第五十三話 概念存在
コレハ……ナニ?
ワタシノテニツイテイルコノアカイエキタイハナニ?
ドウシテオトウサンノムネカラケンノヤイバガトビダシテイルノ?
ドウシテオトウサンノムネカラアカイエキタイガナガレテイルノ?
ドウシテ…ドウシテ…ドウシテ…
「……ぁ……しあ…………だ…ぃじょうぶ………か?」
お父さんが……胸から大量の赤い水を…血を流しながら私の無事な姿を見て安心したように頬に触れて既に瞳孔が開いたその見えない瞳で微笑みかける。
「……ぁ…り…しぁ………ゎ……た…から……もの………その…ために………死…………ね…る…な…ら……し…ぁ……せ……………―――――――」
「あ…ああ……あああああ……あああああああああああああああああああ!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!お父さん!お父さん!お父さん!!いやだ!いやだ!いやだ!いやぁぁぁぁ!!!」
そこで私はようやく理解が出来た。あの使者から放たれた刃からお父さんが私を庇って刺されたことに。そしてお父さんが……死んでしまったことに。
え……?ようやく誤解が解けて…ようやくお父さんと会うことが…真の意味で会うことが出来たのにこれでおしまい?
まだお母さんにもお兄ちゃんにも会わせていないのに?友達に『これが私のお父さんなんだよ』って紹介もしていないのに?
お父さんとお母さんとお兄ちゃんと私であのヒマリーの花園へピクニックに行っていないのに?
もう終わりなの?……もうおわり?おわり?おわり
「くけーひゃはははっひゃははは!!こいつは見ものだな!本当は奴の目の前で愛娘が殺される所を見せてやりたかったがあのエンディミオンがこんな無様な死に方をするのが見れただけで上々だ!」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!この下種が!何ということをしたのだ貴様は!この下種!!」
「ぐふっ…ぐ…ひゃはは…ざまーみろ!エンディミ……かはっ……」
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………?ここは…どこ?
気が付いたら淡い色の……お花畑にいた。や、色彩はお花畑のそれなのだけどよくみるとここにはお花なんて一本も咲いていないからお花畑ではないみたい。
私何をしていたんだっけ?……思い出せない。
でも、とっても悲しいことがあったのは覚えている。胸が張り裂けそうなくらいに辛いことがあったのは覚えている。
でも…思い出せない。
立ち尽くしてみたけれど何も変わるわけでもないから歩き出すことにした。
しばらくすると地面に丸い水晶玉のようなものが転がっている。ふいにそれを取ってみると頭の中に思い出の様なイメージが浮かび上がる。
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「あ、あの銀髪の女の子を引き取りたい!!」
イメージから出てきた光景には一人の金髪の男の子が写っていた。
「……それは何故かね?私に聞かせて欲しい。でないと彼女を預けることは出来ない」
男の子は…誰か老人と話している。それも真剣に。
男の子は真っ直ぐ老人を見据えて自分のありのままの心をぶつける様に告げた。
「僕は………ソフィアが好きなんだ!だから僕が彼女を守りたい!!」
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再び歩き出すとまた水晶玉が転がっていた。そして手に取るとイメージが流れてくる。
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「本当にソフィアちゃんはいい子ね。良く働いてくれるし街のみんなからも好かれているそうよ」
「ああ、本当に。なんとかエンディミオンの嫁に来てくれればいいのだが……はぁ…どうしてあいつはああも…何というか………へタレなのだ!?」
「まぁまぁ…本人だって努力しているみたいですしもう少し様子を見ましょうよ」
「だがしかしなぁ…このままではいつどこの馬の骨にソフィアが取られてしまうか……」
今度は男の人と女の人が窓から外の様子を見て微笑んでいる。この人たちは誰だろう?
