41話
私が剣を振って、サイランさんの鎧の一部を斬り飛ばして、ついでにその下の服も少しばかり斬り飛ばして……そして、『タイミングよく落ちた』デスネックレスのリリーがロイトさんの目を引く。
当然、リリーは今仕込んだ代物だ。サイランさんが盗んだものじゃない。
「……サイラン、それ」
しかし、豪奢なネックレスはよく目立つ。
ましてやそれが、サイランさんの鎧や服を切り裂いた直後に落ちた物であり、『邪神の宝を盗むことなかれ』なんてメッセージを読んだ後であれば、尚更。
「それ、それ……『邪神の宝』なんじゃ」
「ロイト、落ち着け、これは何かの罠だ」
「ロイトさん!逃げて!」
一瞬、ロイトさんの表情に疑心がよぎったのを見て、私はすぐ、ロイトさんの足下と私の足下でトラップを発動させる。
私は突き出した針の床を躱し、ロイトさんもロイトさんで床に現れたトラバサミを避けた。
「っ!」
立て続けに数度、ロイトさんの足下と私の足下にトラップを発動させて、避ける、避ける、避ける。
これでロイトさんとサイランさんの会話は途切れたから、サイランさんは誤解を解く暇が無いし、ロイトさんはサイランさんにだけトラップが発動せず、自分と私が攻撃されている、という状況から、ますますサイランさんへの疑いを強くしていく。
「っ、くそ、させる、か!《ファイアシュート》!」
しかし、あわよくばロイトさんをトラップで仕留めてしまいたかったのだけれど、流石と言うべきか、ロイトさんはトラップで全然死ぬ気配がない。
仕方ないので、空中ヒットを狙って天井トラップや壁トラップも発動してみるけれど、火の玉を撃って矢の軌道を変えたり、自分に火の玉を当てて自分の軌道を変えたりして、かなり無理な動き方で全部避けてくる。すごいなあ。
流石に、この強さの相手達と真っ向から勝負したくない。どうせ、ロイトさんと同じぐらい、サイランさんも強いはずだから。
……幸運なのは、トラップの発動音とロイトさん自身の声、魔法の音……そういった音によって、サイランさんの言葉がロイトさんに通じないところだ。
疑心をうっすらとでも抱いているロイトさんはサイランさんに自ら近づいて行くことがない。
サイランさんはサイランさんで、どこから出てくるか分からないトラップに近づく愚は犯したくないだろうし、魔法で助けようとしてフレンドリーファイアしかねない状況で魔法を撃てるはずもない。
つまり。
ロイトさんとサイランさんは、2人で居るのも関わらず、お互いに協力することができない。
同じ場に居るのに、分断されている。
そういう状況になったのだ。
一気に距離を詰めて、サイランさんに襲い掛かる。
「なっ」
トラップに翻弄されるロイトさんを見ていたサイランさんは、今までトラップに翻弄されていたはずの私が急に襲い掛かってきたことに反応しきれず、剣を抜いて私のホークとピジョンを受け止めたものの、たたらを踏んだ。
その隙を見逃すわけがない。
即座にサイランさんの足下を水たまりの落とし穴にする。
しかし、サイランさんは水たまりの上に氷の床を生み出したと思ったら、そこを足場にしてすぐ反撃に移ってきた。
「《アトロシティミスト》!」
剣による攻撃ではなく、水の魔法。ここで剣を選ばないあたりが、強さの秘訣なのかな。
確かに、範囲が広い魔法なら致命傷になりにくくても、全く当たらないという事はあんまり無い。至近距離なら尚更だ。
少しでも私にダメージを与える、または、そうして時間を稼ぐ、私の注意を引く、という意味では、大正解だ。
……けれど、魔法の選び方が悪かった。
恐らく、眠気とか、脱力感とか、そういうものを引き起こすのだろう霧を避ける。
人間の脚じゃ避けられなかっただろうけれど、跳ね上がる床を発動させて私の脚にすれば簡単に避けられる。
そして、霧の向こうに向かって、一斉にトラップを作動させた。
霧は私の視界を奪ったように見えたかもしれない。
けれど、私はダンジョンだ。
自分の中に居る者の存在が分からなくなるわけがない。
だから、トラップは全て正確に発動できたし、その他の対応だって問題なく行えた。
逆に、サイランさんは自身の放った霧の魔法によって、私を見失い、また、自身の周りを見通せなくなった。
