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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
魔銀の道とグランデム城
62/135

62話

 まず、一仕事目。

 勝手に部屋ダンジョンに入って、でかスライム君の餌食になったシーニュさんの死体を還元しておくこと。

 証拠隠滅。シーニュさんは行方不明になりました。私は何の関係もありません。

 これはとても簡単な仕事だったから、すぐ終わった。指先を少し動かすぐらいなもの。

 それだけで、シーニュさんの痕跡は何一つ無くなった。

 部屋の鍵はでかスライム君が器用にかけ直してくれた。


 次、二仕事目。

 馬を飛ばして、グランデムの大きな町、クレイガルへ向かう。

 確実に都で精霊を殺したいから、一応念のため、こっちの人口もほんのり減らす努力ぐらいはしておこう、という魂胆。

 やることはそんなに変わらない。

 解毒剤と薬を買い占めて、井戸に毒を放り込んでおく。

 買い占めた解毒剤と薬は、それぞれ毒にすり替えて、クレイガル近辺の町、ジフタとシュタールで売る。

 クレイガルの薬屋には、『ジフタとシュタールで薬の類が足りないと聞いたので多めにもっていくんです』と言っておく。

 限りなく上手くいけば、クレイガルで毒にあたった人がジフタやシュタールで二次中毒、という事になる。

 井戸の水だけで死ななくても、もう一段階毒がある、ということ。

 また、そんなにうまくいかなくても、多少は死者が出るだろうし、少なくとも混乱にはなる。

 人が死ななくても、クレイガルより人の少ないジフタやシュタールへ、薬を求めて人が移れば、それだけで人の多さは緩和される。

 そして何より、クレイガルから都への応援は望めなくなるし、クレイガルから薬や解毒剤を都へ運搬することもできなくなる。

 確実に都を落とすための保険みたいなものだ。

 井戸に毒を入れた程度でどのくらいの人が死ぬかは分からないけれど、まあ、やっておくに越したことはないよね、ということで。




 結局、クレイガルまで行って、薬を買い占めて、毒とすり替えて、ジフタとシュタールで売って……とやったら、3日経ってしまった。

 都へは『魔銀の道』経由で部屋ダンジョンへ鏡移動した方が速そうだったので、その方法で移動。

 ……辿り着いた都は、中々に荒れていた。




 +++++++++


 少なくない犠牲を払ってテオスアーレを滅ぼした日から、5日程が過ぎた。

 町の人々はともかく、実際に戦い、傷つき、時に戦友を喪った俺達は、勝利を喜ぶ余裕も無く、只々、怪我人の治療に努めていた。

 ……だが、傷を癒す暇さえ、俺達には与えられなかった。

「おい、ウォルク。薬はもうないのか」

「もう在庫は無い。町の薬屋にも、薬も解毒剤も無いらしい。……城に集まってた分だけで全部、だそうだ」

 同期の中級武官に言葉を返すと、そうか、と、彼は難しい顔をする。

 きっと、俺も似たような顔をしているのだろう。


 城の門には、助けを求める人々の声が響いている。

 しかし、彼らが欲する薬はもう無いのだ。

 ……まだわずかに痛む腕が、ますます痛むような心地がする。




 2日前、相次いで、城下で体調を崩す人が現れたと報告があった。

 腹痛だったり、麻痺のような症状だったり、と症状は様々だったが、とにかく数が多かったし、発症がほぼ同時だったから、何かで食あたりか何かに当たったのだろう、と思われた。

