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29話

 食事が終わったら、会計の時にあえて銀貨を出した。

 内心ドキドキしながら銀貨1枚を出したら、銅貨が3枚返ってきた。

 ということは、恐らく銅貨→銀貨→金貨は10枚で繰り上がりなんだと思う。

 よし、この世界のお金の話がやっと少し分かってきた。


 食堂を出て、そのまま村を散策した。

 本来の目的であった、物価調査のためである。


 ……とはいっても、この村では装飾品はほとんど売っていないらしかった。最初の露店と、雑貨屋の片隅に少しある程度。

 そして、たとえ売っていても、宝石なんて付いていないか、或いは付いていても小指の爪の半分ぐらいのサイズの宝石しか無い。

 ……デスネックレスも最初の頃は、このぐらいのサイズの宝石しか付いてなかったんだよね。今は結構大きな宝石が付いているけれど。

 念のため、『もう少し大きな石はないか』とお店で尋ねてみたんだけれど、『これ以上の高級品が欲しかったらエピテミアやテオスアーレの都へ行ってくれ』と返ってきた。

 まあ、ここ、村だもんね。あんまり高価なものは売れないのかもしれない。


 ということで、一番知りたいものの物価はよく分からず。

 ただ、店にある中で一番大きな石が小指の爪半分サイズで、その宝石が付いた髪飾りが銀貨7枚分だったから……親指の爪サイズ以上の宝石は、それ以上の値段で売れる、ということになると思う。

 とりあえず、確定している物の値段は、食事一食銅貨7枚、宝石付きの髪飾り銅貨70枚、魔石とガラスの髪飾り銅貨20枚、そこそこのナイフ銅貨30枚、というところ。うん。




 宿に一泊していくことも考えたのだけれど、やっぱりダンジョンに戻ることにした。

 何故かと言うと、食堂で話しかけてきたあの冒険者達が、『ちょっとこの村近くのダンジョンって奴を拝んでやろうぜ』なんて言っていたからである。

 多分、大丈夫だとは思うんだけれど、ね。




 件の冒険者5人が村の外へ向かったのを確認してから、十分に距離を置いて後を追いかけた。

 しばらく追いかけている内に、ダンジョンとしての私の感覚が侵入者を捉える。

 けれどその時、私の体は侵入者よりもダンジョンから離れた位置に居る訳だ。今更だけれど、変な感覚。

 そのまま侵入者を観察し続け、侵入者達がダンジョンの中に入ったのを確認してから、ダンジョンの範囲ギリギリ外にまで近づく。

 ……明日にでも、『王の迷宮』というらしい商売敵を視察に行きたいのだ。

 その時は当然、日帰りできない。

 だから、今の内からダンジョンの遠隔操作には慣れておきたい。

 今日はその練習だと思って、ギリギリまで粘ってみよう。


 今回の侵入者5人はテオスアーレの都のダンジョンである『王の迷宮』とやらの地下30階まで進んだ人達らしいし、トラップの遠隔操作と留守番モンスター達だけで対処できるか、少しだけ不安ではある。

 ……なので、B2Fまでは外から様子を見て、侵入者達がB3Fに入ったら、私もすぐ後を追いかけていこうと思う。

 そうすればB4Fまでには十分追いつくし、そこでリビングドール達と挟み撃ちにできるし。


 さあ、練習の始まりだ。




 +++++++++



『王の迷宮』で手に入れた素材をエピテミアに持ち帰り、馴染みの鍛冶屋に新しい武器を作ってもらった。

 早速、新しい武器の性能を試したい俺達は、武器を手に入れてすぐ、都へ戻る事にしたのだった。

 ……だが、都へ戻る途中に立ち寄ったテロシャ村で、面白い話を聞いた。

 それは、『テオスアーレ第1警邏団が全滅した』という、恐るべきダンジョンの話だ。


『王の迷宮』は冒険者のためのダンジョンだ。

 放っておけば溢れて人に危害を加える魔物も、俺達にとっては金稼ぎの材料でしかない。

 そして、地下深くへ潜れば潜る程、貴重なお宝が手に入る。

 ……だが、ダンジョンはそういうダンジョンばかりじゃない。

 まだ名前も付けられていないらしい、テロシャ村近くのダンジョンは、入った者を容赦なく殺すらしい。

 そして、テオスアーレ第1警邏団が全滅した。

 この話はまだ、そんなに広まっちゃいないが、広まるのも時間の問題だろうな。

 ……そして、そうなりゃ、腕自慢の冒険者たちが押し寄せてくるに決まってる。




「悪人をひっ捕らえたり、市民を守ったりするのは警邏団の仕事だ。だけどやっぱり、ダンジョンは冒険者の仕事だよなあ」

 ダンジョンまでの道程、エヴァンが楽し気に言うと、全員が同意した。

「そこんとこをお上は分かってねえな。なんで『王の迷宮』を冒険者に明け渡してんのかを考えりゃ、噂のダンジョンに警邏団をぶち込んで殺すなんてこたあしなくて済んだだろうに」