つまり、天井から落ちてくるギロチンや壁から飛んでくる矢、地面から突き出す槍などを避けにくくなるということ。
……つまり、自爆した、ということ。
霧の向こうでサイランさんが負傷した。
……しかし恐ろしいのは、あくまで『負傷』どまりだ、という事。
つまり、圧倒的不利な状況でも致命傷は避けているのだ。
けれどもう関係ない。薬で回復される前に殺す。一度でも押して相手のバランスを崩させたのだ。もうあとは死の淵までノンストップで押し切れる。
《ブリーズ》で《アトロシティミスト》を吹き飛ばしながら、ホークとピジョンを振る。
負傷しながらも剣でホークとピジョンを受け止めたサイランさんの脚を、影から腕を伸ばしたムツキ君が引っ張ってバランスを崩させた。
そこにトラップを複数発動させながら突っ込んで、ボレアスが背中で翻り、そして。
「ぐっ……!?な、なん、だ、これは……っ!?」
リリーが、サイランさんの首に巻き付いた。
まさにデスネックレスの本領発揮。
リリーは今まで、床に落ちた鎧のパーツと一緒に落ちて、ただのネックレスのふりをしていた。
そして、霧が発生した時点でこっそり離脱して、私も跳ね上がる床等々でリリーの移動を助け、そして私達でサイランさんの気を引いている間にリリーはボレアスの裾を伝ってサイランさんの首に到達することができたのだった。
恐らくサイランさんは、矢や槍や剣には反応できても、咄嗟にネックレスには反応できなかったんだろう。
それが矢や槍やそんじょそこらの剣よりもずっと強くて恐ろしいネックレスだと知らずに。
あとは簡単だった。
無我夢中でリリーを外そうとするサイランさんを攻撃して、リリーを外させないようにしながら致命傷を与えていくだけ。
鎧の継ぎ目を数度刺して、サイランさんが撃ってきた魔法を魔法で相殺して。
そうして少し待てば、サイランさんは動かなくなった。念のため心臓を刺し貫いておいたし、目も潰して眼窩の奥まで潰しておいた。
……とにもかくにも、こうしてサイランさんを何とか殺すことができたのだった。
スファーさんとルジュワンさんは真っ向から戦わずに不意打ち一発で殺したからそんなに大変じゃなかったけれど、今回のサイランさんみたいに、こちらの存在を認識された後の戦闘だととっても大変。
……しかも、だ。
「メイズ……お前、一体『何』なんだ」
もっと強そうなのが1人、まだ残ってる。
「答え合わせをしましょう」
『デスネックレスが』サイランさんを殺した時点で、私が敵だと認知したのだろう。
茫然としつつも、緩やかに私への憎悪をはっきり確かなものにしつつあるロイトさんに、声を掛けた。
「邪神の罠が、どこにあったのか」
笑顔で話しかけるも、ロイトさんはどこか硬い表情のまま、私を見ているばかりだ。
「覚えていますか。『最も醜く禍々しきは歪んだ人の心也』。名文句だと思うのだけれど」
私はサイランさんの首からリリーを回収して装備し直した。
『デスネックレス』が大人しく私の首に収まった時点で、ロイトさんは相当驚いた様子だったけれど、相変わらず、動く気配は無い。
「実は、アークダル・ウィーニアさん。死んでいませんでした」
「え」
さっさと答え合わせをしてしまおう。
「邪神の罠、あれは嘘です。焼却なんてしていません。ただ、灰と溶けた金属の塊を部屋の中に投げ入れて、部屋の中を少しだけ暖めておけばいいんです。それだけであなた達は皆、勘違いした」
「ちょ、ちょっと待てよ、メイズ、それってまるで」
「それから、ルジュワンさんとスファーさん。ゾンビだったという事は本当です。2人とも仲間に不信感を抱いていたので、その隙をついて殺して、ゾンビにしてお返ししました。……でも、アークダルさんは不意打ちで殺せなかったんです」
ルジュワンさんと、スファーさんは簡単に殺せた。
2人は迷路を進めば必ず合流する道を選んでいた。
なので、お互いが連れている兵士をそれぞれ、『地』と『闇』の魔法やトラップやモンスターで殺しておいてあげた。
それだけで勝手にお互いへの不信感を増幅させて、ばったり行き会った時にトラップで2人まとめて吹き飛ばしてから宝石をばら撒いてあげれば、お互いにお互いが『宝石を盗んだ』と思い込んで、そのまま殺し合いが始まった。
