第十七話、森林街近辺演習 ーIII
外から街に帰ってきてギルドに向かっていると、道の途中、公園のようなところで、この前の貴族様が何やらやっていた。地面に屈みこみ、傍らの道具を何やらいじっている。ぼーっと見ていると目が合い、手招きをされる。俺は真後ろを振り向いた。
「お前だお前、こっちに来い」
俺の後ろに人は居なかった。どうやら俺が呼ばれているようだった。渋々俺は公園の中に入っていく。
「なんですかー? 俺も別に暇じゃないんですけど」
「今帰りだろ。少し付き合え……って、お前はまた別の子供を連れているのか? いや、お前はどこかで見たことがあるな……」
と、貴族の青年は、俺の後ろのシラアイに目を向けている。
「わらわは子供ではありませんよ、ガリウス殿」
「思い出した。冒険者のシラアイか。また私の街に来てくれたのか。息災であったか?」
「変わりなく過ごしております。ガリウス殿も、お元気そうで」
「まぁな」
俺はこっそりシラアイに耳打ちする。
「え……? この人だれ……?」
「この街の防衛を務める、街の筆頭の冒険者のようなものじゃ。大きな災厄がこの街に降りかかるような時も、この方が守っておられる」
「すごい人じゃん……!」
「そちこそ、いつこの方と知り合ったのかの? えらく馴れ馴れしい様子じゃが」
「ジャノメが喧嘩売られてたから買った……!」
シラアイが俺の襟元を掴んで持ち上げる。苦しい苦しい。
「やめてやれ。過ぎたことだ」
彼から声が掛かる。
「しかしガリウス殿」
「過ぎたことだ。俺も、大人げないことをしたと反省している。民あっての街だ、そのことを思い出す良い機会になった」
「しかしガリウス殿、あなたあってのこの街で……」
「あぁ。そう持ち上げられて、俺は調子に乗っていたのだ。あまり俺が煙たいことをして、俺のせいで街の者が離れてしまってはいかんからな」
俺を締め上げるシラアイの手が緩まった。俺の足が地面に付く。
「まぁそんなことはいい。キョウゲツ、少し協力してくれ」
「何するんですか?」
「そっち側に立ってくれ、で、そこの玉を持つ」
そこの地面には、大きな黒いボール、それはネットのようなものに収納され、持ち手を引っ張って持てるようになってある。地面には、大きな円と、それを半分に区切る一文字の線。俺は、彼が立っているのとは反対側に立って、地面のボールを拾って彼のように持った。結構重いな。
「では俺と勝負だ。線から出ずにボールを相手にぶつけ、半円の中から出た方が負けだ」
「ガリウスさんは暇なんですか?」
「いいから黙って付き合え」
俺は彼と向き合い、互いに手には黒い大きなボールを持つ。こないだの今日でなんか変な状況だな……。
「では、シラアイ、開始の合図をしてくれ」
「……3、2、1、スタート」
途端に彼は球を振りかぶり、俺に向かってぶん投げてくる。俺はボールを正面に抱えてそれを受け止めようと……おっも! ごてんと、俺の体は後ろに倒れて線を出る。
「勝者、ガリウス殿」
「おいおい、なんだキョウゲツ。これじゃ練習にならねーじゃねーか」
「し……シラアイとやったら、どすこいどすこいじゃないですか……」
「どすこいどすこいとはなんだ」
「そうだな。シラアイ、協力してくれ」
これ今何やってんだろう。町中の公園で、地面に線を引いて、ボールを持った二人の男女が向かい合う。
「よーい、すたーと」
初動、やはりガリウスさんが先んじて動く、彼は思いっきり振りかぶり、大きく黒いボールをシラアイに投げる、シラアイはそれを細い足を振り上げ蹴り上げた、ボールが高く上がり、持ち手のネットが途中で千切れてなおボールは飛び上がる、こん、こんと、彼の背中を跳ねてボールは転がっていく。
「す、すまん、壊してしまったの……」
「あぁいい、縄の強度はもう少し上げるべきだな。そして、ボールが取れないところまで行ったら負けにするか……」
と、彼はぶつぶつと言いながらボールを拾って帰ってくる。
「これ、何してるんですか?」
「あぁ、街で新しい催しを開こうと思ってな。ここは冒険者の集まる街だが、開くなら、出来るだけ老若男女関係なく参加してもらいたい。こういう遊びなら、誰でも出来るんじゃないかと思ってな」
ふーん?
「やっぱり暇なんですね」
「これキョウゲツ」
「あぁ暇だ。暇なのはいいことだ。俺の仕事は街の有事に街を守ることだからな。だが、いつまでも同じ場所に縛り付けられていては飽きてくる。肩慣らしのモンスター退治も、どうせ街からは遠く離れられん。暇だ暇だと、街の危機を願うわけにもいかん」
それでやることが街興しか。この人実は良い人か?
「子供も参加するなら、ボールにぶつかって背中から転ぶのは危ないんじゃないんですか?」
さっきの俺みたいに。
「まぁ確かにな。頭には防護用の覆いでも用意するか」
「どうせなら、この円を水の上に浮かべてやりたいですね。そしたら落ちても楽しいし」
「簡単に言うな。だが名案だな……。貯めた水の上に円盤を浮かべてか……確かに、これではただ力の強いものが勝ってしまうと思っていた。円盤の上でバランスを取りながらの投げ合いなら、技巧が勝る余地もあるだろう」
と、彼はその場に立って、円盤を作る素材はどうの、水を貯める入れ物はどうのと呟き始める。
「ありがとう、キョウゲツ、シラアイ。助かった。もう行っていいぞ」
言われ、公園に彼を残して俺たちはその場を去っていく。
「なんか面白そうなことやってたねー」
「……キョウゲツ。目上の方に対してなんだあの態度は。わらわはずっと冷や冷やしていたぞ」
「うーん。あの人が気にしてないなら別にいいんじゃないの? 本人に言われたら改めるけど」
「それはまぁ……そちが誰にでも馴れ馴れしいのは、そちの良い点でもあるのじゃが……」
確かに。なんか偉い人っぽいし、公的な場とかだったらちゃんとした方がいいのかな。
「それにしても、お祭りでも開くのかなー? 今から楽しみだねー、開催されたらジャノメも連れて行こう」
きっと珍しい遊びに彼女は喜ぶだろう。いや、あの子はアウトドアな遊びは楽しむかな?
「それまでここに居るかは分からんがの」
「えー、参加して行こうよー。……あれ、そう言えば今日はジャノメは何してんだっけ」
「魔法の練習じゃ。奴のあれは、別に目の前にモンスターが居なくとも練習出来るからの。人気のない所を見つけてやっておるじゃろ」
ギルドで報告を終え、宿に帰ってくると、彼女は一足先に帰って来ていたらしい。ジャノメはベッドの上で寝ていた、俺の部屋の。
「うぅ……帰ったのか……?」
そうなるまで魔法を使ったのか、顔を上げた彼女は、グロッキーな顔で俺を出迎える。
「ただいまー。魔法の練習がんばったのー?」
「……うむ。詠唱時間は……あまり短くならんかったのじゃ……」
と、何か思い出したのか、彼女は頭に手を当てて顔をしかめている。
「まぁ一朝一夕にはね。でも続けていけば、きっともっと強くなれるよ」
「うむ……」
「何か食べた? ごはん、何か買って来ようか……?」
いや……、と、少女はベッドの上で呻く。
「食べ過ぎた……もう動けん……」
「……うん。なんで今具合が悪そうなのか、理由を教えてもらっていいかな」




