第三十九話 囚われ
side ソフィア
「っ!!何でスニーティがここに!?母さんに何をするつもりだ!!」
いち早く異変を察知したリオンが問い詰める。そういえば何だかんだでさっきから魔物のことに注意が行き過ぎているけどこいつがそもそもあのコルテュスを復活させた張本人で結構な危険人物なんだった。
正直魔物の肩に乗っかっていてチョコチョコしてたけど魔物の存在感のせいで空気と化していた。アレだよあれ。コンビニの割り箸に付いてくる爪楊枝並みに存在感が無い。
だが、そんな奴のステルス攻撃も虚しくリオンの問い詰めで他の冒険者や村人たちも裏切り者の存在に気づいた。
「テメェはあの化け物を復活させた野郎じゃねぇか!!どうしてくれんだこの屑野郎!!」
「あなたのせいで…あなたがあんな化け物を復活させたせいで私の息子が屋根の下敷きになったのよ!?返して…息子を返して!!」
「テメェのせいで……おやっさんが殺された!おい皆、この屑野郎を縛り上げて血祭りに上げてやろう!!」
魔物に受けた苦しみを元凶であるスニーティに避難と侮蔑の言葉をぶつけて憎しみの表情で取り囲み縛り上げようとする。多分この後、スニーティに待ち受けているのは槍的なもので突き刺し上げられて村の祭壇へと祭り上げられてオブジェクトと化す。そして村のシンボルとなって村はそれを元手に町興しを興す。そして毎年この時期となるとスニーティが祀られた祭壇には多数の屋台が出店。そして盆踊りが催されて"血"祭りが開催―――
「お兄ちゃん…お母さんの目が明後日の方向へ…」
「どうせ"血祭り"と聞いて普通のお祭りを想像しているんでしょ?母さんだし。…そんなことより!早くスニーティから母さんを取り返さないと!」
子供たちの反応が酷い…けどいつまでも私も唖然としていられない。というかこのままこの男に触られているわけにはいかない。とりあえず肩だけつかまれているから適当に練魔術で強化した肘うちでも喰らわせれば脱出できるかな?と即実行したが、私の肘うちは何かこう『ブニュっ…』としたものに阻まれてしまった。
「ああソフィア、あれ程清純だった君がこんなに攻撃的になってしまっただなんて……大丈夫さ、僕がエンディミオンに与えられたその穢れを浄化して僕の…僕だけの色に染めて再び清純な君へと生まれ変わらせてあげる」
まるでスニーティを守護するかのように奴の体には黒く濁ったスライムが纏わりつき私の肘うちの威力を完全に殺し、さらには肩だけだった拘束を足や腕、腹や胸にスライムが絡み付いて丁度拘束されていた時のリリアさんのような非常に妖艶…というか卑猥な姿へとなってしまった。
「うぇぇ~~気持ち悪い!触手プレイって見ているならアレだけど実際受けると痛いし苦しいし窮屈だしで最悪なんだな。っ痛い!こら胸を締め付けるな!」
「ぁあ…美しい。美しいよ僕のソフィア!ようやく君は僕のモノになったんだ!くくくはははははははははは!!!どうだエンディミオン!お前の恋人は僕が、このスニーティ様が頂いたぞ!!さぁソフィア、あの忌々しいエンディミオンの糞餓鬼を殺して僕との新たな愛の結晶を作ろうではないか」
大袈裟に手を広げながら私に近ずくと私の髪を流すように手に取りスンスンと嗅ぎ出して今度は頬を触りだした。まるでねっとりと粘着するようなその感覚に怖気を感じて払いのけようとするが、腕を上げることすら出来ない。
「くくくく……やはりソフィア、君でなければ駄目だな。この精錬された彫刻のような美しい顔。引き込まれるような深緑の瞳。瑞々しく美しい体。そしてこの月を連想させる美しい髪。黒魔法で洗脳した村の娘ではやはり僕の心は満たされない。遊びとしては良い玩具だがやはり正妻としては幼い頃からの憧れの君でなければ」
―――ピクッ
……こいつは今、何と言った?"村の娘では満たされない"?
