第五十話 連れてかれちゃったアリシア
アリシアside
「わぁ~~!やっぱりアリシアお姉さまにこのドレスとっても似合ってます!いっそこのティアラもつけてみたらどうでしょうか?」
「お嬢様!それは代々伝わる大切なティアラです!いくらお友達に着けたいからと言って着けていいようなものではありません!!」
はい、結局連れて行かれちゃいました。それもお城の中に…。
案の定お城に着いた途端に女の子、エリーゼちゃんは待女さんの叫ぶ声に呼び止められてそのまま待女とか執事数人に囲まれてこっぴどく怒られた。やっぱり彼女のお母さんはともかく従者の人たちはとても心配していたようだ。
その証拠に最初にエリーゼちゃんを発見したメイドさんなんかエリーゼちゃんを見た瞬間泣きながら抱き着いて今でも涙をポロポロ零しながら叱りつけている。心配してくれる人がいてよかったねエリーゼちゃん。
さて、私も早く心配してくれる人の所に帰らないと、とそのままそそくさと帰ろうと思ったら当然エリーゼちゃんに捕まってそのまま彼女の部屋に連れて行かれてしまった。や、私みたいな平民が王宮のお部屋に入ることなんて恐れ多くてできません…と言ったら
従者の人にエリーゼちゃんを送り届けたということで私は何度も感謝の言葉を貰って、さらにお礼に是非今日の銀の国との交友舞踏会に参加してくださいと勧められてしまった。後ろ左右、前方全てを包囲されて……。
でもそういうのってやっぱり平民が出たらまずいと思うしエリーゼちゃんのご両親とか偉い人に確認をとらなければいけないのでは?と訊けばあっさり参加承認の連絡が来て私があわあわしている内に舞踏会の参加がトントンと進んでしまっている。……これは…まずい!
最初は平民が王宮に近づくことすら出来ないだろうと高をくくっていたのにどうしてこう裏目に出るの?
水色のドレスをメイドさんにセットされながら頭を抱えていると「こんな美しい娘のおめかしを出来るなんて腕がなりますわ」とニコニコしながら髪を梳いてメイドさんやる気満々。
ドレス着るのなんてジルドさんのお屋敷以来だよ。どうやら舞踏会参加はもう完全に避けられないようです…。それにしても今私がいるエリーゼちゃんの部屋って王宮の中にある上にかなり上質な部屋だけどもしかしてエリーゼちゃんのご両親って大臣とかかなり偉い人なんじゃ…。
日も暮れて空に星が輝き出す頃、音楽隊の兵士さんが奏でるトランペットの高らかな音と共に銀の国との交友舞踏会は幕を開けた。赤いカーペットに各地の貴族や王族、豪族豪商などが次々と馬車から降りて優雅に会場へ向かう。心なしか若い娘さんが多い気がするね。
黄金色に光を反射するシャンデリア、綺麗で精巧な装飾を施した大広間の壁や装飾。鏡のように煌めく人々を反射し映し出す大理石の床。音楽隊が奏でる優雅でまったりとした楽器の音。立食テーブルに並ぶ豪華で彩り豊かな異国の料理やワインの数々。そして個々に美しい光を放つ宝石と鮮やかな衣装を身につける人々。
…うん、完全に私場違いだね。そもそも貴族の舞踏会に参加したことなんて一度もないし、なんでメイドさんとか執事さん私の参加を許可もといお願いしたのかな?おおよそ私の隣で楽しそうにはしゃぐエリーゼちゃんを舞踏会に参加させるためでしょうね~。一応ジルドさんのお屋敷にいたときにマナーについて教え込まれたから粗相はないと思う。
…思いたい。
「あらエリーゼ様、ごきげんよう。今日は赤いドレスがとても似合ってますわ。……あら?そちらの方は?」
「本日エリーゼ様にご招待頂いたアリアと申します。どうぞお見知りおきを」
お母さんの十八番、偽名。
アリア―――設定としては中級貴族の出で偶々エリーゼちゃんの落とし物を拾って届けたことで友人となり彼女の身辺の世話と補助をするということで今回舞踏会に参加することになった目立たない灰色髪の少女。ポジション的には壁の華。よしこれで行こう!