 ダンジョンでの戦いは、ダンジョン外での戦いと大きく異なる。

 狭い通路での戦い。

 どこからともなく湧き出てくる魔物。

 そして、時々トラップにも気をつけなきゃいけないしな。

 少なくとも、ダンジョン外で『数の暴力』で戦うような奴らの手に負える代物じゃねえんだよな、ダンジョンってのは。

「だが、それだけにしちゃおかしくないか?」

「何がだよ?」

 ハラルドが意味深な事を言うので、全員で耳を傾ける。

 するど、ハラルドはにやり、と笑って続けた。

「お上だって、ダンジョン攻略には手練れの冒険者を突っ込むのが最善だなんて、分かりきってるだろう。だが、そうしなかった。……つまり、お上は、『冒険者から隠したい宝物』をこっそり独り占めしようとしたんじゃないか?……って思っただけさ」

 ハラルドの言葉に、全員が、おお、と歓喜の声を漏らす。

「つまり、つまり、この先のダンジョンには?」

「……それはそれは立派なお宝が眠ってるに違いねえな」

 フリックとガブリアスが楽し気に笑い出せば、全員つられて顔が緩む。


 そうして進むうちに、ダンジョンが見えてきた。

 白い祭壇に下り階段。

 中々洒落たダンジョンだな。

「……都のダンジョンの最深部を目指す、なんて言ってる奴に、『テロシャ村近くのダンジョンを攻略したぞ』って言ってやりてえなあ」

「ああ、デリード、お前、あの食堂で会った女、まだ諦めてないのか。やめとけやめとけ。ありゃどう見ても貴族のお嬢さんだろ」

「うるせえな。冒険者名乗ったなら、貴族でも奴隷でも冒険者だろ」

 揶揄うようなハラルドの台詞に返せば、ハラルドも、そうだな、と笑う。

 ……テロシャ村で見つけた面白いものは、もう1つあった。

 食堂で会った、貴族のお忍びか何かだろうと思われる、女の冒険者。

 剣を2振携える恰好は様になってたが、どうしても育ちの良さが滲んでたな。

 だが、「そうですね。折角だし、目指してみようかな。最深部。なんだか、楽しそう」なんて、世間知らずもいいところの台詞を吐いた割に、目は爛々と輝いていて……妙に、そそられた。