「ぉい…………今村の娘と言ったな。どんな奴だ………」
「ああ僕のソフィア。もしかして嫉妬しているのかい?大丈夫だよこれからは君だけを見つめていくから。それに使用済みの玩具はほら、記憶を黒魔法で消して村に放ってあげたけどあそこでこちらを見てあの顔は…どうやら魔法が解けてしまったようだね。だがあんな玩具のことなんて君は気にしなくていいんだ。これからコルテュス様に村ごといらない玩具も始末してもらうから安心してくれ」
スニーティが指し示す先には……茶髪の端正な顔立ちで体の発育具合から16、17歳くらいの目に涙を溜めスニーティを睨み付ける美少女がそこにいた。
「あんな……あんなに可愛いい女の子といちゃいちゃしておいて…遊びとしての玩具だから捨てたダァ?貴様ぁぁぁぁ!!!」
――――プッツーン
「僕の瞳は既に君だけを見つめている。だからこれからは―――ゴフッ!??」
「俺は怒ったぞ!スニーティ!!この屑野郎!!お前のような!お前のようなイケメンヤリ○ン野郎のせいで!俺の!俺みたいな男に彼女が出来ないというのに!!あんな美少女捕まえておいてさらにソフィアさん(わたし)も手に入れるだと!?うらやま…ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然の怒りの叫びと肘打ちの鋭くも鈍く響く音でそれまでスニーティを罵倒していた村人達の声が時が止まったかのようにやんだ。
怒りに任せて、奴と私を阻むスライムも無視してひたすら肘うちをこの浮気野郎の腹部に叩き込む。もし憑依前の俺があんな美少女と恋人になれたら命懸けてでも幸せにするというのに………あ、そういえば黒魔法で洗脳とか言っていたから彼女の同意なしでヤッたのかこいつは!余計にけしからん!
「オラァ!オラァ!オラァ!これは中二の時に結局好きな娘に告白できなかった恨み!これは高三の時に好きな娘に彼氏がいると知ってショックを受けた恨み!これは――」
「ふん、小娘。戯れもそこまでにするのだな」
突如ふってくる大地を揺らす低い声。我に返ると漆黒の巨体が、魔物コルテュスが目の前にまで迫っていた。…というかこの世の理不尽に怒るあまりこいつの存在忘れていた。
ああそうだよ!なんでいつまでもこんな最低男に気を取られていたんだ私は。こんな軟派野郎無視してとっとと逃げれば…いや、そもそもこいつに突然肩掴まれたのが始まりだったし結構強い力で握られてたからどちらにせよ無理か。
「コルテュス様!さぁソフィア、僕と共に来るんだ!」
「母さんを放せ!母さんをこんな魔物の生贄にされて食べられてたまるか!!」
うん、特に男女のドロドロとした関係の話を無視すれば確かに連れて行かれたら魔物に食べられると思うよね。実際は魔物じゃなくてこの最低男に食べられる(おかされる)けど…まぁ
子供の教育上わざわざ訂正する必要もないしむしろ勘違いしてくれて助かっ……たと思いたかったがスニーティの挙動から何だかこのままだとリオンとアリシアが見ている前で無理矢理実演させられそうな気がするんだけど……。
スライムに拘束される私を抱えて連れ去ろうとするスニーティの足に必死にしがみつき私を解放しようとするリオンだが、対しスニーティは私以外の全てに興味がない冷めた目で見渡ししがみつくリオンをゴミを見るような目で見下しもう片方の足を振りかぶった。あの目は…まずいっ!
「―――!放れなさいリオン!」
「ふん、忌々しいエンディミオンの倅が生意気な」
―――――ドゴォッ…
まるで綿毛の様にリオンのその小さな体は宙に投げ出された。そして可愛らしいその頬には痛々しい靴の跡。
「―――――貴様ぁぁぁぁ!!!よくも!よくも俺のリオンを!殺す!絶対ぶっ殺す!殺してやるからとっとと放せこの屑野郎!傷害罪で訴えてやる!訴訟よ訴訟!!」
「ハハハハハハ!安心してソフィア。エンディミオンに作られたこの邪魔で汚らわしい餓鬼を始末したら僕たちの愛の絆を新たに生み出してあげるから」
おい、お前の言う汚らわしい餓鬼は私の倅でもあるんだぞ?ほぼ直接的に私の血も穢れていると言っているようなものだと理解しているのかこの屑野郎は?そしてどんだけお前エンディミオンに恨みがあるんだよ。
そりゃリオンとアリシアの父親がお前と同類のヤリ○ン最低男なのは知っているがその恨みとか執念を私は元より私の子供たちにまで押し付けるな。
そもそもお腹の中にいる時期から邪魔者扱いされ生まれてくる前に殺されそうになったこの子達が奴の一番の被害者なのに。
「貴様!まだ幼いリオンさんになんて酷いことを!」
いつの間にか空気になっていたリリアさんが怒声を上げるが、彼女は跪いたまま起き上がらない。…よく見ると私達が何の損傷もない代わりにリリアの体の至る所に傷が出来てボロボロになっている。これは…?