「あらそうなんですの。―――ふふ、色々大変だとは思いますけど舞踏会を楽しんでいってくださいな」
どうやらエリーゼちゃんに声を掛けてきた彼女は私がエリーゼちゃんの後ろに付いているのを見て設定どおりの御付人と思い込んでくれたようだ。彼女が去ってからエリーゼちゃんが
「お姉様?アリアって誰ですか?」と聞いてきたけどこんなところでアリシア・リーシェライトなんて喋ったら後々面倒になるから絶対に教えるものですか!名前は教えちゃったけどメイドさんからフルネームを聞かれたときには、お母さんがお話してくれた物語に出てくる窃盗団の一人から取った姓で適当にアリシア・ダウンリーと名乗っておいた私に死角はない。
「アリシアお姉様、あれは水の国の高級食材ハラグロを使ったマリネなんですって。一緒に食べましょう!」
な、なんだって!?ハラグロっていったら青鯛の網に偶々引っかかっているくらいしか採ることは出来なくてお母さん曰わく海の深いところに居るというシンカイギョのあのハラグロ!?そんな高級というか珍味が出てくるなんて流石王宮の舞踏会ね。お母さんが聞いたら『どうせ毎日高級食材を豚の様に食ってブクブク肥った上に平民がパン一つに必死になっている中"あら、パンがなければケーキを食べればいいのよ"なんて言って最後はギロチンで処刑されるような連中が蔓延る世界でしょ?だから嫌いなんだよ貴族とか金持ちとかは!』と悪態吐きそうだね。
でも王宮も他国の王とか貴族とかをもてなして体面を整えて見下されないように高級でおいしい料理を用意したり無駄に豪華な装飾をやったりしないといけないのだから大変だよね。ジルドさんのお屋敷にあった本にも如何に資金をやりくりして周辺諸国に嘗められずに、また民の税をどこまで取れば困窮しないのか見極めるのに苦労した王様のお話とか書かれていたしそりゃお母さんの今まで見てきた王族とか貴族は悪政を敷いていた人ばかりだったのだろうけど皆がみんなそうじゃないみたいだよ?
でも風の国はあの…スニーティみたいなのが領主になるくらいなのだから王都の政治は善政でも全体から見ればどうなのかなぁ……。
とかなんとか遠い目でハラグロを見ていたら、それを私が食べたいと勘違いしてエリーゼちゃんがお皿によそって持ってきてくれた。ありがとうエリーゼちゃん。さっそく一口ぱくりっ。わぁ~磯の香りが口いっぱいに広がってそれでいてハーブを混ぜたソースが味のキレをはっきり出していて諄くなくておいしぃ~。
これは是非ともお母さんとお兄ちゃんにも食べさせてあげたいな。
「アリシアお姉様?何で容器にお料理を詰めているのですか?」
ソフィアとリオンの為に舞踏会の料理をこっそりとタッパーに詰め込むアリシアはエンディミオンのことをすっかり忘れているのであった。
エンディミオン side
「エンディミオン様ーー!!エンディミオン様―!!」
「うぉぉぉぉぉ!!銀の英雄に万歳!銀の国に万歳!!」
「エンディミオン様!!私と結婚してください!!エンディミオン様ーーー!!」
馬車から顔を覗かせ外を伺うとそこには人人人のまさに人の海。そして湧き上がる歓声と祝砲や紙吹雪。人々の顔のどれも喜びと希望、そして感謝の表情が浮かんでいて…あと何故か潤んだような目を向けてくる者もいる。しかも心なしか主に若い娘が多いような……。
今日は一年前突然の白の国襲撃から延期となった我が国と風の国との交友舞踏会が催される日だ。この歓声を見ている限りではセリアが言ったようにどうやら私は風の国の民から白の国の侵攻から救った英雄扱いされているという情報も満更嘘ではないようだ。
本来ここまで歓迎されれば風の国とさらに強く友好国として結びつきを強くする事が出来て喜ぶところだが私の気は沈んだままでとても晴れやかな気分でいられなかった。
白の国の侵攻は何故か奴らの壊滅という結果で幕を下ろし私も2,3か月ほどで事後処理を終えて再びソフィアの捜索に力を入れることが出来た。そして侵攻の事後処理や民への食料の配給等で恩を与えたことから早速そのカードを切って風の国へ正式にソフィアの捜索依頼協力をしてもらうことが出来た。
