第十九話、天使の羽 ーII
「ふん、ふんっ、ふんっ!」
少女は髪をたなびかせ、懸命に武器を振るっている。彼女の銀色に輝くロッドは、風を切り払い、地面に跡を付け、大樹の幹の表面を削った。その間、小さな猩々のようなモンスターは飛び回り、一切の攻撃を受けていない。
少女はいったん距離を取り、小さな毛むくじゃらの猿のようなモンスターに相対する。
「くっ……なかなかやるようだな……」
まだ一回も当たってませんよお嬢さん。
「だが……次で決める!」
少女は銀のロッドを構え、振り上げてモンスターに向かって駆けていく。小さなサルのモンスターは何もせずその場に構えている。
「はぁぁあああ!!!」
少女が銀のロッドを上段から振り下ろした。サルのモンスターは動かない。少女のロッドは奴の目の前の地面を叩いた。サルのモンスターは動いていない。
「なっ……避けられた、だと……?」
小さなおサルさんは退屈そうにお尻を掻いている。
「ならば……いてっ!」
サルは少女の後頭部を踏みつけ、そのまま場を去っていった。
「まるで、棒の方に当たる気がないみたいだね」
「難儀な棒だな……」
握ってるのはお前や。さて、率直にノーコンだと伝えた方がいいのか。
モンスターが居なくなって森の中、静けさが木々の下に戻ってくる。俺たちは一つの木の陰に入り、反省会を始める。
「えぇと、原因の切り分けから行こうか」
ふむと、少女は素直に俺の言うことを聞く様子だ。
「確かに、君の魔法による肉体の強度の向上は優秀だったね。何度かモンスターに殴られていたけど、ほとんど効いている様子は見えなかった」
「ぜんぜんいたくなかった」
「君の能力は、防御面では、この狩り場でもレベルを満たしていると言えるよ。そして、対して攻撃面だ。君は一撃も当てられなかったね?」
「あぁ。だが当たれば倒せる気でいた」
確かに、地面や大樹の幹に当たる打撃は重く、当たればモンスターたちもただでは済まない一撃だっただろう。だが。
「一撃も当てられなかったね?」
「一撃も当てられませんでした」
「君は以前からモンスターと戦っていたって聞いてたけど、その時はどんなのを倒してた?」
「当たったら倒せていた」
質問の答えになってない。
「……じゃあ、どんなモンスターには当てられてた?」
「……でかくて、遅いやつ」
「じゃあ、速くて小さい相手の時は?」
「敵を引き付ける役目を負っていた」
ふむ。まぁ彼女はタンクとしては優秀だ。冒険者は一人で戦う必要がない、ツバキがタンクという役目をパーティー内で請け負って、他のパーティーメンバーが、例えばジャノメのような前衛の必要な魔法職に攻撃を行ってもらえば、パーティー単位ではモンスターは倒せる。
この子はタンク役としては、今日からでもこの狩り場でやっていけるだろう。今日の彼女の依頼は討伐依頼だが、討伐対象は何でもよく、彼女が倒せるような動きの遅い相手を見つけて倒せばそれで今日の依頼はクリア。
じゃあ、それでいい? 俺も彼女も今日の仕事は成功に終わる。うーん……、
「……一回、街の近くまで戻ろうか」
「もう戻るのか? モンスターは倒さないのか?」
「その武器、持ってどれくらい?」
少女は手元の銀色のロッドを見下ろす。
「……最近だ。ギルドへの登録祝いに受け取った」
「まだ、武器の間合いとか、振り回すのに慣れてないね。一旦戻って、安全なところで俺と練習をしようか」