「くくくエルフの娘よ。そのざま、大方村人を助けようと結界を張った際に結界の形成が間に合わず取りこぼした衝撃を自らが盾となって引き受けたか。愚かな」
魔物の邪悪な笑いを含んだ推察にリリアさんは悔しさに顔を歪ませるがレイピアを支えにして立ち上がるのが精一杯だった。確かに結界を張る瞬間、やたらリリアさんのいた最前面の結界の色が薄かった気がしたけどこの娘はそんな無茶をしてまで私達や冒険者、村人を守ってくれたのか。頭が上がらない。
「今の貴様はその微弱な魔力と傷では防御魔法はおろか立つことさえまともには出来まい」
魔物の掌からなにか黒い液体が、ただ今私に巻き付いているスライムと似通った何かが吐き出されて瞬時にリリアの体中に巻き付き拘束してまるでハエを舌でキャッチする蛙のように一瞬で魔物の方へ引き込まれてその巨大な掌へと収まってしまった。
「故にこのように捕まえ拘束するなど造作もないのだ。さて、今度は剣を叩き落としてやった上にその貧弱な腕もこの通り完全に封じてある。これで反撃はおろか脱出すら不可能であろう。やはり貴様はこのコルテュスの魔力炉としてなくてはならんのでな。特別に生かしてやろう。フハハハハハハハハ!!!!」
魔物がリリアさんを強く握ると彼女の体が淡く発光してその光が魔物へと吸い込まれて行く。錬魔術を体得したからこそ分かる。あれは吸われているリリアの魔力だ。光が魔物に吸い込まれる度にリリアの顔色がみるみる悪くなっていく。
「そういえばスニーティ、それが貴様の欲しがっていた女か。…ふふん、どうやらまだこの期に及んで反抗的なようだな。どれ、この我が洗脳でこの娘をお前に従順な奴隷へと仕立ててやるか。くくくく…苦湯を飲まされたあのリーシェライトを屈服され本心すら消し飛ばされて奴隷のように操られる、全く愉快だ」
…なんだかいくら巨大で暗黒で恐ろしい声で笑う魔物でも真っ二つの状態のまましゃべった所でシュールでしかないのだが、触手的なスライムによって魔物の正面へと引っ張られて先程の"洗脳"という言葉に警戒心を強める。
冗談じゃない!どこぞの陵辱ゲームを眺めているだけならまだしも私自身が洗脳されて、私の意思に反して勝手にこの顔芸の気持ち悪い男をご主人様と崇めて体を蹂躙されるなんてふざけるな!
そもそもいくら女性体でもう何年も過ごしているとはいえ中身の男としての精神はまだ消えていない。そんな状態で男と交わるなんて出来るわけねぇだろ!!
そっちの趣向は俺にはないんだ!というかこのやりとりアーグルに犯されそうになった時も同じようなことあったよなぁ…
「さぁ、お前のその意識を封じ、我の忠実な奴隷となるのだ!これで未来永劫お前はこの人間の性奴隷だ!ふははははははははは!!」
「やめろ!お前母さんに何をするつもりなんだ!母さん!母さん!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!お母さん!お母さん!!」
魔物の目から発せられた光りが私を飲み込み、それと同時に視界がテレビのノイズが走ったように砂嵐が吹き荒れる。
意識がまとまらない…
認識が出来ない…
リオン…アリシア…リリァ………
「くひゃはははははは!!さぁ、エンディミオンの糞餓鬼共よ!お前等の母親との最後の別れだ。精々泣き叫べ!これからソフィアはお前たちの母ではなくこの僕の、スニーティ様だけの女となるのだからな!!くひゃははははは!!!」
―――――――――
――――――
――――
まるでテレビがプツンと切れるように、スニーティの下品な笑い声を最後に、私の意識は失われた。
――――――――――――――――
まるで眠るように力無く気絶するソフィアを見てスニーティは歓喜の声を上げる。
「…やった……やったぞ!!これで、これでソフィアは僕のモノだ!この銀色の髪も深緑の瞳も、この美しく整った顔も、柔らかでふくよかな胸も、そして僕の子供を孕む子宮も、全て、僕のモノだぁーーーー!!見ているかエンディミオン!ついに!ついに僕はソフィアを手に入れたんだ!貴様が手に入れたと安心して、間抜けにも王によって寝取られそうになり、結局取り戻すことも出来ず失ったと思い込み、そしてその復讐を糧に戦争までしているお前のソフィアは、この僕が!このスニーティ様のモノにたった今からなったのだ!ひゃははははははははは!!」
洗脳が完了したと判断して魔物もソフィアの体からスライムの拘束を緩めてスニーティの横に立たせた。スニーティはソフィアの体を抱きとめて凄まじい形相で睨みつけるリオンと目に涙を溜めて泣き崩れるアリシアに見せ付けるようにしてその唇を奪おうとする。
「どうだ!見たかエンディミオンの餓鬼……リオンだったか?その間抜け面が屈辱に歪む顔は実に気持ちいい!!そして見ているがいい、これからお前の母と私が永遠に結ばれる所を。そしてその後邪魔なお前はバラバラにして殺し、娘の方は豚貴族にでも奴隷として売り飛ばしてやろう!その後はお前等の父親だ。奴の目の前でこの僕に…いやこの俺様に調教されたソフィアに『犯してくださいご主人様』と言わせながら犯し尽してやったらどんな顔で泣くのだろうな!はははははは!!!」
「……ぁ……ぁぁ……」
絶望に表情を歪めるリオンを見て嘲笑し、スニーティはしゃぶりつくようにソフィアの唇を奪――――
――――――――――――――――
side ???