 丁度、近隣の森では茸が採れる時期だ。茸の中毒なんて珍しく無い。ここまでたくさんの人が同時に、となると、少々珍しいが。

 幸いにも、城には、傷ついた兵士のために、と、たくさんの薬が集められていたから、その中から解毒剤を探し、町の人々に配った。

 その時は、それで終わると思われた。


 ……だが、それだけでは到底追いつかない程に、病人は増えていった。

 原因が分からないまま、町の人々の救護に駆り出されていたが……その内、兵士達までもが似たような症状を訴え始め……そして、死者が出始めた。

 町の人々も死んだが、それよりも、兵士の方が、ありえない速度で死んでいった。

 ……戦で傷ついて、体力が減っていた所だったからだろうか。

 多く集まっていたはずの解毒剤は、気づけばもう底をついていて、体力の回復のために、と使っていた回復薬の類もみるみる減っていった。

 城に元々蓄えられていた薬は戦と戦の後の治療でもう底を尽きていた。

 俺もその城にあった古い薬を使った1人だが、古い薬だったからか、あまり傷の治りが良くなかった。しかし、そのために新たな薬を、などとは言えない状況だ。

 こうしている間にも、体力の無い者から順に、死んでいく。

 兵士だって死んでいくのだ。子供や年寄りがどうなるかなど、考えなくとも分かる事。

 比較的元気な兵士達が、正体不明の病に苦しむ仲間や町の人々の救護にあたっているが、とてもじゃないが、追いつかない。

 ……そもそも、救護しようにも、薬が足りないのだから、根本的な解決にはならないのだが。




 あまりの惨状に、仲間の中級武官が何人か、クレイガルまで薬を調達しに行った。

 都程じゃないが、クレイガルも大きな町だ。薬の在庫はそこそこあるだろう。

 ……間に合えば、いいが。




 薬が無くても、病人に水を飲ませたり、粥を配ったり、という仕事はある。

 緩やかに死へ向かって行く人達にそれしかできないのはもどかしいが、それでも、できることしかできない今、そういった作業をこなすしかない。

 今日も朝から町で人々の救護にあたってきた。城の自室に戻って、早く眠りたい。

 ……悔しいことに、俺自身の体もまた、好調では無かった。

 戦の疲れがとれないままに始まったこの惨状だ。そして、日に日に、俺の体も正体不明の病に侵されていくような気がして仕方がない。

 今ももう、朝から動かしていた体が怠さを訴えて、睡眠を欲していた。

 そして、体以上に、精神が疲弊している。

 ……早く部屋に戻って、眠りたい。




 城の片隅、武官に与えられた部屋の並ぶ通路を歩きながら、ふと、ここ数日、シーニュの姿を見ていない事に気付いた。

 同じ中級武官である彼女は、俺より優秀な人だ。戦でもほとんど怪我を負わなかった。

 ……今回の病騒動でも、死んだ、という話は聞いていないから、生きてはいるのだと思うのだが……。

 俺の隣の部屋の戸をノックしてみるが、返事は無かった。




 翌日もまた、町や城内の病人の世話に駆り出された。

 ……その中で、意識してシーニュの姿を探していたが、見つからない。

 仲間に聞いてみても、全員が「そういえばここ数日見ていない」というような事を言うばかりだ。

 もしかして、クレイガルへの薬の調達部隊にシーニュも入っていたのだろうか。




 それから2日程して、クレイガルへ行っていた者達が戻ってきた。

 ……だが、薬はほとんど得られなかったということだ。

 クレイガルでも、都と似たような病が流行り、倒れる者が相次いでいるとか。

 そして、クレイガル近隣の町にあった薬は、クレイガルの者が求めてしまってもうほとんど残っていない状態。

 ……いよいよ、グランデムという国自体が……危うく、なってきたのかもしれない。


 クレイガルへ行っていた者達の中に、シーニュは居なかった。

 あいつは、何所へ行ってしまったのだろう。

 ……俺の部屋の両隣が、静かで、寂しい。




 翌日になっても事態は好転せず、いよいよ死者も増えてきた。

 何かがおかしい、と、小麦や水など、全員が口にしておかしくないものを鼠や兎に与えてみたが、与えた後しばらく見ていても、様子がおかしいことも無いから、原因も相変わらず分からないまま。

