第十五話、御馳走の肴(さかな) ーII
「勘違いするなよ? 俺はお前を捕まえてどうこうしようって訳じゃない、俺はむしろお前を保護してやってんだ。意味は分かるか?」
俺は、仕方ないので、目についた料理を皿に取り、ぼそぼそと食べながら青年の話を聞く。
「分かりません」
「おいおいしっかりしてくれ。お前は“絶対に傷が付かない”という触れ込みの、神の加護をまとった馬車を傷付けたんだぞ?」
「簡潔に教えてください」
はぁ、と、彼は大げさに手を広げて肩を竦める。
「お前は狙われる」
「もう少し詳しく教えてください」
「いいか? この世界には信仰がある。神を信じたなら、敬虔なもの、優秀なものは、神から力を与えられる。神からの加護を求め、多くの信者が集まり、人々は神に願い、あるいは敬虔に誓い、そうやって人々から信仰を集めているわけだ」
ふーんと、俺は彼の話を聞きながら料理に手を伸ばす。
「この香草焼きのお肉、美味しいですね」
「だろう。そうやって、神から与えられる力の一つとして“加護”がある。これは色々な形態をしているが……その一つは不動性だ。簡潔に言えば“壊れない”。神からの加護を賜った品は、決して“壊れない”し、“朽ちない”し、“傷つかない”し、“汚れない”。それが神性の“不動性”だ」
「おぬし、そっちの果実を取ってくれ」
「この赤いの? 甘いものばっかり食べると虫歯になるよ?」
「今日くらい良いじゃろ」
「そっちの果実は酸味が強いぞ。少しずつ齧って食べるといい。そしてお前は、“決して傷付かない”はずの馬車を傷つけた。これは単にお前の力がすごいと言っている訳ではなく、この“加護”をまとった馬車を傷を付けたという行為は、そのまま“神の加護を傷付けることができた”という意味を持つ」
「傷つけたどころでは無かったぞ。丸ごとぶっ壊しておった」
「そうだな。丸ごとぶっ壊していたな。食事を楽しんでもらえるのは嬉しいが、少しは俺の話をまじめに聞いてくれないか?」
青年は、いつの間にか真面目な顔をして語り掛けてきている。
「“加護”というものは、信者に対して、信仰の対価に、褒美として与えられるものだ。“壊れない”という謳い文句で与えられたはずの馬車が“壊れた”のなら、その信仰に大きくマイナスの影響が出てくる。簡単に言うとお前は信者たちに“なんだお前!?”という目で見られるし、あるいは消される」
最後にさらっとやばい単語出てきた。
「神を信じる者だけではない、お前は、“神を好ましく思わない者たち”にとって大きな利用価値がある。お前は“神の力を傷付けられる”人間なのだからな。お前は“神を殺す”ために利用できる」
話がどんどん大きくなってきたな……。
「あはは、そんな、馬車一つ壊しただけで大げさな」
「お前は俺の話を聞いてくれていたのか?」
うーん……俺はいったん、彼の口から出てきた話を事実だということにして飲み込み、考える。
「やっぱりあの場でさっさと逃げた方が正解だったのでは?」
「逃げればもみ消すことも出来んだろう。お前は俺が用意した演者、馬車の破壊は俺が用意したパフォーマンス。そういうことにした。噂は消えんが、これで少しは話の広がりが抑えられるだろう」
「はぁ。それはありがとう、ございます?」
でも仕掛けてきたのこいつだしな。自分で火を付けて消しているだけだ。まぁ礼はあげとくか……。
「礼はいい。さて、ここまで話してやったのだ。お前からも、お前が持つその力について、何か説明してくれるな?」
と、貴族の青年は神妙な面持ちで俺に問いかけてくる。
「さぁ? 俺も詳しいことは知りません」
「……」
「あぁ、でも、先生は“珍しい属性”の一つだって言ってましたよ。俺の身体属性の中に、それが混じってるって。あまり人に話すなとも言われました」
「身体属性、つまり魔力か。お前の魔力の属性が……“先生”……? それはいったい何の先生だ?」
彼は訝しげに聞いてくる。
「勇者の学校の先生ですね」
「ほう? 貴様は勇者の見習いだったか……ならばそれで説明に都合が付くな。女神の加護を賜る勇者の一派なら、加護を帯びた馬車を壊せても“不思議じゃない”。民衆も納得するだろう」
