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教科『異世界』の時間だよ! ~武器と魔法とスキルを学んで、仲間と共に異世界を歩き、モンスターを倒し強くなれ!~  作者: 藍染クロム
ーーー大陸へーーー

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閑話、押し掛け勇者

「……」


 俺は、突然部屋の中に現れたそれに、ぱちくりと目を瞬かせる。ある日の朝だった。陽光は上がって部屋の中に差し込み、通りから聞こえる音も賑やかになってきた頃。


 部屋の隅から光がして、気が付けばそこに人が立っている。少女はきょろきょろと周りを見渡し、そしてベッドの上で固まっている俺を見つける。


「あ、キョウゲツ。……今邪魔だった?」


 現れた少女は、心配そうに俺の顔をうかがっている。この子はヒカリちゃん。勇者見習いで、かつてはそ同じ教室で、教えを受けていた中の同窓の生徒だった。勇者たちの同期の中では目に見えて幼く、しかし一番しっかりしていて実力も高い。よく一人で行動しているのを見た。この子は今も勇者の見習いとして頑張っている最中のはず。


 ヒカリちゃんはきょとんとして、ベッドに起き上がる俺を見ている。


「お……おう……いや……別にいいけど……急に来たね……」


「急に? ミナモちゃんから、話は来てないの?」


 あぁ、あいつ経由か……いやまぁ、この子が今ここに来たのは彼女が渡してきた転移剣を通じてだろうし。俺は、部屋の片隅に置いてあるそれに目をやる。うん。話なら来てないね。あいつも来てないし。


 まぁ来ちまったものはしょうがない。対応するか。


「まぁいいや。朝ごはん食べたー?」


「食べてない。出して」


「はい」


 着替えて外に出る。すぐに、美味しい朝食の出る喫茶店がある。俺たちはそこに入って窓際の席に着く。


「で、急にどうしたのー?」


「今度の課題で、冒険者との縁を作るって課題があって。その……ヒカリだけ、その相手を見つけられてなかったから……」


 見かねたミナモさんが声を掛けて、俺のもとに紹介してきた訳だ。ヒカリちゃんは勇者見習いの同期の中でも特に幼い、ヒカリちゃんが声を掛けられるような、同年代で同性の、距離の近い冒険者はそんじょそこらには居ないだろう。


「別に俺でもいいけど、それ第二回や第三回で内容が発展していく奴じゃないの? 俺で大丈夫?」


「第二回や第三回も付き合って」


「あ、はい。お供します」


 意外と自分の意見を言えるようになったなこの子。それとも、元々こんくらいで、距離が縮まったから俺にも言えるようになったのだろうか。


「で? 今回は何するの?」


「依頼を一緒に受けるんだけど、受ける依頼は何でもいいの」


「お目当ての依頼がすでにあったり?」


 ヒカリちゃんの視線がつつつと逸れていく。と、注文の品が来た。焼きたてのバゲットと、新鮮な冷たいミルク。脇には、甘酸っぱい赤い果実を潰したジャムがこんもり盛られている。と目玉焼き。琥珀色の温かいスープ。手軽な値段でこの量だ、食べ過ぎで朝から動けなくなってしまいそう。まぁ冒険者はカロリー使うしな。


「ここのパン美味しいんだよー」


 俺が話しかけると、少女は目の前のそれらに少し目を開く。無言で手を伸ばし、もしゃもしゃと小さい口でバゲットに噛り付いている。


「美味しい」


「ねー」


「依頼だけど」


 少女は、一回口の中のそれをもごもごと咀嚼し終えて飲み込んだ。


「行きたい所があるの」


 *


 何度か移動の陣を飛んで、辿り着いた先は熱帯の密林だった。


 生い茂った背の低い木々と、隙間を埋めるように絡み合った植物。ここは海にほど近く、そこに砂浜があり、海へと流れ込んでいる河川が隣にある。


「川を上った先に、広がった大きな浅瀬のある場所がある」


「おっけー、まずはそこまでね」


 俺たちは借りた舟に乗り込み、魔導のエンジンを吹かして川を上っていく。浅くて細長い舟だった、水面が、座っている床とほぼ同じ高さにある。密林の植物たちは、川の両岸の真上までせり出しており、だから川辺を歩いて上ることは出来なかった。


「最近、あっちはどう? なんか大変?」


「別に、いつも通り」


 話したくないのか、その話題について話したくないのか、ただ単に話が広げるのが苦手なのか。俺が会話の続きを迷っていると、ヒカリちゃんの方から話を振ってくる。


「キョウゲツは、勇者に戻るの?」


「戻れるなら戻りたいなぁ……ただ言うことを聞いてるだけで、明日の生活が保障される安全な生活……」


「戻るの?」


「戻るにはねぇ、なにか大きな結果を残さないといけないみたい。“七星”の使い手を決める大会とかで優秀な成績を収めるとか。実力のある人間はわりかし融通してもらえるみたいだよ」


