46話
ダンジョンに戻って1日程度時間を潰したら、出発の準備を始めよう。
まずは、ストケシア姫を捕らえている部屋に向かう。
「あ、メイズさん」
お姫様は今日も大人しくお部屋で待っていてくれたらしい。
最近はアロマテラピーに興味がおありの模様。
このダンジョン、花や果物には困らないから、精油にもあまり困らないし、お姫様のおもちゃにと思って少し与えてみたところ、見事に嵌ったらしい。
これで自らの精神を落ち着けてくれるんだったら安いものだ。
「やっと外に出してあげられるよ」
「えっ……」
しかし、私がそう報告すると、ストケシア姫は驚きの余り手にしていた瓶を落とし……そして、そのまま私に抱き着いてきた。
「ありがとう、メイズさん!」
そうかそうか。ありがたいのか。私もありがたいよ。
「ちなみに行き先はグランデム」
「えっ」
「グランデム」
行き先を告げたところ、私の言葉の意味を理解できない、というように、ストケシア姫が呆けた顔をした。
そして、理解が追いつくより先に、お姫様の背後から回っていたリリーが首を絞めて、お姫様を落とした。
ストケシア姫を気絶させたら、念のため、手足を柔らかい布で縛っておいてから、目隠しの目的でマントで包む。
当然のように、使うマントはファントムマント。
うっかりはためいて中身が見えたりすることの無いように、しっかりボレアスに包んでおいてもらう。
あとは、マント包みの他、『グランデム王への手土産』を詰めた大きな鞄を背負って、『王の迷宮』の鏡を通って、そのままトンネルダンジョンへ。
そこからはいつも通り、運搬中の絞め落としなおしはリリーに任せながらマント包みをしっかり抱え、馬でグランデムの都まで移動する。
……ストケシア姫が割と小柄で助かった。
そうでなかったら、ガイ君のサポートがあるとはいえ、運ぶのが大変だったと思う。
都に入ったら、そのまま城へ向かう。
そして、ある程度の所まで来たら、お姫様の首からリリーを外して私の首に着け直した。
……念のため、だけれど、うっかりリリーがストケシア姫ごと持っていかれてしまうと、私の戦力がガタ落ちになってしまうので。
ボレアスはマントだから回収できるだろうけど、リリーは私自身が普段、隠して着けている訳だから、きっと回収が難しいよね。
私が来たら通すように言ってあったんだろう、門番にもスムーズに城内に入れてもらえた。
大荷物を抱えて城内を歩く。
……本当に、ストケシア姫が小柄で助かった。しかも、筋肉が少なくてとても軽いし。
そうでなかったら本当に本当に、運ぶのが大変だったと思う。
そして、ファンファーレと共に王様の部屋の扉が開き、王様と対面し、さっさと人払いが成され、この間と同じように、部屋には私と王様だけになった。……あ、マント包みのお姫様も居るか。
「……ラビよ。その包みは例の物か」
「はい。……ご確認ください」
そして、わくわくしている王様の目の前でマントを剥ぐと、中から気絶したままのお姫様が出てきた。
「おお、これは……!」
喜悦の表情を浮かべてわざわざ玉座を降りてきたグランデム王は、ストケシア姫の状態を確認し始めた。
私はその間にボレアスを装備し直す。おかえり。これでフル装備。
「うむ、これほどまでに傷も無く、よく捕らえてきたものだ……しかし、念のため、ストケシア・テオスアーレの瞳を確認したい。本物は珍しい紫色をしているらしいな。……この姫君が偽物だと困るのでな」
「ええ。どうぞ」
王様の要求はつまり、お姫様を起こす、という事だ。
特に問題も無いので許可すると、王様が合図する。
奥の部屋から兵士が数人出てきて、ストケシア姫を囲んだ。暴れられたりしないように、ということらしい。
回復薬らしいものを持っている人もいるから、万一、舌を噛み切られたりしたらすぐに治して生かすんだろう。
私と王様が見守る中、ストケシア姫が揺さぶり起こされた。
「ん……ここは……あなたたちは……?」
そして、その双眸が開かれると、瞼に隠されていた紫色の瞳が現れる。
「え……?」
ストケシア姫はあたりを見回すと、その異常性に気付いたらしい。
多分、グランデム王の背後に掛けられたタペストリーの紋章……グランデムの紋章を見たりして、ここがどこか、気づいたんだろう。
「グランデム……?嘘、え、なんで」
「早速だが、ストケシア・テオスアーレよ」
混乱しているストケシア姫に、グランデム王が話しかける。