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また歩き出すと水上玉が転がっている。手に取るとイメージが流れ込んできた。
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「す、好きです!ぼ、僕と付き合ってください!!」
「………そのお言葉は大変嬉しいですし光栄なのですが…しかし……そのお気持ちをお受けするわけにはいきません。……申し訳ありません」
「な、何故だ!?」
「私のような孤児院出のみすぼらしい平民が……エンディミオン様のような…高貴なお方と……釣り合う筈がありません。」
「僕を身分などという下らない物に執着するような奴らと一緒にするな!!」
最初のイメージに映っていた男の子が銀髪の女の子に愛の告白をしたが振られてしまったようだ。男の子は泣きながら自室に篭って部屋中に氷魔法を乱射して……また泣いてしまった。
「…そうだ……僕がまだソフィアに見合う人間になっていないから駄目なんだ…もっと勉強をして、もっと魔法の訓練をして……いつかソフィアと…」
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「好きなんだ!もう僕の心は君にしか向いていない!!だから…付き合ってくれソフィア!」
「ですから私では身分が……」
「身分の話をしているんじゃない!僕を見ろソフィア!!身分ではなく僕を…ただのエンディミオンとして君はどう思っているんだ!!」
「…………ずっと……ずっとお慕い………しております………」
「ならば貴族の僕ではなく一人の人としての僕として再び答えてくれソフィア。僕と、付き合ってくれないか」
「本当に私のような・・貴族でもない女で本当によろしいのですね?」
その返事が貰えた瞬間に男の子は屋敷の中を駆け抜けて
「セリア!ようやくソフィアが僕の恋人になってくれたよ!今日はパーティーだ!御馳走の準備を頼む!」
「えーー!?どうせ今日も玉砕すると思って材料買ってないわよ!?」
あたふたする銀髪の女の子を置いてけぼりにメイドや執事とパーティーの準備を嬉々として行う男の子。
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「……その…すまなかった。いや、でも子供が出来たらちゃんと責任は取るし…いや、嫌な意味ではなくむしろ子供が出来たら嬉しいというかなんというか……」
「えへへ。私も…エンディミオン様との子が出来たら嬉しいです。生まれたらどんな子になるのでしょうね?」
「う~~ん…出来ればソフィアに似た女の子がいいなぁ。ああ、でもそれだと娘に浮気してしまいそうだな」
「もう、エンディミオン様ったら。私はエンディミオン様そっくりの男の子……も欲しいですけど、無事に元気よく生まれてきてくれたらそれだけで…」
「ああ、そうだな。名前はどうしようか?」
「う~~ん…男の子なら………リオン、なんてどうでしょうか?」
「なら………女の子ならアリシアなんてどうだろうか?」
夜の月明かりに照らされたベットの上で金色の髪の男の子と銀色の髪の女の子が寄り添いながら幸せそうに語り合う。
「リオンとアリシア。そしてソフィアと僕の四人で大浴場で洗いっこしたいなぁ…」
「ふふっなんですかそれ?」
「わ、笑うなよ。夢なんだから…自分の子供と風呂に入って洗いっこするのが」
「あはは、エンディミオン様ったら、もう。でも…それって凄く幸せそうでいいですね」
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「一月程で帰ってくる。それまで寂しい思いをさせてすまない……ソフィア…」
「いえ、いつでも貴方の帰りを待っています。いってらっしゃい、あなた」
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……?今度拾った水晶は何故か黒々とした色になっている。今までのと違うのかな?
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「私はエンディミオン様と婚約を交わしたゴルトー伯爵が娘ローズですわ。今日は我が夫エンディミオンのご両親のアンドラダイト公爵に挨拶に伺いましたわ」
「そんなはずは無い。あいつの婚約者はこのソフィアだ。それにソフィアは既にあいつの子を宿している。すまないが早々にお帰り願おう」
「なん・・ですって?そこの汚い雌豚がエンディミオン様の・・?ふふ・・・ふふふふ。公爵、私はエンディミオン様から公爵家縁のこのペンダントを頂きましたわ。
これでも私が婚約者でないと仰りますか?」
現れたのはやたら厚化粧の女性。そして女性は銀髪の女の子に男の子からの手紙だと言って渡したそれには"さようならソフィア。やはり君では妻は務まらない”とだけ書かれていて、それをみた銀髪の女の子は崩れ落ちた。
その夜、女の子は一人で部屋のベットで泣いていると扉から轟音が響いた。扉が粉々に吹き飛んだのだ。そして何人かの男が侵入してその中心にはあの厚化粧の女の姿。