―――パンッ
「――――は?」
目の前に顔を狂ったように歪め笑う男性の顔が迫ってきたので反射的に叩いてしまったけど…大丈夫でしょうか?でも私はエンディミオン様以外からの口付けを許すわけにはいかないのでしょうがないですよね?でも男性のほうも惚けた顔をしているけどどうしてかしら?
「すみません、咄嗟に顔が迫っていたものですから…でも私は既に心に誓った方がおりますので接吻を許すわけには…あら?何故私は縛られて………いえ、それよりこの―――裂けている?けど邪悪な魔力を放つ魔物は一体……?」
イマイチ状況が読めない。多分また突発的にアサギさんの意識が潜んでしまって私の意識が表に出てきてしまったようだけれど、それにしては彼の意識を感じない。それにここはどこなのかしら?しかも縛られているのをよく視認してみると私の体の大部分がスライムによって拘束されている。
私は何故拘束されているの?もしかしてジルド執事長が言っていた魔族の使者に捕まった?でもここはフォレストの森でも離宮でもないし、分からないことだらけね。
…確か最後に覚えているのは離宮でジルド執事長と会話してそれで……いや、その後また深いまどろみの中にいて…それで、その中で私の可愛い可愛いリオンのことを"糞餓鬼"等と非常に失礼なことをのたまう声が聞こえて……
「な、何故だ!?ソフィア、君は僕の従順な奴隷になったのだよね!?この僕こそが君のご主人様だよね!?」
――――!!思い出した、この声だ!リーシェライトの末裔とはいえ孤児院出の私はともかくとして由緒正しきアンドラダイト家の血を引くリオンに何てことを言うのですかこの男は!確かに私とエンディミオン様の関係は夫婦ではなくあの子達も日の光りを浴びれない子とはいえ私の大切な宝物を侮辱されて平気なわけがない。
「貴方ですね、リオンとアリシアに酷いことを言った無礼者は!その格好から貴方もどこのかは存じませんが貴族であるなら礼儀の一つでも弁えてから発言しなさい!不快です」
「ど、どういうことだ!!何故我のかけた洗脳が効いていないのだ!!?確かに女の意識は完全に奪い洗脳は完了したはず…いや、今でも洗脳は効いているのに何故なのだ!!?」
二つに割れている魔物がどういうわけかうろたえ出したけれど洗脳というのは一体……いや、もしかして状況は全く掴めないけれど洗脳されたのが
アサギさんでその影響からか私の意識が表に出てしまったということかしら?何にしても状況が全く分からない上に地上ではリオンとアリシアがぽかんとした表情で私を見ている。
そして何故私は邪悪な魔物とこの下品な男の仕業と思われるけれどスライムによって拘束されているのかしら?
