさん達にばれないように、あぶないお薬ユーザーを増やしていけばいいんじゃないか、と。
……しかし、まあ、リスクが高い。
『ダンジョンができた』だけでもすぐにフェルシーナさん達が来たぐらいなのだから、『ダンジョンに入った貧民がラリって出てきた』とか、『ダンジョンに入った貧民が出てこない』とか、そういう事態になったらもっとすぐに来そう。
そして、その時派遣されるフェルシーナさん達は、間違いなく、私を殺しに来るわけで……そこでフェルシーナさん達を殺したとしても、次に来るのはまたセイクリアナの中央の人達で……。
戦争待ったなし。
よって却下。
……ということで、この2つの案の欠点が解消する第3案を考えよう。
1つ目の案の欠点は、コストの高さと警戒されやすさ。
2つ目の案の欠点は、スピードの限界またはタイムリミットの短さ。
……つまり、コストを抑えて、スピードを上げるかタイムリミットを長くするかして、警戒されにくくする必要がある。
今は、コストを抑えるためにダンジョンを新たに作らず、タイムリミットを長くするために和平を持ちかけて、警戒されにくくするために人畜無害なふりをしている。
1つ目の欠点は2つ目には無く、2つ目の欠点は1つ目には無い。
……ふむ。
ならば、『幸福の庭』とは全く無関係なふりをして、しかしダンジョンを構えずに、民衆にあぶないお薬をばら撒けばいい。
つまり、ふらっと不定期に街角に現れて、あぶないお薬を撒くなり売るなりして、騒ぎがあったら二度とそのエリアに近づかない……そういう、危ないお薬の密売人をやればいい。
密売人は『幸福の庭』とは無関係だというふりができるから、私が警戒されにくい。
ダンジョンを構える訳でもないから、コストが安い。
そして、ふらふらとあちこちを移動する密売人を警戒して、あぶないお薬流通ルートを断つ事はとても難しい。
完璧である。
更に、この『幸福の庭』の機能も無駄にならない。
何故なら、『憩いの場』として……そしてそれ以上に、『あぶないお薬の禁断症状が出た人達を看病する施設』として、有効に活用できるから。
むしろ、単にあぶないお薬を配るよりも、あぶないお薬の被害者を集めた方が人が長く多く集まってくれそう。うん、いいアイデア。
このままフェルシーナさん達と信頼関係を強化していけば、それも可能だろう。
何なら、危ないお薬の解毒剤(薄めたあぶないお薬)をこのダンジョンで作ってもいいのだし。
……完璧である。
方針が決まったので、早速、『危ないお薬の密売人』を作ろう。
当然ながら、私が密売人をやるつもりは無い。リスキーすぎるもんね。
リビングドールを密売人に仕立てると、すぐに『幸福の庭』と関連付けて考えられてしまいそうだから却下。
ゴーレムだと、テオスアーレから逃げてきた人たちに何か感づかれそうだからやめておこう。
スライムだと動きが遅すぎる。ガーゴイルだと町に溶け込まない。
……ということで、ある程度町に溶け込めて、かつ、逃げ足が速く、私の他のダンジョンと関係が無さそう、という条件の元、ファントムマントを密売人として使う事にした。
これにはボレアスがとても頑張る気満々だったのだけれど、ボレアスを町に放つリスクが大きすぎるので(何と言っても、ドレス装備の私は、リリーとクロウとムツキ君とボレアスしか装備できないのだから)、新たにファントムマント部隊を作って、彼らを売人にすることにした。
服もシーツもカーテンも、とにかく布製品は履いて捨てても余る程にたくさんあるから、それを利用してマントを作っていく。
フード付きの、前で合わせられるタイプの、引きずる程長いマント。色は黒。
こういうマントなら、中に人間が入っているように見せかけることができる。
しかし、フードの中……つまり、顔に当たる部分がどうしても空洞になってしまうので、そこには仮面をつけさせることにした。
仮面は色々考えて、いくつか試して、リリーやボレアスにも意見を聞いた結果……ペストマスクがいいね、ということになったので、ペストマスクでいこう。
出来上がったマントをファントムマントにして、ペストマスクを装着させて、あぶないお薬入りの籠と、ペスト医っぽい杖を持たせて、色々ばっちり。
更に念のため、筆談用の紙とペンも持たせておいた。
ファントムマントは喋れないからね。万一、喋らないとおかしい場面になったら、筆談して誤魔化してもらおう。
……さて、こうして、あぶないお薬の売人になるファントムペスト医マント達が出来上がったのだけれど、まだ、彼らは動かさない。
だって、昨日の今日、『幸福の庭』ができてすぐ、ファントムペスト医が町をうろうろするようになったら、流石にあからさますぎる。
だから、今はじっと耐える時。
この『幸福の庭』がフェルシーナさん達と信頼関係を結んで、『幸福の庭』がセイクリアナにすっかり溶け込んでしまってから、あぶないお薬を撒き始めよう。
つまり、今から結構、暇な時間が増える。
案外長丁場になってしまいそうだから、その間にやっておける事を同時進行で進めていこうと思う。
まず、レイナモレへの進出をやってしまってもいいかな。
あっちはあっちでどうなのかは分からないけれど、セイクリアナ同様、長丁場になる可能性もある。
なら、早めに動いておいた方が良いかもしれない。
それから、他のダンジョン探し。
……これは、簡単な事だ。
ダンジョンに成っている人を殺せば、そこそこ多くの魂が手に入る。
そして、ダンジョンを手に入れられれば、『移動先』が増えるのだ。つまり、活動範囲が広がる。
ダンジョンが蓄えていたお宝や魂を貰う事もできるし、やっぱり、他所のダンジョンを襲う、というのは中々悪くない戦術だと思うのだ。
ということで、私は、セイクリアナの都からちょっと離れた町アセンスの近くにあるという、他所様のダンジョンを攻略してみようかな、と思うのだ。
もし上手く行ったら、都より先にアセンスの町でファントムペスト医をうろつかせてみてもいいかもしれないし。
……でも、まあ……とりあえずもう一回フェルシーナさん達が来て、今後の予定をフェルシーナさん達とお話して……っていう仕事の後になるだろう。
表の顔と裏の顔、上手に切り替えて使い分けなくては。