 そして、兵士達の体力ももう限界に近付き、倒れる者が増えてきた。

 ……かく言う俺も、もう、限界だった。

 体よりも、精神が、疲弊していた。

 終わりの無い看病。原因の見えない病。死んでいく人々。

 とてもじゃないが、こんな状態で働き続けられるものじゃない。

 今日一日は大事をとって休ませてもらう事にした。




 その日の深夜。

 浅い眠りを繰り返し、中途半端に眠れないまま寝台の上で横たわっていると、ふと、部屋の戸が開いた。

 そして、誰かが入ってきて、そっと、静かに戸を閉めた。

 ……夢かと、思った。

 窓から差し込む月明かりに照らされて一層美しく、少女が1人、立っていた。

「あ、ごめんなさい、起こしてしまいましたか」

 そして、その少女は、俺を見て……ばつが悪そうな、申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべた。

「……ラビ、ラビ、なのか」

「はい。……ラビ下級武官、只今、帰還しました」

 他の部屋の者に配慮してか、小声で、しかし、はっきりと、ラビはそう言って小さく敬礼して見せてくれた。

 ……彼女の、はにかむような笑顔を見て、体が勝手に動いていた。

「っわ」

 細い少女の体を抱きしめると、あたたかな、生命の気配が伝わってくる。

「……よく……生き、て……」

 言いたいことはたくさんあるはずなのに、喉が詰まったようになって、それ以上何も言えなかった。

 だが、ラビは最初こそ戸惑った様子だったものの、くすり、と笑って、俺の背を優しく叩いてくれた。

「もう、大丈夫ですよ、ウォルクさん。もう、大丈夫です」

 耳元で囁かれる優しい声に、疲弊しきった精神が溶けていくような感覚を覚えた。


 直後。

 脇腹に、熱い痛みを感じた。


「……なっ」

 そして更にその一瞬後、腕の中から温もりが抜け出たかと思うと、すぐ、俺の喉を狙って、ナイフが突き出された。

 月明かりにぎらり、と輝く刃を見て、咄嗟に体が動いてなんとか避けたが、次は、避けられなかった。

 魔法だろう、風の刃が俺の喉を、すぱり、と切り裂いていた。




 脇腹から流れ出る血液と、喉から流れ出る血液。

 どんどん、体が冷たくなっていく。

 息を吸おうとしても、ひゅう、と、喉がおかしな音を立てるだけ。

 状況を理解しようとしても、混乱した頭は、『何故』と意味の無い問いを繰り返すだけ。

 最早声の出ない喉では、ラビに何かを問う事もできない。

 せめて、と、視線を向けると、俺の視線に気づいて、ラビは……優しく、微笑んだ。

「おやすみなさい、ウォルクさん」

 そして、俺の目の前で少女は、ラビは、優しく微笑んだまま……ナイフを、俺の胸に、振り下ろした。


 +++++++++




 寝ている所を襲うつもりが起きてしまったけれど、それでもかなり楽にウォルクさんを殺せてしまった。

 中級武官だから相当強かったはずだけれど、やっぱり、毒で弱っているとかなり楽。

 ……そうでなくても、今回のケースだったらそこそこ楽だったような気もするけれど。


 さて。

 じわじわと大分人が減ったけれど、そろそろ、最初に井戸に投げ込んだ毒も薄まってきてしまった頃。

 このまま放っておいても、これ以上の死者はあまり期待できない。

 ……なら、多かれ少なかれ、全員が毒で弱っている今、1人ずつ暗殺していってしまうのが得策のような気がするのだ。

 幸いなことに、兵士の人達は大体全員、薄まってはいるけれど毒の水を飲み、病人の看病で疲れ切って、弱っている人達。

 しかも、武官ともなれば、1人で1部屋。つまり、1人ずつこっそり上手に殺していけば、誰にも気づかれずに武官をあらかた殺せてしまう、ということ。

 ……さあ、頑張ろう。


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