スファーさんがルジュワンさんに殺されたところで、負傷したルジュワンさんをさっくり殺してしまえば、簡単に2人殺せた。
あとは、2人の死体を回収して、ゾンビとして作り直したのだ。
……でも、緑っぽいアークダルさんは、不意打ちすら見破って避けた。
初撃を外した以上、深追いするのも分が悪い。仕方がないから、アークダルさんと一緒に居た兵士をとりあえずトラップで全滅させた後、作った2人のゾンビでアークダルさんに隙を作り、そこで殺そうと思ったのだ。
が、またしても予定が狂った。
アークダルさんの居る方へ、ロイトさんとサイランさんが進んでいた。
3人に合流されたら間違いなく勝てない。
せめてもう1人は確実に削りたい……と考えた時、より、『情』が動きそうなのはロイトさんだな、と思ったのだ。
つまり、殺しやすそうなのはロイトさんだな、と。
だから、ゾンビ1体をロイトさん殺害に充て、もう1体をサイランさんの足止めに使った。
実際、ゾンビ2体はすばらしい効果を発揮したと思う。ロイトさんを殺せなかったのは残念だったけれど。
「でも、結局はそこもうまくいきました。あなた達のおかげです」
「……まさか」
「アークダルさんはとても仲間思いな方だったんですね。あなた達の声と剣の音が聞こえた途端、注意力散漫になりました。魔法で動きを封じられてしまうぐらいに」
けれど結局は、アークダルさんが仲間に気をとられた隙に《ラスターケージ》で閉じ込めて、無力化することができてしまった。あとは、喉を毒で潰して、念のためムツキ君に見張りをお願いしてからトラバサミで足を挟んで放っておいただけ。
……実際は、アークダルさんの無力化はロイトさんとサイランさんの『助力』だけで成し得たものじゃない。
一緒に居た30人の兵士達を負傷させて、アークダルさんが気をとられた時に丁度、ロイトさんとサイランさんの声と剣の音が聞こえて二重に隙が生じた、というだけだ。そして、その一瞬の隙だけでも十分に《ラスターケージ》を発動できる程、私が俊敏だったというだけのこと。
……けれど、驚きを通り越して顔面蒼白のロイトさんにそれを教えてあげなくてもいいだろう。
ロイトさんは血の気の失せた顔で、目を見開いている。
私の言葉の続きを待つように、或いは、待つ時間が永遠に続いて、私がその先を言わないことを祈るように。
でも言う。
「そしてやはり、最期までアークダルさんは仲間思いな方でした。仲間に殺されるその瞬間にも、文句ひとつ言わなかったのですから」
ロイトさんはいよいよ、わなわなと震え出した。
「じゃあ……アークダル、は」
「死なずに済んだのかもしれませんね。私は殺す気だったからどこかでは殺したと思うけれど、少なくともあなた達が手ずから殺す必要はありませんでした。私としては助かりましたが」
「俺が、殺したのか」
「はい」
シンプルに肯定すれば、ロイトさんにとってそれが全てになる。
『仲間を殺した』。
ロイトさんにとってはそれが全て。悔しさと怒りと恐怖と罪悪感とでぐちゃぐちゃになって、もう抜け出せない。
「邪神の罠なんて、どこにも無かったんです。あるとすれば、あなた達の心こそが、邪神の罠だったんです」
最後にそう言えば、ロイトさんは絶望を吐き出すように絶叫した。
「……るさねえ」
一頻り絶叫した後、ロイトさんはぼそり、と呟いた。
「るさねえ。ゆるさねえ。許さねえ……ぜってえ許さねえッ!」
そして呟きは叫び、雄叫びとなって空気を震わせる。
「何の目的で殺した!何の目的で、お前はこんなことをしてるんだよ!答えろ、メイズ!」
びりびりする空気は、声によるものだけじゃない。
もっと、プレッシャーとか、そういう何かが空気を満たして、肌を刺すような感覚を供しているのだろう。
「私はあなた達の中に居た邪神を目覚めさせるお手伝いをしただけです。スファーさんもアークダルさんも、あなた達が手ずから殺していたでしょう」
でも、私はロイトさんを煽る。
「あなたが許さないのは、誰ですか?死んだ仲間達?それとも、ロイトさん自身ですか?……あなた自身を許さないのだとすれば何故、ロイトさんは……アークダルさんを殺してしまったのですか?」
