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第七十一話 肉塊の魔物

side ソフィア


白の国の王、ベジャンは風の国の新聞でもよく目にする単語である。

『暗愚王』『侵略者』『闇に堕ちし王』―――そのどれもが否定というより罵倒に近いと思うが、風の国はこの王率いる白の国に何度も侵略戦争により国土の一部を奪われ、国を疲弊させられたのだから罵倒したくて仕方ないのだろう。…最後の蔑称、格好いいのだが。


「エンディミオン、久しいな。どうだね戦争ごっこの感想は?無価値な正義を振りかざし、ソフィア・リーシェライトを殺された憎しみでこの我に刃向かうその様はとても滑稽であるぞ」

「黙れ!ソフィアはこの通り無事だった!だがソフィアを指名手配し追い詰め、暗殺しようとした憎しみは忘れていないぞ!」

ベジャンに立ち塞がる様に私の前に出るエンディミオンに、現在背後霊と化している娘は『エンディミオン様…』と感動しているところ悪いのだが、もしこのままあのラスボスが来ていたら、これは善いとばかりにその脳天に散弾叩き込んで挽き肉にしてやる予定だったのに…。


「ふん…本来であればこの風の国を我が手中に収め、貴様に絶望と苦しみを与えながらソフィア・リーシェライトを回収する予定であったが、気が変わった」

―――ダーン!


「……ソフィア…?」

まさか、リオンとアリシアを狙う気では!?と思いやられる前にやってしまえ!…と思い、思わず進行方向を変えたベジャンに向けて発砲してしまった。

ヤベっ…ま、まぁ一発だけなら誤射だよ誤射。



……が、流石ラスボス。黒い影が立ち上ると一瞬にして弾丸を飲み込み消えてしまった。

「ほぅ、それが銃とやらか…。確かに有象無象相手にはなかなか心強い武器ではあるが、こんなものか」


―――!?こいつ銃を知っているのか!?それどころか俺の現在最強武器を〝こんなもの〝扱いしやがった…。内心はビビっているが、はったりをかましたのだと思いたいが、先程の影の早すぎる出現速度も覆う範囲がベジャンの周囲…少なくとも180度であることからも、はったりではないだろう…。しかもベジャン自身は弾丸に反応できていない様だったが、余裕を持って防げたということは自動防衛機能付きか?


まるで某宇宙の帝王に『遊んでやるからそう慌てるなよ』と言われて絶望にふち震える様な気分である。


…まぁ自動防衛ということは絶対弱点がありそうだし、時間制御魔法を使えば最悪引き分けには持って来れそうだから内心そんなに震えている訳ではないが、野菜王子ごっこに興じて震えているフリをしていて唯一反応してくれたのはエンディミオンだけで、リオンとアリシアはジト目で見るだけだった。

ふぇ…息子と娘と背後霊の視線が冷たいよぉ…。


「…べ……べい…か……」

ベジャンは挽き肉にされた頭部を回復させつつあるローブ男を大して興味も無さそうに見下ろして通り過ぎ、今度はその奥の木箱の破片の上に転がる…ローズの下に向かうと、その壊れたマリオネットの様に崩れた体に何か黒い塊を落とし、ニヤリとこちらを一瞥した。


「このベジャンの配下ともあろうものが揃いも揃って何と情けない。しかし喜ぶがいい、貴様には我が盟友の残したコレの糧と成れるのだから…」

…少なくともベジャンの語るコレとはローズのことでは無いだろう。



「……ごぁ…っ!?…がぐぁうぶぅぅぅ―――!」

何せ、そのローズがブクブク膨れ上がり、まるで肉をつなぎ合わせたかの様な人間でも魔物でも無いナニカとなったのだから…。恐らくローズをこうしたあの黒い塊とやらが〝コレ〝なのだろう。


「なっ…何だアレは…っ!?」

「き、気持ち悪い…」

先程の魔物化も精神的にくるものがあったが今度はその比ではない。何せ変質後が醜いとはいえまだ形のある魔物と違って、コレはただ肉の塊としか表現できない。

人間とはある程度知識のある危険に関してより、一切の知識の無い理解の範疇を超えた不気味なものの方に恐怖を感じると聞く。この恐怖心はまさしくソレであった。



ローズだった肉の塊は小さい手足を奇妙な方向に曲げて4足で立ち上がると、器用に前脚と後ろ脚を動かしてベタベタと音を立てながら四足歩行をし出した。その動きは例えるなら…某新世紀ロボット?人造人間?アニメの終盤のリミッター解除後の動きのようだ。