「貴様は今この瞬間より、我がグランデムの捕虜となった。これから貴様は取引の材料にされるのだ。……まあ、貴様は特にすることも無い。大人しく牢よりテオスアーレの滅ぶ様を見ているがいい」
グランデム王の言葉に、ストケシア姫はどんどん青ざめていく。
……まあ、敗戦国(になる予定の国)のお姫様がどうなるか、分かりきっているものね。
「嘘……そんな……」
そして、味方でも探しているのか、きょろきょろと見回して……兵士の壁の向こうに、私を見つけたらしい。
「メイズさん!メイズさん、お願い、助けて!」
そのまま私に向かって駆けてこようとして、呆気なく兵士に羽交い絞めにされる。
「メイズ?」
「ああ、私がテオスアーレで使っていた偽名ですよ」
「ラビ、というのは?」
「まあ、偽名ですね」
「正直な奴だな……まあ、グランデムは武勲の国。功績を上げた以上、とやかくは言うまい」
ストケシア姫が頑張って暴れている中、私はグランデム王とちょっと話して、偽名公認の許可を貰ってしまった。
正直に話してみるものである。
「メイズさん!メイズさん!」
「こら、大人しくしろ!」
そして、その間もストケシア姫は頑張って暴れていて、ついには兵士達も困り始める。
このままだとなんとなくしまりが悪いので、私の方からストケシア姫に近づいた。
私が近づいただけで姫はある程度大人しくなって、兵士達は皆、ほっとしたような表情になった。人の役に立てるのは嬉しいね。
「私、あなたにいくつか嘘をついていた」
「……え?」
まどろこしいのも面倒なので、どうしたら姫が大人しくなるかな、という事を考えながら、言葉を重ねていく。
「私は別に、ダンジョンをどうこうできるわけじゃなかった。ただ、攻略したダンジョンを利用しただけ。それから、別にあなたを外の世界に連れ出してあげようなんて思ってなかった」
ストケシア姫は、数度目を瞬いた。
もうひと押しかな。
「それから、あなたの近衛兵達は全員死んだ。私が殺したから」
茫然としているストケシア姫は放っておいて、私はもう1つの荷物……グランデム王への手土産の鞄を開けた。
そして、中から首を取り出す。5つほど。
「……これは」
「テオスアーレきっての強者であると評判であった者達の首です。右から、ロイト・アルデリン。サイラン・イヴァンズ。アークダル・ウィーニア。スファー・レンディ。ルジュワン・パルピリエ。……ストケシア姫の近衛兵達でしたね」
この5人の強さはグランデムにも知れ渡っていたらしい。部屋の中に居た兵士達が皆、ざわめいた。
グランデム王もまた、目を見開いて驚愕と喜悦の入り混じった表情を浮かべていた。
この内2つはゾンビにした奴もわざわざもう一回首にし直してまで持ってきたのだ。当然、喜んでもらえなきゃ困る。
「……ラビ」
「はい」
「早速、叙勲だ。軍も1つ預けてやる。他への配慮もある故に、初めは雑兵軍しか与えられぬがな」
にやりと笑うグランデム王に、私も微笑み返した。
兵を預けてもらえるという事は、『信頼』だ。
『信頼』は、貯めて貯めて、貯まったところで一気にぶち壊すのが一番いい。
その時が楽しみだ。
「……そつき」
早速手に入った地位と自分の意志で動かしていい『人間』にわくわくしていると、か細い声が聞こえた。
そして、か細い声はやがて、絶叫へと変わっていく。
「そつき。嘘つき!嘘つき!メイズさんの嘘つき!なんで、なんでみんなを、みんなを……なんで……なんでええええええええええ!」
ストケシア姫は喉も枯れよとばかりに叫びながら、紫の美しい瞳が溶けてしまうのではないかという程に大粒の涙を流し続けた。
「嫌、嫌嫌嫌嫌嫌!こんなの嫌ああああああ!だって、だって、皆帰ったって言ってたじゃない!お話してくれたって、私、私!信じ、て、信じて、信じてたのに!信じてたのにっ!なんでこんなことするのおおおおおおお!」
……きっと、泣き疲れたら静かになると思うのだけれど、それまでは却ってうるさくなってしまったかな。
きっとこの後ストケシア姫を運んだりなんだりするであろう兵士の人達が可哀相だから、もうひと押ししていこう。
「本当だったこともあるよ」
相変わらず涙は流し続けているものの、話し掛ければストケシア姫はひとまず、叫ぶのをやめた。
「ダンジョンの事、知りたがっていたでしょう。だから、教えてあげようと思ったのは本当。……あなたがダンジョンを知りたがっていたから、城から連れ出したのも本当。もしあなたがダンジョンの事を知りたがっていなかったら、あなたを連れ出そうとはしなかったと思う」
