第十六話、手の届かない背中
「正直言って足手まといじゃな。一生わらわの奴隷になるか、それともここで強くなるか、選ぶとよい」
森林街近辺の依頼を受けて、モンスターを狩りに街の外へ出た。ここは大陸の上に出来た街、深度ゼロの安全地帯に出来ていたような町とは違い、街は龍脈の覆う魔境のただなかを切り開かれて出来ており、町を離れたならすぐに強力なモンスターたちと相まみえることになる。
さっそく日銭を稼ぎにと町の近辺に出てきたが、ここらのモンスターは想像以上に強く、俺の実力では太刀打ちが出来なかった。シラアイは十分に戦えていたが、ジャノメの魔法は通用せず、俺の剣も届かない。
ここでモンスターの一匹も狩ることが出来なければ、俺は明日の宿代も払うことが出来なくなる。そうなれば、俺は尻尾を巻いて適正帯の狩り場のある街まで戻らなければならない。
俺は、調子に乗って付いて来てしまったのかもしれない。ただ一緒に行きたいなんて、冒険者の世界はそんな甘いものじゃない。
「……ちょっと、しばらく一人でやってみるよ」
「一人では危ないぞ」
「シラアイに迷惑は掛けないから」
*
今現在の装備を確認する。武器はペイントソード、サブで鉄の剣。魔法は“雷”と“風”の放出系の初級魔法。中級魔法は、習得したものの発動までに時間が掛かり、戦闘中における速攻性がない、俺の代わりに敵を食い止める前衛も居ないので使う機会があまりない。スキルは“潜影”と“鋭い目”を持っているが、“潜影”は回避のスキル、“鋭い目”は感覚強化のスキルであり、敵に通用する攻撃がないという今の問題を解決できない。
今実質的に使えるのは、ペイントソード、“雷”の魔法くらいか。だがどちらもこの狩り場では火力が足りず、一匹を倒すのにも相当な手数が必要になる。体力も魔力も無限じゃない、ペイントソードには稼働時間もある。ここで一日に二、三匹しか狩れないようなら、狩り場のレベルを下げて数を狩ったほうが、稼ぎ的にも経験値的にも美味しい。
俺が直近で解決するべきは攻撃の威力だ。じゃあ攻撃の威力を上げるにはどうすればいい?
魔法の場合は、まぁ簡単だ。起こす現象のレベルを上げればいい。今俺が主に使っているのは“雷”の初級魔法だが、それを中級魔法にすれば魔力の効率は変わらないまま攻撃性能を上げることが出来る。今使ってないのは準備に手間取るという問題があるからだが、それを訓練でより手短に発動出来るようにすれば、実戦でも使用でき、つまり攻撃の性能が上がる。
だが……どうだろう? 俺は魔法を極めて強くなっていくのか? 魔法のレベルを上げても武器の性能は上がらない、俺は特段魔法を使うのに秀でているタイプでもない。魔法を先に極めたなら、俺は魔法を主体に戦っていくことになるだろう。それで? 俺はジャノメの下位互換になるんじゃないのか?
