第五十二話 急襲と真実の愛
side アリシア
突然現れた黒ローブの男は私の腕を掴むと喉元にナイフを突きつけてエンディミオンに見せつけるように突き出した。すぐに振りほどこうとしたけど腕の力はとても強くて、しかも口を黒い触手―――あのコルテュスが使っていたようなもので塞がれて身動きが取れない!そして気持ち悪い!!
「さて、エンディミオン。動けば…分かっているとは思うがこの小娘の首が一瞬で飛ぶことになるぞ?それと小娘、魔法を使おうとしても無駄だ。そ触手はお前の魔力を完全に封じてさらに吸い取ることまで出来るのだからな!さてエンディミオン!まずはこの私に跪いてもらおうか」
「貴様ぁぁぁ!!私のアリシアを放せ!!」
エンディミオンは私にナイフを突きつけるローブの男に私が攻撃していた時の悲しみに染まった顔とは全く違う、怒りと憎しみに満ちたとてもみんなが噂する貴公子とは呼べない恐ろしい表情で男を睨みつけて耳が劈くような声量で怒鳴りつける。そして私もすぐに氷の魔法で触手を千切ろうとするけど魔力を出した途端に魔力が吸われてしまって碌に形成することも出来ない。おまけに時間制御も発動できない!
「ほらとっとと跪けよエンディミオン。でなければお前の可愛い娘が血の噴水を上げることになるぞ?」
「……っく!き……貴様……っ!!」
男の脅しにエンディミオンは屈辱に顔を歪めながらゆっくりと跪く。その姿に高笑いを上げるローブの男はそのまま私を強引に連れて行きながらエンディミオンの傍まで来るとそのお兄ちゃんと同じフワフワの金色の髪の毛の頭に足を置いて擦り付けるように踏みつけた。その光景に…私達を捨てた父親が痛めつけられる姿に本当は喜ぶべきなのに、何故か凄まじい嫌悪感とローブの男に対する憎しみを感じるのはまるでお兄ちゃんが痛めつけられているようだからだろうか?
「誰ですか!?あのような俗物を私の城に入れた愚か者は!衛視は何をやっていたのですか!!」
「女王陛下今は抑えてください!それよりあの賊のローブの紋章はまさか……白の国…」
男に踏みつけ蹴られているエンディミオンの姿に風の国の女王様や衛視の人、貴族たちはみんな悲鳴を上げたり憤怒の表情で男を罵倒し睨みつけているけど、男に攻撃をしようとした瞬間、エンディミオンから鋭く止めるように言われてしまって動くことが出来ないでいる。
「くくくく……くひゃはははははは!!!見ろ!あの鮮血のエンディミオンがたかが小娘一人にこの様だ!我ら白の国最大の敵がこれで我ら最強の奴隷というわけだ!―――――!?」
咄嗟に高らかに笑う男の隙をついて私の腕を掴み引き寄せようとするけど、私に絡みつく触手から真っ黒い波動のようなものに阻まれてエンディミオンは吹き飛ばされ床を転げ落ちた。
「ふん、油断も隙もない男め……。貴様誰に向かって反抗したのか分かっているのかこの屑!おらぁっ!無様に床で転がってないで答えろこの糞野郎!」
床に転がり男から腹や顔を蹴られて鈍い打撲音と血反吐を吐く音が静寂の中鳴り響く。それに耐えられなくなったのか貴族の令嬢数人が男に対して猛講義するべく果敢にも前へ歩み出た。
「ちょっと貴方!先程から私達のエンディミオン様に向かって何て失礼なことを言っているのかしら?それに貴方が人質にしているその小娘に何の価値もないことに気付いているの?たかだか貴族の子女一人の犠牲で女王陛下や王宮が救われるというのであれば、その子も本望でしょう?さぁエンディミオン様、あんな賊など貴殿の素晴らしい氷の魔法で――
「……少し…黙っていて…かはっ――……くれませんか?貴方」
―――エンディミオン様!?どうして?」
令嬢の言葉を静かな怒りの声で遮ったエンディミオンは蹴られた腹と頬を押さえながら何とか立ち上がり、男に捕まっている私を見て柔らかく、お日様の木漏れ日のような暖かい笑みを浮かべて安心させるように頷く。
「……その子は……アリシアは…ようやく見つけることが出来た……私の宝物………絶対に…私の全てを懸けて必ず救い出す……。だから…待っていてくれ………アリシア」
――――――え?どういうこと?