しゃくりあげながら、ストケシア姫の目が見開かれていく。
「でも、これで分かったでしょう。ダンジョンが、どういう場所なのか」
それから、ストケシア姫はすっかり大人しくなってしまった。魂が抜けたような、というか。
多分、『自分がダンジョンの事なんて知りたがらなければ』という方向に思考がぐるぐるしているんじゃないかな。
これでしばらくは大人しくしていてくれると思う。このお姫様の性格的に。
それからストケシア姫は兵士達に引きずられて行き、私は他の兵士によって、城を一通り案内された。
食堂、訓練所……と色々あったし、場所の説明と一緒に武官の仕事についてもざっと説明されたけれど……結局のところ、ある程度自由な行動ができそうだった。
武官の仕事は、主に城の警備。
グランデム王の命令によっては、御前試合をしたり、要人の警護に当たったりもするらしいけれど。
……でも、少なくとも、今後、戦争が起きたりすれば、今やっている仕事なんて全部吹き飛んでしまう訳だ。となれば、あまり関係ない話ではある。
……というより、仕事が面倒くさいから、早く戦争を起こそうと思った。
そして一通り城の中を案内されて、最後に、城の端っこの方にある一室に案内されていた。
「着いたぞ。ここがお前の部屋だ」
「ありがとうございます」
ここまで案内してくれた兵士にお礼を言いながらドアを開けると、そこには地味ながらも居心地の良さそうな部屋があった。
……とは言っても、基本的には寝るだけの部屋になりそうだけれど。
でも、簡易的なキッチン(かまどだけれどね)があるのはありがたい。これでお湯を作れるから、簡易的なお風呂ぐらいはこの部屋の中でもできる。
「明日の朝、お前の武官任命と叙勲が行われる。それまではゆっくり休め」
「はい」
……まあ、つまり、私はしばらく、私の体たるダンジョンから離れて、このグランデムのお城で過ごすことになるのだ。
不便は仕方ないね。
「それから……少し待っていろ」
これからの生活に思いを馳せていたら、案内の兵士さんがそそくさといなくなり、隣の部屋へ消えていった。
そして、少ししてすぐ戻ってくる。その手には紙袋らしいものがあった。
「ストケシア・テオスアーレの護送を1人でしていたんだろう。なら、碌に食事も摂れなかったんじゃないのか。……腹が減っていたら食うといい」
突き出された紙袋を受け取ると、中にはパンがいくつか入っていた。まだ仄かに温かく、パンは割と焼きたてなんだろうと思われる。
「ありがとう、ございます」
実際、お腹は減っていた。紙袋からふわり、と漂う、焼けた小麦とバターの香りなんて嗅いでしまったら、尚更。
……尤も、道中では割としっかりご飯を食べていたのだけれども。
実際には私1人じゃなくて、装備モンスター達が見張ったりなんだりしていてくれたから。
「何か分からないことがあったら聞きに来い。隣の部屋にいる。……ウォルク・クレイゲンだ。お前は」
「失礼かとは思いますが、私の事はラビとお呼び下さい。よろしくお願いします、クレイゲンさん」
名乗ろうにも、もう偽名だと公表している名前しか無い。仕方ないからそう名乗る。
「ああ、構わない。……ここはお前のような奴も珍しくない。武勲さえ上げれば、どんな名の者であれ差別されない。……実際、俺も似たようなものだ。よろしく、ラビ」
握手して(私は片手にパンの袋を抱えている訳だけれど)、微笑めば、そんなに悪い印象でも無かったらしい。
元々、パンくれる時点で悪い印象は持たれていないのだろうけれど。
「では、また明日の朝会おう」
「はい。よろしくお願いします、クレイゲンさん」
クレイゲンさんは隣の部屋へ消えていきかけて……ふと、ばつの悪そうな顔をしながら、振り返った。
「……ここには家名の無い奴も居る。だから……その、俺のことは、ウォルク、でいい」
……成程。姓が無い人(本当に無いのか名乗らないのかは置いておくとして)が多い以上、呼び名として使うとしたら、全員、姓の方じゃなくて名の方で統一した方が何かと軋轢になりにくいのか。
ちょっと盲点だった。
「じゃあ、ウォルクさん。パン、ありがとうございました」
これから戦争を起こすまでできるだけ急ぐつもりだけれど、それでもある程度の時間はかかる。
それまでの人間関係及び『信頼』を良好に保つためにも、こういう細かい所はしっかりしておいた方が良いのかもしれない。
笑顔でクレイゲンさん改めウォルクさんに挨拶してから、部屋に戻ってドアを閉めた。
……とりあえず、早速パン食べたい。