 奇妙な魅力があった、っつうか、なんというか……とにかく、俺達はこのダンジョンを覗いたら、また都へ戻って『王の迷宮』に潜る。

 その時、またあの女と会えたらいいな、と、思うのだった。




 ダンジョンに入ってすぐ、とんでもない大きさの宝石が見えた。

 見えただけだ。触れられもしねえ。

 透明な床の向こうに飾ってあるだけだ。中々いい趣味してやがる。

 だが……成程、テオスアーレ第1警邏団を派遣してでも手に入れたかったのはこれか。

 分かりやすくて結構だが、あれを手に入れるには少々苦労しなきゃいけない、って事だろうな。


 先に進んだら、分岐点があった。

 2つの閉ざされた扉と、その横にあるボタン。

 どう見ても、アレだな。

「2つのボタンを押したら扉が開くんだろうな。でも、分断されると思う。あらかじめ分かれておいたほうがいいよな。でも、他に罠は無さそうだ」

 フリックの言う通り、ここは素直に2手に分かれておく。

 俺とフリックが左、ガブリアスとエヴァンとハラルドが右、だ。

「じゃ、押すぞ。いっせーの、せ」

 合図しながら左右同時にボタンを押せば、案の定、目の前の扉は開いたが、俺達は2手に分断された。

「……進むか」

 ここで引き返す、なんてのはナシだ。

 当然、俺達は先に進んだ。




「下り坂か?」

「みたいだなあ。……あ、そこ、ちょっと待って。一回戻ってくれよ。上から何か落ちてきそうだ」

 フリックが何かに気付いたらしく、一度引き返して坂道の上で待つ。

 すると、鉄球が上から落ちてきて、転がっていった。

「……あぶねえな」

「な?」

 フリックが自慢げなのが少々うっとおしいが、まあ、ここは素直にお手柄だと認めてやるべきだろう。

「よし、じゃあ進むか」

「よっしゃ」

 罠を回避したところで、改めて俺達は先へ進み始めた。

 ……が。

 ごとり、と、背後で重い音が響き……そして。

「おい!フリック!まだあるじゃねえか!」

「いやいやいや、流石に2段構えなのは想定外だったって!」

「うっかりしやがってこのアホ!」

「んだよ、デリード1人じゃトラップ見つけられないくせに!」

 俺達は結局、2つ目の鉄球に追いかけられて坂道を駆け下りる羽目になったのだった。


 そして、それだけじゃ、終わらなかった。

「よし、出口だ!」

 鉄球に追いかけられた先の部屋に逃げ込んで、さっさと鉄球の進路から逃げようとした矢先。

「ぐあっ!」

 足首を、何かに掴まれた。

「デリード!?おい、何やって、っわ!」

 足首を確認するより先に、剣で足首近くを薙げば、足首は解放された。

 だが、フリックはそうもいかなかった。

 逃げた先にトラップがあったらしく、足首をがっちりトラバサミで挟まれてやがったのだ。

「フリック!斬るぞ!」

 仕方ねえ。俺はフリックの脚を斬って、済んでのところでフリックと一緒に鉄球の進路から離脱した。


 鉄球が壁に激突して止まると同時に、俺は薬を出してフリックに使った。

 この『最高級薬』は、以前、ダンジョンの中で手に入れたものだ。

 名前の通り、高価な代物だが、フリックの命には代えられねえ。

「おい、しっかりしろ!」

 薬を使えば、フリックの脚は元に戻った。流石の『最高級薬』だな。

「う……あ、ありがとう、デリー……危ない!」

 起こしたフリックに引き倒されたかと思ったら、俺達の頭の上を矢が飛んで行った。

「くそ、この部屋はトラップハウスかよ!」

 矢を避けたと思ったら、次は跳ね上がる床だ。

 なんとか転がって回避したが、その先にギロチンが落ちてきて腕をやられた。

「逃げよう!駄目だ、ここに居たらやられる!」

「くそ、そうだな!」

 切断された腕を抱えて、出口に向かって走る。

 とりあえず、安全地帯に移ってから薬を使って、腕を治せばいい。

 ……そう、思ったのだ。

「うわっ、ととと」

 だが、そうはいかなかった。

 進路をふさぐように床から突き出した槍の前でなんとか踏みとどまったが、同時に襲ってきた矢とギロチン、そして跳ね上がる床とを回避することができなかったのだ。

 矢を腹で受けてしまった俺の横で、フリックがギロチンに真っ二つにされた。

 その光景に目がいったその瞬間、脚に激痛が走った。

 くそ、またトラバサミだ!

 だが、利き腕を切断されている今、脚を切断して回避することもできやしない。

 そして、俺の目の前には、どこから現れたのか、巨大な丸鋸が迫っていたのだった。



 +++++++++




 ……て、手間取った。

 最後の方はすっかり慣れてうまくいったけれど、最初の方、特に鉄球の組の方は、かなり手間取った。

 やっぱり、ダンジョンから離れてトラップを動かす時は感覚が違う。


 迷路の方の組は、トラップで殺さず、あえてリビングドールとB2Fでぶつけてみた。

 私がトラップで援護しきる自信はあったし、リビングドールだって、むざむざとやられないだろうと思えた。

 その目論見は見事当たり、リビングドールやホロウシャドウ、ソウルナイフ、ファントムマントによる魔法や物理的な攻撃、そしてトラップの作動によって、かなりスムーズに冒険者3人を殺すことができたのだった。

 うん。やっぱり一回練習しておいてよかった。




「お疲れ様ー。いえーい」

 ダンジョンに帰って、留守番していてくれたモンスター達とハイタッチ。

 心なしか、モンスター達も自慢げであった。


 今日は、人間の暮らしを少し観察してこられたし、物価も少し分かったし、商売敵の情報も得られた。

 それに、臨時収入にもなったし、練習にもなったし、モンスター達の自信にもなったらしい。

 ……うん、今日はとてもいい日だった。

 そして、明日からはもっといい日になるだろう。


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[一言] 影牢や!
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