「あらぁ~エンディミオン様に遊びとはいえ可愛がられてた豚の部屋はどんなものかと思ったけどやはり豚らしく貧相ですわね。さて、そういえばあなたのお腹にエンディミオン様の
子がいる、との事ですけど私とエンディミオン様がこれから夫婦になるのに邪魔ですわね~。そんなわけで貴方には死んでもらいますわ。これは公爵にも了解をとっていますわよ」
女の子はさらに絶望した。そしてこの瞬間から誰も信じられなくなってしまった。
「こ・・この子は!絶対に渡さない!!殺させない!!」
女の子はお腹の子供を守ろうと部屋の窓を突き破って必死に逃げ出した。
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「あの女は賊とつるんでエンディミオン様を誑かしこの公爵家を襲撃するとんでもない悪女だったのですわ!お腹の子も賊と成した子ですわ!」
「一体これはどういうことだ!!貴様は何なんだ!?」
「エンディミオン!これは一体どういうことなんだ!!説明しろ!」
突然現れた厚化粧の女の人と穏やかだった表情の男の子が怒りに顔を歪ませている。男の子にとっても混乱している状態だった。ようやく愛しい女の子の待つ屋敷に帰ってきてみればいるのは婚約者を名乗る厚化粧の女と訳のわからない連中。
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「馬鹿な!何故ソフィアが指名手配されている!?それになんだこの新聞は!エンディミオン・リ・アンドラダイトとローズ・ゴルトーとの結婚!?ふざけるな!!」
「この馬鹿息子!なにをボサっとしているのだ!はやくソフィアを探し出してこい!でないと…孫が……孫が…っ!!」
「主よ…ソフィアと孫をどうかお助け下さい……主よ、ソフィアを…助けて下さい。私の命などいくらでも犠牲にして構いませんから!主よ……どうか…どうか……」
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「おーほっほっほっ!先日私の使いからあのエンディミオン様を誑かした雌豚の死亡が確認されましたわ!残念ながら死体は焼き焦げて残ってないようですけれどこれで安心して私と結婚できますわよね、エンディミオン様。しかもあの豚最後までエンディミオン様から盗んだ指輪をみずぼらしく抱えながら――――」
女のその言葉を聞いた瞬間、男の子は変わってしまった。穏やかな表情は氷の様な鋭い顔になりあっという間に女を氷漬けにしてしまった。
男の子だけじゃない。男の子の父親も焦点が合わない目で妄想の孫と対話をし出して、母親はただ泣き叫んで気を病んでしまった。
ソフィアは失われてしまった・・。私のせいだ・・私はソフィアを守れなかったのだ・・。
一番大切な人
一番側にいて欲しい人
一番笑っていて欲しい人・・・
初恋の人であり、
最初の出会いから彼女と関わる内に美しいものを見せてくれた―――
春はうっすら色付く花々を眺める彼女が可愛くて、
夏は太陽と共に笑う彼女が眩しくて、
秋は月光が照らす彼女の姿が美しくて、
冬は彼女の温もりとやさしい香りが暖かくて・・・
でも、もう彼女は・・・い・・な・・・い・・・?
男の子の世界から色彩が消えてしまった。
………ぐっすっ……ぐすっ………
気が付けば私は泣いていた。もう分かっている、このイメージの中の男の子が誰であるかを。
『君は、どうしたいの?』
――――?
突然の声に前を見ると吹き荒れる風の中から声が響いてきた。その声は優しく包み込むような男の人とも女の人とも分からない聞いたことのない声。
―――私は…
『選択するのはいつだって君自身。君の思うままに選べばいいんだよ』
―――私は………お父さんを………
「お父さんを助けたい!!」
声の問いかけに答えた瞬間、吹き荒れる風は収まり、私は光の中に飲み込まれた。
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「早く!手当てを!!まだ間に合うかもしれません!!」
「くそっくそっ!我らのために闘ってくれた英雄をこんなところで死なせてたまるか!!」
『退きなさい。貴方達邪魔です』
お父さんに触れている人たちが邪魔だったから―――を使って宙に浮かせて私はお父さんの傍まで来る。
「な、なんだこれは!?それにエンディミオン様のご息女様の…髪の色が光っている?いや、髪だけでなく目も銀色に光って……」
『お父さん…今まで辛かったんだね。悲しかったんだね。……何も知らないであんな酷いこと言ってごめんなさい』
「あれは……やっぱりソフィアちゃんの銀髪を見たときから予想はしていたけど…まさかこんな……これが…主、リーフィンの力なの?」
私がお父さんの胸に突き刺さっている刃を一思いに抜き放ち、手を当てて―――を使うと傷口の時と、そしてお父さん自身の時は戻り、ものの数秒でお父さんの体は傷一つ無い状態へ戻った。
「……っわ…たし…………は?……っアリシア……?」
再び目を開けたお父さんの姿に私は柔らかく微笑むと、そこで視界が暗く染まって意識を失った。