私達は…貴方にとって邪魔な存在ではなかったの?どうして私を人質に取られてくらいでそこまで苦しそうな顔をするの?どうして私を無視して男に反撃しないの?
「くくくひゃはははは!!命を懸けて救い出すのは勝手だがな、貴様には命令に従わないとその娘を殺すことになるのをお分かり?さて、ここからが本日のメインディッシュをそろそろ実行に移すとしよう!エンディミオン、風の女王を抹殺しろ」
「―――――っな!?馬鹿な!!」
そういうことか!このローブの男は最初からあろうことか私を人質にしてエンディミオンに風の国の女王を殺させる算段だったのだ!
もしそんなことになったらエンディミオンの英雄としての名声は地に堕ち風の国を騙して白の国に加担したとして銀の国と国交は断絶。最悪は戦争へと発展してしまう。そうなれば今の白の国との戦争以上に多くの人が闘いへと巻き込まれて多くの悲劇が生み出される。
見れば風の国側も男の発言に動揺してエンディミオンから距離を取っている上にエンディミオン自身も驚愕と苦渋の表情で男を睨みつけている。
「あぁ、それと風の女王抹殺を成した暁にはこの小娘の命は保証してやる………この私の玩具としてなぁ!くひゃはははははは!!」
「な…なんだと!?貴様!私のアリシアを玩具にだと!!ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」
激昂するエンディミオンをあざ笑うかのように男は言葉を続ける。
「いや、それだけじゃねぇな!この餓鬼を拷問してソフィア・リーシェライトの居場所を聞き出してベジャン陛下に送り届けなけりゃな。そしたらエンディミオン!お前の目の前でソフィアを寝取ってやるよ!泣き叫びながら愛するソフィアが犯されるのを見ていることしか出来ないお前の姿を想像しただけでゾクゾクするぜ!ひゃははははは!!そういやもう一匹クソ餓鬼がいるんだってなぁ………そいつは奴隷として売り払ってやるか!もしくは魔物との交配実験隊にでもしてやろう!!」
エンディミオンは怒りと憎しみの表情で殺気を放ちこの場の全員がまるで体が痺れたように動くことが出来ない。ローブの男を除いて。
なんで…なんでエンディミオンは私を見捨てて攻撃しないの?どうしてローブの男を睨み付けながら風の国の女王様に掌を向けているの?
………私は…お父さんにとっていらない子供じゃないの?
やめてよ…やめて!何で私のためにこんな最低な奴に従おうとするの!?これじゃぁ…これじゃぁ私…私が………私のさっきまでの行動が悪いことだったみたいになっちゃうじゃない!!
口が塞がれて声が出ない。必死にエンディミオンにやめてと叫びたいのに声が出せない!!
私のせいなの…?私のせいでこれから女王様も、衛視さんも、エリーゼちゃんも…そしてエンディミオンもみんな死んでこれから戦争が起こって大通りのおばさんや魚屋のおじさん、文具店のお姉さん、エリベルト君、リリアーヌさん、ジルドさん、リオネッラさんにメイドさんたち………みんな死んじゃうの?
……私の………せいで……?
…私が………エンディミオンを攻撃したせいで………?
…私が………ここに来てしまったせいで?
……私が…生まれてきた……せいで………?
………ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい………ひっ―――くっ……ごめんなさい…うぅ……ごめんなさい…ごめんなさい………うぅぅぇぇん…ごめん…なさい……
「違う!アリシアのせいじゃない!!」
―――――え?