「じゃあキョウゲツは大会に出るの?」


「……」


 どうだろう。最初は、ぼんやりとだが勇者に戻るという目標を打ち立てて、そのために強くなると決めたはずだった。過ごしてみれば、どうだろう。今の生活も案外心地がいい。積み上げる今を捨てて、それでも俺はあの場所に戻りたい? まぁ戻れるならそりゃ戻りたいわな。安全性が違う。


「……大会で優勝するには、どれくらい強くならなきゃいけないのかなぁ」


「キョウゲツには無理だよ」


「なんでそんなこと言うんですか?」


 やってみなきゃ分から……うーん。


「キョウゲツは勇者に戻らなくていいよ」


 あ、そっちの方向なんだ。俺の視界には今、ヒカリちゃんの後頭部しか映っていない。


「ヒカリちゃんは、俺の復帰を応援してくれてる感じではないんだ」


「キョウゲツみたいな、優しくて弱い人たちのために、ヒカリが強くなってみんなを守るから。だから、キョウゲツは勇者に戻らなくていいよ」


 舟は縦に長く、ヒカリちゃんは前方に、俺はその後ろに乗っている。ヒカリちゃんは前を向いており、頭がこちらに向いており、その表情は俺に見せてくれない。心なしか、耳が赤い気がする。


「……ふふ。ヒカリちゃんは、頼もしくてカッコいいね」


「でしょ」


「今俺のこと弱いって言ったか?」


「キョウゲツ、だって弱いじゃん」


「はー? ここ最近の俺はめきょめきょ強くなってるんだがー?」


 と、川の両岸を覆う濃い密林が途端に開けた。川はここで大きく膨らみ、広く浅い水場がそこに広がっている。視界も広がって気持ちがいい。水色の空と白い砂の浅瀬の上に俺たちは着く。


 舟が砂の上に乗り上げる。俺たちはゴム靴を履いて、舟が流されないよう脇の方に止める。


「ここにでっかい二枚貝が居るの。そいつらは、貝の中に石を持ってる。それを集めるのが今回の依頼」


「二枚貝? 見当たらないねー」


 森の開けた浅瀬の中には、何かがいるような気配はなく、ただ膨らんだ川に平らな砂だけが沈んでいる。と、ヒカリちゃんは手元に魔力を集めているようだ。


「“寒獄ブリザード”」


 ヒカリちゃんが魔法を放つ、彼女の目の前の流水がビキビキと凍っていく。出来た氷はやがて水に浮いて流されていくが……と、水底の砂が湧き立つ。


 突然、砂が持ち上がった、よく見れば、大きな二枚貝の上部が開いたようであり、開いた砂の底にその本体が居る。でけぇ、丸まればヒカリちゃんが丸ごと貝の中に収まりそうだ。


「よく見れば、呼吸のために水中の砂が立ってるとこがある。それをこうやって氷で冷やしてあげたら、びっくりして出てくるよ」


「詳しいねー、勉強してきたの?」


「現地の事前調査は当たり前」


 有能。将来有望。この子は良い勇者になりそうだな……と、彼女はずかずかと上半身をその貝の中に入れている。


「だ、大丈夫? 食われたりしない?」


「大丈夫。閉じる力は弱いから」


「じゃ、じゃあ、俺が閉まらないように支えとくね」


 俺はすかさず移動し、貝の上半分を支えて固定する、足は下を押さえつけて持ち上がらないように。ヒカリちゃんは、ごそごそと貝の中身を漁っているようだった。


「あった!」


 と、彼女が手を貝の中から引き抜く。そこには、オーロラのように色が絶えず移り変わる、透明な不思議な結晶が握られている。


 ぱたんと隣で貝が閉じる。俺たちは、ヒカリちゃんの手元にあるその結晶を二人でのぞき込む。


「綺麗な石だねー」


 またあいつが喜びそうな石だ。


「いっぱい取って、気に入ったのは自分のにする」


「お、いいねー。ヒカリちゃんも、こういうの好き?」


「うん。……キョウゲツも、一個持って帰っていいよ」


「え、いいの? 宝物にしよー。じゃあその、一個目のでいい? ヒカリちゃんが初めて取ったやつ」


 俺は、少女の手からその大粒の宝石を受け取った。光の当たり具合でいくらでも色が変わり、見ていて飽きることがない。魔石の類だが、おそらくは内包されるエネルギー量よりも、その鑑賞性を評価されて取引されるタイプの石だろう。俺は、大切にその石を懐にしまい込んだ。


「けど、意外だね。ヒカリちゃんなら、バカスカ倒して落とした石を拾うかと思った」


「まぁここの貝は倒さなかったらまた石を作るし。倒しても、こういうタイプは体が萎んでほとんど身が取れないから。倒すのが合理的じゃない」


 合理的な理由で見逃されてるんだ、ここの貝。


「じゃあ、この調子でいっぱい取って、ヒカリちゃんが気に入る綺麗な石を見つけようか」


「……ヒカリが持ち帰るのはあくまで二次目標。一番は依頼の達成」


「あ、はい。そうですね」


 俺たちはその後も浅瀬を回って、砂に埋もれた貝を呼び起こし、その中の石を探った。途中で乱入したモンスターはヒカリちゃんが瞬殺した。


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