俺は出来れば武器を使って戦いたい、となれば、俺が上げるべきは武器による攻撃性能だ。じゃあどう武器の火力を上げればいい? ミナモさんは、このペイントソードは戦闘経験値を得て強くなっていくと言っていたが、正直成長武器に素材を与えていた時のような分かりやすい上がり幅を感じない。
じゃあ鉄の剣を練習する? 剣の腕が上がれば武器による攻撃性能は上がるのだろうか、それこそ魔法のレベルみたいに。あるいは筋力を鍛えて一撃を重く……いや、それはどれだけ掛かるのだ。鍛えている間に貯金が尽きる。
簡単に強くなりたい。お金があればそれは手に入る? お金で買える装備を買って簡単に強くなる? まずはお金を集めて……シラアイに追い着くには、彼女の足を引っ張らないには、俺はどうすれば―
と、部屋の扉が叩かれた。コンコンと控えめに、低い所から音がする。俺は重い頭を上げて、ベッドを降りて扉へと向かう。
開ければ、そこにはシラアイが立っている。
「入ってよいかの」
「……今は、考え事を」
「強くなる方法でも考えておるのか? 小さい頭で一生懸命にの」
シラアイは、いつもの澄ました表情で俺の顔を見上げている。俺の考えていることはお見通しらしい……まぁさっきの今だしな。
黙っていると、シラアイは続ける。
「隣にわらわが居るのになぜわらわに聞かん。自分で思い付いた方法が、一番えらいか?」
「……今の俺が、簡単に強くなる方法はあるの」
「世界には多少は存在するの。そちは今それを頼ってもいいし、後から頼ってもいい」
俺は少し考えたが、選択肢は無かった。俺はシラアイに追いつきたい、でないと―
「……教えて」
「それより、わらわをいつまで立って話させる気じゃの」
ちらと、シラアイは俺の背中の後ろの部屋をのぞき見る。
「まぁいいけど」
窓の外は夜、シラアイが俺の部屋に入るのは何か問題があるんじゃないんだろうか……彼女は寝間着、肩に上着を一枚羽織っただけ。……また俺の考えすぎだろうか。あまり変なことを言い出しても、彼女との関係性に変にヒビを入れかねない。彼女が気にしないのなら俺も気にするべきじゃないのだろう。俺は脇にどいて、彼女はスリッパで部屋の中にぺたぺたと入っていく。
「何か飲む? 備え付けのお茶があったはず」
「もう寝る前じゃ。じゃがそうじゃの、白湯くらいは飲みたいの」
俺は魔道具のポッドで湯を沸かし、コップにお湯を入れて彼女に差し出す。彼女はデスクの椅子に座っていた。ここは宿で家具もなく、俺はベッドに座る。
「それで、俺に何を教えてくれるの? 舐めただけで強くなれる、不思議なアメがあったりする?」
「そのようなものはない。そちに、これを渡そうと思っての」
と、シラアイはコップを脇の机の上に置き、懐に手を入れて、何かを取り出した。手をこちらに「ん」と差し出してくる、俺が手をお椀にしてその下に出すと、ぽろと何かが落ちてくる。見れば、俺の手に平には濁った、小さな白いビー玉のようなものが乗っている。これは不思議なアメ……ではなく。
「スキル石?」
「そうじゃ。そちはオモチャのようなスキルしか持っておらんようじゃったからの。それを一番に使うとよい。多少は、そちの強さもマシになる」
「ふーん?」
俺は目に寄せてその石を見る、真っ白く、半透明に濁った綺麗な丸い石。見た目からはその性能は測れない。
「何のスキル?」
「“溜め切り”というスキルじゃ。その強さを一言で表すのは中々難しいのじゃが……一言で説明すると、溜めて強く切るスキルじゃ」
「ふーん」
面白味はないが、汎用的で使いやすそう。
「いくらしたの?」
「日頃の礼じゃ。黙って受け取れ」
「いつもお世話になってるのは俺の方だけど」
「この前ほろぐらむとかいうのを買ってもらっただろう。あれのお返しと考えてくれればそれでよい」
あれこそ、俺からの日ごろのお礼なんだけど。あっちは大した金額じゃなかったし。まぁ受け取るのを渋るのもあれだし、貰えるなら素直に受け取っておくか。
「ありがとう! シラアイ大好き!」
「……使えないのならゴミになるからの。わらわの前で早く使いこなしてみせよ」
コップに入ったお湯は沸かしたばかりであり、彼女はそれを十分に冷めるまで待って、十分に冷めてからちびちびと飲んでいた。じきに、彼女は自分の部屋に帰っていったが、彼女の飲み終わったコップと、彼女の匂いが俺の部屋には残っていた。