「ほんとですか? でももう俺は勇者じゃないですよ? 追放されたんで」
青年は真顔で首を傾げる。
「追放? 貴様、何かやったのか?」
「あ、はい。あっちでも偉い人殴っちゃって」
「お前また何かやらかしたのか……?」
貴族の青年は、呆れたように息を吐き、天を仰いで額に手を置いている。
「まぁいい……何にせよ、勇者の名があれば説明が付く。それはいいが……お前、本当にその力について、何も知らないのか?」
貴族の青年は身を乗り出し、俺をじっと見据えて聞いてくる。そこに、嘘や誤魔化しは通じなさそうだった。
「しかし、おぬしが使ったあの技はいったい何だったのじゃ? わしも初めて見たぞ」
館から無事解放され、俺たちは館の外の道を歩く。
「あぁうん。あんまり制御が利かないから、人前では使えないね」
さっきは非常事態だから使ったけど。あれがほかの人を傷つけなくて本当に良かった……。と、ジャノメは興味があるようでまだ聞いてくる。
「しかし、馬車を壊せるとは相当な威力じゃないか。わしの使うどの魔法よりも威力が高いぞ。狩りでも使ったら、おぬしはもっと強いんじゃないのか?」
「でも威力の加減が出来ないんだよねあれ。その上で、嵐に吹かれる布切れみたいに、簡単に制御を離れて飛んで行っちゃう。丸太ぐらいなら簡単に切れるし、人体ならもっと。少なくとも味方が近くに居るところで使いたくない。いつもはね」
先生にも、あんまり人前で使うなって言われてたし。もう教えからは離れたが、あの人が無為に嘘を教えてくれたとは思えない。恐らくそれは俺のためになることだったのだろう。
と、道を歩いていると、おそらく俺たちを探していたであろうシラアイの姿が目に入る。俺たちが手を振ると、彼女は駆け寄ってくる。
「二人とも! どこへ行っとったんじゃ! 遊び歩くのはいいが一言くらい置いていかんか!」
シラアイは怒りながら俺たちに詰めてくる。
「あぁ、うん。そこら辺を偉い人が歩いてたから、喧嘩して、腕を認められて館に招待されてた!」
がっと、シラアイの手が俺の顔面を掴む。
「いたたたたた」
「今、何と言った? わらわの目を離したちょっとの隙に、そちは一体どんな問題を起こしたと……?」
シラアイは半笑いで俺に問いただしてくる。指の隙間から見える彼女の目は笑ってない。
「あぁ違う違う、喧嘩を売られたのも買ったのもジャノメの方で」
がっと、もう片方の手がジャノメの顔面を掴んだ。
「おいこら痛いぞ、離せいたたたた」
「そちはいつかやると思っておった。甘やかしすぎたようじゃの」
「違うぞ、わしは喧嘩を売られたから買ったまでだたたたた」
「敵わない相手からの喧嘩を買うでない。取り返しのないことになってからでは遅いのじゃぞ」
シラアイの手が離れた。シラアイが俺たちの顔を見て、ほうと息を吐く。
「……あまり、わらわに心配を掛けんでくれ。わらわは争いごとが嫌いじゃ」
「……ごめんなさい」
俺は素直にそう言った。そうだな。俺がしっかりジャノメを止めていれば……今回は大事には至らなかったが、今回も、事になることはなかったのだ。
「わしはおぬしが安心するために生きてるんじゃない」
と、ジャノメはつっけんどんにシラアイに返している。
「……少しは年長者の話を聞かんか」
「ジャノメ、次やった時は見捨てるからな」
俺の言葉に、ジャノメはそっぽを向き、やがてこちらを向き直る。
「……ごめんなさい、でした」
「……うん」
「よかろう」
「あと……わしを守ってくれてありがとう。キョウゲツ」
俺は、しおらしく頭を下げた、ジャノメの頭に手を伸ばしその頭を撫でる。
「いいよ。まだあの店、開いてるかな? ホログラム、新しいの買って帰る?」
「あれは、はんどめいどの品じゃぞ。同じものは二つとない」
「じゃあもう新しいの要らない?」
「いる」
帰りにその出店を見つけ、筒から飛び出るホログラムのオモチャを買って帰った。シラアイも見慣れないものだったか、それらを物珍しそうに見ており、日頃のお礼ということで一つ買ってシラアイに贈った。ちなみに、聞けばあのお館様も従者を遣わせて一つ買っていったらしい。