肉の塊は、ローブ男の下まで行くと、「グヒィ…グヒィ…」と凡そ人間とは思えない呻き声を上げると、顔に当たる部分をローブ男に近づけ…

「…な…何をする…!?貴様…---っあ゛あ゛あ゛ぁぁぁギャァアアアア!?」

肉の塊はローブの男を捕食し出した。裏返った声の断末魔は生きながら肉体を喰われる痛みを如実に私達へ伝搬させ、肉の引きちぎれる音と血の吹き出す音に恐怖を覚える。


…何もここまであのアニメをご丁寧に再現して欲しくなかった。……うげぇ…。



「くく…どうだ素晴らしいとは思わないかね?仲間の血肉を取り込み、敵の血肉も貪り無限に増殖するこの姿…まさに芸術的であろう?」

「こんなおぞましいものの何処が芸術なのよ!?」

メイドの言葉に全面同意である。芸術は爆発だ、と誰かは言ったがコレは爆発というより草も生えない空襲だ。いやいっそ核爆弾だ。しかも肉の塊は今度は黒の霧で変質した魔物ににじり寄り、一瞬にしてオークやゴブリンに食らいつくとその体を溶かすように捕食し瞬く間にその体を肥大させていく。そのあまりにもおぞましい光景に足が竦み、手が震えて先程の様な、この隙に―――という攻撃…いや思考すらまともに出来ない。


「さぁ、コイツは近くにある生物を見境なしに喰らい増えていくぞ?貴様がどの様に無様に喰われるのか…いや、愛しているだの何だのと言ったその女や倅を見殺しにして逃げ出すのをここから観察させてもらおう。丁度、餌も来たようだしな…」



「よし!何とかエンディミオン殿に追いついたぞ……て何だありゃ!?」

「ひっ!…化け物…」

「ば…化け物が…魔物を…喰ってる…?」

ベジャンが首を向けた先には武装した中年男に若い娘、細身の若者等の平民の軍勢がやってきて、肥大化し不気味な蠢く肉の塊と化したローズを見て皆、その足を

止めた。



「さぁ!ローズよ!魔物より遥かに旨い肉がそちらにあるぞ!存分に、この忌々しい国ごと喰らい尽くしてしまえ!」

「ウゴォォォォォォ―――――!」



「全員逃げろぉぉぉぉぉ―――!!!」


ベジャンの号令に従うかの様に、肉の塊はこちらへ這い寄って来る。それを見据えてショットガンの弾奏を折り空薬莢を排出、今度は先程べジャンに使用したものとは違うとっておきを装填。


「上等だかかってこいこの肉達磨ぁぁぁ!!加速(アクセル)弾丸(ショット)――――!!」


魔力を込めておいた弾丸が銃口から火を噴き、ドシドシと向かってくる魔物へ一直線に放射される鉛球は、肉の塊の数メートル前で激しい閃光を放ち、私達のいる大通りより前方の全てが火炎放射によって焼き尽くされたような焼き野原と化した。


弾丸の拡散と同時に弾丸内の時間制御魔法の魔力が刺激されて加速された拡散弾が、その増幅された運動エネルギーによってただの散弾を、周囲の物質まで破裂させて射撃対象へ飛散し手榴弾のような破壊力に変える現時点での私の最終兵器。それは私の予想通り肉塊のその身を貫き、引き千切り、バラバラに分解した。


―――しかし、その塊のスピードは変わらずこちらへ向かってきて、気がついた時には…もう目の前―――。



「ソフィアぁぁぁぁぁ!!!」


気がつけば私はエンディミオンに抱えられて、リオンとアリシアもメイドさんに襟足を無理矢理掴み上げられると、練魔術で強化した脚力で屋根の上へ跳躍し、高速道路のトラックの様な速度で私達へ向かってきたローズから逃れた。




…が、

「ギャァァァァァ!!!」

「こっちへ来るなぁぁ!魔物がぁぁぁ!」

「いやぁ!死にたくない!死にたくないぃ!」

それは後ろの地獄絵図を生み出すに至ってしまった。後ろからやってきた群集の前列の何人かは既に喰われたのか肉体の一部が欠損している。


「―――っクソ!ソフィア!子供達を連れて今のうちに逃げるんだ!!」

「待ちなさい!エンディミオン!!」


それを見たエンディミオンは悲壮な顔で再び地上に降り、氷の矢を出現させながら肉の塊へ向かう。その後にメイドも体に魔力を纏わせてエンディミオンへ続く。


「いやだぁぁ!娼館のアリッサも抱いてねぇのにまだ死にたくねぇ!!」

「助けてぇ!エンディミオン様ぁぁ!エンディミオン様ぁぁぁ!!」


悲鳴を上げる者、泣き叫ぶもの、助けをこう者、それらを踏みつぶすように捕食する肉の塊へ、エンディミオンは宙に出現させた氷の矢を一斉に掃射させ、矢は確かに肉の塊へ突き刺さる……しかし、それは血液の一滴を流させることもなく、肉へ溶け込む様に無残に消えていった。



「…そ…んな…魔法すら…効かないだと…?」


驚愕するエンディミオンだったが驚きたいのは私もである。先程のとっておきの散弾銃ですら碌に動きを止めることは出来ず、更には氷の矢もあの肉に突き刺さりはしたものの血すら出ないということは要するにあの肉の塊に少なくとも刺突、斬撃といった物理攻撃は効かないということだ。そのことと、先程自分があのままいたらあの気持ちの悪い物体に食われていたことに、今更になって恐怖を覚える。