声は出ないはずなのにエンディミオンは……お父さんは、まるで私の心の言葉が分かるように優しく微笑みながら私を肯定する。
「アリシアは悪くないよ。悪いのは…全部お父さんなんだ。お父さんが間抜けで不甲斐ないから大切な君をその男に囚われて…ソフィアを失って……。だからアリシアは何も悪くない。もし君がこれから起こることを全て自分のせいだと思っているなら…その罪は全て私が背負う。そして私の命を捨ててでも必ず君とリオンとソフィアだけは救い出してみせる!例え悪人になろうとも!理想を捨てようとも!家族を救うためなら私は悪魔にだってなってみせる!!」
………ぉ……さん………おとう…さん………おとうさん………お父さん…お父さん!!
「へぇ~~ソフィアちゃんのお話と違ってとってもいいお父さんじゃないの。アリシアちゃん」
空から突然降ってきた憮然とした声とともに、私を拘束していた触手は風の刃によって切り裂かれた。
「――――っなにぃい!?これは一体……っ!!?」
「今よ!エンディミオン殿!アリシアちゃんを!風の衛視よ、第三王女テミス・ル・ウィンディーネが命ずる。エンディミオン殿を全力で援護せよ!!」
大広間の女王の王座。そこには黄金の髪を靡かせ赤いローブに身を包んで分厚い本を指揮棒のようにかざしたテミスお姉ちゃんが立っていた。
「テミス!?貴方舞踏会なのに何という格好をしているのですか!!それでも第三皇女としての自覚があるのですか!!」
「て、テミス様!!女王陛下の椅子に座っておられるということは…ようやく政に加わって下さる気になったのですね!?」
「そんなわけ無いじゃない!!お母様も衛視長もくだらないこと言ってないでさっさとあのローブの男をひっ捕らえなさい!そもそもあんな異物を入れるだなんて…夫が帰ってきたら貴方たちみっちり扱いて貰いますから覚悟していなさい!!」
軽い談笑のような言葉を飛び交わしながらすぐに風の刃をローブの男に向けて放出してその体をズタズタに引き裂く衛視と悲痛で下品な悲鳴を上げるローブの男。
私は触手に解放された瞬間に全力で駆けてきたお父さんに抱きとめられた。エンディミオン…いえ、お父さんは涙を流しながら私を強く抱きしめてその暖かい手で包み込んでくれる。その腕に、私はもう抵抗することもなくただ抱きしめ返す。
「ありしあ…アリシア…アリシア!すまなかった……本当に今まで辛い思いをさせてすまなかったっ……。全ては不甲斐なかった私が悪かったのだ…。私が王都に召喚されている間にベジャンとローズの陰謀で……ローズはソフィアに私の婚約者であると嘘をついて暗殺しようとし……ベジャンがソフィアを手に入れるために白の国中に指名手配にして……………もう、二度と会えないと思っていた。もうソフィアのお腹の子とも二度と会えないと思っていた……。こんなに立派に成長してくれて…ありがとう。生きていてくれて
ありがとう。…ありがとう……。もう…絶対に君を放さない」
もう分かったよ…お父さん。お父さんは……私のために殴られても、酷い命令を出されても、どんな罪を背負うとも私を愛してくれる。私をこんなに優しく抱きとめてくれる。こんなお父さんがお母さんや私たちを捨てるはずがないよね。これで……ようやく心から貴方のことをお父さんって言うことが出来る。友達にだって『これが私のお父さんなんだよ』って胸を張って言えるよ?
こうして生まれたときから引き裂かれた一つの親子の手はようやく一つに繋がった。
――――――――
「――――――――っ!!!アリシアっ!!!」
でも、その親子の手は
「――――――?………お、とうさ…ん?」
無情にも再び離れてしまった。
「ケヒィーケッケッケッ!!死んだのはエンディミオンの方だったか!!ひゃははははは!!!」
エンディミオンの胸から、心臓に突き刺さった刃によって。




