第六十九話 悪の倒し方
side エンディミオン
「おい！何を止まっておる！早く奴らを仕留めんか！」
リオンが放った炎の魔道具を受け動きの止まった魔物に対して怒声を上げるローブの男。奴にとっては最大の武器であり人質たる魔物が使えなくなっては死活問題なのだろう、怒声が罵声に変わっていく。
「この忌々しい血族の末裔が！そのザマになってまでも我々の手を煩わせるというか！この屑が！さぁ！起き上がり奴らを殺―――っガハッ！」
…その罵声が隙であるというのに。
奴の気が魔物に向いている一瞬で地を蹴り距離を詰めて、その喉元に一瞬で凝結させた氷の刃を差し込み斬り飛ばす。
「………ちぃっ…！」
―――が、奴も完全にこちらへの警戒を解いたわけではなかったのか、一瞬首を逸らし刃はその肩口を切り裂くに留まり致命傷を与えるに到らなかった。
「がっ……ぐぁっ……っ！エン…ディミ…オン………貴様……」
肩の傷口を抑えこちらを睨みつけるローブの男。対してやはり魔物は動く気配がない。…今しかないと、ローブの男を排除すべく更なる追撃を加えようと、頭に響く魔力切れの痛みを強引に黙らせ、奴のいる空中に氷の剣を出現させ一斉掃射した瞬間、私の体は横から来た衝撃に吹き飛ばされた。
反転する視界の中、映ったのはよろめきながらも立ち上がり瞳に狂気の色を宿した魔物の姿。
「お父さん！」
「―――エンディミオン！！」
アリシアが悲鳴を上げ、宙に投げ出された私の体を横から抱き留めてくれたのは城で待っているように命じたはずのセリアだった。
「…セリ…ア…何故ここに…」
「手の掛かる貴方を放って城に居られるわけないでしょ。私のアリシアちゃんも貴方についていっちゃうし。それにしてもどうなっているのよ？城下町内の白の国兵は貴方が大部分は片付けた様だけど、その貴方があれくらいの魔物相手に満身創痍だなんて…」
「…あれは…あの魔物は……」
「ぐ…ぅ…くは…はは…ようやく起き上がったかグズめ……さぁ！奴らを始末しろ！ソフィア・リーシェライト！！」
完全に復活してしまったのか、瞳に狂気の光を宿した魔物は起き上がり、静かに鎌を構えた。
「……そ…んな………かあ…さん……」
「…いや…いやぁ……こんなのって……こんなのって……ないよ……」
まるで調子を確かめるように鎌を振るい、瞳の狂気の光を増大させ魔物は奇声を上げて吠える。
「キシャァァ――――!！」
そして、突き飛ばした私とセリアには目もくれず、魔物はリオンとアリシア目掛けて空を滑空するかの如く駆け出した。
「「帰ってきてよ！お母さん！！」」
「戻って来てくれ！ソフィアァァァァァァァ！！！」
どうか…どうか届いてくれ…っ！ソフィア…
「おぉ…いいぞ！今度こそ終わりだ！！エンディミオン、貴様の倅達をソフィア自身に惨殺させた後にソフィアを魔物の姿から解放してやろう。……くくく…くひゃーはは！自らの手で自分の子供を殺したと知り泣き叫び絶望するこの女の姿を想像するだけで愉しい！愉しいぞ！その後でエンディミオン、散々私を痛めつけてくれた礼だ。貴様の目の前で心が壊れ完全に私の支配下となったソフィアをこの私がソフィアを犯してやろう。その後絶望に染まった貴様を処刑――」
「ちょっと！エンディミオン様は私にくれるのでなければ契約違反よ！」
「ふん…そうだな、エンディミオンは四肢切断にして動けなくし、ソフィアはいっそ記憶を操り既に息絶えた餓鬼を人質に貴様らの後ろにいる風の国の観衆の目の前で陵辱するのも趣がある！！くひゃははははは――――っ！！？」
ローブの男が語るおぞましい未来。それを証明するかのような魔物の刃は、リオンとアリシアの1メートル手前で振り上げられ、二人の子供を切り裂くことなく、猛烈なスピードで反転し異変を察知し飛び退いたローブの男の居た場所を切り裂いた。
side ソフィア
まるで粘土で身体中を覆われたかのような鈍い感覚と、重い身体。そして少しでも気を抜くと飲み込まれそうな悪意の渦。それを私は目の前の…私の宝物を害そうとする敵への悪意と殺意によって強引に指向性を持たせて抑え込む。