ただ、風の国は現在白の国に与する者がごく一部貴族の中にもいるため捜索は秘密裏に女王管轄の部隊のみに依頼してもらうこととなり、他にも新聞記事にて私がソフィアを探していることをもし彼女が知れば見つかるかもしれないと取材などでソフィアのことについて色々書き出してもらっているが一向に情報が集まらない。
……確かに大衆紙では敵側も気付く恐れや騙される可能性があるからちょっとした専門紙に書いてもらったのが裏目に出ている可能性もある。だがそういった捜索を始めてもう10か月になるのに一向に彼女は見つからずさらには交友舞踏会が重要であるということは頭では理解できるのだが心では今すぐソフィアの捜索に出たくて仕方がない。
賑やかな市街地を超えて城門を通り過ぎると馬車は停まり従者が扉を開ける。
「ようこそいらっしゃいましたエンディミオン陛下。会場は二階大広間ですのでこちらへどうぞ」
案内に従って憂鬱な気持ちを振り払い風の宮殿の階段を上がる。相変わらず立派な作りと強化の魔法を施した城だ。これならば最近白の国が開発したという兵器が来ても耐えうるだろう。
「これはテミス王女殿下。王宮に来られるとは珍しいですな」
従者の挨拶に目を向ければ黄金の髪を流して真っ赤なローブに身を包んだ令嬢が立っていた。こころなしか顔つきが風の国の女王陛下と似ているが王女…ということは陛下のご息女だろうか?
今まで第一、第二、第四王女とは面識があるが彼女と出会ったのは初めてだ。今日は舞踏会だというのにローブということは彼女は参加せず勤務なのだろうか?
「ええ、ちょっと王宮書物に用があってね。今日は何だか煩い…もとい騒がしいけど何かあるのかしら?」
「はぁ…姫様、いい加減に政にも興味を示してください。今日はこちらの銀の国国王エンディミオン陛下と我が国との交友舞踏会でしょうに…。申し訳ありませんエンディミオン様」
「いえ、私は結構です。失礼ですが貴女のお名前をお聞かせいただいても?」
「申し遅れました。風の国第三王女のテミス・ル・ウィンディーネと申し――――――??あれ?」
名乗る途中でテミス王女は私の顔を不思議そうに見つめだす。もしや顔に何かついていたのだろうか?
「失礼、知り合いに似ていたものでしたので。じゃぁ私はお屋敷に帰るからあとよろしくね」
そう案内人に言い残すとテミス王女は立ち去って行った。知り合いに似ている……か、もしやリオンだったりして!と思って振り返ってみたが王女の姿は既になかった。まぁ名前は聞けたのだし後日詳しく聞いてみるとしよう。
「銀の国王、エンディミオン・リ・アンドラダイト陛下の御入場!!」
案内人の大きな宣言の後、一瞬の静寂がホールを包んだと思ったら耳を劈くような大歓声が大広間だけでなく城内、果ては王都中に響き渡った。
「おおお!!英雄よ!風の国を救った二人目の英雄エンディミオン様に万歳!万歳!!」
「きゃぁぁ~~エンディミオン様~~!!素敵ですわ~~~!!」
「銀の国万歳!エンディミオン陛下万歳!!」
どうやら会場内の人数をみた限り主賓である私で最後だったようだ。手で合図を送ると大きな歓声はすぐに収まり人の海は割れて再びホールは静寂に包まれる。人の海が割れたその道を私は歩み一番奥にある階段の頂上、風の国女王陛下の下まで来ると跪いて礼を取る。
「本日は我が国との交友の為にこのような盛大な舞踏会を開いて下さり感謝の限りです」
「ようこそおいで下さりました。今夜は楽しんでいって下さい」
朗らかな笑顔で女王が応えると合図を送り楽器隊が演奏を奏でて交友の舞踏会は正式に幕を開けた。
「エンディミオン様、この前私北方まで旅行に出かけたのですが~」
「エンディミオン様!私はドラン伯爵の娘、ミシューと申します。お見知りおきを~」
「エンディミオン様私の所の娘を妻にとまでは言いませんが側室としてでもどうでしょう?」
「いえ、結構です。」
何を馬鹿なことを。私が愛するのはソフィアただ一人。いくら側室とはいえソフィア以外と交わるなど嫌悪感しか湧かない。それに私には最悪の場合でも側室を娶るつもりはない。