「か…母さん…?洗脳されていないの?母さんは…母さんは僕達のことを忘れてない?僕達の母さんなの?」
「当たり前じゃない。私は、ソフィア・リーシェライトはどんな時だって世界で一番大切な大切なリオンとアリシアの母親よ。忘れるわけがないじゃない」
震える声のリオンに答えるとそのまま二人とも泣き出してしまった。あらあら、いつまで経っても泣き虫なんだから。
でも、もしこの魔物と男の話が本当なら私は洗脳されて子供たちのことも忘れてしまっていたかもしれないことを考えるとむしろ心配をかけて泣かせてしまって申し訳ない気持ちになる。
そういえばリオンの可愛らしい顔に痣が出来ているけどもしかしてこの最低な男に…?私は最低男を睨み付けて持てる限りの殺気をぶつけた。
「―――――く、何故洗脳が効かなかったのか気になるがそんなものは邪魔者全てを葬り去った後で今度こそ確実に洗脳してやればよい!!それよりも先にそこのリーフィンの末裔二匹共々あの忌まわしき村を壊滅させ、我の封印の可能性を完全に殺してやろうではないか!」
なっ!?この魔物も私やあの子達がリーフィン様の末裔って知っている!?
私の驚愕を余所に魔物は背中から生えた翼をまるで触手のようにリオン達に伸ばして襲い掛かる。咄嗟に時間制御で時を止めようとしたが、何故か時間制御が発動しない。
何故世界に対してすら発動が可能な時間制御の発動が出来ないの!?どんな魔法や神聖術でも割り込みが効かないはずの時間制御が……いえ、そういえば一度院長に教えてもらったことがあった。遥か昔、私の先祖のリーフィン様が魔王の配下のとある強大な魔物と闘った時、時間制御を使おうとしても黒い霧を吹きかけられると時を止めることは愚か発動自体不可能になったことがあると。そういえばその魔物は漆黒の如き闇の体で暗黒の翼を持つとされる魔物とあった。もしかしてこの魔物はその伝説の…
「……っリオンさん!アリシアさん!……ぐっ………これをっ」
ふと、弱弱しい声に気がつくと美しい金の髪を流した女性が魔物に握られる形で捕まっていた。女性は宝石が無数付いたベルトを掴んでいた手から放して子供たちの方へ落とし渡す。子供たちの様子から女性も私達となんらかの関わりがあったようだけど、特に二人の反応からどうやら味方のようだ。
まだダメージの残っているリオンの代わりに介抱しながらアリシアが女性のベルトを拾い上げるとベルトには赤、青、白、緑、黄、黒の澄んだ宝石のような石が6つくっついていた。
「これって……リリアお姉ちゃんが使っていた精霊を呼び出す石?これであの魔物をやっつけろということなんだね?」
あれは…まさか精霊石!?そういえばあの女性、よく見てみたら耳が明らかに長細くなっているということは…まさかエルフなの!?
いや、それもあるけどいくら精霊が操れる精霊の力を授けられてもまだ小さな子供にそんなことを任せるなんて厳しすぎる。しかし女性ははアリシアの問いかけに苦しそうな表情で既に話す気力が無いのか首を絞めつけられているためか、首を横に振り私の方へ首を振って授けた精霊石を見つめる。
「……がっ…ぐぅ……もしかして……この精霊の力で…母さんを助けて……逃げろってことなの…?」
苦しそうに起き上がるリオンが問うと女性は優しく微笑んで頷き、そのまま気を失った。
side アリシア
「そんなこと……そんなこと出来ないよ……」
優しい微笑みを浮かべたまま気を失っているリリアに目を伏せながらリオンもアリシアもベルトから精霊石を取り出す。対して魔物は何故か今になってようやく再生を初めて綺麗にリリアお姉ちゃんが付けた傷を治していく。
二人にとってリリアはたった数日の付き合いだったが初めて母以外に家族と思えるような不思議な人だった。種族的に圧倒的に劣るはずの自分たちに優しく接するだけでなくとても暖かく優しい目で見てくれて、ピンチの時には駆けつけてその身を挺して守ってくれる、まさに二人にとっては姉のようなそんな存在になっていた。
そんな存在を、家族を見捨てて逃げるなんてことは、今までたった3人の家族の絆を大切にしてきた子供達が出来るはずがない。
決意は既に、この精霊石を持った時から決まっている!
「お兄ちゃんはお母さんを、私はあの黒い魔物をやっつける!」
「人間の僕達が精霊を召喚できるかなんて分からないけど…僕達だっていつまでも守られていちゃ駄目なんだ!今度は僕たちが母さんとリリアさんを助けてみせる!!」
リオンは確固たる決意とともにいつの間にかリリアの頭の上から零れ落ちていた赤い帽子を深くかぶり、つばをくるりと後ろへ回してそして二人は叫ぶ。
「「精霊!君に決めた!!」」
二人は灰色の雲が渦巻く空へ二つの精霊石を投げた。