『…そうだ。悪意を拒絶するんじゃなくて、悪意を全てあの暗殺者(笑)とローザに向けてやれ！』
…ローズです、アサギさん。
気を取り直して目の前の敵に対して悪意を、憎しみを、殺意を向ける。
『お前は一度出来たはずだ！べラストニアで初めてお前が目覚めたとき、リオンとアリシアが誘拐された時、確かに人へ向けて殺意が持てたはずだ！それを思い出せ！！』
そうだ、私は子供達を害する者たちへの憎しみによって自我を取り戻した。…だったら今度も…今度は！
『殺意を掴め！ソフィア・リーシェライト！』
アサギさんの声を頼りに悪意の奔流を全て目の前の敵への殺意へ変換すると、先程の身体の重さが嘘のように腕は上がり、足は立ち、首が動く。
…私はもう、この体を自由に操れる。
「…くひゃーはは！自らの手で自分の子供を殺したと知り泣き叫び絶望するこの女の姿を想像するだけで愉しい！愉しいぞ！その後でエンディミオン、散々私を痛めつけてくれた礼だ。貴様の目の前で心が壊れ完全に私の支配下となったソフィアをこの私がソフィアを犯してやろう。」
『…オイ、あの暗殺者(笑)、何かいい気になって勝手に盛り上がってるぞ……ムカつくな。調子に乗っている奴は絶望のどん底に落としてやりたくなるぜ！……ソフィア、ここは一丁興に乗ってやろうじゃないか』
おぞましい言葉を吐くローブの男を調子に乗った人と吐き捨てたアサギさんは…ローブの男の下卑た笑み以上の恐ろしい笑みで絶望の底に落とすと宣言した。
…私の顔でそんな表示されると…なんだか…複雑な気分なのですが…。
そして私は男の命令を聞くふりをして、リオン、アリシア、エンディミオン様に刃を振るう…と見せかけて、その手前で鎌を振りぬき勢いに任せて反転し悪意の奔流を全て殺意に変えてローブの男を斜めに一閃した。
『けっ…どうやら私が自分の命令に従わないなど毛ほども思わなかったのだろうな？なぁ、知っているか？悪を倒すのはな…正義でも優しさでもない。悪を倒す最も効果的なのは、自らも悪になっちまうことなんだよ』
あの絶望の世界で手に入れた私達の力。今私の身体を取り巻き、この鎌の魔物の身体の元…アサギさん曰わく"げすじゅころいどてーわんなのましん"…は人の心に作用する病気みたいなものらしい。だから人の最も強い感情である悪意に反応しやすく、またそれを使えば操ることも出来てしまう。
side エンディミオン
「…そう、もう私は…ただの小娘であることをやめた………もう私は、悪意を受けられる！」
『よって、この魔物の身体は既に俺達のモノというわけだ！ねぇ？どwんwなw気w持wち？操って絶望を与えようと思っていた奴に陥れられる気分は？』
魔物の身体から響く二つの声。その声は間違いなく愛しい、ソフィアの声。片方の…何かローブの男を煽る口調の方はともかく、もう一方の口調は、言葉は、間違いなく私の知るソフィアのもの。
その声を聞いて、驚愕と、歓喜とで涙を流す私達と…想定していた計画の前提が覆り、先程の嘲笑が嘘のように絶望に顔を歪めるローブの男とローズ。
「…エンディミオン…様。私は…私はもう悪意を受け入れました。……悪意を受け入れて、自分の欲望を晒け出した私は……きっと貴方が愛して下さったソフィア・リーシェライトとは違うと…思います……。……それでも…こんな私でも……汚れてしまった私でも……愛してくれますか？」
ソフィアの問い掛け。
それに、私は、目を閉じる。
「質問を返してすまない…が、一つだけ、答えてくれ。
…芽の年の春、リビューシュの湖で君と約束した言葉―――」
「「……ふたりで……悩める時も……辛い時も……苦しい時も……二人で乗り越えよう。二人で家族の幸せを作り上げよう。最期は老いた二人で笑いながら、死が二人を分かつとも、共にいよう。」」
重なり合った私とソフィアの声。―――あぁ、君は私に裏切られたと思っていたのにこの約束を覚えていてくれたのか。
…悩むまでもない。たとえどんな君に成ろうとも、私は―――
「どんな君になり果てようとも、私は君を愛する。君が…君だけが私の唯一愛する女だ」
もう私の目の前には鎌の魔物は黒い霞と共に消え去り、その中の愛しい人の笑みだけが映った。
