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第五十七話 暴かれた本心

注!女同士のドロドロした展開

「な…んで貴女が風の国に………」

「それはこちらの言葉よこの下女。まさか焼き殺したと思っていたのに未だ穢らわしいその灰色の髪を垂らしながらこんなところで生き長らえているなんて……しかも私とエンディミオン様との子の……可愛い可愛い私達の王子の邪魔になるこの悪魔まで生み出して…絶対許さない!」


月明かりから姿を現したローズ嬢は私の知っているその姿からまるで別人にしか見えない様な姿に変わり果てていた。

艶やかな髪は艶を失いボサボサで煤こけた雑巾のようなそれへ、鼻が高く少しつり上がった目が印象的だった顔は大凡人のものとは思えない異形の黄色い瞳と憎しみに歪みきった狂犬を連想させる醜い顔へ、常に放っていた高貴な空気は暗黒の霧と重く淀んだ空気を放つそれと変わり果てていた。口調もしゃがれた声のお嬢様言葉とは言い難いものへと変わっている。一体何があったというの?いや、エンディミオン様と一体何があったの?


「この…放せ!放せよ!っーーーー!!」

「り、リオン!やめてください!!リオンには手を出さないで!!」

ローズ嬢は右手に短剣を構えてじりじりと私を追い詰めてくる。そしてローズ嬢に捕えられたリオンは必死に触手の拘束に抵抗してローズ嬢を睨みつけ返しているけど触手によって口を塞がれ、それでも抵抗しているというのに私は情けないことに、変わり果てたローズ嬢のその姿に疑問を抱く前にあの日の、エンディミオン様から捨てられた日の記憶が蘇ってしまって心が…体が凍りついてしまう。


エンディミオン様に婚約者がいたことを初めて知った時の不安。

"さようならソフィア。やはり君では妻は務まらない"とだけ記されたエンディミオン様の手紙。

エンディミオン様から捨てられたと認識した時の絶望。

孫だ孫だと喜んでくださったアンドラダイト公爵の私とお腹の子の抹殺命令。

気がおかしくなって唯一お腹の子を思うことで繋ぎ止めた精神と父親に望まれない子供を産もうとすることへの罪悪感。

追っ手の恐怖と自分だけの命ではないという強迫観念。



「…………………ゃ…」


「貴女は本当になんなの?人の幸せを踏みにじってエンディミオン様を追い詰める様な真似をして…」

「……母さん?母さん!どうしたのさ!正気を取り戻して!!」

凍りつく私に憎しみの視線を向けながら突如ローズ嬢は短剣から黒い刃を放ってきて、私を切断しようと向かうそれを揺れる視界と力を失い鉛のように重い体を必死に動かして何とか避ける。けど肩を掠める風の刃はまるで私を非難するローズ嬢に同調するかのように冷たい風を私に吹きかける。


「ねぇ、貴女はどこまで私を…エンディミオン様を苦しませれば気が済むの?まさか愚かにもエンディミオン様の子を産めばまた振り向いてくれるとでも思っているの?あれだけ…魔法印まで捺してある婚約破棄書を見せられたというのにまだ縋っているの?…気持ち悪い女」

「……っやめて………」

今度は土の礫が宙へ浮き上がり私に向かって一斉に襲い掛かってくるけどリオンが氷魔法で生み出した防壁によって全て防いでくれた。…でも、私は立ち上がれない。ローズ嬢に罵倒されるたびに今まで考えないように…見ないようにしてきた現実が濁流の様に押し寄せてきて私の心を蝕んでいく。


「そうね、これだけ彼とそっくりな息子なんですもの確かにそういう幻想を抱けるのかもね?でも彼は貴方に何と告げたのかしら?そして彼の行動は何だったのかしら?彼は言ったわ。"君では私に釣り合わない"そしてくだらない幻想に縋った貴方への答えは国中にへの指名手配。そう、彼も貴女のお腹にいた子供が…この子が邪魔で邪魔で仕方なかったのよ。それなのに独りよがりでいらない子を産み落として彼が喜んでくれるとでも思ったわけ?本当に最低で醜い女だわ」

「……やめて!……っやめて!!」


「この子供も可愛そうね。誰からも愛されない貴方から勝手に産み落とされて誰からも祝福されない日の目も見れない子供にされて最低な生活を強いられてこんな辺境まで連れて行かされて。私だったらいくらエンディミオン様の子であるとはいえこんな下種と血の繋がりがあると思っただけで自殺するわね。ほら、何とか言いなさいよこの下女!」


いや……いや!リオンの前でそれ以上言わないで!!リオンの前で私の闇を曝け出さないで!こんな醜い話に巻き込まないで!

私だって…私だって分かっていた。エンディミオン様がこの子達の存在を疎ましく思ってこの子達を産んでも…妊娠していた私が生き残っても誰も喜ばない、ただの汚らしく醜い独りよがりの幻想だってことくらい分かってた!リオン達だって本当は父親がいて皆から祝福されて産まれてくるはずだったのに父親に会えずそれどころか私の家系であることで命を狙われて寂しい思いをさせて裕福な暮らしをさせてあげることも出来ないような人生を送らせてしまった…。


そんなことくらい分かってる……。



気が付けば私の瞳から大粒の涙が零れて、そして膝には力が入らず立ち上がることも出来ない。私のこれまでの罪を攻められて心は完全に壊れてしまった。



これは…私の罪。

みずぼらしい私なんかがエンディミオン様と恋に落ちるなんてそもそもあり得ない幻想だった。なのにリオンとアリシアを…あの人の子供を産むことで繋がりを勝手に感じて心のどこかではまだ諦めきれなくていつか少しでも気にかけてくれるんじゃないかと思ってた…。


でも既に私の中で答えは出ていたのだ。どんなによがってもあの人はこの子たちの存在を認めないし祝福するはずもない。文字通り邪魔者としか思っていない。


ごめん…ごめんね………ごめんね……貴方達を……リオンとアリシアを私の勝手な思いで産んで…辛い思いをさせてしまって………。


ごめんね………





「何?突然泣き出して気持ち悪い。でも泣き出すということは罪を認めているみたいね。なら最初から殺されていればよかったのに。…そうね、でもこのエンディミオン様似の子供に罪はないもの…私も悪魔ではないからなんなら私専属の従者にしてやってもよろしくてよ?貴方もその方がいいでしょ?そんな下種に育てられるくらいなら私の下僕として可愛がられた方が絶対幸せじゃない?……だからあんたはさっさと死になさい!!」

「母さん!何しているんだよ!!?何で逃げないんだ!!母さん!母さん!!やめろぉぉぉぉぉぉーーー!!」



「終ね。この灰色髪の下女」








「ぁあ゛?んだとこのクソビッチがぁ?私の天使のリオンを奪うとか、なめたことほざいてんじゃねーぞ糞野郎!!」

―――ダンッ

―――ダンッ






瞬間、私の口からはそんな汚い言葉と共に右手が独りでに動き出して懐の鉄の筒を掴みその筒口から眩い光を二つ吐き出して私に向かって暗黒の刃をかざすローズ嬢の腹部を鮮血を巻き上げながら貫いた。


そして私はまるで誰かの背中を眺め後ろへ倒れこむように意識を失った。

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