元々施策と政策、そして目下の白の国との問題さえ解決出来たら銀の国は共和国とするつもりなのだ。最初それを会議で発表した時にはだいぶ……いや、皆悲鳴を上げるくらい部下にも国民にも反対されたが政策が上手くいって国が私の手を放れても回り、彼らを納得させられたら潔く王位を退く予定だ。部下も優秀な者が多いし恐らく私の退任後も上手くいくと私は思っている。
だがその部下からも反対されてしまったのだからまずは結果を出して部下や大臣を納得させるところから始めなくては……
ちなみにこのことは未だ他国には公表していない。そもそも今は白の国との戦時下であり余計な情報を与えて少しでも隙を作ってしまえばどんな手段で攻撃してくるか分からないからだ。そういう訳で私を囲み結婚を勧める彼女たちが理想とする一国の王との結婚による出世の道は最初から瓦解しているというわけだ。
それはともかく、舞踏会が始まってからこう立て続けに囲まれて挨拶を受けていたのでは流石に辛い。そしてやたら会場に令嬢が多いのは気のせいか?男女比でいえばぱっと見た限りで2:8といったところだろうか?普通貴族の夜会は男性の参加者が多く内容も結構グレーなものが多いというのに……いや、男性の人数自体は他の夜会と同じくらいだ。問題は女性の数が圧倒的に多すぎて男性の数がいつもより少なく感じるだけだ。
……どうしてこうも女性、それも令嬢が多いのだろうか?
群がる令嬢達の間をぬって少し視線を外して立食に向けてみるとパイ生地の上にパイプナポーと草牛の肉を乗せた料理、大好物のグラストローネがある。
懐かしい、ソフィアのグラストローネは絶品で恋人となる前にもよく強請って彼女は困りますと言いながらも我が儘を言う私のためによく作ってくれたな。そして口一杯にグラストローネを詰め込み食べる私を眺めながら暖かな微笑みを浮かべるソフィアと恥ずかしくて顔を朱に染める私。
そんな幸せだった頃の、ソフィアと過ごした幾つもの思い出も今では随分色褪せてしまったことに深い奈落へ落ちていく様な絶望感を覚えるが、何故かグラストローネを切り分けるソフィアの姿だけはっきりと幻視出来るのは何故だろう?
「わぁ~これグラストローネだよね!?お母さんもよく作ってくれるけどこんなに大きいのは初めて見たよ!」
……ちょっと待て!私が今見ているのは本当に思い出の幻なのか!?
それにしてはソフィアがグラストローネを嬉々として切り分けて頬張る姿も可愛い……ではなくて!私の記憶では彼女は食べるより作ることが圧倒的に多く、彼女がグラストローネを食べる姿などあまり見たことがないぞ。そして今幻視?しているソフィアが居る場所もアンドラダイトの厨房ではなく風の国宮殿の大広間。しかもソフィアと背景の違和感なし。
一度目を瞑って軽くこすってから再び目を開くとそこには変わらず水色のドレスに身を包み、シャンデリアの光に銀色の髪が反射して月の光を生み出しながら今度はストロベリーパイに舌鼓をうつソフィアの姿。うん、やはり美しいし可愛い。
……でもなくて!目を擦ってもそこにソフィアがいるということはこれは幻ではない!!ソフィアが…ソフィアがそこにいる!!ようやくソフィアに会える!!
私は居ても立っても…いや、この十年間の思いが溢れ胸が裂けそうな感覚を覚えながら、気が付けば全速力でソフィアへ向かっていた。
「……っ!!そ…ソフィア……ソフィア!ソフィア!!」
近くで見て確信する。その髪の色は誰にも持ちえない彼女だけの銀色の髪。そして細く折れてしまいそうなその体は遠き日の思い出のまま。間違いない!ようやくソフィアに会えたんだ!!
咄嗟に四面鳥の肉を切り分けている彼女の手を優しく包み込むように取る。
「?お兄さんは……誰?」
振り返った彼女は遠き日の愛しい銀の髪を靡かせ、私と全く同じ金色の瞳で小首を傾げながら訊いてきた。
ようやくキターーーーーー!!
お魚のハラグロはノドグロから取りました。出雲と鳥取に旅行に行ったのでその時旅館で出てきたのですがあれ美味しかったです。マリネにしたら美味しいかは不明ですが…