「ふふふハハハハ!!どうしたエンディミオン、自慢の氷魔法が効かなくて戦意喪失か?おいおいこんな程度で満足するなよ。もっと楽しんでいってくれよ」

「氷よ、我が敵を穿て!アイスシャンベリン!!…逃げろ!兎に角逃げるんだ!!」

魔法の詠唱を唱え、氷の矢で肉の塊を針鼠の様にしながらも必死で群集に逃げるように叫ぶエンディミオン。






それに対し、私は…

「……リオン、アリシア……今のうちに逃げるわよ…」

「お母さん!?」

「…母さん……」

…あれは…あれには勝つことは出来ない。なにせ私のとっておきのショットガンが碌に効かなかったのだ……。それどころか生理的嫌悪感が胃を刺激してあの肉の塊へ足を踏み出すことすら出来ない…。竦んでしまう……。ここは子供達の安全を第一に、逃げ出すべきだ。奴が…エンディミオンが何とかしている間に私達はこの場から一刻も早く立ち去るべき…。




「―――お母さん!お父さんを…街の皆を見捨てるの!?」


見捨てる?それは違う。どうせイケメン高スペックのエンディミオンなら何だかんだで倒しそうだし、そもそもあの肉の塊を作り出したベジャンと確執があるのはエンディミオンだ。私は関係ない…。

それに街の連中だって、浅木 祐二であった頃の周囲から否定されてきた記憶をより生で思い出してしまったことから、どうなろうが知らないと思ってしまう。


「…ねぇ、お母さん…。私ね、何でか知らないけど私とお兄ちゃんがまだお腹の中にいた時のお母さんやお父さんのことが分かったんだ…。お父さんね…お母さんが襲われて居なくなった日からね、毎日泣きそうな顔で必死にお母さんを探していたんだよ…」


それは自分の要らない子供を身ごもった(ソフィア)を抹殺しようとしたのだろう。…必死にもなるさ。


「…お母さんがお父さんに裏切られたと思っているのは分かっている……でもね、ここでお父さんを見捨てるのはあんまりだよぉ…」

アリシアの泣きそうな声に、呼びかけに、私は何故か答えられない。



「一度…あと一度でいいから…お父さんを助けてよぉ!!」



不意に、背後霊が俺の前に立ちふさがった。

『…ねぇ、アサギさん。あの方はね…いっつもこうなの。幼少期からぶっきらぼうだけれど、家族の為に、領民の為に……そして私の為に……常に必死で、他のやり方もあるのに正々堂々と正面から立ち向かう、不器用な人…』


背後霊は無駄と分かっていても肉の塊の動きを鈍らせ、群集を少しでも逃がそうと攻撃を続けるエンディミオンに微笑みかけながら私に語りかける。




『…今度は私から言います。あまり私の夫を馬鹿にしないでください!確かに私はあの人に裏切られたと思ってました。でも、あの人の声が、温もりが、優しさが、教えてくれた!あの人は、エンディミオン様はまだ私を愛して下さっていた!あの方は…私を弄んで捨てるような人じゃない!!』


「今の母さんは母さんらしくないよ……」

今度はリオンが私の手を握った。


「母さんはさ、いつもどんな絶望的な状況もひっくり返して来たよね?…僕達の身を案じてくれるのは…嬉しいけど、僕はまた母さんの破天荒な姿を見たい!一緒に闘いたい!だって、母さんこそが、僕達の英雄(ヒーロー)だから!」







「……はぁ…全く…何時もはもっとおしとやかに、とか言っているから人が折角久々に安全策に走ろうとしたのに…」


屋根上から広がる、肉塊に攻撃するエンディミオン、人肉に食らいつく肉塊、喰われる街の人々を眼前に収める。…確かに、生前は誰からも否定されて、陥れられてきた。

クラスメートに馬鹿にされ、先輩には罵倒され、糞女に足蹴にされ、後輩には拒絶された。


…でも…

『ソフィアちゃん!今日は良い魚が入ったよ!』

『お姉ちゃん手伝ってくれてありがとう!』

『ソフィアさん、これはこうやるんですよ。…あら、もう仕方のない人ですね…』

…この世界では、少なくとも否定ばかりでは無かった。前世では考えられないくらいに優しい人達がたくさんいた。


だから…この世界では人の優しさを信じてもいいのではないか?もし、この街の住人を見捨ててしまったら…それは生前のあの糞世界と同じことを自らがしていることになる。



…だから……だけれど、

『気持ち悪い…』

『よく生きていられるな』

『この人生の敗北者』



…今は、まだこの答えは出ないから、リオンのくれた戦う理由に縋ろう。



「―――行くぞ!リオン、アリシア!あの醜い豚の様な肉塊に、あの高みの見物をしている糞ムカつくイケメン、ベジャンに!思い知らせてやるのだ!!我々リーシェライトこそが世界最強であることを!」


…でもよく考えたら私が銀髪美少女だったから優しくしてくれたのかも…。ぱっとしない男だったら誰も見向きもしないしね。結局顔が全てだよねぇ~。

…やる気が少し下がった。

投稿が遅れてすみません。

読み直していたら時間が掛かってしまいました。


次話も出来てますが…調整がががが…。

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