できるだけ笑顔で言えば、ロイトさんは目を見開いたかと思うと……その体に、轟、と、炎が燃えた。
「殺す、殺してやる、殺す殺す殺す殺す殺すッ!絶対にお前だけはぶッ殺す!」
そして、炎を纏ったロイトさんは、一直線に私に襲い掛かってきた。
重い一撃だった。
ロイトさんの剣を受け止めたホークとピジョンが声にならない悲鳴を上げる。
ごめんね、でも、少しだけ耐えてほしい。
「ぶっ殺すッ!お前だけは、お前だけはァアッ!」
剣の次は魔法が飛んできた。
火の玉が勢いよく飛んできたと思ったら、火柱が上がる。
私もトラップは魔法で対処するけれど、間に合わずに少し、火を浴びてしまう。
肌が焼ける感覚に耐えながら、避けて、防いで、防戦一方のまま、無我夢中で戦う。
……流石にロイトさんは強かった。
予想はしていたけれど、完全な状態で、不意打ちでもなんでもなく、真っ向からやりあって勝てる相手じゃない。
一撃一撃の重さが違う。ホークやピジョン、そしてガイ君の力を借りてなんとか戦っている私の剣技とは比べ物にならない威力。
魔法の威力も相当なものだし、そもそも、怒りに任せて消耗を考えずに使われる魔法が脅威じゃないわけがない。
ここにきて初めて、対人戦で苦戦する印象を受けた。
今まではこんな風に真っ向からやり合うなんて馬鹿な事はしなかったし、それで勝てていたから。
……でも、今回は、こうしないと勝てない。いや、勝てるかもしれないけれど、こうするのが一番確実に勝てそうだから。
だから、耐える。
ロイトさんの剣が頬を掠って血を滲ませて、炎が肌を焼いて、剣を受け止めて腕の骨が悲鳴を上げても、耐える。
「ロイトさん、八つ当たりはやめてください。あなたの仲間が死んだのは、半分ぐらいはあなたのせいなのですから」
そして、必死に戦いながら、必死に煽る。
煽って、ロイトさんの怒りに薪をくべて油を注ぐ。
「うるせえええええええ!」
そして、絶叫するロイトさんの剣が私に迫り、私は弾き飛ばされた。
床に転がった私に火の玉が数個襲い掛かり、そして。
「死ねえええええええええええええええ!」
上から、ロイトさんの剣が迫る。
私の鎧の脇腹をロイトさんの剣が切り裂き、剣先が床を突き刺す。剣が私の脇腹を床に縫いとめると、そこから血が溢れて血だまりを作っていく。
私はどこか遠い痛みを感じながら、でも、勝利を確信していた。
ロイトさんは、私を見ていない。
「サイラン」
最後の最後でロイトさんの剣の先をぶれさせたのは、やってくる『仲間』の姿。
サイランさんの姿は、私に向かって剣を振りかぶるようにして、迫ってきた。
そして。
「っ!?」
ロイトさんは多分、猛スピードでサイランさんが迫ってきた一瞬で、その姿を正しく確認したのだろう。
光の無い目。
なのに、動く体。
そして、サイランさんが振りかぶった剣が、ロイトさんに迫る様子も。
……ロイトさんがその一瞬で正しく判断できなかったのは、怒りに我を忘れていたから。さらには、私を仕留めたと思って油断していたから。そして何より……迫る相手が、信じなかった事で死なせた仲間の姿をしていたから。
全てはこの一瞬のため。
私はこの一瞬の隙を得るために、ロイトさんを煽り、ロイトさんの攻撃に耐えていたのだ。
……そう。
正しい判断を咄嗟にできる冷静さを欠きさえしなければ、きっと、ロイトさんは死なずに済んだのだろう。
ロイトさんの首が斬り飛ばされて、床に転がった。
その横で、サイランさんの鎧に合成したガイ君が、誇らしげな様子で剣を納めたのだった。
「お疲れ様ー!いえーい!」
サイランさんの死体を外して、今度こそ鎧だけになったガイ君と、今回の作戦で小道具係としてもがんばってくれたリリー、そして、私と一緒に戦ってくれたホークとピジョン、クロウとボレアスとムツキ。
それぞれとそれぞれの形でハイタッチすると、それぞれはそれぞれの形で喜びを表現してくれた。
「みんな、お疲れ様。お手入れして、ゆっくり休もうね」
今回は本当に皆、よく頑張ってくれた。
薬で治したとはいえ、脇腹に一度大怪我もしたわけだし、今日はもうゆっくり休もうかな。
……でも、今回の収穫だけさっさと確認してしまおう。
じゃないと気になって眠れないから。




